第17話 真相よ、散り行け
わたし――もとい、わたしに扮した赤城さんがその男を投げ飛ばした。
「なっ――」
背中を打ち付けられた男は、その顔を歪めながら痛みに悶え苦しむ。
「――すみません坊ちゃま。聞くに堪えませんでしたので、予定より早く手が出てしまいました」
赤城さんは服の裾についた土を払い、背中に刺さったナイフを抜いた。次いでウィッグを投げ捨てた彼女は男を冷徹な目で見下ろす。
「無様な姿ですね。羽虫の方がまだ綺麗ですよ」
襟元から覗く防弾チョッキを見て、男はわたしが替え玉と入れ替わったことに気づいたようだった。
「……お、お前。百合乃レナじゃ、ないな!」
男が起き上がろうとする前に、赤城さんが彼の後ろに回り込んで羽交い締めにした。かなり強い力で拘束する彼女の目は冷え冷えとしており、一切解く気がないことを伺わせる。
「――本物はこっちやで」
咲良くんがそう言うのに合わせて、わたしは隠れていた茂みから歩み出た。
「お前が家から尾行してたんはおねーさんやなくて、今お前をとっ捕まえてるその人の方。二人は背格好が似とったから、一回会っただけのあんたやったら気づかへんやろと思ってん」
わたしは一人で家に帰ってきたのではない。赤城さんも一緒だったのだ。咲良くんと椿警部が彼女を呼んだのは、このためだったのだ。
赤城さんは極力音を立てないように家に上がると、静かに家の中を調べ始めた。その結果、盗聴器のみが仕掛けられていることを確認したわたしたちは、予定通り作戦を開始した。
まずはわたしがダリアの思い出に浸る演技をして、あの人にダリアの日記を聞かせる。ダリアが本当に愛していた人がわたしだと気づいた彼は、必ずわたしを尾行するだろうと考えたのだ。
赤城さんは盗聴器のない部屋へ移動し、そこでわたしに変装する。ダリアの日記が終わると共に、公園へ行くことを示唆したところで、赤城さんはわたしの代わりに家を出て、公園に向かった。それを見送ってから、わたしはこっそりと咲良くんたちと合流し、公園へ先回りしたというわけだ。
「……確かに、よく見れば本物とは似ても似つかないほど、美人だな」
その発言に怒ってくれたのか、赤城さんの締め上げる力が強くなった。苦痛の声を上げる男に、咲良くんは臆せず続ける。
「減らず口やなあ――ヒース・バディーニさん……いや、おねーさんにはカルロって名乗ってたんやっけ?」
容赦なくわたしを睨みつける男。
赤い髪に緑色の瞳。ダリアと同じ特徴を持ったその人は紛れもなく――わたしの家を訪れた、自分をダリアの弟だと名乗ったあの人だった。
「……わたし、ダリアの弟の顔は知らなかった。だからあなたが家に来た時、わたしの方から『あなたはダリアの弟ですか』って聞いてしまった」
「おねーさんが自分をダリアさんの弟と勘違いしている。そう察したあんたはそれに乗っかることにした。
……けど、中々残酷なことするやんか? 自分が殺した弟に成りすますなんてな」
楸さんがダリアの両親からダリアを託された時、彼女は憔悴しきっていたという。それはそうだろう。恋人と心中しようとしていたメンタルに加えて――その恋人が大切な弟を殺してしまっていたのだから。
「カルロさんは姉とあんたが一緒に死のうとするのを止めようとした。だから殺したんやろ? 自分らの愛を邪魔するものやと判断した」
「元々目障りだった……あいつがいたら、いつまでもダリアの一番にはなれない」
その言葉に、血が急速に巡るのを感じた。
「……わからないの? そんなことをしても、彼女が喜んで自分の一番になってくれるって、本気でそう思ったの?」
ダリアが懐かしんでいたのは故郷にいる弟ではなく、幸せだった過去の中の弟だった。彼女が時折見せた寂しげな表情は、弟の命と恋人への愛を同時に失った経験から来るものだったのだ。
怒りで手が震えている。――その手を咲良くんが握り込んでくれた。
大丈夫、言える。言わなきゃ、ならないから。
「ダリアから、大切なものを奪ったあなたが――彼女に愛されるわけない!」
――よう言ったで、おねーさん!
そんな、咲良くんの声が聞こえてくるようだった。
ヒースは目を見開き、俯いた。
「……のか」
くぐもった声が、次第に大きくなり、叫び声となった。
「……お前も、俺にsermoneするのか!」
突如激昂したヒースは身体を捻って赤城さんの拘束から逃れた。再度捕らえようとする赤城さんだったが、その前にヒースは落ちたナイフを拾い、わたしたちに突きつけながら海の方へと後退る。
「何なんだ、お前ら……全部わかったみたいな顔をして! ならわかったのか、ダリアを殺した犯人が! それは百合乃レナ……お前じゃないのか!」
「あのな――」
「……違う!」
咲良くんの言葉を遮り、わたしはヒースに向き直った。
「ダリアを突き落とした犯人なら、もう罪を認めて自首したわ」
「……なん、だと?」
ヒースの顔が歪む。出任せを言うな、とでも言いたげだ。そんな彼に、咲良くんは真相を語り始めた。
「ダリアさんと香澄の演技を見てたんはあんただけやない。もう一人おったんや」
――柏木ひより。咲良くんのクラスメイトである少女。
あのハンバーガーショップでの一件で、柏木さんは友達に咲良くんが好きなんだと勘違いされていた。
けれど彼女が本当に好きだったのはカスミの方。二人の顔立ちや好きなものの共通点から咲良が気になった柏木さんは、咲良くんを付け回すうちにカスミへと辿り着いてしまったのだ。
好きなアイドルのストーカーとなった彼女は、あの日あの場所で……ダリアと香澄くんの【偽りの恋愛劇】を見てしまった。
「そいつはこう言うてた。香澄はこれからが大事な時期やのに、熱愛なんか発覚したら人気暴落待ったナシやって。だからダリアさんの方を説得して、別れさせようとしたんやろうな。でも最終的に二人はもつれ合い、ダリアさんは突き落とされてしまった――」
咲良くんと椿警部が柏木さんの家に行った時。彼女の両親が困惑する中で、柏木さんだけはただ静かに両手を差し出したという。
柏木さんは警察に全てを洗いざらい吐いた。ダリアを突き落とした後、不安になった彼女は再び現場に戻った。その時には既に警察と野次馬でごった返しになっていたという。
柏木さんはその時になってようやく気づいた。自分が一人の人間を殺めてしまったことを。
彼女がわたしを見て怯えていたのは、わたしがダリアの関係者であることに気づいたからであり――逃げ続けていた罪が追いかけてきたとでも考えたのだろう。
――柏木さんに明確な殺意があったとは思わない。自分のため、そして香澄くんの未来を案じたが故の行動だった。彼女に非があるとするならば、すぐに救急車と警察を呼ばなかったこと。それほどまでに錯乱し、冷静でいられなかったことだ。
「そ、んな……」
「どうや、これでも納得できひんか?」
「…………」
ヒースがわなわなと震え、視線が彷徨い出す。赤城さんが駆け出しそうとするも、ヒースが「来るな!」と彼女を制しながら、ナイフを自分の首元に押し当てた。これでは赤城さんが出るに出られない。
「ダリア、ダリア……お前の無念を、俺が、晴らしてやろうと……思ったのに」
「それは叶わへん。諦めて投降しろ、ヒース!」
咲良くんが声を張り上げる。赤城さんがタイミングを見計らう。
「ダリア、俺を置いていくな。すぐにそっちに行くから――」
ヒースが手摺に左足をかける。
――その時、わたしは気づいた。
彼が何をしようとしているのかを。
「おねーさん!?」
わたしは駆け出す。ヒース目掛けて一直線に。
ヒースは決断を早めた。ナイフを捨てて後ろ向きに倒れ込もうとする。
その服の袖を掴んだ。ヒースが海に落ちるすんでのところだった。
「させ、ない……」
「離せ!」
それだけは絶対にさせない。だからこの手を、絶対に離さない!
「わたしより先に、ダリアと同じ場所に行くなんて……許さない!」
手が、滑る。ヒースが腕を振り回す。凄まじい力に揺られながら、わたしは手摺から大きく身を乗り出し――。
そして、共に海へと落ちていった。




