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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あなたが困ってないと困るんです!!

作者: リグニン

「全く、ここはどこだよ」


俺は道に迷っていた。全く、あの案内人の奴「ここを動くな」とか言っていつまで経っても戻って来やがらねえから一言ぐらい文句言ってやろうと思ったらこのザマだ。とにかく地形がどこもかしこも似たようなもんで分かりづらい。


やがて村が見えて来た。ああよかった、あそこにいればそのうち見つけてくれるだろう。俺はそう思って村の中に入った。少し歩くと何か作業をしている村人を見かけた。ちょうどいい、ここがどこだか尋ねてみよう。


「おーい」


その村人は明らかに機嫌が悪そうな表情でこちらに振り返った。しかし俺の顔を見るなりパァーッと表情が明るくなる。


「へぇ!こんな村に余所者とはね!素晴らしい!なんて幸運なんだ!」


「あんたが嬉しそうで俺も嬉しいよ。それで、1つ尋ねたい事があるんだ」


「そんな事より靴を磨かせてくれよ!あんたの靴、汚れてるだろう?」


「靴なんかいいから聞いてくれよ」


そういうと村人は顔を真っ赤にして俺を睨む。


「良くない!どうして靴を磨かせてくれないんだ!1日1善って知らないのか!??俺はお前の靴を磨けてハッピー!お前は靴が綺麗になってハッピー!そうだろうが!」


そんな茹でダコみたいな顔して怒るなよ…とでも言ったら今にも殴って来そうな勢いだ。仕方がないので俺はその男に靴を磨かせる事を許可した。男は再びパァーッと明るい顔をして早速と俺の靴を磨き始める。


やがて綺麗になった。まあこれでこいつが満足ならいいんだろう。


「それで、聞きたい事があんだけどよ」


「ああ、ちょっと待って。仕上げが…」


そう言って男は靴墨を取り出して俺の靴に塗り出した。


「馬鹿野郎!白い靴に黒い靴墨を塗る奴があるか!!」


「ああっ!ごめんなさい!」


一言二言ぐらい文句を言ってやりたい所だが、今はこいつとの会話をさっさと終わらせる方が最優先だ。俺はヘラヘラしている村人に尋ねた。


「ここはどこなんだ?」


「ここは楽園さ。善良な人間しかいない」


「へえ、そりゃいいな。それでここへ行きたいんだけどよ」


俺は地図を取り出すと彼に見せた。彼はそれを見てしばらく考え込んでいたがやがて村の向こうを指さした。


「俺より詳しい奴があっちにいる。村長だ。あのでかい屋根の家だよ。あそこに行くといい。力になれなくて申し訳ないが地理には疎くてなぁ」


変な村には着くし、変な奴には絡まれるし、白い靴は黒く汚されるし、やっとの思いで話を聞こうにも知らねえで踏んだり蹴ったりだ。それから俺はそのこの村で一番大きな屋根のある家に向かって歩き出した。


村に入るなり村人から異様な視線を受ける。余所者に向けられるそれには間違いないが、誰もが何かを期待しているかの様な…一言には言い表せない異様な視線だった。


やがて1人のおばさんが俺の方に歩いて来た。俺の顔を物珍しそうに見ている。


「こんな所においでなさるお客様がおられるとは…。お腹も空いた事でしょう、どうぞこちらにおいでなさってください。美味しい料理があります」


「いや、お腹は減ってないんだよ。村長に用事があってな」


「まあまあ、そう堅い事を申されますな。1日1善、これも人助けと思って…」


「もう善行なら積んだぞ。村の入り口側にいる男が靴磨きをさせてくれってうるさくてな。それで靴を磨かせたんだよ。これでいいか?」


そうするとそのおばさんは村の入り口にいた男みたいに顔を真っ赤にして家の中に戻る。気が済んだのかと思って家の中に入ると、すぐに包丁を握りしめて家から出て来た。思わずギョッとする。


「あの野郎、ぶっ殺してやる!人の善行を邪魔しやがって、滅多刺しだ!!」


「抜け駆けだと?死にたいらしいな」


「全身の皮を剥いでやる」


「いいや、縛って村人全員で1列に並んで1人発ずつ殴ろう」


「そりゃいい!もちろん3日3晩、交代で殴り続けるんだよな?」


何やら村人達が口々に物騒な話をしている。おばさんは包丁を持ったままさっきの男の方に走って向かっている。確かに無理矢理靴を磨かせたり白い靴に黒い靴墨を塗った奴だが同じ村の村人に殺意を向けられなければならないほど罪があるとは思えない。


とにかくこの村人達を止めなければ。俺は大げさに大声で言った。


「あー、お腹が減って来たなぁー」


すると包丁を振り上げたまま走っていたおばさんがピタリと止まると振り返り、にこやかな表情で駆け戻って来た。


「それじゃあ、ご飯を用意しようかねぇー。あ、お代はいらないよ。ささ、入って入って」


先程の殺意がまるで嘘のようだった。困惑していると周りの村人たちが急に満面の笑みで拍手しだした。何なんだこいつらは。不気味さを覚えながらも店の中に入って行った。


どんな料理が出て来るのか分からないが、少なくとも匂いはまともだ。早く村長に尋ねてガイドさんと合流したい所だが村がこの様子じゃ下手に焦っても仕方がない。それに俺の行先を推測してこの村に迎えに来てくれるかもしれない。今は諦めて待つしかなかった。


しばらくすると奥の方からおばさんが戻って来た。うどんにから揚げにサラダにヨーグルト。気持ちは嬉しいが流石に量が多すぎる。しかし今更それを言うのも躊躇われて頑張って詰め込むだけ詰め込んだ。料理の腕はかなりのもので、空腹の時に食べる事が出来たならもっと良かっただろうなと思えた。


やがて食べ終えてお礼を言って去ろうとするとおばさんはニコニコしたまま厨房からやって来た。両手には沢山の皿を持って。


「いい食べっぷりだったね!お腹が空いてないだなんて嘘じゃないの!まだ沢山あるからお食べ!」


「はは…」


冗談だよな?そう思って家を出ようとすると玄関に大男が立っていた。筋骨隆々しくヒゲが生えている。彼もにこやかな表情をしていた。


「ただいまかーちゃん!よお、あんたお客さんなんだろ?遠慮する事はねえ、食え食え!」


俺は肩を掴まれるとそのまま席まで押し戻された。かーちゃんと呼ばれた人物はその大男とキスをする。それから一緒に厨房入って行った。俺はそこで察してしまう。これ、今度は2人で料理を作って持って来るパターンだ。


「よぉーし、俺も腕によりをかけて作っちゃうぞー」


厨房から何かが暴れる音と鳴き声がする。それからズドンとまな板の上で何かを切断した音が聞こえた。これは…早く食べないとまずい。


スープ料理が2つと食べるのに時間がかかる小骨の多い焼き魚。丁寧に蟹まで。見渡せどもどこかに隠せそうな場所もない。料理は美味しいがこの状況は非常にまずい。俺は少々食べ方が荒っぽくなりながらも早く平らげようと急いだ。料理が完成する前に食事を終えて立ち上がる。


よし、後はこの家にさよならするだけだ。俺は走る。


「ごちそうさ…」


「「ただいまー」」


今度は2人の男女が帰って来た。この家に入る瞬間のこの言葉といい、あの両親から見た若さといい、兄妹か?その手には食べ物があった。背筋が凍る。


「おや、お客さん?」


「ちょうど良かった、ご近所さんがこれ食べきれないからって言って分けてもらったんだ。一緒に食べて行こうよ」


「お、俺はもうお腹いっぱいだ。そろそろ行く所があってね…」


「そう固い事を言わずに!」


妹の方が俺の手首を掴んで先程の席に座らせようとする。さっきのおじさんもそうだが尋常じゃない腕力だ。もはや手首にブルドーザーに牽引ロープでも付けられて引っ張られているんじゃないかと思うほどの強い力。人間のソレではない。


兄妹が俺の席を挟むようにして座って机の上に近所からもらった料理を置く。かなりの量だ。2人分はある。しかし幸いにも今はこの2人の兄妹がいる。俺は食べてる雰囲気だけ出してできるだけ少量を食べて家を出ようとした。


すると今度はこの兄妹の両親が料理の皿を持って帰って来た。


「な、なんだとぉ!??」


先程の暴れる音や鳴き声は恐らく小動物を屠殺したはず。血抜きを終えるだけでも時間はかかる、ましてや料理となると…だから俺はそれを計算した上で早く食べたのに、まさか、まさかもう終わっているとは…。あるいはアレは仕込みなだけで今回の料理に使うものじゃないのか?


「2人共おかえり。今日はお客さんと沢山お話しようじゃないか」


この家族の父が微笑む。ぐぐ、ぐぐぐ…逃げられない。もうお腹いっぱいで吐いてしまいそうだった。この家族の事だ、何をされるか分かった物じゃない。


どうする…どうする…。


そう考えていると何者かが家の中に入って来た。腹巻の男に、布団叩きを持った女に、殺虫スプレーを持った男に…とにかく沢山だ。彼らは家の中にずかずかと入り込んで来ると急に大声をあげる。


「君達ばかりずるいじゃないか!久しぶりのお客さんだぞ、独り占めは許さん!!」


腹巻の男が怒鳴る。後ろから口々に文句を言う。どうやら俺をいつまでもこの家に置いておく事について文句があるらしい。しかし独り占めって…。


その言葉を聞いたこの家族のおじさんが立ち上がると腹巻の男の方へ行く。


「貴様、お客人の前で俺に恥をかかせるつもりか?」


今度はおばさんが立ち上がる。


「お前らなんかに客人のおもてなしなんてできっこないのにさ。すっこんでなよ」


今度は兄妹が立ち上がる。並んでいた村人たちもずいずい中に入って来て一触即発の雰囲気になる。やがて胸倉を掴んだり激しく罵り合ったりし出す。おいおいおい、マジで一体何なんだこいつらは。


村人達の異常な雰囲気に困惑していると後ろから俺を呼ぶ声がした。


「ちょっと、そこの人。こっちだよ、こっち」


このままじゃ喧嘩に巻き込まれる。俺は声のする方に向かった。ガリガリに痩せている青年が俺を誘導して裏口から脱出させてくれた。危ない所だった。


「ありがとう、危ない所だったよ」


「礼には及ばない。こっちだ」


そう言って人込みを避けながら俺をどこかへ連れて行く。


「実は道を知りたくてさ。村長に会いたいんだよ。場所を知ってるならあんたでもいい」


「悪いがここの村人は村の外の事をあまり知らないんだ。確かにここの外の事を聞くなら村長を尋ねた方がいいだろう。だが今しばらくは駄目だ。危険すぎる。喧嘩に巻き込まれちまうよ」


彼が言うにはとにかく一時的に避難する必要があるらしい。俺が出て来た方からは既に激しく争う音が聞こえる。確かに彼の言う通りかもしれない。今の所は彼は他の村人に比べてまともそうだ。今しばらくは言う事を聞いた方がいいんだろう。


彼の案内に大人しく従っていると宿屋に着いた。物は充実していないが雰囲気はとてもいいし広い。


「この家の一番上の部屋を使うといい。そこで休んでな。喧噪が済んだら呼びに行くよ」


「でも俺金なんて持ってないぞ」


「いいんだ。君の幸せが僕の幸せ」


「あ、ああ…」


彼も漏れずこの村の村人らしかった。ここの村人たちはどうして余所者に対してあれこれともてなす事にこんなに必死なんだろう。疑問には思ったが考えても仕方がない。文化の違いなのかもしれない。


俺は言われた通り一番上の部屋で寛いでいた。近所から聞こえる騒がしささえなければ非常にいい宿屋なのだが…今は匿ってもらっているだけ贅沢は言えない。部屋の物は自由に使っていいらしい。


俺は近くの椅子に座った。ふかふかしていて非常に座り心地がいい。


「用が済んだらこの村からはさっさと離れよう」


それから何時間が過ぎた頃か、騒ぎも聞こえなくなって来た。まだ宿屋の主人は来ない。そろそろ出て行ってもいいんじゃないかと思うが…。


「いや、あいつが戻ってくる前にここを出るべきだ」


『いいんだ。君の幸せが僕の幸せ』


この宿屋の主人はそう言っていた。ここの村人達には悪意がない。ただありがた迷惑な善意があるだけだ。あの話し方から考えるに結果的に助かったとはいえ彼も同じ様な思想を持っているに違いない。このままここで待っていれば安全とも限らない。


俺はまず部屋の扉を開こうとした。


「…やっぱりそうか」


部屋の鍵が開かない。やはり閉じ込められてしまったらしい。


「ったく、油断も隙も無い」


俺は窓を確認する。どこも開かない。いくつか確認していると立て付けがあまりよくない窓を発見した。俺は少々乱暴に取り外すとそれを床に置いた。ここは2階だが近くには成木がある。俺は意を決して木の幹に飛び移った。


子供の頃に木登りをやっていた感はまだ鈍っていない慎重に慎重に降りて行った。


「もう呑気に村長に会ってる場合じゃないぞ。とにかくここを出ないと」


そのまま森に向かて逃げたい所だがとても高い崖があって逃げられない。俺は家の裏口側から回って外に出た。後は姿を隠しながら…そう考えていたが、目の前の光景を見て全て諦めざるを得なくなった。


そう、家の前にはおかしな格好に着替えた村人達が大勢いたのだ。彼らは松明を握って不気味な笑顔を浮かべている。


「おお、今迎えに参ろうとしておりましたのに。随分と気が早いですな」


村人の1人が言った。


「冗談じゃないぞ、一体俺をどうするつもりなんだよ…」


俺は比較的村人の少ない方に向かって逃げようとした。しかし死角になっていた所から村人が出て来て俺を捕らえた。外食店の妹の様に誰もがまるで重機の様に重くどれだけ暴れてもビクともしない。


彼らは歌を歌いながら俺をどこかへ連れて行く。


「おい、おい!俺を一体どこへ連れて行くんだよ!何をする気だ!」


「何って…せっかくのお客様ですから。お祭りを開く事にしたのです。随分とお待たせしたでしょうから、お腹も空いた事でしょう。飲んで食べて騒いで…それは楽しい夜になりますよ」


村人の1人が俺に言った。


「俺は元来た所に帰れればそれでいいんだよ!俺が祭りに参加したいと言ったか?!」


「いえいえ、あなたもきっと気に入るはずです。さあさあ夜は長い!色んな話を聞かせてください」


「色んなお酒がありますよ。是非ともご賞味ください」


「山菜も!」


「僕は歌が上手いんだ!聞いておくれよ!」


どいつもこいつも勝手な事ばかり言いやがって…。やがて沢山のレジャーシートに囲まれた場所に連れて来られた。辺りには呆れるほど大量の食料と飲み物が並べられている。俺は村長に会いたいと言っていただけなのに。


いや、待てよ。これだけ人がいるんだ。中に村長がいたっておかしくない。俺は大声で叫んだ。


「村長、村長はいないか!俺は村長に会いに来たんだ!いるなら返事をしろ!」


その声に辺りがざわめく。やがて群れの中からじいさんが1人出て来た。


「お呼びでしょうか、私がその村長です」


「放せ、俺は村長にある場所を尋ねたいんだ!地図を持ってなきゃ話も出来ん!お前らは俺を困らせたいのか!」


そう叫ぶと村長が俺を掴んで離さない2人を睨む。睨まれた2人は慌てて俺を下ろした。それから地図を見せる。じいさんは地図を掴むと目の前でびりびりと引き裂いた。


「何をするんだ!」


「こんなものがあってはあなたがこの村を去ってしまうではないか!私達は客人に尽くしもてなしたいのです!あなたがいなくては叶わない!ここにいれば何不自由なく暮らせるのですよ、何が不満なのですか??」


「押し付けがましいんだよ!俺がこの村に来て一度でもまともに俺の話を聞いた奴がいるか?俺が靴を磨いてくれと頼んだか?食事がしたいと言ったか?家に泊まりたいと言ったか?祭りに参加したいと言ったか?どいつもこいつも善意の押し売りをしてる事に気付けないんだよ、不自由しかねえよ!!」


村人達が血の気の引いた表情でざわめく。中には泣き出す者、お前が悪いと他人と喧嘩を始める者、歌を歌い出す者、それぞれだった。村長はその場に膝をついてボロボロと涙をこぼし泣き出した。そしてまるで祈る様に指を組んで俺を見上げる。


「ああっ、そんな!そんな殺生な!私はあなたの助けになりたいのです!村を出ると言う事の他に困っている事はありませんか?何なりとご用命ください!それだけで私達は報われるのです!」


「ない!俺は何も困ってない!分かったら俺を放せ!それがお前達にできる俺への善行だ!!」


「聞けません!!困ってください!!!私達はあなたが困ってないと困るんです!!!!困ってください!!!!!!」


狂ってる…。


俺は言葉を失いどうしたものかと考えていると宿屋の男が村長に何かを言った。すると村長はポンと手を叩いて喜ぶ。すると村長が村人たちに何かを指示した。彼らは喜んで何かを取りに行く。


やがて彼らは鋸を持ってきた。


「お、おい…何するんだよ…」


「はい、あなた方に困っていただこうと思いまして。でも大丈夫です、どんな事が起きても私達があなた方の手となり足となりお助けいたしますから。ご安心ください」


村人達がニコニコと笑いながら迫って来る。マジでヤバい。彼らはすぐそばまで来ると俺の手足に刃を当てる。脅しじゃないマジでやる気だ。


「あーっ!俺、鬼ごっこしたいな!何か食べるなら腹ごなししなきゃ!」


「おお、それは良いアイデア。ではあなたを抱えて走れそうな者を見繕って来ます。確かおもちゃ屋の…」


そう言って村長が去った。だ、駄目だ…どうやっても俺の手足を切る事は既に決定事項らしい。


「ちょっと痛みますよ…」


「やめろ、マジでやめろ!おい!!」


村人達が一斉に鋸を引いた。皮膚が破ける。押して引いて押して引いて…肉も割け血が流れる。俺は腹の底から叫びながら抵抗する。それでも四肢を万力で固定されているかのように動く事が叶わない。ただただ痛みに耐えるしかなかった。


しかし、鋸の刃が数度ほど俺の肉を切った頃に急に村人達の手が止まった。何かと思ってキョロキョロするとすぐ近くに3mほどの背丈の、角を生やした一つ目の大男が立っていた。大男はギョロリと村人達を睨む。


「そいつは俺の客人なんでな。傷つけないでもらいたい」


村人達は引きつった笑顔を浮かべると逃げる様に走り去っていった。俺は村人たちに解放されてその場に膝をつく。そしてゆっくり深呼吸をする。角を生やした一つ目の大男…鬼はため息をついた。


「だから離れるなと言っただろう」


「お前がいつまでも戻って来ないからだろうが!死ぬかと思ったぞ」


「いや、ここは地獄だしお前は既に死んでるんだが。斬っても刻んでも茹でても凍らせても焼いてもどうやっても死なんぞ」


「死なないにしたって傷つけられれば痛いんだよ!お前の職務は俺の向かうべき地獄へ連れて行く事だろう、その他の場所でどんなに痛めつけられたって罪滅ぼしにならない。痛いだけ損じゃないか!」


「元気な奴だ。もう少し痛めつけられたのを確認してから来るんだった」


村を抜けてしばらくの所で振り返ると村人達が恨めしそうに俺の事を見ていた。鬼があの時ここへ来なければと思うとゾッとする。


「一体何だよこの村は」


「善人しかいない村だ」


「はあ?善人なもんかよ。酷い目に遭ったぞ」


「彼らには悪意はない。善かれと思って行動している。生前はその善意で大勢を困らせ傷つけた。だから地獄にいる。同族嫌悪からお互いを善意を向ける対象だと思っていない。助ける他人がいない事こそが彼らにとっての地獄。刑罰。それが善人しかいない村だ」


「大層に皮肉なこって」


俺は迎えに来たガイドの鬼と一緒に更に地獄の奥深くへ進んで行った。


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