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カモメは遥か水平線を見る  作者: オピオイド
11/22

燕は初めての戦いに酔う

『下段の構えからの逆風の太刀ですか?』

『そうだ。霧島神道流に於いては「昇雷」と呼ばれている。私の知っている別の流派では「逆流」という所もあるな』

『それが私に合った基本の型と言う事でしょうか?』

『ああ。威力の弱さと言うデメリットも考えたとしても、君の身長を活かし乱戦や持久戦を考えるとこれが一番効率がいい』

『えと…基本の型とか一通り習いましたけど…戦略や戦術の類は良く解りません』

『………まあいい。最初から説明しよう、君は身長が低いのは自覚しているな?』

『…はい』

『下から来る攻撃はハッキリ言うと避けにくい。素人だとまず避けれん、避けれたとしても体制を崩すのが関の山だ。だが、それ以外で一番の効果がある。』

『効果?』

『解らんか? 足だ』


「ああぁぁぁ!!」


右半身で木刀を振り上げたチンピラ相手に、左に軸をずらし先生の言葉通りに右斜めから振り上げた。

ゴリと、手に鈍い感触。


「ぎっぎゃああああ!!!」


足を抱えのたうちまわるチンピラの首筋に、止めとばかりに一撃を加え昏倒させる。

仲間の敗北を知ると同時に、周囲を固めていたチンピラ達がジリジリと距離をとり始めた。

言葉や態度と裏腹に統率の取れた闘い慣れた動き…伊達に武闘派を名乗っていない。


「お嬢ちゃん、やるねぇ。切り上げで足を砕き、動きを止めた上での容赦ない一撃か。身長差を考えると普通の相手は上から下への攻撃になる…逆にその打った攻撃で見えなくなる足元への一撃」


ヤクザは真剣を背負い今あった事を笑いながら淡々と説明する。

倒れて動かないチンピラにも目もくれずに。


「お嬢ちゃん、まだ若けぇのによく考えて戦ってるなぁ…てめぇ何処のモンだ?」


きっとヤクザは勘違いしている。

うら若い女が単身で武闘派で有名な組に殴り込みをかけていると言う事実を理解するより、目の前の少女がどこかの組織で鍛えられた凄腕のヒットマンと思う方が信じやすいのだろう。

普通はそう思うだろう、そこまでを彼は考えて言ったのだろうが。

私は答えられない、それどころではない。

手に残る感触。

ジンと腕を伝わる振動。

神経を撫でるような微細な振動が、快感を感じさせる。


アハ


アハハ


アハハハ


恋い焦がれる様に求めていたものが、手に入ったみたい。

あの夜、両親が居なくなった夜に見た臙脂色の悪夢から、ずっと待っていたモノ。


悪夢を振り払う力を!!


悪夢と戦う力を!!


ギュイと掴んだ木刀と手袋が音をたてる。

ヤクザの質問に、私は木刀を握り締める事で答えた。

周りのチンピラが身構える…ヤクザを含めて後五人!!

その時、心に声が浮かんだ。



『戦い酔うな、状況に驕るな。』



フッと身体から力が抜ける。

冷水をかぶった様に、頭に昇った血が下がった。

修行中に言われた先生の叱咤が頭に響く。


『人は驕り高ぶる時に色々なものを見失う。あらゆる時に冷静になれ、怒りは殺せ、冷静という氷に閉じ込めろ』


頭を切り替え周りを、状況を今一度確認。


『状況に酔うな。自分の優位など一時的なものに過ぎん。酔えば状況を見失う、見失えば…そこで終わりだ』


前に三人、左に一人!? 一人足りない!!

能力を使い、虹色の世界を目に映し世界を探る。


後ろ!!


左足を右に流し、唐竹で迫る木刀避け、遠心力で右肘を突き出す。


「グゲェ!!」


後から切り込んで来たチンピラの喉に深々と突き刺さる肘。

同時に足を掃い、鳩尾に木刀を突き立てる。

先生の言葉を思い出さなければ、ここに沈んで居たのは私だと考えると、背筋に冷たい汗が流れる。


「…くっくっくっ、隙を見せたから後に回り込んだ奴にやらせてみれば…やるねぇ」


何が可笑しいのか肩を震わせる様に笑うヤクザ。


「いまさっきの隙が誘いかどうかは別として、今の流れる動き・・・頸動脈狙いの肘で終わったのに止めまで入れるその胆力…くくっ容赦ない所とかも気に入った」

「習った通りの動きです。それと先生からは『やる気がない時はやるな、やる時は残心を忘れるな』と言われていますから容赦はしません」

「へっ良く出来たお師匠さんだな。ものは相談だか…うちの組員にならねぇか?」

「はぁ?」


いきなりの誘い。、わけが解らない。

こちらを動揺させて隙を作るつもりか、本気なのか。

どちらにしても、応えるつもりはない。


「そんなに睨むなよ…俺の蚤の心臓が縮み上がる。」


くだらない事を言いながらニヤリと笑うヤクザ、私は気を緩めない。

先ほどみたいな隙を見せない八方に気を配り、室内の状況を掌握するように見る。


「…最初に言いました。私はあなた達を赦さないと、そんな人間の仲間は御免です。潔く潰れて貰います」

「へっ言うねぇ。うちの組でこの状況下で、ここまでタンカ切った奴は後にも先にも手前だけだ!!」


真剣を背負ったヤクザが立ち上がる。


「それにな、事務所の奥には今手前がやった奴より腕前が数段上の奴がいるんだ!! この状況で……」


ズシン!!


ヤクザが顎で奥の扉を指した、その時…それは起こった。


ズシン!!


震える壁。


「ギャー!!!」


叫び声。


「たったったっ助け…」


ズシン!!


助けを呼ぶ声と、震える壁。




いつの間にか私を含め全員、奥の扉を見詰めていた。

バン!! という激しい音。


「グエーー!!!」


ズシン!!


扉を破り、身体をくの字に折り曲げながら、私の横を床と平行に吹き飛び、壁に派手に激突する強面の男。


「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」


場が一気に静まり返る。

多分ヤクザ達は隣の部屋で何が起こったか解らずに混乱しているであろう。

私は心当たりがあるので、冷静だ。

その時ビシッ!! っと隣の部屋とこちらの部屋を隔てる壁に切れ目が入った瞬間、コンクリートがブロック状に崩れ落ちる。

濛々と上がるコンクリートの粉、その先に浮かび上がる白い人影が幽鬼の如き歩みで姿を現す。


………師匠…登場が派手です。


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