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009 血を契る

 



 クラリスの保護に失敗したスイは、そのまま教会に戻った。


 彼女が向かう先は、レイラルクの教会騎士たちを束ねる隊長の部屋だ。


 デスクに向かい書類に目を通していた彼女は、部屋に招き入れたスイの顔を見るなり問いかける。




「どうだった」


「取り付く島もありませんでした。申し訳ございません、カンパーナ隊長」




 カンパーナと呼ばれた白い制服姿の女性は、軽くため息をつく。


 彼女の顔には無数の傷があった。


 目つきは鋭く、手足もスイより太く、戦場の最前線で生きてきた戦士だと、ひと目でわかるような見た目をしている。


 髪型がベリーショートなのも、戦場で邪魔にならないようにするためだろうか。




「こちらも上にはかけあってみたがな……」


「いかがでしたか?」


「さすがに疑いだけでは動けん」


「現にフレイアはこの街にいるんですよ!?」


「我々もフレイア・レリヌスの危険性は承知している。しかし現在、サマエルのような大規模な組織が動いているという情報は無い。クラリスがそのための種なのかもしれんがな」


「今のうちに可能性は潰すべきです」


「だからこそ、君の行動を許可した」


「それだけではっ!」


「フレイア・レリヌスが犯罪を犯したという証拠さえあれば、動かす口実にはなる。真意はそのあとで明かせばよかろう」


「……結局はそれですか」




 すでに昨日、同じような内容の会話をカンパーナと交わしたばかりだ。


 昨日は聖女であるナンシーも一緒だったが、おそらく聖女側の責任者の答えも同じだろう。


 スイはうつむき、拳を握る。


 カンパーナはそんな彼女に、ため息まじりに――やけに疲れた様子で語りはじめた。




「納得できない気持ちはわかる。だが……実を言うとな、内側がゴタゴタしていてな。誰も動けないというのが本当のところだ」


「何かあったんですか? 私は何も聞いていませんが」


「サマエルのスパイが見つかった」


「そんなことがっ!? だ、誰だったんですか!」


「グリューム教官だ」


「な――」




 スイは絶句した。


 グリューム――それは幼い頃からスイを指導してきた教官だったからだ。


 剣術はもちろんのこと、騎士としての心得や、信仰とは何たるかを彼から教わってきた。


 何なら、落ちこぼれと馬鹿にされていたクラリスと友達になるよう勧めてきたのも、彼だったのだ。




「どういうことですか……なぜ教官がそのようなことをッ!」


「わからん、そのせいでとにかく教会内部は混乱状態だ」


「なぜわかったんです?」


「自白した。会議中、何の前触れもなく、自ら証拠まで揃えてな。随分前からサマエルに情報を送っていたことは確実だ。そして壊滅後も現在に至るまで、地下で活動している魔族崇拝者たちに教会内部の情報を送り続けていた」




 とんだ巨大爆弾である。


 スパイとして利用できるのはもちろんのこと、起爆のタイミングによっては組織を機能不全に陥らせることもできる。


 問題は――なぜそれが、五年前の戦争中ではなく、今なのか、ということだが。




「中には、グリュームの教え子に疑いの目を向けている人間もいる」


「私はそんなことしません!」


「無論、私は疑っていないさ。君が清く正しい信者であることはよく知っている。だが、そうも思わない人間もいるということだ」


「……こうしているうちにも、フレイアは」


「気持ちはわかる。だから、証拠さえあれば無理を通してでも動かすと言っているんだ。これが協力できるすべてだ、情けない話ではあるがな」


「わかりました……必ず掴んでみせます。クラリスのため、そして教会のためにもッ!」


「期待しているぞ、スイ」


「はいッ!」




 スイは胸に拳を当て、フレイアの悪事を暴くことを神に誓った。




 ◆◆◆




 どうでもいい話(・・・・・・・)を終えて、私とフレイアさんは家に戻ってきた。


 キッチンに並んで、買ってきた食材で夕食を作る。


 まるで夫婦みたい――そう思うだけで胸が躍った。


 そしてテーブルを挟んで、向かい合って摂る食事。


 お互いの作った料理を『おいしい』と褒め合うだけで幸せだし、食べさせたり、食べさせてもらったり、口移しまでしてみたり――ただの食事という行為が、こんなにも幸せだと教えてくれたのはフレイアさんだ。


 二人で過ごす時間のすべてが、フレイアさんへの愛情を育てていく。


 もう私は彼女無しでは生きられないようになっていた。




 食後――ベッドの上でじゃれあっていると、フレイアさんはちらりと時計を見た。


 そういえば、さっきから何度かそんな仕草を見せている。


 何か予定でもあるのかな。


 今まで夜に用事があるなんてこと、なかったと思うけど。


 あったとしても、私に話さない理由がわからない――




「フレイアさん、ちゃんと私のことを見てくださいっ」




 そう言って軽く頬を膨らますと、彼女は「ごめんね」と言いながら軽く唇を重ねる。


 だけどその目は、こういうことをする時に見せる優しい目じゃない。


 私の心を“ここではないどこか”へ導くときに見せる、あの冷たくて、けれど私を逃すまいと絡め取るような目だった。




「ねえクラリス、スイから何か聞かなかった?」


「何かって……変なことは言ってましたけど」


「どんなこと?」


「サマエルに関わってたとか、あとは暗殺のお仕事をしてたとか……」


「暗殺が本当だって言ったら、クラリスはどう思う?」




 どう、と言われても――あまり驚きはなかった。


 だって最初に出会ったとき、フレイアさんは殺してもいい命の話をしていたから。


 私も彼女と一緒に過ごす時間の中で、世の中にはそういう存在がいるのだと知った。


 でも、『暗殺しそうだと思ってました』と答えるは何か違う気がする。


 意外ではなかった……っていうのも、違うよねぇ。


 なんだろう、どう答えたらいいんだろう。




「うーん……少し驚きましたけど、それで嫌いになったりはしないです」




 無難にまとめると、こんな感じかな。


 するとフレイアさんは、私の頬に触れて微笑む。




「よかった」




 どうやら正解だったみたいだ。




「実は今日ね、そのお仕事が入っているのよ。時間が決まっているから時計を見ていたの」


「そうだったんですか」




 私とずっと一緒にいるのに、いつの間に仕事なんて受けたんだろう。


 それにしても……暗殺、かあ。


 想像ではなく、実際に人を殺すってことだよね。


 フレイアさんと離れたくないから、一緒には行ってみたい。


 だけど――人殺し……どうだろう、私、その光景を見てどう思うんだろう。


 軽く想像してみる。


 獲物を追い詰め、返り血を浴びるフレイアさんの姿。


 けど相手は魔獣ではなく、人間。


 正しいことではない。


 間違ったことをする、その姿を見て――


 ぞくり。


 背筋を通り抜ける冷たい感触に、私の体は震えた。


 その感覚はとても強くて、これまでしてきた“いけないこと”を遥かに凌駕していて、それでいて――気持ちいい。




「クラリス、笑ってる」




 フレイアさんにいわれて、私ははじめて気づいた。


 口角が吊り上がる。


 だって、想像の中のフレイアさんの姿が、あまりに美しすぎたから。




「ねえ、貴女もやってみない?」


「え……」


「クラリスの骸炎なら、人間を殺すぐらい簡単よ」




 予想外の提案だった。


 フレイアさんが殺すならまだしも、私が、人殺しになるなんて。


 どくんどくん。ぞくぞく。


 こみ上げる感触は――吐き気一歩手前の寒気で、さすがに私も、そこに気持ちよさなんて見出すことは――




「そして貴女には、私のパートナーになってほしいの」




 ……パートナー?


 今の恋人とは、何か違うの?




「表も裏もすべてをさらけ出して、二人で生きていくために。冒険者としても、人殺しとしても、手を取り合って歩いていきたいの。だって今のままじゃ――いつまで経っても、私たちは片面でしか愛し合えないわ」




 そう、だ。


 人殺しをするフレイアさんを含めて、はじめてフレイアさんは完全になるんだ。


 私が本当に生涯を彼女に捧げるというのなら、そこまで一緒になってはじめて実現する。


 そう、一緒。


 すべてが――人殺しに手を染めることまでも――一緒。


 どくんどくん。


 ぞくり。


 体の奥底からこみ上げる感触が、色を変える。


 破裂直前で踏みとどまって、殺人の背徳さえも、喜悦のテリトリーに収まってしまう。


 ああ、なんてこと。


 私――また、笑ってる。




「よかった」




 フレイアさんは心から安堵した様子で言う。




「不安だったのよ、ここまでさらけ出して、クラリスが受け入れてくれるかどうか」




 ――よかった。


 私もまったく同じことを思った。


 だって、フレイアさんが喜んでくれたんだから。


 私は『ひょっとしたら間違いかも』だなんて思ってしまったけれど、彼女が喜んだのならもう間違いない。


 それに――私、何も言ってないんだよ?


 表情だけで、視線だけで、フレイアさんはすべてを理解してくれた。


 その事実が、嬉しくてしょうがなかった。




 ◇◇◇




 夜のレイラルクは、昼以上に治安が悪くなる。


 そこらに怪しげなお店の客引きが立っており、耳を澄ませばどこからか喧嘩の声が聞こえてくる。


 そんな街中でも、特に空気の悪い路地を通り抜けた先に、私たちの目的地はあった。


 角を曲がる直前で足を止めると、フレイアさんは「しー」と人差し指を唇に当てた。


 こんなときでも仕草はお茶目で、そのギャップがかわいらしい。


 けどそんな表情を前にしても、私の緊張は和らがなかった。


 ふいに、角の先から声が聞こえてくる。




「こっちは金払ってんだからさぁ、好きにさせろよぉおおお!」


「ふぐっ……ぶ、う……」




 男が、ボロ布だけを身にまとった女性に蹴りを入れていた。


 彼女は顔が腫れ上がっており、体も傷や青あざだらけで原型を留めていない。




「ったくよぉ、商売でやってんならプライドぐらい捨ててみろよぉ! 大体、僕は貴族だぞぉ? 金なんざ貰わなくても従うのは市民の義務でぇぇぇえすっ! おらァッ!」


「あぐうぅっ……げほっ……」




 再び蹴りが腹部に入ると、ついに女性は血を吐き出してしまった。


 私はまばたきもせずに、その光景を凝視していた。


 相変わらず体はこわばり、心臓は高鳴り、全身で緊張しているけれど、その理由は先ほどと違う。


 人殺しへの躊躇ではなく――想像を絶する悪意を見せつけられた衝撃によるものだ。


 しかも、暴力を振るっているのが見知った顔だというのだから、さらにショックは上乗せされる。




「ピオニアス……!」




 私は小さな声で、絞り出すようにその名を呼んだ。


 私を殺そうとしたあの男が、酔っ払って赤らんだ顔で、女に暴力を振るっている。


 思えば、白昼堂々と、通りすがりの何の罪もない人を殺すような男だ。


 これぐらいやって当たり前だが――しかし、実際にその現場を見たかどうかの違いは大きい。


 すると、フレイアさんが私の体を抱き寄せ、唇を耳に近づけた。




「依頼主は、被害者の家族たちよ」




 そう囁く。




「ピオニアスはこれまで、権力を振りかざして何人もの犠牲者を出してきた。その被害者たちが集まって、決して安くない依頼料を払ってまで私に頼んできたの」




 続けて囁く。


 とろけるほど甘く、凍えるほど冷たい。


 殺意と愛情が入り混じった声で、私の背中を押すように。


 そして至近距離で私と見つめ合うと、顎をくいっと持ち上げ、軽く唇を合わせる。




あれなら(・・・・)、殺せるでしょう?」




 闇夜で赤い女が笑っている。


 私はもうわかっている。


 そこにあるものは、決して善意だけではない。


 三日月型に釣り上げられた唇には、いくらかの悪意が込められていることを。


 けど、それすら魅力だと感じてしまうのは――その悪意が決して私を害するものではないとわかっているからだろう。


 私は知っている。


 愛ゆえの悪意が存在することを。


 偽りの光を浴びていた私は、本物の闇へと引きずり込まれていく。


 いや、ある意味で、それは善意と呼べるのかもしれない。


 だってフレイアさんは、私に『幸せになってほしい』と思っているから。


 毒を注いで、溶けた私を巣穴に連れ込んで、そのまま食べずに愛でてくれるのだから。




「……はいっ」




 私は笑顔でそう返事をした。


 フレイアさんは頭を撫でて、私を送り出してくれた。


 角から姿を表す。


 足音も消さない。


 だから彼は次の蹴りを繰り出す前に気づき、こちらを振り向く。




「赤い目……」




 影から迫る私を見て、彼は何を思ったのか、そんなことをつぶやいた。


 私の目は蒼い。


 赤いはずなんてないのに――ああ、だけど本当に赤いのなら素敵。


 フレイアさんと同じだから。




「いや……お前……は、ハハハッ! お前ぇ、クラリスか!?」




 次に彼は笑った。


 自分がどんな目に合うのかも知らずに。




「やっぱりそうだ! そんな痴女みたいな格好してるから誰かと思えば! そうかぁ、わかったぞ。お前、フレイアとやらに捕まって聞いてたけど、金が無いから売ってんだな!? 落ちぶれたもんだなァ、聖女がさあ!」




 ピオニアスはふらふらと体を左右に揺らしながら、汚物めいた言葉を口から吐き出す。




「そんで僕が金持ちだって思い出して、買ってくれってお願いしにきたんだろ。わかったわかったぁ、そこの女にも飽きてきたから相手してやるよ。近くに宿あったろ? そこに移動してぇ――」




 彼はこちらに近づいて、私の肩を抱こうとした。


 無論、こんなゴミに触れられるわけがない。


 私の体に触れる直前、黒い炎が彼の腕にまとわりついた。




「んお? なんだこれ――」




 炎はほんの一瞬だけ、彼に“冷たさ”を感じさせる。


 けれど次の瞬間には、




「あっ、あちぃ……なんだこれっ、なんだよこれぇええぇえっ!」




 熱と共に、苦痛を彼に与える。


 必死に腕を振りながら後ずさり、尻もちを付くピオニアス。


 彼の腕はまたたく間に焼け焦げ、灰になり、骨がむき出しになる。




「うわあぁぁあああっ! おっ、お前っ! こんなこと許されると思ってるのかッ!? クラリスうぅぅぅぅっ!」


「その言葉、そっくりそのままお返しします」


「はあぁあっ!?」


「貴方は、自分の行いが許されると思っていたんですか?」




 やがて黒い炎は彼の骨すら焼き尽くし、その罪深き肉体は罪なき灰へと生まれ変わる。


 世界が少し、綺麗になった気がした。


 続けて、両脚を燃やす。




「やめろぉおおおっ! お前なんかっ! ひ、あづぃぃっ、お前、なんかぁっ! 家の力で殺すの簡単なんだからなぁっ! 殺すのは、あがあぁあああっ!」




 腕が片方残っているから、まだ這いつくばって逃げようとしている。


 私は残った腕も焼き尽くした。




「いぎああぁぁぁああああっ!」




 不快な叫び声が響いた。




「はっ、はっ、はあぁっ、誰かっ、誰かあぁぁっ! だずけてぇっ! 僕だぞぉっ、僕が苦しんでるんだぞぉ! お前もっ、ぐったりしてないで助けろよぉおお!」




 彼は自分が暴行した女性にまで助けを求めている。


 すごい、人ってここまで醜くなれるんだ。


 ここまでやっても、私の馬車の件に対する謝罪はおろか言い訳すら聞けないし、本当に見た目が同じなこと意外、違う生き物なんだ。




「僕の体あぁ……痛いよぉ、痛いよおぉ……僕がっ、何したって言うんだよぉお……」


「まだわからないんですか?」


「だってっ、だってぇっ、僕がやったことは、正しいだろ!? お前が……そうだよ、クラリスが役に立たないって、みんなそう思ってたじゃないか! ルビアだって、リュードだって、スイだってぇえ!」


「だから、殺してもいいと?」


「そうだよ! 僕にはその権利が――」




 もう駄目だ、話しているだけで耳と脳が腐りそう。


 私は手を振り上げて、黒い炎を彼に浴びせようとした。


 そう、腕を振り下ろそうとしたところで――動けなくなる。


 まるで、金縛りにでも合ったように。


 これは……そっか、私……。


 まだ、ためらってる。


 さんざんピオニアスを痛めつけてきたくせに、いざ殺すとなると、『いけない』って私の中の倫理観が止めようとしてるんだ。


 緊張が蘇る。


 腕が震え、体がこわばる。


 冷や汗が、じっとりと背中を濡らした。




「ほ、ほら、そうだろ? 僕を殺すなんてやりすぎだろ? こ、これぐらいでっ、これぐらいで終わらせて……頼むよぉ、早く聖女を呼んでくれっ! いや、お前でもいいっ、僕を癒やせばパーティに戻すことも考えてやっていいからぁ!」




 私、殺せないの?


 こんなやつでも、生かしたほうがいいって思ってるの?


 馬鹿げてる。


 でも――人を殺せば、私、本当の本当に後戻りできなくなるって知ってるから――




「怖がらないで」




 そのとき、後ろから、ふわりと誰かが私を抱きしめた。




「フレイア、さん……」




 落ち着く感触。


 だけどわかる。


 今、このタイミングでフレイアさんが私を抱きしめたのは――




「一度殺してしまえば、あとは楽なものよ。その先にある世界は、貴女が考えているような地獄じゃない」




 そして、彼女も気づいている。


 私が考えていることを。


 そうだよね、だって今までもさんざん、私の心を読んできたから。




「本当の意味で心が解き放たれた、私たちだけの楽園よ。ねえクラリス――二人で、落ちましょう?」




 私は一人じゃない。


 そうだ、引き返せば私は一人。


 上辺だけ綺麗な人たちに囲まれて、正義を押し付ける友達に支えられて、血反吐を吐きながら“正しい”と言われる道を歩くんだ。


 それって、とても孤独だと思う。


 でも……ここにはフレイアさんがいる。


 薄っぺらい100人の繋がりより、ずっとずっと深い、何万人分もの価値があるフレイアさんが。


 だから、私は告げた。




「さよなら」




 貴方に。


 私に。


 今日で、お別れ。




「や、やめっ……あ、ああぁっ、あづいぃいいっ! 熱いっ、熱いひっ、あっ、焼けるっ、頭がぁっ、体の中がっ、あ、があぁぁぁああああっ!」




 黒い炎がピオニアスを焼いた。


 外も内も高熱で焼かれ続け、彼は徐々に焦げながら、手足のない体でのたうち回った。


 人の肉が焼けた独特の匂いがあたりに充満する。


 私とフレイアさんは抱き合いながら、まるで焚き火でも眺めるように、その様子を見つめていた。


 そして彼は灰になって、風に吹かれ、跡形もなく消える。


 私は、人を殺した。




「おめでとう」




 フレイアさんの祝福が心に染みた。


 私は本音で返事をする。




「ありがとうございます」




 まるでベッドに並んで迎えた朝のように爽やかな笑顔を浮かべて。


 そんな私を、フレイアさんは背中からぎゅっと抱きしめていた。


 しかしふいに、彼女は私の左手を取る。


 そして薬指に――黒い宝石の付いた、指輪をはめこんだ。




「フレイアさん、これって……」


「結婚指輪よ。王国には、女同士の結婚なんて制度として無いんだもの。だから勝手に夫婦になってしまいましょう」


「結婚……フレイアさんと、私が……」




 魂が、歓喜に染まった。


 人を殺したあとの罪の感覚までひっくるめて、幸福の色で塗り上げられていく。




「返事は聞くまでもないようね」


「嬉しいですっ、すっごく、今まで生きてきた中で一番っ!」


「よかった。今日から貴女はクラリス・レリヌスを名乗りなさい」


「はいっ!」




 ああ、私、名前も変わっちゃったんだ。


 本当に、何もかもフレイアさんに染められていくぅっ!




「それと気づいてないようだけど――クラリスの眼、赤くなってるわね」


「へ……?」


「骸炎が完全に定着した証拠よ。私と同じ色になってるわ」


「ここまで、フレイアさんと一緒だなんて……っ。こんなに一緒で名前まで一緒だと、夫婦どころか、血のつながった家族みたい……っ」


「あら、それもいいわね。恋人で、夫婦で、家族で……あとは姉妹かしら」


「姉妹……そうだっ、フレイアさん!」


「んー?」


「私、フレイアさんのことお姉様って呼んでもいいですか……?」


「構わないけど、急にどうしたの?」


「恋人になったとき、フレイアさん……ううん、お姉様が私のこと呼び捨てにしてくれて……でも、私のほうは何も変えられなかったから、ずっと気にしてなんです」


「かわいいことを気にするのね。けどいいわね、お姉様って。私もゾクゾクしてきちゃった」


「私もですぅ……お姉様のために、どんどん変わっていく自分が嬉しくて……はあぁ……っ」


「ふふっ、体を震わせてまで喜ぶなんて。完全に私に壊されちゃったわね、クラリス」


「はいっ、はいっ、もっと、もっと壊してくださいっ、フレイアさん!」


「ええ、私以外のすべてが無価値になるまで滅茶苦茶にしてあげるわ」




 きっと、そう遠くない未来、私はそうなる。


 けど私にはもう、それを恐れる気持ちなんて微塵も残っていないから。


 たくさん変わろう。


 たくさん殺そう。


 お姉様のものになるためなら、私、他人の命なんて――いくらでも奪える。




 ――――――――――


 名前:クラリス・レリヌス

 種族:人間

 性別:女

 年齢:19

 職業:骸炎使い

 好きなもの:お姉様、お姉様とのスキンシップ、お姉様と一緒の仕事

 嫌いなもの:男の人、自分の邪魔をする人


 体力:81

 魔力:997

 器用:82

 魅力:111

 性向:-30


 ・スキル

 殺人Lv.1

 骸炎Lv.70


 ――――――――――




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[一言] あぁ…尊い! 本当に尊いですッ!
[良い点] 9/9 ・ぶっころ劇が、キラキラしてて感動しました! [気になる点] 葛藤、背中を押してくれる嫁、最高です。今までで最にたぎるッ! [一言] まだマイナス30かッ! まだ堕ちる…
[一言] ギャアアアアア!! 完全にクラリスが墜ちたあああ! ……でもまぁ、クラリスが幸せならいいかな。もともとクラリスの知り合いがろくでもないもの過ぎた……。 ……無理だと思うけど……ただの殺人鬼に…
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