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思ったことと逆のことが必ず起きる僕の生き方

作者: 露(つゆ)
掲載日:2026/10/23

 僕は「思ったことと逆のことが必ず起こる」という能力を持っている。

 だから僕は幸せを望んではいけないんだ。


 その能力に気づいたのは幼い頃。

 冷蔵庫にあるプリンを楽しみにしていたら父に食べられる。

 地元の遊園地に行って、楽しかった! また行きたい! と思えば潰れる。

 お母さんとお父さんとずーっと一緒にいられますようにと思えば……僕が十歳の時、二人は交通事故で死んだ。

 それから僕は気づいた。僕は幸せを望んではいけないのだと。


 会社に出勤すると、掃除のおばさんと肩がぶつかった。おばさんは即座に謝る。

「ごめんなさいね」

「大丈夫ですよ」

 しかし、僕の心の中はこうだ。

『ふざけんなクソババア。クビになって路頭に迷え』

 酷い? うん、そうだ。僕は酷い奴だ。だがここで『気にしなくていいですよ。気をつけてお仕事頑張ってくださいね』なんて思えばおばさんは酷い目にあうこと間違いなしだ。

 いつの間にか、僕は心の中でこんな悪態をつくことしかできなくなった。それが僕の生き方なんだ。


 今日から新入社員が入ってくるらしい。そんな時期か。

 僕はその一人、椎名(しいな)さんの教育係を任された。

「よ、よろしくお願いいたします……!」

 椎名さんは緊張しながら僕に挨拶をする。

「よろしくね。ゆっくり覚えていけばいいから」

「は、はい!」

 僕の心の中? もちろん、

『めんどくせぇ~! さっさと自分の限界を感じて辞めてくれ~!』

 だ。


 椎名さんは要領が良い訳ではないが、学ぶ姿勢がきちんとしていて、どんどん仕事を覚えていった。

「真木(まき)さん、ここはこれで大丈夫ですか?」

 椎名さんは書類の確認を頼んでくる。

「うん、よくできてるね。教育係解任の日は近いよ」

『下手くそが! 早く俺を解放させろ!』

「ふふっ……ありがとうございます」

 そんなことを思うのに、椎名さんの笑顔に……僕はときめいた。知っているんだ。僕が椎名さんに惹かれていることは。でも、僕には誰かと幸せになる資格なんてない。

『あんな奴、大嫌いだ』

 そう思って自分を納得させた。


「真木さん」

「ん?」

 ある日の終業時刻、僕は椎名さんに呼び止められた。

「あの……お話したいことがあるんです。屋上に来てもらえませんか?」

「?」

『もう帰りたいんですけど……。空気読めないんですか? 残業代請求するぞ』


 屋上には僕達二人しかいなかった。まあもう終業時刻だし。

 椎名さんは僕に向き合って真剣な顔をして言った。

「私、真木さんのことが好きです」

「はへ?」

 変な声が出た。何かを思う暇も無い。

「真木さん……ずっと私に根気よく仕事を教えてくれました。そんな真木さんが……私、好きなんです」

「……」

 ああ……嬉しいなんて思ってはいけない。だって僕は……。

「……ねえ、僕が『思ったことと逆のことが必ず起こる』っていう力を持っている、とか言ったら信じる?」

「え……」

 椎名さんは目を丸くした。椎名さんだから、言おうと思った。

「僕はいつもいつも心の中で他人に悪態をついて生きている。君のことだって『カス』『グズ』『ブス』『大嫌いだ』と罵っている。僕はそういう人間だ」

 僕の言ったことを聞いて、椎名さんは、ふっと笑った。

「真木さんってお優しいんですね」

「え」

 今度は僕が目を丸くした。

「みんなが不幸にならないように自分を不幸にしているんですね」

「……これは……自分の為で……」

 椎名さんはくるりと後ろを向いた。

「ねえ、真木さん。私も持ってるんです、似たような能力」

 椎名さんは頭だけで振り返って僕を見た。

「『思ったことが必ず起こる』能力」

「それって……」

「真木さんと逆です」

 椎名さんはまた僕に向き直る。

「便利なようで便利じゃないんです。自分を律しないといけないから。プリンが食べたいと思ったら大量のプリンが来て、遊園地楽しい! また行きたい! と思ったら週一で行けることになって飽きるとか。それから……」

 椎名さんは眉を下げて笑った。

「お母さんなんて嫌い! 死んじゃえ! って思ったら……死んじゃった」

 椎名さんの顔は夕陽に照らされて悲しそうに見えた。

「でもね……それでも私達は幸せになって良いんです」

 椎名さんは僕の手を取った。

「ねえ真木さん、勝負しませんか?」

「勝負?」

「私と真木さんの能力のどちらが強いか。私、真木さんのこと幸せにしてみます」

 僕は諦めてため息をついた。

「じゃあ僕は君の不幸を望むよ」

「ふふっ」

 ああ……この笑顔に僕は弱いんだ。僕はこの笑顔を……潰したいなんて思った。

「それにしても真木さん」

「ん?」

「私のこと『カス』だの『グズ』だの『ブス』だの『大嫌い』だの……」

「えっと……」

 僕が弁明の言葉を探すより先に彼女は言った。

「私のこと好き過ぎませんか?」

「……」

 僕は呆気に取られた後、おもいっきり笑った。


 それから年月が経ち、僕と志乃(しの)はすっかり年老いて病院のベッドで寝たきりになっていた。

 志乃は隣のベッドから僕に話しかける。

「隣同士のベッドが良いって願い、叶いましたよ、卓(すぐる)さん……」

「そうかい」

 僕は絶対嫌だと思ったよ。

「卓さん……」

「なんだい」

「私より先に死なないでくださいね。もうそう思いましたから」

「まったく、志乃はさみしがり屋だ」

「ふふっ……」

 カーテンで見えないが、志乃はまた僕が大嫌いな笑顔で笑っているんだろう。もう二度笑わないでほしい。

「じゃあ、僕は志乃に先に死んでほしいと思おう」

「あら、意地悪」

 志乃は僕の言葉を額面通りには受け取ってないだろう。長年の夫婦生活でもうわかる。

 少しすると、志乃の寝息が微かに聞こえてきた。

「(寝たのか……)」

 僕は志乃との日々を振り返る。とても、不幸な日々。君となんて出会わなければよかった。

 でも、勝負の行方は……受けた時点で決まっていたのかもしれない。

 僕は満たされない気持ちで目を閉じた。

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