被害回復義務
捨身の攻撃によって竜王の討伐に成功した煉は、辺りに転がっているモノを適当に『亜空』にぶちこみ、来た道を超速で引き返す。本来ならしっかりと選別し入れるべきであるし、竜王クラスの素材は、本来懇切丁寧に解体を行い部位ごとに適切に保存しなければならない。しかし守護者を倒し氾濫は収まったと言えどその余波は続いている。増えたモンスターたちを討伐する人手は多い方が良いだろう。
「地上の状況を教えてください。あとモンスターが固まっている場所も」
「すみません。職員さん? …壊れたか」
そのために地上にいる探索者協会の職員と連絡をとろうとするが、先ほど竜王のブレスをまともに食らった際に通信機器が壊れてしまっていた。これでは地上の様子が分からない。そのためとりあえずモンスターの排除ではなく地上に帰還することを第一目標にするのだった。
ものの数分で地上に帰還する煉。傷はポーションで治したが、まだ本調子とは言えない状態で行きの半分ほどで帰還を果たしたことに困惑すらしている。それだけ今回の異常氾濫は苛酷であったということの証明である。特級探索者の煉の自力が一度の探索でそれだけ上昇したということである。
「また調整するしかないな」
ただそれを喜ぶだけでは特級探索者は務まらない。能力が上昇した体を自在に操れるようになって初めて強くなったと言える。強くなった体を自在に扱うためにダンジョンを探索し更に強くなる。その循環こそが煉を特級探索者足らしめる秘訣なのだ。
そんなことを考えつつ眼前に見える最後のモンスターを屠ると、ようやく目的の人たちの元に辿り着く。
「ただいま帰りました獣太さん、美代さん。ここが崩壊してなくてほっとしました」
「ほっとしただと? それはこっちの台詞だ。分かってんだぞ、お前がダンジョンの珍しい状態を見たいからって攻撃班になるのを受け入れたのをよ!」
「ああ、気付いてましたか」
「当たり前でしょ。目をキラキラ輝かせておいて…でも分かっていて貴方に危険を押し付けてしまった。本当にごめんなさい。それとありがとう!」
「ああ。その通りだ。大人である俺らが何を言われようと攻撃班をやるべきだった。それを子どものお前に押し付けちまった。すまなかった」
「そんなことは。俺の好きでやったことで」
「だからこそ、お前はどえらいことをやってのけた。まさか竜王の単独撃破とはな。よくやった煉坊!」
獣太が称賛の声をあげると、誰からともなく拍手が巻き起こる。困惑する煉。それを温かく見守る周囲。煉にとってこの上なく居心地が悪い空間であった。
「趣味全開で色々したら親、友人に絶賛されて居たたまれんこの感じ」
そんな中、祝福ムードをぶち壊す、煉にとっては救世主的存在が表れた。いかにも仕事できますオーラを纏い、ダンジョンに似つかわしくないスーツをびしっときめている男性は、その後ろにカメラマンを従えていた。まさに配信でもしているかのように。
「これはこれは氾濫を終息させた英雄殿。お初にお目にかかります。私、探索者協会副会長補佐を勤めさせていただいております鈴木と申します」
「…お言葉ですが、まだ完全に氾濫が終息した訳ではないです。まだモンスターがダンジョンの外にでてくる危険性もあります。近づかない方が良いと思いますよ?」
煉の言葉に鈴木の表情が一瞬曇る。しかしすぐに元の胡散臭い笑顔に戻り続ける。
「皆さま方がここを防衛している。更に英雄である煉殿がここにいる。私の無事は保証されているも同然でしょう?」
「はあ」
「さて、今回私がここに来させていただいたのは、協会を代表して煉殿に感謝を伝えに来た事が第一でありますが、もう一つ、非常に申し上げにくい事項を伝えなければならないためです」
煉には彼が自分にではなくカメラに向かって話し掛けているように感じた。
「今回、協会からの探索要請によって特級ダンジョンを探索しました。そして竜王を含め多くのモンスターを討伐しました」
「ああ、そのことですか」
ここで何を言いたいのか理解する煉及び他の探索者たち。昨年から様々な制度が探索者有利になってきているが、まだまだ旧態依然とした制度が残されているのも現状である。その一つが探索要請制度である。
「つまり、協会の依頼により探索要請を受け探索したため探索によって得た素材やアイテムは協会に所有権があると言いたいんですね?」
「申し上げにくいですがその通りです。しかし今回煉殿は、竜王という過去討伐が確認できる記録が数えるほどしかない、稀少なモンスターを討伐しました。そのため協会として、特別に――」
「協会に渡しますよ。勿論、竜王の素材も。まあそれ以外は余裕がなくてあまり回収していませんが」
「はい? いえですから」
煉としては探索要請の悪辣さは理解してる。その上で要請に応じたのだ。
「ただ、探索要請の項目に記載されている要請者による被害回復義務。これをこの竜王の素材の利益でやってくれるんですよね?」
【探索要請が出される事案において、被害者が存在する場合、探索要請を出した者がその責任において被害の回復に努めなければならない】
これが要請者による被害回復義務であった。
「い、いえ。今回の事案において被害者は発生しておりませんので…」
「そうなんですか? すみません自分、まだまだそういう社会常識に疎くて。ただ氾濫発生により夜中に起こされ避難を余儀なくされた住民や自身の住んでいる街が崩壊するかもしれないって心を痛めた人たちは、今回の異常氾濫の被害者かなって思ってたんですが」
「それは」
煉の素朴な疑問に言葉を詰まらせる鈴木。この制度が想定している被害者に煉が言っている者は含まれない。しかしこの場で被害者ではないと言うことは出来ない。力はあっても社会経験のない若者を上手く操ろうと目論んだ鈴木は、結局明確な回答を出すことが出来ず退散していくことになるのだった。




