カモメは鶺鴒の啼き声を聞く
『桃花源』で一番有名な変わり湯『桃香』。
湯舟の近くに設置している立て看板に寄ると、有名な香料メーカー『香野』に特別注文した一品らしい。
桃の香りがする乳白色のお湯。
甘い香が鼻孔をくすぐり、身体を弛緩させる。
その湯舟に浸かり、ぼうっとしながら岩長ちゃんは話し掛けて来た。
心の間隙を突く一言。
「お主、あやつに恋心を抱いておらんか?」
「へ? ………ええええ!!」
「声を少し下げよ、今さっき店の者に怒られたばかりであろうが」
「うっ、ゴメン」
さっき、騒ぎ過ぎて店員さんに怒られたばっかりだった。
私はハハハと笑い誤魔化す。
「でも、今のは岩長ちゃんも悪いよ。突然どうしたの、わっ私が先生を好きって」
「違うのか?」
「違います」
即答しておく、下手に考えて間違えられたら困るから。
「でも、突然なんで?」
「ここに入る前にお主が言っておったろうが先生が謎だと」
「え?」
ここに入る前の事を思い出すと、確かに呟いた気がする。
岩長ちゃんは意識せずに言った私の何気ない一言を覚えていたらしい。
「聞いてたの?」
「うむ、この耳でしかと聞いておったぞ。お主の発言に対する答えはわらわの不肖の妹曰く、『男女の恋は、相手の事を知りたくなってから』だそうじゃ。」
頭が真っ白になる。
(はっえっ…恋!!?? 岩長ちゃん妹居たんだ…じゃなくって、恋? え? 誰が…? ええとぉ…?)
『恋』と言う言葉と『先生』と言うあり得ない言葉の羅列の結びで、完全に混乱している。
のぼせたのか顔がとても熱い。
「大丈夫かの?」
「うぅ~大丈夫~」
違うんだけど、何か恥ずかしい。
「なんじゃ、自覚しておらなんだか。修行が終わった後のお主のあ奴を見る目、違ったからてっきりの」
てっきりって一体、私の何処を見て何だと思ったのだろう。
だけど自分にはよく解らない漠然とした思いはあった。
それは確か。
「恋なのかな? 私はもっと別の物だと思うんだけど」
「さあのう? こればっかりは己自身しか解らんぞ。」
「煽るだけ煽って酷いよ…でも、何となく好きなのは解ってたんだ。確かに他の人とは…ちょっと違う『好き』はあるよ」
前の学校の友達とか、そういうのとは違うモノ。
それに気付いた時、最初は戸惑った。
自分の気持ちがよく解らないと言う、締め付けられる様な想いを感じ学校の授業が耳に入らない時があった。
師匠との修行中には高揚感があるのに、それ以外は何か調子が悪い、それに対して何故と自問自答した時もある。
「ドキドキするのは吊橋効果だと思うけど、私は先生がお父さんみたいだからって思ってた」
「親子愛か?」
「うん。でも、なんか良く解らない」
そっと岩長ちゃんを見ると、半眼でニヤリと笑っていた。
「ふふふふ、父親か…」
「なっ何を企んでいるのかなぁ~?」
余りの恐さにツィと離れる。
「こら、何処へ行くか。おぬしの知りたい事を少し教えてやろうと言うのじゃぞ」
「へっ?」
「まあ、解る範囲は奴の役職と言うか立場の事じゃがな」
「役職って?」
それは昔々、神が今よりたくさん実在していた頃のお話。
お主に『霧島』の名の影響力を教えてやろう。
影響力?
少し昔話をしよう。古い古い、神がこの地に多くいた頃の話、神代の頃の話じゃ。
八方塞?
うむ、神代の時代はの今と違い『荒神』が多い時代じゃった。
荒神?
ふむ、そこから説明せねばならぬか。おぬし神とは何と心得る?
えっと、何だろ? よく考えた事がないから上手く言えないや…何か、救ってくれたり願いを叶えてくれるとか?
普通はそうよな。 しかし、本質は違う。
神とは、大地を流るる気を治め大地に住む生きとし生けるモノ達を守るものじゃ。
壮大だねぇ。
そうか? 神とは大きいもの、しかし世界から見れば部品に過ぎん。
そんな事より話が逸れた、戻すぞ………ところが我々神は二面性をもつ。
これは力を使う方向性によって違う。
例えれば方向性による力の顕現がその大地にとって悪い方向に行く力・導く力を『荒魂』と、また逆に良い方向へ行く力・導く力を『和魂』と呼ぶ。
『荒神』とは所謂『荒魂』を宿した神を総称するのじゃ。
要するに、悪い神様が一杯いた時代って事なのかな?
その通りじゃ、少し思い違いがあるようじゃが概ね合っておる。
まあ、神代の時代はそんなこんなで荒れておった。
ある日、そんな荒れた世に我等神を治める主神が帰って来ての。
帰って来たって…まさか天御中主神って言う神様?
ほう、古事記を読んだと言うだけはあるの。
でも、古事記にはそんな事載ってなかったよ?
当たり前じゃ、儂が今話しているのは『記にに記さず、紀に載らぬ』話じゃ。
うわっ、考古学者垂涎ってやつだ。
………。
話の腰を折って御免なさい。
まあ、その天御中主神が帰って来ての、神々の中から八人選び荒神を制する組織を作ったのじゃ。
八人って事は、それが『八方塞』?
そう、その場にはおらなんだが、風の噂で聞いた話は風・山・雷・水・火・剣・海・月の神の近しい縁者で結成されたと聞いた。
この大地に住まう我等神々にとっては恐怖の対象の名じゃ。
そんなに?
ああ、この国の荒神は殆ど八方塞に狩られた、奴らに『世に仇成す荒神』と認識されればすぐさまに狩られる。
神々の恐怖の対象、神の天敵『八方塞』。
何が言いたいか解るか。
何と無く。
今では『八方塞』の血や業ををひく家系は少ない。
だが、今でも脈々と受け継ぐ家系がある。
その一つ名を『霧島』、伝える業を『霧島神道流』と言う。
「師匠が・・・。」
「いかにも」
話の大きさに信憑性の判断が付かない。
判断するにしても、遥か古代の話で確認する事も出来ない。
それよりも。
「じゃあ師匠は、この地で何をしようとしているの? まさか岩長ちゃんを!!」
「ええい、落ち着け!!」
ズビシッと岩長ちゃんの手刀が狼狽する私の額に入る。
「あたたたた。痛いよ岩長ちゃん………」
「当たり前じゃ痛くしたからのう。良く聞け、奴の目的が儂ならばとうの昔に儂は消えておる」
「ほぇ、そうなの?」
「荒神と認識したら即滅する…八方塞と言うのはそう言うモノじゃ」
「だとしたら…師匠は何故此処に?」
「解らぬ」
神妙な顔で悩む岩長ちゃん。
私は私で悩む。
謎が一つ減って、一つ増えたそんな感じだ。
「そこでお主に少し頼みたい事がある」
「えっと何を?」
「あ奴が、霧島のいつも持っている袋の中にある紙袋を見て欲しいのじゃ」