13話「go across」
「リーナ、どうして分からないんだ!!」
「ですが父上―――私にはできない」
ゴードン・フィン・フィルとリーナ・フィン・フィル。
フィン家の二人は、オピカス社本社ビルの最上階で口論をしていた。
言い方を変えれば、親子喧嘩をしていた。
「父上は、このリーナが『|エンド』に入る際、絶対に人を殺さないという条件をお許しくださったではありませんか!」
オピカス社の私設武装部隊『エンド』。
リーナはその優秀な戦闘員である。
そして、とてつもない美貌を持っている。
「あぁ、たしかにそんなことを言ったな」
ゴードンは、中肉中背の男だ。
髪はオールバックにしているが、おかげで額のシワが目立っている。
お世辞にも美形とは言えない。
「だが、状況が変わったのだ―――わがままは許さん」
「どうして―――ッ!」
すると、ゴードンは小箱から振り子のようなものを取り出す。
その先には、異能の原石が付けられていた。
「ヒプノシス」
ストーンは、金色に光り出す。
振り子が左右に揺れる。
すると、リーナの蒼い目が、まるでストーンの光に魅せられたかのように、金色に光った。
そして―――
「はぁい、父上。このリーナが、解毒イベントから逃げた一般人を殺害しまーすっ」
リーナは意思に反してそう告げた。
彼女は今、催眠をかけられたのだ。
ゴードンの命令をなんでも聞くようになってしまったのである。
「無抵抗でもねっ」
「あぁ。聞き分けの良いリーナ、愛しているぞ」
そう言って、ゴードンは不穏な笑みを浮かべた。
C襲撃の2日後。
俺はマルカに連れられて、闘技場のあったサルクという街を離れた。
そして、世界間を繋ぐ『架け橋』を訪れた。
『架け橋』はガラスのような材質でできた、たいへんに大きな橋だ。
その橋は、白い光のゲートによって中断され、そこから向こうは見えない。
ゲートに入って行くような形で放物線が描かれているともいえる。
おそらくその向こうに他の世界があるのだろう。
具体的には、周りに5つの橋がある。
今いる世界―――ノーマンと、サバナ、ミディーバ、ピュータ、ガルド、コルバスの5つの世界とを繋ぐ橋だ。
「初めて見たけど、でっかいすね―――」
「えぇ。カイさんはここから来たのではないのですもんね?」
「はい。俺としては、この橋を渡って元の世界に帰れる可能性がちょっとでもあるなら、ワンチャンに賭けてみたくもありますが」
俺とマルカは談笑しながら橋のそばまで移動する。
マルカは導騎士団の本部がある『ミディーバ』という世界に移動するそうだ。
今回の事件の報告書をまとめる仕事を済ませた後、Cや『ゲンブ』について更に調べるらしい。
怪我も治りきっていないというのに、ハードワークすぎる。
ちなみに、Cとの戦いの後に気絶するようにぐっすり眠ったため、目の下のクマは無くなっている。
まるで別人のようだ。
また、この世界群の人々が、実際に電車感覚で『架け橋』を使っていたことに俺は驚いた。
マルカが闘技場に来ていたのも、長旅というよりはむしろちょっとした出張だったのだろう。
「ところで、マルカさんは俺の「信念」みたいな部分を感じたことはありますか?」
「信念、ですか。君は人を気遣う優しさや、人を助ける正義感に生きていると思いますよ」
「そうですか―――」
「なにか思う所でも?」
「俺はレイを助けたくてたまらないんです。それは信念だと思います。だけど、どうしてこんなに助けたいのか、その理由が分からなくて不安なんです」
すると、マルカは俺を勇気づけるように言った。
「あくまで理由は理由にすぎないはずだ」
「君が君自身の信念を果たすために、口実のように理由を作る必要はないと思うよ」
そして、マルカは微笑んだ。
俺は、心が洗われたような感覚を覚えた。
「ありがとう、マルカさん。これからの旅は、きっと間違ってないですよね」
「ええ。私も、よい旅になるように祈っています―――」
こうして、俺とマルカは別れた。
マルカはこの辺に住んでいる知り合いと会ってから、後ほど橋を渡るのだそうだ。
行き交う人もそれなりに多いが、俺には手を振るマルカと、新たな世界への扉しか見えていなかった。
『架け橋』を渡る。
ゲートをくぐる。
そして、世界を越える。
まず、ちょっとした浮遊感を感じた。
そして、視界を青や白の光が占める。
数秒たつと、見知らぬ光景が目の前に広がった―――
―――否、広がらなかった。
突然、黄色いフラッシュが視界を刺激した。
脳が揺れるような感覚を覚える。
「カイさん―――!!」
マルカが俺を呼ぶ声が聞こえた。
なにか非常事態が起きたらしい。
そして、身体がどこか別の所へ投げ出されたような感じがした―――
少し経つと、身体の揺れからくる不快感が解消された。
ゆっくりと目を開ける。
そして―――
「な、なんじゃこりゃああああ!!?」
俺は驚いて、大声で叫んだ。
目の前には、巨大なチャット画面。
現実世界で日々目にしていたもののそれだ。
ポン!ポン!ポン!
左側に白の、右側に緑のメッセージが、立て続けに表示される。
メッセージの内容は、何らかの商品の名前や値段についてらしい。
つまりこれは、スマホの画面をかたどったデジタル広告なのだ。
そして周りには、大型ビジョンやネオンサイン。
街を歩く人の顔や手には、電子機器が装着されている。
ここで、俺はひとつの考えに至った。
さっきまでいた世界、『コルバス』とはまったく異なる風景。
青色や白色、緑色といった色ばかりが使われている。
野生的というより、近未来的な世界。
明らかにサバナではない世界。
俺は―――ピュータに来てしまったのではないか。




