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お会計

 「もう少し喋っていたいけど」と、名残惜しそうに二人は店を後にした。お礼を伝えつつ、なぜこんな時間に来たのかを最後に聞こうと思ったが、できなかった。二人だけの大切な思い出がきっとあるのだろう。そっと好奇心を押さえ込む。


 見送ったあとで爺さんの言葉を思い出し、さっきの選択は正しかったのか無闇に考え始めてしまった。


『吐き出さなきゃ気持ち悪くなるくらい、何かが自分の中に溜まるまで……』


 バイトと家とファミレスを行き来しているだけの僕に、何かが溜まっていく予感はない。見つめる前に、見つけなければいけないのだ。拾いに行け、探しに行け。午前3時の理由は聞くべきだったのだ。


 今日のこの出来事が、自分が変わるきっかけなんじゃないか。深夜のテンションもあるのかもしれないが、そう思った。飛躍した考えという自覚もあるけれど、身を任せてみたいという気持ちもある。


 そうだ。きっと、そうなのだ。三好さんに話しかける日は今日なのだ。



 

 意を決して、筒から一万円札と伝票を抜き取りレジへと向かった。三好さんはドリンクバーの点検をしていたが、最初から組み込まれていた動作のようにすいっと方向転換を行い、僕が到着するのとほぼ同時にレジに収まった。


「ありがとうございます。伝票、お預かりいたしますね」


 ロボットのように業務は正確なのに、接客はフレンドリー。彼女と喋ってみたいと思うファンは、僕以外にもいるだろう。僕は今、その輪から飛び出すんだ。



「あ……さっき、大丈夫でした? 爺さん、ドリンクバーの使い方とか分からないから対応するの大変だったんじゃないですか?」


「えっ、いえいえ!そんなことないです。面白いお爺さんでしたよ」


「ア、よかったです。キャラの濃い爺さん、でしたよね。深夜3時にステーキなんて」


「確かに。ふふふ。なかなか忘れられませんね」


「……僕も覚えてもらうために、次から毎回パンケーキだけを注文しようかな。“パンケーキ”なんてあだ名つけられちゃったりして」


「え、あ、 アハハ……。 そうですね……」



 帰りたい。今すぐに。


 顔から汗が止めどなく噴き出している。どうせなら火を出したい。響く悲鳴。騒ぐ客。ボヤ騒ぎのどさくさに紛れて、店を飛び出したいなどと妄想に逃げながらポイントカードのやり取りをして、一万円札をお渡しする。


「お預かりいたしますね」


 4つ折りだったそれは、三好さんの手によってピシと広げられてレジに吸い込まれていった。

 が、その直後、ピーーという警告音と共に手元に戻ってきてしまった。


 三好さんは、たまにあるんですよねというように肩をすくめながら、再度会計を進めようとする。しかしながら、またもや一万円札は警告音を鳴らしながら吐き出された。三好さんの眉間に皺が出現する。レアな皺と、鳴り響く警告音に心臓がギュウとなる。


 3度目のチャレンジでも、レジは一万円札を頑なに認めなかった。これ以上三好さんのお手を煩わせる訳にはいかない。


「ダ、ダメみたいですね、すみません。えっと、他の方法で……」


 震えた声で中止を提案した。すぐに他の方法を提示しないといけないのに、三好さんから受け取った一万円札をしばし見つめてしまった。満腹になった頭はアクシデントに混乱していた。焦って耳の裏が熱くなるのを感じながら頭をフル回転させる。と、ずっと前に決済アプリのキャンペーン用に多めにチャージしていたことを思い出す。


「えっと、電子決済って使えますか」


「はい。大丈夫ですよ。少々お待ちください」


 助かった。チャージしたものの、使いやすいがゆえに使いすぎることを危惧してお守りのように大事に取ってあった残高。焦りながらアプリを開くと、私の出番ですねというように勇ましく画面が光って目に沁みる。


「ア、良かった。これで支払いできます。使えない一万円札つかまされた挙句、無銭飲食になるところでした」


 先ほどの警告音がまだ耳にこびりついている。動揺を悟られないようにベラベラと淀みなく喋る。三好さんはクスッと小さく笑い、左手で口元を覆った。そこからはボーっとしながら会計を済ませた。


「ありがとうございました。またお越しくださいませ」


 三好さんの笑顔が“顔見知り用 親しみマシマシver”になっている。ような気がする。しかし微笑み返す勇気はなく、体ごと折りたたむ勢いで頭を下げて店を出た。




 外はまだまだ暗かった。だけど微かに、確かに朝の気配を感じる。東の空の下にはオレンジの細い線がピッと引かれている。その他の深い紺色はまだ我が物顔で空に居座っている。冷たい外気に完全に目が覚める。


 暖を取ろうとポケットに手を突っ込んだところで、先ほどの一万円札をつかんだ。広げてみると、やはり諭吉でも栄一でもない偉そうなおじさんが印刷されている。透かしには、傾けるたびにゆらりと何通りもの色と模様が浮かび上がる。悪戯っぽく笑う爺さんと、上品に笑う婆さんの姿を何度も思い出して確かめる。


「悪趣味だ」





 はあと息を吐き出す。お札ごとポケットに手を突っ込み歩き出す。上を向き、もう一度息を吐く。もわりと白い水蒸気が流れていく。ため息をつきたいのか呼吸を整えたいのか、自分でもわからない。


歩き出すと自然と足早になっていた。踏み出す度に、歩幅が広がっていく。原稿用紙はどこだっけ。跳ねるリュックが背中を叩く。途中のコンビニで食料たくさん買い込もう。帰路の先に広がる道を思い描いて、暗く静かな大通りをぐんぐん進む。


まだまだコロナが終息してない頃、ファミレスの24時間営業取りやめや、ロイホ50周年、アンナミラーズ閉店など、ファミレス重大ニュースが続いたのがきっかけで書き始めました。書いてる間に一万円札は諭吉から栄一になっていました。どんだけ遅筆なんだよと思いました。


読んでくださってありがとうございました。また書こうと思えました。

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