海の果て
ピュンと風切る音が境内に響く。
それは葵が刀についた血糊を振って落とした血振りの音。
彼の周りはバラバラ殺人もここまでしないだろうと思わせる程、細切れに切断された暴走体が散々と散らされていた。
当の本人は白銀のレインコートに血の染みもなく、無表情で立っている。
「ひふみよ………八体か。葵、何体だ?」
「十一体だ」
「ふむ。余剰分を二・三体、多くて五体と考えると二十四体位か………相手も派手にやっているな」
「ああ」
指折りで自分の倒した暴走体を数えていた紫門は、自分の予想で苦い顔をしていた。
考えて見てほしい、暴走体とは『擬神薬』の過剰投与による能力者のなれの果てなのだ。
能力者になりたくて飲む人間もいるだろうが、自力で成るものではない。
何者かが仕組んでいるのだ。
そして、この場の二人はその相手を知っていた。
「桃山の奴ら、やり口が陰湿になってきた」
「そうだな、風文の奴が張り切って報復を考えるだろう」
「あいつは方向性がおかしいが、天才だからな………まあ、奴の相手は敵に任せるとして。弟子に『神器』を渡すのはやり過ぎではないか?」
葵が注文した物の中身を、紫門はとてもよく知っていた。
何故ならば、その『神器』を集め管理するのが彼の一族の役目だからだ。
だからこそ、『神器』の強大さと持った場合の危険度もよく知っている。
神器は使い方一つで小さな国ならば一瞬で消し飛ばし、地図を書き換える程の威力を持つ物もあるからだ。
紫門は剣を一本、手品の様に何処からか取り出すと大地に突き立てる。
「焼き尽くせ『十拳』」
紫門の言葉と共に発せられた無音の波動、灼熱を伴ったそれは、紫門の言葉通り周囲に散らばっていた肉片全てを蒸発させたかの様に焼き尽くす。
「神代に造られた大量生産品の十拳でさえこの威力だ。使い手次第で火の海にもなるし相性もあるが、未熟な奴であれば己が焼かれる。大丈夫なのか?」
強大な力の分、その制御は難しく相性もありかなり危険な代物。
神器のやり取り以前に、紫門は渡した彼女の方が心配だった。
「………やわな鍛え方はしていない。それにこれからこの町は、能力者にとって戦場になる」
「親心って奴か」
「変だろうか?」
紫門の前にいる男はどうやら自分が育てた弟子が心配で、これからの起こるであろう嵐に対し備える為に神器を贈ったらしい。
変かと聞き返す葵に、紫門は思わず笑ってしまった。
「いや、変じゃないさ」
地に倒れ苦しみ悶える父さん、少し離れてから私は掴んだ物を見る。
日本刀にしては妙な拵えをしていた。
よく見るような芸術品の類の様な日本刀ではなく、鍔がなく柄糸で編まれた柄巻きもない。
おそらくプラスチックかセラミックで作られた鞘も簡素な物で、むしろ木刀の様。
硬いようでそうではない皮膚に吸い付く妙な柔らかさを持つ柄を握り、私は刀身をあらわにする。
「………っっ」
戦いの最中にもかかわらず、息を飲み一瞬見とれてしまった。
ぬめりとした深みのある光沢をし、少し反った刀身は見知った日本刀。
しかし、それは今まで感じた事がない、とんでもないプレッシャーを放っていた。
この刀は………。
「生きてる?」
このプレッシャーは良く知っている。
先生からかけられた圧力、神域結界。
「天子ーー!! その剣は『神器』じゃ!! 早うその剣の名を呼べ!! さすれば剣も応えてくれる!!」
叫ぶ岩長ちゃんの言う通りに名前を呼べば良い、と感覚的に解ってはいるが名前が解らない。
しかし、刀のハバキ(柄と刀身の間)に彫り込まれた文字が全てを教えてくれた。
「荒覇吐………」
神剣・荒覇吐と読んだ瞬間だった。
「ぐっっっ………」
凄まじいばかりのエネルギーが、剣から身体に流れ込んでくる。
私を試すかの様な荒々しいエネルギー。
いやこれは剣が私を試しているのだ、気を抜けば身体が壊れてしまいそうな純粋なエネルギー。
時間をかければ認めてもらえるかもしれないが、如何せん今は時間がない。
「今は無理矢理でも私に従って貰うわ!!」
エネルギーを送り込まれているならば、逆に利用するまで。
能力者の使う励起法は、細胞レベルの身体操作による乗数強化。
操作ならば、お手の物。
能力者の処理能力を限界まで使い、エネルギーを自分の身体に取り込み運用する。
「いいぃぃあああぁぁ!!」
今さっきとは比べものにならない爆発力を持ったダッシュで、私は立ち上がったばかりの父さんに肉薄する。
木刀とは違い激突音はなく、父さんの鱗で包まれた腕を半ばまで切り裂く。
「馬鹿なっ!! 熟練の能力者でも突破出来ない大蛇の蛇鱗を、訓練して半年そこらの小娘が切り裂いただと!?」
それこそが神剣の効果。
能力者の持つ神域結界を神域結界で切り裂き、励起法を強制的にキャンセルをかけているのだ。
「ジャァァァァッッ!!」
だからこそ簡単に切れるのだが、思ったよりも斬れない。
本当ならば腕が斬れているはずだ、斬れないのは………まだ、足りないからだ。
意志が。
決意が。
覚悟が。
私がやらなければならない。
斬らねばならない。
私じゃないと、血が繋がった親子の私だからこそ。
「今度こそ………行くよ」
半ばまで食い込んだ刀を勢い良く引き抜いた反動で、間合いを空ける。
鞘に刀を仕舞い腰を落とし、腰だめに構え、手の甲を柄に当てる。
あの日、先生が見せてくれた『雷刃』の焼き写しの様に構えた。
違うのはあの時は動かない金庫で、今はこちらに叫び声をあげながら走り来る父さん。
難易度は跳ね上がるが、やるしかない。
いや、やるんだ。
「ギィエエエェェェァァ!!!!」
口を大きく開き、水泳の飛び込みの様に飛び掛かってくる父さん。
私の思考加速した視界の中、スローモーションで迫る口。
身体に口が届く刹那、私は体中のバネを使い踏み込み、手を回転すると同時に柄を掴み、身体を開き口を避けながらスルリと懐へと滑り込み。
「ゴメン、父さん。さようなら」
刀を引き抜く。
「霧島神道流『雷刃』」




