Ruler
「ということで色々と試した結果、グラルには忠犬の素質がある事が分かった」
「ごめん。ボケてるのかガチなのか分かんないよ」
「ボケ?」
「あ、そう。ならこの映像を見れば分かるかな?」
煉が『王剣グラル』の使い方について色々と試した結果、かなり応用がきくことがわかった。
「まあ動画に使えそうな映像は撮れなかったが」
「そうかな?」
煉が『王剣グラル』を使っている映像は普通にインパクトがありそうである。まあ煉チャンネルの方向性とは違うので、優弥が適度に編集して上げるくらいしかできないが。
「チャンネルの方向性を変えればネタ不足なんて全く悩まなくて良くなるんだけど」
「…何か言ったか?」
「何も。これだけ騒がれても全く変わらないなって思っただけ」
「は?」
「何でもないよ」
煉の配信のスタイルは始めた頃から変わらない。世間からの反響が凄く、それにともない周りからの眼も変わった。しかし初期コンセプトからぶれる事がない。それを優弥は勿体なく思うと同時に眩しく感じるのだった。
「そう言えば探索者パーティ『Ruler』が来日するってニュースでやってたね」
「『Ruler』って言うとアメリカの探索者チームだっけ?」
「そうだよ。日本でカリスマ的な人気を誇る探索者パーティ。なんだけど煉はあんまり興味ない?」
「特には」
「『Ruler』って協会直属のパーティだけあってよく表舞台によく出てくるから、探索者に興味のない層からも結構人気なのに」
「そこら辺は知らん。知らない探索者が何処から来ようと俺には関係ないからな。興味はない」
「これで『Ruler』来日の目的が煉だったら面白いけどね」
「そんなわけないだろ」
そんな優弥の冗談を煉は一蹴するのだった。
その数日後、優弥の冗談は現実のものとなった。
「なんでなのか」
[どうかしましたか?]
「いえ、スキルとはいえこうして会話できているのが少し不思議で」
[そうですか。『テレパス』がお気に召してくれたようで幸いです]
言葉ではなく意思を交わすことができる『テレパス』は、言葉の通じない人との会話にとても便利なスキルであるため、特に交渉役の人が覚えることの多いスキルである。
「それで本日はどのようなご用件で? パーティメンバーも勢揃いのようですが?」
[ああ、パーティメンバーを揃えたのはあなたに我々がどれほど本気かを見せるためですよ]
「本気?」
[はい。本国がどれほどこの話に力を入れているかということを分かっていただきたかったのですよ]
「はあ。それはどんなお話でしょうか?」
[それは、あなたにはぜひ本国に帰化していただき、本国所属の探索者になっていただきたいという話です]
その瞬間、煉の表情が曇る。しかし『Ruler』のリーダー、ジャックは気にせず契約内容が書かれた書類を提示する。
[いきなりの話で戸惑うこともあるでしょうが、まずはこちらに眼を通していただけませんか? そうすれば我々があなたをどれほど熱望しているか分かると思います]
「まあ、見させてもらいます」
そこには色々な条件が書かれていた。桁違いの契約金や探索への様々なサポート、協会が厳選した利益率が高いダンジョンに絞って探索するためすぐに億万長者の仲間入りだろう。他にも様々な特典が書かれており、確かに本気度は伝わってくる。
[ということでおそらく世界中でもこれ以上の契約を提示されることはないと思うんだが、どうかな?]
「えーと、大変光栄なオファーですが、お断りさせていただきます」
とは言え煉にとっては魅力的なオファー足り得なかったので断る。するとジャックの雰囲気が変化する。
[そう、ですか。それは残念です…できればもう一度考え直していただけませんか?]
「いえ、よく考えた――」
[【最高のオファーだと思うんだ。もう一度考え直してくれ】]
「【…ハイ】」
煉はジャックの言葉に頷き、再度考え始める。
その様子を確認した『Ruler』のメンバーはほくそ笑み、ジャックの『テレパス』で煉に聞こえないように会話をしだす。
[警戒してた割には簡単に『洗脳』が通じたな。これなら全員で来る必要もなかったな]
[第一段階の思考誘導なら通じない相手はないよ。まあ簡単に行き過ぎて少し怖いが。これから時間を掛けて思考を操っていくんだ。それまでは油断できないぞ]
[[了解]]
『洗脳』というスキルには2段階のフェーズがある。第1段階の思考誘導では対象者の元々の思考に基づき誘導する。今回の話に賛成か反対かの思考のうち、反対の思考が大きかったため断ったが、これを賛成の思考を大きくする。これが思考誘導である。
第2段階の元々の思考に依存しない思考操作は時間を掛けてゆっくりと行うモノであるため、本番はこれからとも言える。
「【カンガエマシタ】」
[そうか。なら早速、アメリカに帰化する準備を――]
「【オコトワリシマス】」
[は?]
[お、おいジャック。どう言うことだ洗脳が…]
[ば、ばか!]
「【センノウ? ダカラシコウニイワカンガアッタノカ。ナラ…グラル、クエ】」
煉は『王剣グラル』を取り出し状態異常を喰わせる。すると煉の思考は正常に戻る。
「ふう。スッキリした。で、これはどういう事ですか?」
[何の事だか私には…]
「ふうん、【本当は?】」
[洗脳によってあなたを本国へ連れていこうと‥はっ!]
「まあ少量しか喰わせられなかったしこんなものか。でも言質はもらったぞ」
[くそ! 全員陣形を整え――]
「させるわけないだろ」
ジャックが周りに指示を出そうした瞬間、煉が動く。その早業に『Ruler』のメンバーは反応出来ず気が付けば自分以外のメンバーは地に伏していた。
そんな非常事態に焦ったジャックは咄嗟に頼ってしまう。自身の首を絞めるスキルに。
[いつの間に! 【私を逃がせ】]
「はっ! 2度も食らうわけないだろ。とこれで更に強化されたかな? 【大人しくしていろ】」
「【はい】」
一欠片の勇気で抵抗していたジャックはまだまだ精度の低いグラルの『洗脳』にすら掛かってしまうのであった。
ジャックの『洗脳』による思考誘導は確かに煉に作用していた。それでなぜ煉は話を断ったか。それは明確である。協会が煉の探索するダンジョンを厳選するという一文。これを見た瞬間話を受けるという思考は煉の中に存在していなかった。そのため元々の思考に依存する思考誘導を受けても影響がほとんど無かったのである。
つまり煉にとって自由な探索者活動の保証に勝る報酬はないということであった。




