ドリンクバー
爺さんはドリンクバーへ飲み物を取りに。婆さんはタッチパネルとお戯れに。テーブルでは気まずい沈黙が流れていた。
話題を探している間、婆さんの華麗な指さばきを眺めていた。年の割にちゃんとタッチパネルを扱えている。うちのおばあちゃんも最近スマホデビューしたと言っていたし、コンピューターおばあちゃんはもう現実に存在するんだな。そんなことを考えながら、ついついじっと見てしまった。それに気づいた婆さんが肩をすくめてウフっと笑う。口元を抑えた手の上でダイヤがキラリと光る。
「素敵な指輪ですね」
沈黙が気まずくてとりあえず誉めた。
「ふふ。ありがとう。今日は50年目の記念日だから、婚約指輪も引っ張り出してきちゃった。はしゃいじゃってるわよねぇ」
婆さんはふにゃりと体を傾けながら嬉しそうに話した。左手を小さく左右に捻ってダイヤがキラキラするのをうっとりと眺める。その様子をじっと眺めてしまった。
「あ、もしかしてこっちを見てた?気になるわよね、この小指の黒子」
「い、いいえ」
婆さんは慣れた調子で話していたが、僕は思わず嘘をついた。指輪をはめた隣の小指に大きな黒子があったのだ。それはダイヤの大きさといい勝負だったので、どうしても目についた。
「結構目立つから昔は気にしていたんだけど。でもね、あの人がプロポーズの時に『君が左手を見るたびにダイヤが目に入るように、黒子よりも大きなダイヤにしたんだ』っていってこれをくれたのよ」
そういって婆さんはまた左手を愛おしそうに眺めた。とても素敵な話だ。でも他人の僕からすれば、その話はちょっと可愛いくて、可笑しい話だった。緩む顔を隠したくて少し俯いた。
「ふふふ。いいのよ、笑っても」
バレてた。
「だってあの人も笑ってたんだから」
追撃に撃沈した僕は、たまらず吹き出した。
「すみません。でも、とても素敵な話です。本当に」
僕の失礼な態度にも婆さんはニコニコと笑った顔を崩さない。何でも許してくれそうな笑顔に、またおばあちゃんを思い出す。
「ばあさんはオレンジジュースでよかったかな?」
爺さんがドリンクバーから戻ってきた。手にはオレンジジュースとメロンソーダをなみなみと注いだグラスを掲げるように持っている。2人が頼むメニューは、とことんわんぱくだ。グラスをゴトリとテーブルへ下ろし、自分もドカッとソファへ座る。
「ありがとう」
「お姉さんに丁寧に教えてもらったよ。ドリンクバーは楽しいねえ。今は自分でドリンクを混ぜてオリジナルドリンクを作るのが流行っているらしい。お姉さんにカルピスとコーラを混ぜるのがおすすめと教えてもらったから、2回目はそれを飲むよ。いやあ、可愛らしくていい子だなあ。ねえ?」
「ふふふ。よかったですねえ。」
ポッと出の爺さんのくせに三好さんを語るな。僕は大人気もなくフンと視線を窓へ逸らしながら、今度三好さんおススメのカルピスコーラを絶対飲もうと心に決めた。