16話「deep web」
―――お前にウォッチを作ってやる。
ラピカスは、俺を連れて自宅へと向かった。
自宅といっても、路地裏の一角にある、古びた小屋のような場所。
だが、床に隠されていたはしごで地下に降りると、そこには広い空間があった。
「研究室ですか、ここ」
「まぁそんな所じゃ」
「へぇ。ウォッチが作れるってのも本当らしいですね」
「昔ちょっとかじっていただけじゃよ」
「ところで、どうして俺にウォッチを?」
俺はそう尋ねた。
ストーンを入手すれば、使用のためにウォッチが必要になるのは分かる。
だが、俺は肝心のストーンを一つも持っていないのだ。
すると、ラピカスは珍しいものを見るような表情で、俺に言った。
「さっき襲われたとき、お前はどうやって逃げたと思う?」
「ひたすら走って逃げましたよ」
ラピカスは首を横に振る。
「いや、惜しい。お前は無意識に「加速」して逃げたんじゃ」
「かそく―――?」
「あぁ。能力を使っていたんじゃな」
ラピカスがそう言うと、俺の頭にクエスチョンマークが浮かんだ。
「なぜ、ストーンもないのに俺に能力が?」
「知らん」
即答された。
「ストーンなんてものは、しょせん媒体に過ぎない。必要ない」
そういうことらしい。
一度、自分の頭で整理してみる。
ストーンではなく、ストーンが内包する能力そのものが重要。
そして俺はその能力を持っている、らしい。
また、この老人はストーンをはめないウォッチを作ろうとしている。
もちろん、そんなウォッチの詳細は聞いたことがない。
一体どれだけの技術が彼に備わっているというのだ。
「命とひったくりの恩人じゃ。だまされたつもりでウォッチを受け取ってくれ」
「ありがとう、ございます」
俺は礼を言う。
言いながらも、頭の中は混乱していた。
だが、この人は俺の力になってくれるのだという事実だけは、はっきりと分かった。
「まずはお前の身体についてデータを採らせてくれ」
ラピカスの言うがままに機械的なベッドの上に寝る。
ここで、これから能力について調べるのだろう。
すると、俺の全身がメカメカしいアームにいじられ始めた。
くすぐったさを10分ほど我慢すると、検査終了を知らせるピー音が聞こえた。
枕元に来て、ラピカスが言う。
「ウォッチの作成にはあと1時間ほどかかる。だが、材料がひとつ足りんのじゃ。なんとかして買ってこれないかの?」
「え、いや流石にバレたらやばいんじゃ」
「心配せんでよい。路地裏の闇市には監視の目は届いとらんよ」
ラピカスはニカーッと笑った。
路地裏には、イベントから逃げた人が俺以外にも大勢いるとのことだ。
言われてみれば、路地裏には身分証のない人が大勢住んでいそうだ。
ゆえに俺だけがひどい扱いを受けたり、表に突き出されるなんてことはないらしい。
呆れた顔をしながらも、俺は闇市へと向かうことにした。
はしごを登って地表に出ると、辺りの景色が見えた。
壁には汚れや落書きがいっぱい。
光が消えかけたネオンサインや、ボロボロの看板もたくさんある。
まるで荒廃した未来都市のようだ。
今回購入すべきものは、『クリスタル』と呼ばれる部品。
ウォッチの基盤作成に使うものらしく、それなりの値段に設定されてある。
ラピカスから渡された軍資金は、俺の手にしっかりと握られている。
ちなみに、ラピカスには『ロム』という店に行くよう勧められた。
闇市に入ってまっすぐ進むと、店の大きな看板が見えるそうだ。
更に進むと、機械部品や金属パーツが組み合わさったような形のゲートが見えた。
ゲートの向こうには、建物や露店、看板が沢山あるのが見える。
辺りを行き交う人も多い。
ここから先が闇市だ。
「そこの兄ちゃんよぉ、『安心安全漢方』に興味ないかい?」
すると、早速客引きに絡まれた。
「興味ないです―――」
「これを飲んどきゃ朝昼晩いつでもハイだぜ!一個財布に入れとけよ!」
「それ安心安全なんですかほんとに」
「ちっ。ごちゃごちゃうるせーガキだな。どっか行きな」
そっちから絡んできたんでしょーが。
俺はため息をついて、そのまま闇市を歩いて行った。
すると目の前に、木でできたロムの看板が現れた。
案外古びた店だが、建物は大きく客も多い。
闇市の中でも人気の店なのだろう。
俺はそのまま店内に入った。
「え―――?」
俺はあまりの店の広さに驚いた。
入った時には分からなかったが、奥行きがヤバい。
店奥のレジカウンターが、まるで水平線のように見える。
おまけに、店は地下1階から3階まであるときた。
果たしてクリスタルを見つけるのに何年かかるのだろうか。
だが、別に一人で探す必要はないのだ。
まずは店員を見つけて、クリスタルが売っているか尋ねる。
無事に売っていたらしい。
その店員はわざわざ2階から商品を取ってきて、ささっとお会計を済ませてくれた。
おかげで思っていたよりも楽に買い物が終了した。
目的は達成されたので、俺は店から素早く外に出ようとした―――
「いでッ。ア゛ァ?」
肩に痛みを感じた。
店に入ってくる人と肩がぶつかってしまったらしい。
しかも、めちゃくちゃ人相が悪い。
全身、ドクロのマークでいっぱいだ。
おまけに、取り巻きらしき人が後ろに何人もいる。
「あ、ごめんなさい!」
「人様にぶつかっといてゴメンだけですかァ?」
ヤバい。
明らかにヤバい人だ。
このまま絡んでいると、金をゆすられそうだ。
というか―――ドクロ?
どこかで見た気がする。
「ほんとごめんなさい!!失礼しますっ!」
「ちょ、オイゴラ゛ァ!!」
「やめましょうタイガさん、ここで問題起こすのはまずいっすよ」
「ア゛ァ?」
その男は俺に近づこうとしたが、仲間の一人に止められた。
止めたのは、ドクロをイメージしたマスクを被った大男だ。
またもドクロだ。
その隙を見逃さず、俺は即座に距離を取った。
そして、全速力で走り去った。
「クソ以下の気分だぜ。ちっ」
タイガという男はなんとかイライラを抑えたようだ。
彼らは、路地裏にたむろするチンピラかなにかだろうか。
しかし、みながドクロのマークを身にまとっていたし、妙な一体感もあった。
彼らは一体どういった集団なのだろう。
―――ハァ、ハァ、ハァ。
どうにか逃げ切った。
息切れが止まらない。
何だか、ピュータに来てから走ってばかりな気がする。
というか、ドクロについて思い出した。
ひったくり犯のパーカーにも、ドクロのマークがあったはずだ。
もしかすると、あの男の仲間かもしれない。
だが、はじめてのおつかいはひとまず完了した。
まずはラピカスのもとへと戻ろう。
「おぉ。ご苦労じゃったな」
ラピカスの自宅の地下に戻ると、白衣姿でゴーグルをつけたラピカスがいた。
ゴーグルを外して、俺に言う。
「クリスタルはなんとか買えたようじゃな」
「はい。ちょっとヒヤヒヤした場面もありましたけど」
「あの辺はチンピラが多いから、絡まんようになぁ」
「先に言ってほしかった―――」
ラピカスはフォッフォッと笑うと、俺から受け取ったクリスタルを手に作業台へと戻った。
ウォッチはもうすぐ完成するらしい。
「ところでじゃが、お主にはストーンを扱える技術がない。今のうちに、そこのシミュレーターをやっておけ」
「しみゅれーたー?」
「あぁ。ゲームの中に入って、そこでストーンを使って戦うんじゃ」
ラピカスの示した方向を見ると、ゲームのパッケージのようなものがあった。
「俺、戦うとかそういうのやったことないです」
「大丈夫じゃ。チュートリアルもゲーム内サポートも完璧じゃぞ。何せわしが作ったからな」
あははは。
愛想笑いしながらも、俺はパッケージを手に取った。
表面を見ると、『ストーントファイター』と書いてある。
ストーンの使い方をレクチャーするための、格闘ゲームのような教材だろうか。
だがやはりゲームと聞くとワクワクする。
「パッケージを開くだけで、ゲームは起動されるぞ」
「はい―――!!」
言われた通りに、パッケージを開く。
すると、『架け橋』にも似た光が、俺の視界に届いた。
そして、身体がねじられるような感覚。
いや、これは吸い込まれていく感覚だ。
俺の身体はゲームのカセットに吸い込まれていった―――
ストリートでファイトしよう!!




