雷を知る燕
残りのチンピラがそれぞれの得物を手に一斉に襲い掛かってくる。
気持ちは解らなくもない、明らかに勝ち目がなさそうな相手より小娘相手の方がいいと踏んだのだろう。
助かりたいだけの特攻。
だけどそれは叶わない、叶えさせる訳にはいかない。
右側の男のナイフを篭手で叩き落とし、左側の男の面打ちより早く左にかわしながらの貫き胴薙ぎで倒し、そのままの流れで腰だめに匕首を持って体ごと飛び込んできた正面の男の喉仏に左手刀を打ち込んだ。
「ギャ!!」
「オボゥ!!」
「ゲェ!!」
「え?」
鈍い音。
振り返ると最初に篭手打ちで沈黙させた筈の男の脳天に、先生の踵が突き刺さっていた。
「残心を忘れると、この様に反撃にあう恐れがあると言う事だ。」
見ると篭手打ちで砕けた腕とは逆の手にナイフを持っている。
先生の言う通り、三人を打ち倒した私に隙があった。
その時にナイフを持って飛び掛かられば一たまりも無かった筈だ。
「すみません」
「常に私が居ると思うなよ。繰り返さない事だ」
「肝に命じます」
一通りのお説教(?)が終わり先生が私を奥の部屋へと呼んだ。
私は何だろう? と思いながら先生が開けた壁の穴から中へと入る。
途端、さっきの地鳴りの音が解った。
壁に前衛的な彫刻が三つめり込んでいた。
「アハハ、この音だったんだ。」
四方それぞれの壁にめり込んでいるヤクザを見て思わず空笑いをしてしまった。
今さっきの光景を見ている私には、何があったか一目瞭然だからだ。
「こっちだ。」
師匠が一つの戸棚の前で呼んでいた、駆け寄るとそこにはクローゼットの中にある大きな金庫。
「木刀を貸してくれ」
「ご自分の竹刀はどうしたんです?」
「『雷刃』の打ちすぎで壁を斬った時に折れた。竹刀では些か強度に問題があるようだ」
「それだけやれば充分です」
私は竹刀より丈夫な鉄芯の入った木刀を溜息と共に手渡した。
霧島神道流奥伝『雷刃』、師匠に言い渡された私の目標。
以前、師匠が竹刀で鉄棒をバターを切る様に切り刻んだ技がこれらしい。
どんな技かは私にはよく解らない。
座学として理論体系を説明しては貰ったけど『儀式』とか『波動理論』とか『量子力学』とか…一番解りやすい理論で『撫でる様に打つ事で巻き起こる衝撃で分子レベルのダルマ落としを行う』とか解らない事を言われた。
数ヵ月前まで一般人やっていた私にはさっぱり解らないのは当たり前だと思う。
解り易く説明して貰って、何と無く解った事を説明してみろと先生に言われた時、ファンタジーっぽく『物質結合を風を纏わした剣で切る』と私なりの結論を答えた。
先生の目が前途多難の様なものを見て、珍しく難色を示したのは記憶に新しい。
「ちゃんと見ていろよ」
「はい!!」
それ以来、先生は『雷刃』を使う時は私を呼ぶ。
理由は簡単、『百聞は一見にしかず』普通なら見ることが出来ない『衝撃を操る』技を、『風(波動)を見ることが出来る識者』の私に見せる為。
一流の技を見せて技を覚えさせる『見取り稽古』と言う訳なのである。
とは言え、見ている方も大変だ。
先生の剣速は閃光と言っても遜色ない程の速さ、それをちゃんと見ろと言われても大変難しい。
最近は手を抜いているらしいので、まだ見える方。
もう少し遅くして貰えたら、弟子としては嬉しい限りなんだけど。
スゥ
空気が変わる。
戦闘中で無意識かつ瞬時に行う精神統一。
私は急いで目に意識を集め能力を起動させる。
構えは次の手を見せるようなものと言い、滅多に見れない先生の構え。
腰だめに構えた居合の体勢。
両足を開、き頑健さを売りにしているであろう黒い金庫に合対する。
舌を上顎につけ身体の力を練り上げる息吹、それが作り出す空気の流れが目に映る。
先生は右手の甲を木刀の柄にソッと当てる、以前聞いた事のある古流剣術の構え。
一瞬、空気が凍り付いたかの様に見えた。
手首を回転させ、身体を開き木刀を手の中から一気に引き抜く。
私は今まで何度も見せられても見えなかった刀身を、今日初めて見切れた。
刀身が空気を捕え、その空気を衝撃波と言う刃と変えて金庫の扉へと直接叩き込んでいる!!
私が見えたのはそこまでだった。
「見えたか?」
「はい…波がスッと金庫に吸い込まれた感じでした………今日、初めて見れました。」
「見えたか。いずれはお前にも使える日が来る。」
満足そうに先生は頷いた。
「私に出来る…」
「ああ、出来る。お前には、それだけの事が出来る技術と『儀式』を教えた」
「『儀式』?」
「ああ。それは今度話そう、それより今は金庫だ。」
「金庫ですか?」
私達はいそいそと切り刻んだ金庫を開き、師匠は中身を確認する。
「あの…先生、聞きたいんですが。これって強盗と変わらないんじゃ……」
「そんなんじゃ生きていけないぞ? それよりも…目的はこれだ」
そう言いながら先生は茶色いプラスチック製の容器を投げて寄越してきた。
受け取ると、中からジャラっと音がした。
「なんです?話に聞いてた麻薬ですか?」
「いいや、それより質が悪い『偽神』を作る薬だ。」
「『偽神』?」
私の疑問はそこまでだった、窓を破る音と共に白い煙を吹く発煙筒が窓を破り飛び込んで来た。
「煙を吸うな、思ったより遥かに対応早い…犬飼をけしかけてきたか」
「ふぇ!?」
前から頭を抱え込む様に抱きしめられる。
(あ…長身で細いかと思ってたけど胸板厚いんだぁ…じゃない!!)
突然の浮遊感と窓が割れる音、私に解ったのは抱きしめられながら窓から脱出したと言う事と。
(先生…臭い、普段どんな生活してるんだろう?)
余り関係の無い師匠の実生活への危機感だった。