ステーキ
残りのステーキはちゃんと味わおうと反省しつつ上目遣いで爺さんの様子を伺うと、目を細めながら僕を見ていた。
「若い人がたくさん食べる姿は見てて飽きないねえ」
爺さんは一万円札を透明の筒に挿しながら、良い話が聞けてよかっただの、今書いてるのが完成したら読みたいだの、一方的な今日の総括を始めていた。
「君と食事ができてとても楽しかった。ありがとう」
出しますと言いかけ、そんなお金はないことを思い出して言葉をのみ込み、今度こそタイミングを逃してはならぬと頭を下げた。
「ご馳走様です」
顔を上げたところに、またもや居心地が悪くなるほどの笑顔があった。何もせずダラダラと時間を食い潰して生きている人に向けるには、包容力のありすぎる笑顔。僕はもらうに値しない。ステーキもうまく飲み込めない。二人は名残惜しそうにゆったりとした動作で荷物をまとめ始めた。僕はそれをぼんやりしながら眺めていた。
「書けなくなること、ありますか」
唐突に出た言葉に自分で驚き、具合を悪くする。二人の驚いた視線に胃が刺激されて、何かが込み上げてきそうになる。しんなりして冷えたポテトを、一本ずつ大事に食べていたのがいけなかったのかもしれない。
「そりゃあ、あるね!」
だいぶ前から頭の中にもやをかけ、押しつぶそうと硬く重く大きくなっていくこの状況のことを、爺さんは楽しそうに笑う。ソファに改めて深く座り直したかと思ったら、わざわざ目の前の皿をぐいと押しのけ、腕組みした腕をテーブルに乗せて「ここだけの話」のスタンスを取る。
「その時は、書かないと決めて見ればいい。ただし、じっくりしっかり見つめること。時間をかけてね。さっき、若いというだけで素晴らしいと君に言ったね。時間があるのは素晴らしいんだ。書く時間もたくさんあるし、書かない時間もたくさんあっていい。吐き出さなきゃ気持ち悪くなるくらい、何かが自分の中に溜まるまで、たくさんの時間を使えばいい。」
話しながらぐっと見つめてくる目を、僕は逸らすことができなかった。少し咳払いをした後、爺さんは残りのメロンソーダを一気に飲み干し、「演説の後には適さないねぇ」と大袈裟に咳き込んで見せた。