008 帳を下ろす
「焼け死になさい、私の炎でッ!」
私が腕を振り払うと、黒い炎が前方を薙ぎ払う。
背中を見せて茂みに向かって逃げようとした緑肌の小人たちは、その炎に呑み込まれ、叫び声をあげながら灰と化した。
湿った腐葉土の上に、ゴブリンどもの骨が並ぶ。
「私たちを囲んでた連中も逃げてるみたいね。あの数、巣が近いのかしら」
「追跡します」
「逃してあげないの?」
「魔獣なんて存在がゴミなんですから、皆殺しですよぉ」
「クラリスが楽しそうで何よりだわ。なら私は後ろのほうを殲滅するから、そっちはお願いね」
「はいっ、お願いされました!」
いくら殺したっていい。
殺せば殺すほどみんな褒めてくれる。
お金もくれる。
私も強くなれる。
フレイアさんとの絆も深まる。
魔獣狩りってこんなに素敵なのに、逃がす理由が見当たらない。
骸炎の使い方は、フレイアさんが手取り足取り教えてくれたおかげで体に染み付いてきてる。
手のひらから放つだけじゃない。
例えば足を炎で包み、急加速――そのまま最後尾の雑魚の頭を踏みつける。
「グギャッ!?」
骸炎が頭部を焼き、その痛みで体勢を崩す。
私はさらに脚に力を込め、そのまま地面に叩きつけた。
熱しながら、焼けてもろくなった頭蓋骨もろともそれを踏み潰す。
「グゲェエッ!」
「弱い弱い。どうして前の私はこんなものを恐れていたんでしょう!」
ピオニアスたちはわざと魔獣を私にけしかけて、怯えて逃げ惑う様を見て楽しんでいた。
けど今は違う。
殺せる。殺せる。私が殺せる!
むしろ、怯えるべきはあいつらのほうなんだからッ!
「仲間が殺されたのに、足も止めないなんて、群れても所詮は畜生ですねェ!」
私から離れていこうとするゴブリンたちへ追撃。
五匹ほどを一気に焼き払う。
すると、藪の向こうから放たれた矢が、私の顔をめがけて飛んできた。
気づいたときにはすでに至近距離まで迫っている。
けれど私の周囲を取り巻く炎が自動的に矢を絡め取り、灰へと変えた。
今度は逆に、向こうにいる敵を私が焼く番だ。
拳ほどの大きさの火球を手のひらから飛ばすと、向こうからゴブリンの叫び声が響いた。
一般的に、ゴブリンは雑魚魔獣と呼ばれる。
レイラルクの周辺にも出現するし、ビギナー冒険者の練習相手にも使われることがあった。
しかしこの森に生息する亜種たちは、事情が違う。
彼らは一般的なゴブリンよりも少々知能が高く、群れをなし、そして武器や魔術を使う。
前衛と後衛に別れ、隊を組み、“巣”と呼ばれる拠点を中心にコミュニティを築き生活するのである。
それゆえに、多くの冒険者がただのゴブリンと侮って戦いを挑み、そして散ってきた。
リュードたちはそれを知っていたため、森でのゴブリン討伐を目標に定めながらも、未だ実際に戦ったことはなかったのだ。
それを――私が滅ぼす。
完全に上に立った証拠だ。
私は正しい。
フレイアさんも正しい。
もう彼らに私を馬鹿にすることはできない。
ゴブリンたちを殺せば、それが叶う――
「弓での攻撃はもう打ち止めですか? 大したことありませんね!」
周囲に感じる“気配”を片っ端から焼きながら、私は前に進む。
骸炎のおかげなのか、命がどこに存在するのかも手にとるようにわかる。
すべて、フレイアさんのおかげだ。
何もかも、全部、フレイアさんが私に教えてくれたっ!
「グゲェーッ!」
ああ……気持ちよくフレイアさんのことを考えてたのに。
汚い声と共に、無数の矢が前方から降り注ぐ。
つまらない攻撃だった。
空に向かって腕を振ったら、それで終わり。
黒い炎がすべてを薙ぎ払って、矢は空中で灰となって散る。
さらに私は両手に炎を生み出し、それを自分の胸の前で一つに合わせて射出する。
顔の大きさほどの球体がふわりと飛んで、木々をかきわけ群れの前へ。
生命を感知すると停止。
その場で膨張し、高温の殺意を撒き散らしながら、爆音を響かせた。
私はその球体を追って、少し遅れて前進する。
その場に到着すると、あたりに焦げた匂いが漂っていた。
少し出力を上げすぎたせいか、木々までも焼け、ゴブリンは骨も残っていない。
「ちぇっ、これじゃあお金にならないじゃないですか」
私はちょっとふてくされながら、さらに奥へと進んだ。
そこには山の斜面に作られた、大きな穴があった。
暗闇の向こうに、瞳が光っているのが見える。
どうやら無数のゴブリンたちが、その中に逃げ込んでいるらしい。
「ここが巣ですか。じめじめして臭くて、いかにも畜生の棲み家らしい場所ですね」
あまり長居したくないと思った。
私は目を細め、胸で燃え盛る種火と右手を繋げる。
もはやそれは種火と呼ぶには大きすぎる存在となっており、その炎が心臓のあたりで揺れるたびに、フレイアさんと同じものが自分の体にあるという実感で頬が緩む。
色んなものを与えてくれるフレイアさん。
色んなことを教えてくれるフレイアさん。
私の知らない世界は、こんなにも楽しくて、幸せなことで溢れていて――
「まとめて駆除してあげます。せいぜいお金になって私たちの役に立ってくださいね」
洞窟が、私の手から放たれた炎の波に飲まれていく。
後に残骸を回収したときにわかったことだが――洞窟内部はそこそこ広く、100匹を超えるゴブリンたちが生息していたらしい。
奥には“王”と呼ばれる群れのリーダーもいたそうで、骨格の大きさから特別高い戦闘能力を持っていたようだけれど、焼け死んだ今となっては“査定額が高い”以外に意味など無い情報だった。
◇◇◇
今日もたっぷりの金貨を手に、私とフレイアさんは足取り軽く家へと戻る。
お金の入った袋をテーブルに起き、椅子に腰掛ける彼女に私は狙いを定めた。
「フレイアさーんっ!」
そして飛び込むように抱きつくと、頬と頬をすり合わせた。
やっぱり肌同士が触れ合っているこの時間が一番幸せ。
「そんなに我慢できなかったの?」
「だってぇ、街の中でキスしようとしたら駄目って言ったじゃないですか」
「ああ、それは――まあ、色々あったのよ。今ならいっぱいしていいわよ?」
「じゃあ本当にいっぱいしますから。ちゅぅっ、ちゅっ、むちゅっ」
私はフレイアさんの顔に、マーキングでもするように吸い付いた。
もちろん唇へのキスも忘れない。
だけど唇同士を重ねると、諸事情で時間がかかってしまうからそれは最後のお楽しみ。
私たちはたっぷり時間をかけてじゃれあった。
それは家に戻ってきてからのお約束みたいなもので、私が黙ってたら逆にフレイアさんのほうから仕掛けてきたりする。
だって、外で抱き合ったりキスするのが平気になったと言っても、さすがにできないこともあるでしょう?
一通り終えてもなお外は明るいままで、あれだけ大量の魔獣を狩ったのに、今日はまだまだ終わりそうになかった。
夕食までまだ時間もある。
私はフレイアさんの膝の上に、正面から向き合って座り、甘えた声で尋ねる。
「今日はどうしますかぁ? 私はこのままベッドに入りたいんですけどぉ」
「気分だけで言えば私もそうよ。だけど、今日は予約があるのよね」
「どこか出かけるんですか?」
「貴女も一緒よ」
視線が絡み合ったので、とりあえず軽くキスをする。
「フレイアさんが行く場所なら、どこへでもついていきます」
「大げさねえ、割と近所なのに」
「スラムってことですか?」
「腕のいい彫師がいるって聞いたのよ。そこでクラリスとおそろいのタトゥーをいれようと思って」
「おそろいのっ!?」
私は思わず背筋をぴんと伸ばして喜んだ。
フレイアさんはくすくす笑う。
「ピアスと違って取り外しもきかないのよ? そんなに喜んじゃっていいのかしら」
「外せないからいいんです! 永遠に残るフレイアさんの印って感じがして……」
「ふふっ、クラリスは私のお願いを拒むことなんて無さそうね」
「だって信じてますから。何もかも」
タトゥーを入れるのは痛いと聞いたことがある。
でも怖いとは思わなかった。
ピアスのときでわかった。
変化のために生じる痛みは喜びだ。
それに気づいた今なら、きっと私はフレイアさんのためなら、どんな痛みにだって耐えられる。
むしろ痛ければ痛いほどいい――そう感じるほどだった。
◇◇◇
家を出て、民家にしか見えないお店に入る。
そこでやせ細り、目も焦点の合わない男性にフレイアさんがお金を払った。
どうやら彼が彫師らしい。
タトゥーを入れる場所は顔。
柄はいれるまで秘密とのこと。
先に施術を行うのはフレイアさんのほう。
それから一時間後に、私の番がやってきた。
私への施術が終わる頃には、外は暗くなりはじめていて、埃っぽく明かりも弱い家の中は、余計に薄暗く感じられた。
頬に刻まれた模様は――蛇。
「終わったみたいね。痛かったでしょう?」
フレイアさんの顔にも同じものがある。
彼女は、彫師が呼んだ聖女による回復魔術を受けた後らしく、タトゥーまわりの赤みは引いていた。
おそらく教会から許可を貰った聖女なんだろうけど、こんな仕事をして稼いでる人もいるだなんて。
そういえばフレイアさん、追加料金がちょっと高めって言ってたっけ。
今の収入なら問題ないけど、オプションであの聖女を呼んだからだったのかもね。
「はい……痛くて楽しかったです。次はもっと大きいのをいれたいですねっ」
「もう、気が早いんだから」
どうせ赤みは回復魔術で消えるんだから、明日だって構わないはずだ。
もっと増やしたい、もっともっとフレイアさんと共有したい。
心も体もすべてを混ぜ合わせてしまいたい。
そんな欲求は、日に日に高まっていた。
◇◇◇
帰り道、窓に写る自分の姿を見るたびに口元が緩む。
同じお店の服に、同じピアス、そして同じタトゥー。
もはやどこからどう見ても、私たちは恋人だ。
近づきにくい雰囲気も、二人だけの世界が作れると思えば悪くない。
「ご機嫌ねえ、クラリスは」
「フレイアさんは嬉しくないんですか?」
「嬉しいけど、クラリスの浮かれようを見てると、そっちのかわいさに目を取られてしまうの」
「それは悩ましいですねえ。フレイアさんには喜んでほしいですし、私のことも見てほしい」
「本当に変わったわね」
「フレイアさん好みに、ですか?」
「当然。私がそうしたんだもの」
「フレイアさん……」
私たちは街のど真ん中で抱き合い、キスをした。
通行人の目なんて気にならない。
だって私に必要なのはフレイアさんだけだから。
再び私たちは歩きだす。
すると、背後に気配を感じた。
「誰かが尾けてるみたいですね」
「そうね、気配も消さずに不用心だわ」
「脅しをかけますか?」
「いえ――そんな真似をするまでもない相手よ。私が処理するわ」
フレイアさんはくるりと踵を返す。
すると相手はあっさりと観念したのか、物陰から姿を表した。
……先ほどの聖女だった。
彼女はどこか睨むような目を向けながら、こちらに近づいてくる。
「命でも狙ってるのかと思ったんだけど、違ったみたいね」
「話が聞きたいと思ってねぇ。そのタトゥーの柄なんだけどさ、サマエルの――」
「ここじゃ場所が悪いわ、移動しましょう。クラリスはここで待っててね」
「わかりました、いってらっしゃい!」
聖女のほうは、わざわざ移動しようとするフレイアさんを訝しんでいる様子だった。
あの感じだと、二人きりになったりはしないと思うから大丈夫かな。
別に心配してるわけじゃないよ?
でも、聖女のほうがフレイアさんに惚れちゃったら面倒だからね。
私は言われた通りに、その場で立って待った。
すると、背後から誰かが肩を掴む。
「クラリス、見つけた」
スイちゃんだった。
その手を払い、振り返る。
彼女は私の頬を見て顔をしかめた。
「そのタトゥー……」
「いいでしょう? フレイアさんとおそろいなんですよ」
「消せないんだよ!?」
「だからいいんじゃないですか」
私は指先で蛇の柄をなぞり、うっとりと目を細めた。
私がフレイアさんへの愛情を発露するたび、スイちゃんは嫌そうな顔をする。
当てつけの意味もあるけれど、それが楽しくて、つい続けてしまうのだ。
「……あの女はいないんだね?」
「用事で他の場所にいますが」
「だったらちょうど良かった。クラリス、今すぐにでも教会に帰ろう。訓練とかじゃない、保護してもらうんだ」
「どうしてそんなことをする必要があるんですか?」
「危険だからだよっ! あの女はただの冒険者じゃない、暗殺みたいな裏の仕事だって請け負うし、サマエルの――五年前に起きた大規模な暴動にも関わってるんだ!」
サマエルという名は知っている。
魔族を信仰する邪教で、王国に大きな混乱を引き起こした集団だ。
あのときは、多くの騎士や聖女も戦いに駆り出され……結果として、私が聖女として生き延びることができた要因にもなった。
というのも、五年前の時点ですでに私の才能のなさは露呈していたから、“特別訓練”の名のもとに個別教育が行われようとしていたのだ。
結局、中止になったから内容はわからない。
けど、戦いの影響で聖女不足になった結果、中止になったということは――参加した私が消えて無くなる、もしくは聖女でなくなるような内容だったのだろう。
確かにスイちゃんの言う通りなら、フレイアさんはとてつもない力の持ち主だ。
でも――
「それが本当なら、とっくに捕まっていないとおかしいじゃないですか」
フレイアさんはここにいる。
特別、軍や教会に追われている様子もない。
「それは……裏で人の心を操って、誘導したんだよ。捕まえられはしないけど、危険なのは本当なんだ!」
「ふふふっ、スイちゃんってば本当に強引ですね。そんな話で私を連れ戻せると思ったんですか?」
「どうして信じてくれないの! 以前のクラリスなら……」
「以前の私なら誘導するのは簡単だったと。そう思っているんですね」
「違っ――」
「何も違わないですよ。実際、そうだったじゃないですか。私は辛い辛いと声をあげてきたのに、やれ神様は見てくれているだの、やれ頑張ればいいことがあるだのと都合のいい言葉で私の気持ちを押し込めて」
「クラリス……ひどいよ、どうしてそんなことを……」
表情を曇らせるスイちゃんの姿を、私はとても冷たい心で見下ろしていた。
どこまで被害者のつもりなんだろう。
無自覚で済まされる時間はもう終わったのに。
「“どうして”と言うのなら、私を殺そうとしたピオニアスやルビアに聞いてください」
「待って!」
「どうやらフレイアさんの用事が終わったようです。ほら、向こうから歩いてきますよ。スイちゃんの言う通り、フレイアさんが本当に怖い人なら――それを私に吹き込む貴女を、決して許さないでしょうね」
「っ……くうぅ……ッ!」
スイちゃんはうつむくと、悔しそうにぎゅっと拳を握って、私の横を通って走り去る。
私は彼女を見送ることなく、フレイアさんにぎゅっと抱きついた。
「おかえりなさいっ!」
「ただいま」
ぽんぽん、と温かい手が私の頭を撫でる。
「どんな話をしてきたんですか?」
「くだらない話よ。クラリスは? さっきのってスイよね」
「私のほうもくだらない話です」
「なら問題ないわ。帰りましょうか」
「はいっ!」
腕を絡めてぎゅっと抱きつき、私とフレイアさんは巣へと戻っていく。
彼女の体からは、いつもの甘く優しい香りがして――だけどそこに、わずかな血の匂いが混ざっていた。
――――――――――
名前:クラリス・アスティヴァム
種族:人間
性別:女
年齢:19
職業:骸炎使い
好きなもの:フレイアさん、フレイアさんとのスキンシップ、フレイアさんとおそろいにすること、魔獣狩り
嫌いなもの:男の人、自分の邪魔をする人
体力:73
魔力:706
器用:68
魅力:104
性向:10
・スキル
骸炎Lv.50
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