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ご注文

「おめでとうございます」


 50回目の結婚記念お食事会に最もふさわしい言葉を贈ったものの、僕はまだ戸惑っていた。



「ここのお店はねぇ、僕たちにとって特別な場所なんだ。ね?」

「うふふ」


 いや、それにしても3時て。


「さぁて、何を頼もうかな。好きなものなんでも、好きなだけ食べよう。ええと、メニューメニュー……」

「ふふ。もうたくさんは食べられないわよ。年だもの」

「僕はステーキを食べたあとにデザートまでしっかり食べる予定だよ」


 そんな仲睦まじい会話をしながら、爺さんは辺りをキョロキョロしている。店員さんが1人、近くのテーブルを片付けに通りかかる。


「あっ!お姉さん、すみません。メニューをもらえるかな?」

「あ……はいっ。少々お待ちください」


 注文はタッチパネルでやるんですよ、という言葉を僕は咄嗟に飲み込んだ。爺さんが声をかけたのが三好さんだったからだ。

 三好さんはこの時間に働いているバイトの子だ。いつもテキパキと、しかし丁寧に仕事をこなす。三好さんがサッサと動くたびに、一つに束ねられたストレートの髪が肩甲骨辺りで揺れる。僕はアイディアを絞り出そうと虚を見つめるふりをして、よく三好さんを盗み見ていた。注文がタッチパネル方式なせいで、会計の時以外は接点がないのだ。僕は心の中で爺さんにグッジョブと叫んだ。これで合法的に三好さんを正面から見ることができる……。緊張して少し具合が悪くなってきた。


「お待たせしました。こちらメニューでございます」

「ああ、ありがとう。注文もいいかな?」

「かしこまりました。どうぞ」


 そういって三好さんはポケットから手帳サイズの注文パネルを取り出す。三好さんならば2人の異様さはお店に入った時から気付いているだろうけど、それを(おくび)にも出さない。さすがプロだ。


「このお店で一番豪華なメニューはどれかな?」


 いやらしい注文だ。


「えっと……、こちらのステーキと海老のグリルセットなどはいかがでしょうか」

「おお!ステーキとエビ、しかも蟹クリームコロッケまでついてるじゃないか。うん。これにします」


 爺さんが頼むにしては、わんぱくすぎるメニューだ。


「ばあさんは何にする?」

「私は軽めのものがいいわ。何かいいのあるかしら?」

「えっと、ではサンドイッチなどいかがでしょうか」


 そういって三好さんはパラリとメニューをめくり、一発でサンドイッチのページを開いてみせた。さすがプロだ。


「わあ、いいわね!私はこのクラブサンドにするわ」

「かしこまりました」


 軽めのものとはいえ、2人の胃袋を心配してしまう。


「君も何か食べないかね?」

「えっ、いや僕は大丈夫です。コーンスープとドリンクバーでお腹がいっぱいで……」



 急に話しかけられ慌てて遠慮してしまった。本当はメニューを見てるだけでお腹が鳴りそうだ。それにしても惨めな言い分だなと、悲しくなってきた。


「若者が遠慮なんてするもんじゃない。そうだな、僕と同じメニューを頼もう」

「いえ!本当にお腹すいてないんです」


 いくらお腹が空いていても、ステーキなんてTPOから逸脱しまくったものを頼むことはできない。ましてや三好さんの前で。


「じゃあ私と一緒のクラブサンドはどう? これなら食べられるんじゃないかしら?」


 それならステーキよりはまだ……。そういった僕の気の迷いを読んだのか、爺さんはサラリと注文をする。


「クラブサンドを1つ追加で」

「かしこまりました。クラブサンドは合計おふたつですね」

「あと、ドリンクバーを2つ。以上で」

「かしこまりました。ではご注文を繰り返します」



 会話の流れに澱みがなさすぎてお礼をいうタイミングを逃してしまった僕は、三好さんの注文復唱に耳を澄ませていた。めくるめく不測の事態に具合が悪くなりそうだ。クラブサンド、食べられるだろうか。


「ではメニューお下げしますね」

「ああ、ありがとう。君のおかげでスムーズにメニューが決まったよ。楽しみだ」

「……ありがとうございますっ」


三好さんが照れながらふにゃっと微笑む。可愛い。それを見た爺さんが目を細める。ふん。そしてその2人を婆さんがニコニコしながら眺めていた。



「あ、ドリンクバーはどこにあるのかな?使い方も教えてくれるかい。機械に弱くってねえ」

「かしこまりました! ドリンクバーはこちらです」


 三好さんに案内されて、爺さんの足取りは心なしかウキウキしている。


「……!」


 僕はお礼を言わないといけない相手を苦々しく見送った。


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