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新たな理想

 『理想郷計画』はかなり危機的状況となっていた。計画の中心人物たちが失踪し、リーダーたちがスカウトし、参加を表明していた有名探索者たちは掌を返して帰国していってしまった。

 残ったのは本当に探索者の理想郷を求めていた者たちだけであった。


「リーダーたちは失踪し、力のある探索者たちはいなくなった。支援してくれていた国や企業も撤退を考え始めている。『理想郷計画』はもう…」

「諦めるのか? 諦められるのか!」

「諦めるしか無いだろ! 俺たちに唯一残されたダンジョンの攻略すらままならない。このままの俺たちに待っているのは…」


 スカウトされてきた探索者を投入して間引きしていたダンジョンであったが、ここにいるメンバーでは大した階層は攻略できない。そうすればこんな辺鄙なダンジョンに固執する支援者もいないだろう。支援がなくなれば生きていけないだろう。そんな未来は目に見えていた。

 それでもメンバーの1人は皆に訴え掛ける。


「理想郷に逃げてきた俺たちが、また逃げるのか! ここから逃げて元の場所に戻るのか!」

「そ、それは」

「リーダーに誘われてやって来たけど、『理想郷計画』は俺たちの夢だろ! やってみようぜ!」


 新たなリーダーを定めて再結成された『理想郷計画』はその規模を大きく縮小することとなったが、探索者による探索者のための運営という目標に対して一定の成果をあげることとなる。

 一方で『理想郷計画』を見限り帰国していった探索者たちに待っていたのは、裏切り者のレッテルを貼られた元通りとはいかない生活であった。


 どちらの選択が正しかったかは分からない。ただ1つ言えることは、残った者たちの生活は前よりも笑顔が増えていたということであった。



 ―――――――――――――――


 オランダから帰ってきた煉は、ドリーから押し付けられた『宝樹の苗』を庭先に植えた。大樹のイメージが強い『宝樹』だが、ドリー曰くドライアドのさじ加減で大きさは調整できるようであった。

 実質的な家主である茜に確認したところ


「私、がーでにんぐっていうの? やってみたかったの」

 

 との事なので『宝樹』は神埼家の庭木となることが決定した。


 『宝樹』を植えた次の日、起床した煉を待ち構えていたのは、親子のようにガーデニングを楽しむ茜とドリーであった。


「母さんとドリー?」

「あ、煉。おはよー」

「おはよーなの」

「…何してるんだ?」

「昨日言ったじゃない。私、ガーデニングやってみたかったって。ドリーちゃん凄いのよ。マジックみたいにお花とか咲かせちゃうの」

「いや、凄いのは知ってるが…」

「そんな凄いなんて、照れちゃうの」

「話が進まん」


 煉が茜、ドリーコンビの対応に四苦八苦していると朱里が起きてくる。


「ママ、おにい、朝からうるさい。こんなに早くに起きちゃったじゃ――誰この子?」

「朱里おはよー」

「おはよーじゃないよママ! この子誰?」

「ドリーちゃんよ」

「おにい!」

「…ドリーちゃんだ」

「説明放棄するな!」


 煉が投げやりに答えると朱里が怒り出してしまったので仕方なく煉は事のあらましを説明するのだった。


 説明が終わると朱里だけではなく茜も納得顔であった。


「そうだったのねー」

「何でママも知らないの…まあいいや。それでこの子が一昨日までおにいが探索してた神秘の森に住んでるドライアドなのね」

「そうだ」

「よろしくなの!」

「その子の宿り木を勝手にここに植えたってことね」

「母さんには許可を取ったぞ」

「ドリーちゃんのことは黙ってたでしょ!」

「……」

「ごめんなの」

「べ、別にドリーちゃんに怒ってる訳じゃないの」


 煉に詰めよっているとドリーの潤んだ瞳が目に入る。煉を責めるということは間接的にドリーを責めることに繋がることに気が付いた朱里は矛を納めることとなった。


「娘が増えたみたいで嬉しいわ。そうだ樹さんにも報告しなきゃ」

「マ、ママ…言い方には気を付けてね」


 そんな一悶着があってもマイペースを貫く茜に、朱里は呆れ顔で忠告するのであった。

 その後、父親から焦りを通り越した連絡が来たのは言うまでもない。


「むす、むす、めが増えたって茜さんからきーただけど!!」

「うん。おにいのせいだよ」



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