再び現れた黒雲に翻弄されるカモメ
ちょっとグロ表現があります。
苦手な方は回れ右してください。
久しぶり、本当に久しぶりに来た。
同じ公園内で修行していたけど、先生と出会ってから此処に来るのは半年ぶりになる。
海を臨む高台。
あの日あの時、空は抜ける様に寒々しかった。
しかし今は清々しく、どこまでも蒼く高い
それこそ、羽根があれば飛んで行きそうなぐらい。
この町に来てから初めて見たこの場所は、あの時と変わってない。
多分変わったのは、私の心。
先生に出会い、岩長ちゃんと出会い、笑いあったり辛い事もあった。
色んな事を知った、世界の裏側や能力者の事。
ユックリと歩く様な生活じゃなかったけど、この短いながらも濃密な日々は私に色々な力を与えてくれた。
だから、
「いるのは解っているわ、出て来なさい!!」
私は木刀を片手に叫ぶ。
すると何処からか鼻を鳴らすような、くぐもった嫌な笑い声が聞こえた。
「くっくっくっ、いつからだ?」
「最近。正確には半月前くらいに視線を感じた。最初は気のせいと考えてたけど、これが決め手」
私はそこまで言うと、木刀とは逆の手で持っていた紙の袋を誰も居ない森の入口の前に放り出す。
すると森の入口の辺りから、人が滲み出るかの様に現れた。
黒い光沢のある漆黒といっても差し支えないレインコート身長は先生程ではないが、初めて会ったあの頃より高くなった私の身長と同じ位の男。
男はしゃがみ込み、紙袋から一束の書類を取り出す。
「ふぅん、肝心な所が抜けている『折紙レポート』の写しか………なるほど、これを読んで思い出したって訳だ」
「そうよ」
目前の男が語る『折紙レポート』、先生が持っていた紙袋の中にあった物だ。
その紙袋の中に入っていたレポートのコピーを見て私は背中に震えが走った。
『進化と言う観点から見た能力者の歴史』と言う副題から始まったレポート。
その中に書かれていた事は、私には解らない。
今の座学程度では解らない領域の話ばかりや、専門用語や統計学。
そんな中に、問題の文章があった。
『―――と言う0.01%の遺伝子部分の違いにより、人と能力者は別けられる。古くからこの選別に用いられる特殊なレトロウイルスを内包した通称[偽神薬]は前述した通り、逆転写酵素の効果により退化発現遺伝子を宿主に植え付ける。その影響により、人間の中に埋もれている能力者遺伝子を呼び起こすのである。しかし、この[偽神薬]には一つ危険性がある。それは、』
「偽神薬の過量投与による遺伝逆転写暴走、それにによるアトランダムな獣化『ザ・ビースト』という副作用がある………此処まで読んで思い出した、身体が弱かった父さんに薬を渡していた貴方の顔を!!」
二年前、当時とても身体が悪かった父は、友人の勤める製薬会社から健康食品のモニターをしてくれと頼まれ薬を飲んでいた。
私の日常が壊れた前の日、その製薬会社の使いで薬を届け感想を聞きに来た男。
「ビーストには第一種、第二種・第三種と危険度によっての分類と、獣化によっての分類に分けられる。獣化の種類は先祖帰りのレベルによって違い、狼の場合『フェンリル』や『アヌビス』牛や馬の場合『ミノタウロス』『蚩尤』『ケンタウロス』鳥の場合は『ホルス』『天狗』………蛇や爬虫類の場合は『蜥蜴人』『大蛇』………あれは、あの蛇人間は………」
「そうさ君の父親さ」
その時
私の
血が一気に沸騰したかと感じた。
「貴様っっっーーー!!!」
「ハッハハハハ!! そうだ、その顔が見たかった。その憎しみに染まった顔が、表情が、声が素晴らしい!! アハハ、アハハハハハハハッ!!」
私にはもう相手が何を言っているか解らない、ただあるのは怒りと憎しみだけだ。
無意識に励起法を極限まで使い、歩法も戦略もないただの猛烈なダッシュで男に近付き木刀で切り付ける。
しかし、男はヒョイと避けると懐から取り出した大型の銃の銃口を向けて来る。
「何で、何で、何で!!」
「理由はないさ、ただの実験。能力者が『獣化』すると、どんな風に変化するか行動するかを見たかっただけさ」
「それだけの、そんな理由で父さんに………」
「ああ、お母さんお父さんに食べられちゃったね」
「アアアアァァァッッ!!」
がむしゃらに木刀を振るが当たらない、目の前の男のニヤつきが腹立たしい、腹が焼け付く様に怒りが私を支配する。
「アハハハッ良いね良いね、最も続けてくれよ? 実験はまだ終わっちゃいないんだ」
「アアアァァァッッッ!!! お前が、父さんを、母さんを!!」
その顔が憎い、声が憎い、存在が憎い!!
上段に構えた木刀を振り下ろし、返す刀に切り上げる。
「フハハハハ、剣が荒いよ? そんなんじゃ当たらない。こんなにも簡単に弱くなる。人間と変わらないじゃないか能力者は」
簡単に躱していく男、そんな状況でも構わない、私は目の前の男を………。
「死ねぇぇぇ!!」
「ざーんねんでした。ハハハハッ」
火を噴く銃口よりも早く動く。
切り付けるが当たらない。
「チクショウ、チクショウ!!」
「あ〜らら、畜生なんて口が悪い。畜生は………」
突然ドスンと横から身体に激しい衝撃が走り、私は車にはねられたかの様に吹き飛び自殺防止用の金網に身体をぶつける。
「うっうう………」
突然の事で何が起こったか解らない。
励起法で身体を強化していたにもかかわらず、全身に走る痛みが衝撃の激しさを物語っている。
木刀を杖にして立ち上がる、目眩がする歪む視界。
その歪んだ視界で見た。
「………アッアアア、アアアァァァ!!」
いつの間にか口から出ていた、叫び声。
あの日常が消えた事件。
消えたのは日常だけじゃなく、もう一つ見付からなかった物がある。
「そうだ、畜生は君の父親だ。感動のご対面さ、喜べ」
男の前には彼を守るように立ちはだかる、蛇人間………姿形が変わり果てた父がいた。
実はこの話、変わる世界の『八年前の高見原』にも連なります。