カラスの行水?
海原区高見原タワー下『鎮守街』
高見原が誇る電波塔、『高見原タワー』。
塔は森が多く高い樹が生えている高見原の地で、一際巨大な樹を連想させる。
そしてその樹の下で守られる様に拡がる雑多な商店街『鎮守街』。
出店の多さと雑多さは、テレビでしか見た事がない東京のアメ横や下町を彷彿させる。
その雑多な街を抜け街の外れ、海に面した場所に大きな建物が見える。
スパリゾート『桃花源』。
最近出来たスパリゾートで、話に寄ると高見原を発展させた立役者ともいえる桃山財閥の保養所から一転してチェーン展開をしているらしい。
その『桃花源』の入り口で私と岩長ちゃんは植え込みの縁に腰掛けて空を見上げながら師匠を待っていた。
「先生遅いね~」
「遅いのう。男の癖に着替えるのに時間がかかり過ぎじゃ」
今先生はお風呂に入る前に、私の用意した服に着替えて貰っている。
何故かと言うと、流石に薄汚れた服で公共施設に入るのはどうかと思ったからだ。
ちなみに同じくボロボロの服を着ていた岩長ちゃんは、私のお下がり(?)を着てもらっている。
(中学生の時に着ていた黄色いワンピース…今でさえ可愛いのに、綺麗に磨いたらどうなるんだろう?)
足をブラブラさせながら空を見る岩長ちゃんを横目で見ながら私は、これからの事に期待で胸を高鳴らした。
そして、もう一人の期待の新星はまだこない。
「………あ奴はどんな顔をしておるのかの?」
「先生の素顔は神様でも解らないの?」
「うむわらわの透見が通じなんだ、どういう理屈か知らんが見えん。それと奴自身が言っておった。『自分の能力は特殊だから見えない』と。恐らくは奴の『法師』としての能力じゃろう…『識者』のお主はどうじゃ?」
「残念だけど、私も何も見えないよ~」
先生曰く、能力者は大別して『識者』『導士』『法師』と三つある。能力の差は以前話したので割愛して、三つの因果関係を話そう。
一番簡単に言うとジャンケンと一緒。
流れを操る『導士』は世界を見る『識者』を圧倒し。
世界を見る『識者』は世界を創る『法師』を見破り。
世界を創る『法師』は流れを操る『導士』を征服する。
と言うのが通例でなのだが、それを踏まえると師匠の異常性が解る。
『法師』たる先生の世界が、世界を見る『識者』の私に見えないのだ。
例外や相性もあるが…全然見えないのはおかしい。
「先生って謎だよね…」
先生の事を知らない、何も話してくれない師匠。
俯き、思わず声に出してしまった。
「お主…ん? ようやく来よったか。遅い…何じゃそのわらわにも解る時代錯誤な格好は」
「銀行に寄って、コインランドリーに行って来たからな…格好については用意した彼女に言ってくれ」
俯けた顔をあげると和服姿の先生。
着替えをあまり持っていないと言った先生に、うちの旦那さんの箪笥から和服を持ってきて渡した物だ。
(…うわぁ、上背があるから思った通り似合うなぁ。でも、髪と髭のせいで仙人みたいだ。…ん? 銀行?)
「銀行…!? お主、金はあるのか!!」
声のトーンを張り上げ驚く岩長ちゃん、かくいう私も驚きで声がでない。
「お前達…私を何だと…」
「てっきり浮浪者かと思っておった」
「岩長………」
私も思ってましたとは言わない空気になってしまった。
「そっそれよりも二人とも早く風呂に入りましょう!!」
そういって私は二人の背を押して『桃花源』へと入っていく。
閑話
白く曇った鏡を手で拭う。
透明になった鏡面に写るのは髪と髭が伸びた顔。
(三年分の髪と髭か)
髪と髭の長さは彼女が死んでからの時間を表す。
『ごめんなさい。私、あなたに辛い選択をさせる』
彼女の言葉が耳に留まったままの三年間、彼女の憂い通りになった。
我ながら女々しい事だ。
(彼女の最期の想いがが消えてしまうようで…か)
備え付けのボディソープを少し手に取り、泡立てながら髭に塗る。
(想い…形ではなく彼女の想いだ。だから形じゃなく、この胸にあればいい。そうすれば忘れない)
言い訳がましい言葉を声もなく呟き、入るときに買った髭剃りを手に持ち断ち切る様に剃り落とす。
髭を剃りつつ、髭を剃った場合のこれからの懸念材料を頭に揃えていると、ふと別の事に気が付いた。
『煌種』
粒子状の身体と、その身体を操作する核からなる生物。
俗称を『神』や『仏』とも言う。
この生物、実はある能力者がある条件下で死んだ時に現れる。
『岩長』はコレにあたるのだ。
(自分の気持ちに捕われて、完全に失念していたな)
『煌種』は自分のイメージを基本に、姿形は自由自在だ。
解りやすく言えば、イメージさえしっかりしておけば、どんな姿にもなれると言う事。
だが岩長は、その『神』の性質上姿形を変える事が出来ないでいる。
その理由は岩長自身が語っているのは記憶に新しい。
『わらわは「不変」を司る大地の神・・・。』
古事記曰く、山の神は天より降臨しニニギの求婚に応じ、『繁栄と死』を司るコノハナサクヤと『不変と命』を司るイワナガヒメを差し出した。
そう岩長は『不変』なのだ。
(私に言わせれば思い込みが激しくて頑固なだけがだ。あの姿は人に言われた自分のイメージに過ぎん…よほどニニギに『醜い』と言われたのが衝撃だったのだろう、負のイメージで凝り固まっている)
髭剃りを置き鏡を見る、そこには三年振りの髭のない自分。
(彼女の努力…無駄かもしれんな。心は簡単に変えられん、岩の心を持つ岩長ならば尚更)
髭を剃り終わり、泡を落とし湯舟に浸かる。
肩までゆっくり浸かり力を抜いた時、突然どこからか喧騒が聞こえた。
「ぬおおおお!!! 身体が削られるようじゃー!!!」
「キャー、岩長ちゃん肌白い!! 白磁みたい!! ツッルツル~!!」
「………あいつら」
声が聞こえる方向を見ると天井で繋がっている女湯の方から。
頭痛がしてきた。
「ほらほら、髪の毛もとってもツルツル~いいなー羨まし~な~」
「こっこら髪を引っ張るな!!」
騒々しい声に私は驚かされる。
声ではなく、その内容にだ。
(髪が、肌が変わった?)
「くっくくく」
女湯で騒ぐ弟子を褒めて、いや褒めちぎってやりたい。
「そうだ、大地の神に対するのは何時だって天より現れる」
お湯を掬い上げ肩にかける。
「心を変える事が出来る、お前は凄いな」
「今度はお主の貧相な身体を磨いてくれる!!」
「なぁ!!! 酷いよ岩長ちゃん!!!」
「何が酷いか…」
「なっ何を笑っているのかな岩長ちゃん? 何を企んでいるの?」
「霧島!! 聞こえておるな? お主の弟子の身体は…モガモガ!!」
「あわわ、せっ先生聞こえました? 聞いてませんよね!?」
「胸の形は幼児…ガボガボ!!」
「キャー!!」
前言撤回。
「馬鹿者が」
今回会話文が多いなあ。