思ったことと逆のことが必ず起きる僕の生き方
僕は「思ったことと逆のことが必ず起こる」という能力を持っている。
だから僕は幸せを望んではいけないんだ。
その能力に気づいたのは幼い頃。
冷蔵庫にあるプリンを楽しみにしていたら父に食べられる。
地元の遊園地に行って、楽しかった! また行きたい! と思えば潰れる。
お母さんとお父さんとずーっと一緒にいられますようにと思えば……僕が十歳の時、二人は交通事故で死んだ。
それから僕は気づいた。僕は幸せを望んではいけないのだと。
会社に出勤すると、掃除のおばさんと肩がぶつかった。おばさんは即座に謝る。
「ごめんなさいね」
「大丈夫ですよ」
しかし、僕の心の中はこうだ。
『ふざけんなクソババア。クビになって路頭に迷え』
酷い? うん、そうだ。僕は酷い奴だ。だがここで『気にしなくていいですよ。気をつけてお仕事頑張ってくださいね』なんて思えばおばさんは酷い目にあうこと間違いなしだ。
いつの間にか、僕は心の中でこんな悪態をつくことしかできなくなった。それが僕の生き方なんだ。
今日から新入社員が入ってくるらしい。そんな時期か。
僕はその一人、椎名(しいな)さんの教育係を任された。
「よ、よろしくお願いいたします……!」
椎名さんは緊張しながら僕に挨拶をする。
「よろしくね。ゆっくり覚えていけばいいから」
「は、はい!」
僕の心の中? もちろん、
『めんどくせぇ~! さっさと自分の限界を感じて辞めてくれ~!』
だ。
椎名さんは要領が良い訳ではないが、学ぶ姿勢がきちんとしていて、どんどん仕事を覚えていった。
「真木(まき)さん、ここはこれで大丈夫ですか?」
椎名さんは書類の確認を頼んでくる。
「うん、よくできてるね。教育係解任の日は近いよ」
『下手くそが! 早く俺を解放させろ!』
「ふふっ……ありがとうございます」
そんなことを思うのに、椎名さんの笑顔に……僕はときめいた。知っているんだ。僕が椎名さんに惹かれていることは。でも、僕には誰かと幸せになる資格なんてない。
『あんな奴、大嫌いだ』
そう思って自分を納得させた。
「真木さん」
「ん?」
ある日の終業時刻、僕は椎名さんに呼び止められた。
「あの……お話したいことがあるんです。屋上に来てもらえませんか?」
「?」
『もう帰りたいんですけど……。空気読めないんですか? 残業代請求するぞ』
屋上には僕達二人しかいなかった。まあもう終業時刻だし。
椎名さんは僕に向き合って真剣な顔をして言った。
「私、真木さんのことが好きです」
「はへ?」
変な声が出た。何かを思う暇も無い。
「真木さん……ずっと私に根気よく仕事を教えてくれました。そんな真木さんが……私、好きなんです」
「……」
ああ……嬉しいなんて思ってはいけない。だって僕は……。
「……ねえ、僕が『思ったことと逆のことが必ず起こる』っていう力を持っている、とか言ったら信じる?」
「え……」
椎名さんは目を丸くした。椎名さんだから、言おうと思った。
「僕はいつもいつも心の中で他人に悪態をついて生きている。君のことだって『カス』『グズ』『ブス』『大嫌いだ』と罵っている。僕はそういう人間だ」
僕の言ったことを聞いて、椎名さんは、ふっと笑った。
「真木さんってお優しいんですね」
「え」
今度は僕が目を丸くした。
「みんなが不幸にならないように自分を不幸にしているんですね」
「……これは……自分の為で……」
椎名さんはくるりと後ろを向いた。
「ねえ、真木さん。私も持ってるんです、似たような能力」
椎名さんは頭だけで振り返って僕を見た。
「『思ったことが必ず起こる』能力」
「それって……」
「真木さんと逆です」
椎名さんはまた僕に向き直る。
「便利なようで便利じゃないんです。自分を律しないといけないから。プリンが食べたいと思ったら大量のプリンが来て、遊園地楽しい! また行きたい! と思ったら週一で行けることになって飽きるとか。それから……」
椎名さんは眉を下げて笑った。
「お母さんなんて嫌い! 死んじゃえ! って思ったら……死んじゃった」
椎名さんの顔は夕陽に照らされて悲しそうに見えた。
「でもね……それでも私達は幸せになって良いんです」
椎名さんは僕の手を取った。
「ねえ真木さん、勝負しませんか?」
「勝負?」
「私と真木さんの能力のどちらが強いか。私、真木さんのこと幸せにしてみます」
僕は諦めてため息をついた。
「じゃあ僕は君の不幸を望むよ」
「ふふっ」
ああ……この笑顔に僕は弱いんだ。僕はこの笑顔を……潰したいなんて思った。
「それにしても真木さん」
「ん?」
「私のこと『カス』だの『グズ』だの『ブス』だの『大嫌い』だの……」
「えっと……」
僕が弁明の言葉を探すより先に彼女は言った。
「私のこと好き過ぎませんか?」
「……」
僕は呆気に取られた後、おもいっきり笑った。
それから年月が経ち、僕と志乃(しの)はすっかり年老いて病院のベッドで寝たきりになっていた。
志乃は隣のベッドから僕に話しかける。
「隣同士のベッドが良いって願い、叶いましたよ、卓(すぐる)さん……」
「そうかい」
僕は絶対嫌だと思ったよ。
「卓さん……」
「なんだい」
「私より先に死なないでくださいね。もうそう思いましたから」
「まったく、志乃はさみしがり屋だ」
「ふふっ……」
カーテンで見えないが、志乃はまた僕が大嫌いな笑顔で笑っているんだろう。もう二度笑わないでほしい。
「じゃあ、僕は志乃に先に死んでほしいと思おう」
「あら、意地悪」
志乃は僕の言葉を額面通りには受け取ってないだろう。長年の夫婦生活でもうわかる。
少しすると、志乃の寝息が微かに聞こえてきた。
「(寝たのか……)」
僕は志乃との日々を振り返る。とても、不幸な日々。君となんて出会わなければよかった。
でも、勝負の行方は……受けた時点で決まっていたのかもしれない。
僕は満たされない気持ちで目を閉じた。




