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カモメは遥か水平線を見る  作者: オピオイド
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空に浮かぶ雲は暗雲と気付く(八月四日改訂)

嫌な夢を振り払うように、私は日課とも言える狩りを終えて家へと帰ってくる。

武家屋敷の様な高い塀はあるけど中は敷地が広いだけで、明治の中期に建てられた二階建ての木造家屋が真ん中にある。

私の住む家は、引き取ってくれた老夫婦の子供さんが使っていたと言う、離れの部屋を使っていた。

敷地内には老夫婦が住む本宅と私が使っている離れ、そして一際大きな木造の道場。

老夫婦はの旦那さんの方は剣道家、門下生が何人もいて高見原警察署にお弟子さんが何人もいるらしい。


「セッイヤアアアァァ!!!」

「キィヤアアァァァ!!!」


空が明け気味の薄暗闇の朝、白塗りの土塀で出来た高い塀を一足飛びで乗り越えると朝稽古の声が聞こえてきた。

激しく打ち鳴らされる竹刀の音、裂帛の気合と共に振られる音やそれ以外の色々な音を、私は目と耳それと触覚で感知し頭の中で映像として一瞬にして組み上げる。

今いる庭の茂みから道場まで8メートル、壁を無視すれば10メートルだろうか。

見えない筈の壁と距離越しに、稽古する十数人の門下生達が汗を飛び散らせながら竹刀を打ち合わせているのが良く解る。

私の能力『水鏡』は、周囲の音波や波動を五感で感知し、解析して像として理解すると言う能力だ。

この能力を使う私には死角がない。

それこそ真の闇で覆われたとしても、私には昼間のように動き回れる。

死角のない私は、師より与えられた神器を纏い鍛えられた技を使い高見原の深い森に包まれた闇を切り払うのだ。

そんな事をやっているなんて、世話になっている老夫婦は知らない。

彼らは多分私が思っているよりも善良で、厳格でとても優しい。

旦那さんの方は厳しいながらもしっかりとした人、奥さんはいつも笑顔を作っている人。

私のやっている事を知ったら彼らは私を止めるだろう、旦那さんは厳しいながらも優しい言葉で奥さんは目に涙をためながら。

だけど、止める事はできない。

私は私のやり方で全てを…。





あれから数日、私はずっと海を見続けていた。

この場所に居れば、私の耳に届くのは海風だけ。

人の声なんて雑音は聞こえない。

高見原にきてから、ずっとここに居る。

父と母が死んでから変わった価値観、たまに学校に行っても何も楽しくない。

ここから見える風景、海と空の間を見ながら私は考える。


「私は、これからどうするんだろう?」


思わず呟いた言葉に涙が出てきた。

無くしたものを想い、亡くした人に思いを寄せる。

亡くしたものは戻るはずも無いのに。


「どうするも何も、君には解っているんじゃないか?」


突然かけられた声に振り向けば、周りの緑に反した漆黒。

雨でもないのに漆黒のレインコートを羽織る男がそこにいた。

相変わらずニヤニヤと、気味の悪いような笑みを浮かべた奇妙な男。

彼はあの日出会った頃から、この場所でよく会う。

いや、正確に言えばよく構ってくると言うべきか。

まるでペットに対するような扱いなので、私としては腹立たしい事この上ない。

私が半ば睨んでいるような顔をしていると、彼はおどけた調子で近づいてくる。


「どうした少女」

「うざい、少女って呼ぶな。私にも名前がある」

「だったら名前をそろそろ教えてくれないかな? お兄さん悲しいよ」

「嘘くさくて気持ち悪い」

「ひどいなあ」


むしろ私が構ってやってる風だ。


「さて少女、悩んでいるようだが本当にどうした?」

「別にあなたには関係ないでしょ?」

「もう可愛いんだから」

「ウザイ、ウザイ、ウザイ!!」


出会った頃からこんな調子で、彼が私をからかい私が罵声を浴びせるそんな関係。

そんな関係をダラダラ続けて、二週間近く。

一人で居たらクヨクヨしていた私の心はこの時ばかりは落ち着きを取り戻していた。

少し、ほんの少しだけ怒りで悲しみを忘れていられる。

だからそれが相手の優しさかもしれないと考えてしまった、だからかもしれない口が滑ったのは。


「ねえ、一つだけ聞いても良い?」

「おおっ!? 少女が素直だ!!」

「…やめた」

「ちょっと待ってくれ!! 俺が悪かったまじめに聞くからな? なっ?」


手を合わせて明らかに年下の私に、ヘコヘコと下手に出る彼に呆れながら私は話を続けた。


「もしさ、人生が変わるぐらいの何かにあったらどうする?」

「人生か。大きく出たなあ」

「茶化さないでよ」


再びスマンスマンと謝る彼は、笑みを浮かべながらも真剣に考える。

ウンウン良いながらも暫く考えた彼は、何かが足りないと言う顔をしながら私に聞いてきた。


「たとえばどんな風に変わるんだ? 少女の言う人生が変わるって?」

「へっ?」

「例を挙げてみよう、一人の男が居るとする。彼がもしも『宝くじで数十億当たった』らどうなるだろう?」


それは人生が変わるかもしれない当時の私はそう思った。

実際の所は、人生が変わるどころではない。

大量のお金は魔力がある物だ。

だが当時の私は知らないので、そんなことも解らずにどうだろうと首をかしげる。


「うん、思いつかないか。それじゃあ、こんなんはどうだ? 君の目の前に人生をかけてもいいと思えるほど素敵な男性が…」

「鏡を見ろ」

「ハイ、スミマセンデシタ。また調子に乗りました」


いきなり良い顔をして私の手を両手でそっと握り、アホな事を言い出す男を睨む。

私みたいな子供相手にやるなんて、変態以外ないさっきよりキツク睨む。

そうすると彼は私が怖かったの再び平謝りした。


「…うーん。ポジティブ路線は気に入らないと?」

「そういう問題じゃない」

「でもそうだろう? うんまあ、じゃあこんなんはどうだ?」


先ほどまでの真面目な顔付きは消え、人の悪い笑みを彼は浮かべていた。


「もし天涯孤独になったら?」


唐突に、目の前の彼が怖くなった。

何も知らないはずの彼が、いきなり私の核心に触れた気がしたからだ。

最近良く声をかけられ、他愛の無い言葉を交わすだけの関係の人間。

そう、交わすだけで相手の事を何一つ解らないのに、私の事を相手は知っていると言う状態なんじゃないかと考えただけで急激に恐ろしくなった。

私は声が出せない、口が渇いていた。


「もしだ、そう『もしも』だ。良くある漫画や小説、ドラマにでもあるような展開さ。事故や天災、病…原因なんて何でも良い。別れなんてどこにでもありふれたものだろ? ああ、そう言う意味での人生が変わったのならば解りやすいな。誰でも解る簡単な方向性があるよ」

「…簡単?」

「そう簡単、端的に言うと………復讐さ」


ニッと笑った彼の笑顔は、とてもとても恐ろしかった。

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