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カスミ・ツバキ  作者: 翠野みとこ


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第18話 桜咲く

 ヒース逮捕から二週間後。

 わたしは、ダリアの事件現場となった歩道橋を訪れていた。

 持参した花束を置く。そして静かに手を合わせた。

 こうしていると、あの日のことを思い出す。ヒースが家を訪ねて来て、その後ここにやって来て。

 そして――彼と出会った。


「おねーさん」


 頭上から声がした。見上げれば、そこには花束を抱えた咲良くんがいた。


「風邪、治ったみたいやね」

「うん、まだ鼻声だけど……」

「ほんまびっくりしたわ! まさか犯人と一緒に海にドボンするなんてな」


 死のうとしたヒースもろとも海に落ちたわたしは、警察に救助されて病院に運ばれた。命に別状はなくすぐに退院できたものの、風邪を引いて今まで寝込んでいたのだった。


「でもまあ、おねーさんがずっとヒースの服掴んどったお陰で無事に捕まえられたし、まあなにはともあれや」


 ヒースはもう少しすれば、イタリアの警察に引き渡されるらしい。あちらでの犯罪と共に、日本での殺人についても罪に問われるのだとか。


「にしても――」


 咲良くんは持ってきた花束を供える。

 それは、わたしのものと同じ三つの花で構成されていた。


「考えることは同じやねえ」


 ツバキ、カスミ、そしてダリア。


「これしかないって思ったんだ。……本当にこれが最後の献花だから」

「おれもそのつもりや。香澄のこと、忘れてまうわけやないけど――これも一つの区切りや」


 静かに手を合わせる咲良くんに、わたしは尋ねる。


「……公表、しなかったんだね。ヒースのこと」


 アイドルカスミの事件の真相、その犯人については、世間にはついぞ謎のままとして残ることとなった。

 咲良くんは頷く。


「落ち着いたら、リオウさんとミカゲには話そ思てる。あいつは自分のこと、アイドル失格や言うとったけど。アイドルの仕事が……人に笑顔を届ける仕事がほんまに好きやった。最終的に、あいつはファンを裏切ることになってもたけど――大事なファンを、悲しませたいなんて絶対思ってへん」


 カスミを信じた、多くのファンのために。そして、アイドルに誇りを持っていたカスミのために。

 咲良くんは本当に、香澄くんのことを愛していたんだろう。

 そして、やっぱり彼は優しさに溢れた人なんだなと再確認させられた。

 わたしは彼に向き直ると、深く礼をした。


「咲良くん……ありがとう。本当に感謝してる。あなたがいなかったら、わたしはずっと立ち直れなかったと思う。

 あなたがいたから、ダリアの本当の想いを知ることができた。本当の本当に、ありがとう!」


 顔を上げて、とびきりの、心からの笑顔で咲良くんの手を掌で包み込んだ。

 ひょんなことから出会った彼は、とても強い人だった。現実に向き合い、自分の感情を整理して、他人に寄り添える人。そんな彼に感化されて、わたしは少しだけでも強くなれただろうか。

 ふと咲良くんを見ると、顔が茹でダコみたいに染まっていた。


「……珍しい、照れてる」

「そんなガチのやつでこられたら恥ずかしいに決まっとるやん! もう……」


 自然と手が離れた後、咲良くんは一つ咳払いをして。


「ま、まあ。おれの活躍のお陰でもあるけど? おねーさんだってしっかり頑張っとった。ヒースにちゃんと自分の想いを伝えたとこなんて、正直――めっっちゃかっこよかったで」


 いつもの朗らかな、余裕のある笑みじゃない。

 人を尊敬し、慈しむような眼差しに――不覚にも、わたしも頬が赤くなるのを感じた。


「……そっちも照れてるやん……」

「た、たしかに恥ずかしいね、これ」


 ……なんか、目線が合わせづらい。


「せ、折角だし何処か食べにでも行く? この辺りのお店なら多少わかるよ。なんなら、わたしのバイト先に行く? パスタ屋さんなの」


 あれから店長の計らいで、わたしは元いたアルバイト先に戻ることが出来た。

 そうやって少しずつ、わたしは日常の中に戻っていく。まだそれが少し寂しくはあるけれど、塞ぎ込んでばかりいた時よりは、受け入れられるものであると思う。


「おれも高校が近くやから、ある程度は知っとるけど……んん? もしかして、そういうことか?」


 何一人で納得してるんだろう。そう思っていると、彼が頭の後ろで手を組んでにしし、と笑った。


「ほんなら、優しいセンパイに奢ってもらおか……なーんて」

「……先輩?」


 突然の呼び方に困惑するわたしに、咲良くんは得意げに、まるでホームズにでもなったかのように顎を触りながら。


「おねーさんの大学、花園大学やろ?」

「えっ」


 思わず驚きの声が出た。

 ずばり、当たっていたからだ。


「ふふん、簡単な推理や。この辺りはおねーさんの家の近くやない。なのによく来とって、ご飯処に詳しくて、バイト先もこの辺となると――花園大学の生徒なんやないかって」


 おお……すごい。


「そんでもって、おれもこの春からその大学に通うことになりました〜! はい、拍手!」


 思わず拍手しつつも、そういえば咲良くんは指定校で大学が決まっていると言っていたなと思い出す。


「だからおねーさんは、今後おれのセンパイっちゅうわけや!」


 ああ、だからいきなりセンパイと呼び始めたのかと納得する。いきなり後輩になった咲良くんは「どうや、驚いたか?」と言わんばかりにニマニマと笑っているので、ここは素直にセンパイらしいところを見せなければと思った。


「そっか。じゃあ合格も一緒にお祝いしちゃおう。勿論、全部わたしの奢り」

「ホンマ? おおきに!」

「何がいいかな、海鮮か中華か……」

「肉、肉がええな!」


 わたしたちはどちらからともなく歩き出す。

 いずれ桜が咲き誇るこの道を、大切だった花々に別れを告げて。

 そしてわたしは、最後に置かれた花束を一瞥する。

 ――ダリア。

 わたしはいつまでも、ずっとこれからも……あなたのことを忘れない。

 ――愛しているよ。


 去り際に散りゆく花びらが、まるでわたしたちの背中を押してくれているような――そんな気がした。

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