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005 白を染める

 



 その後も私は骸炎で魔獣を焼き、討伐の証となる残骸を回収した。


 日が暮れそうになると街に戻り、スラムからは少し離れたギルドに納品する。


 討伐数を証明するためものだ。


 受付の女の人は、元は聖女だった私が納品したことに驚いていたようだ。


 私はつい自慢げになって、頬が緩む。


 パーティの頃も、報酬を分けてもらえたけど、直に受け取るのは初めてだから、私は大きな達成感を覚えていた。




「フレイアさんっ、もらってきました!」




 ギルドの外で待っていたフレイアさんに駆け寄ると、私は手に握った銀貨を彼女に見せた。


 倒したのは弱い魔獣ばかりだったから、大した金額ではないけれど、今晩の食費ぐらいにはなる。




「おめでとう、貴女が実力で得たお金よ」


「えへへ……でもどうしてフレイアさんは中に入らなかったんですか?」


「私が一緒に行ったら、貴女が狩ったと思わない人が出てくるでしょう? 念の為よ」


「ああ……」




 元が聖女だから仕方ないんだけど、説明したって信用してもらえるとは思えなかった。


 さすがフレイアさん、よく考えてるなぁ。




「ところでこのお金なんですけど」


「クラリスちゃんのものだから好きに使いなさい」


「フレイアさんにご飯をごちそうしたいんです。昨日、助けてもらったお礼をまだできてません」




 彼女はきょとんとしている。


 そんなに変なこと言ったかな。




「初めてもらったお金でしょう、もっと自分のために使ったほうがいいんじゃない?」


「これ以上の使いみちなんてありません。どうか受け取ってもらえませんか?」


「そんなに可愛い顔で言われると断れないわね……」


「か、かわいいなんてっ……」


「わかったわ、じゃあ今日はクラリスちゃんの奢りってことで」


「行きたいお店はありますかっ? どこでもいいですよっ」




 自分でも声が弾んでいるのがわかった。


 今までフレイアさんにはなにかも貰ってばかりだったから、お返しできるのが嬉しくて仕方ないのだ。




「……あ、でもあまり高すぎると払えないかもしれないですけど」


「ふふふっ、さすがにそこまでのものは頼まないわよ。いつも行ってる酒場があるの、そこでいいかしら?」


「もちろんですっ」




 酒場かぁ。


 リュードさんやルビアさん、ピオニアスは通ってたみたいだけど、私は入ったことないな。


 教会の人間は、お肉やお酒を禁じられてるから。




 ◇◇◇




 フレイアさんの前には赤いお酒が、私の前にはミルクが置かれている。


 テーブルの上には色んな料理が並んでいるけれど、基本的に彼女の側に偏っていて、私の前にはサラダとパンだけ。




「いただきます」




 私が手を合わせると、フレイアさんはすねた子供みたいに頬をぷくっと膨らました。


 非常に不満げである。




「フレイアさんも食べてください」


「せっかくお店に来たんだから、貴女も食べなさいよ」


「教会の戒律で……」


「教会にはもう戻らないって言ったじゃない」


「あ……」




 そう言えばそうだった。




「それに、食事だって我慢は禁物よ、骸炎を育てるためにね。まあ、こればっかりは好みだから、貴女ががっつりお肉な料理を求めるとは限らないけど。それに、教会には戻らなくても神を信じたいと思っているなら、戒律に従うことも止めないわ」




 フレイアさんはあくまで選択を私に委ねてくれる。


 無理強いされないって、こんなに気が楽なんだ。


 でも――




「うーん……実はわからなくて」


「わからない?」


「私にとっての信仰は、教会での教育が全てだったと思います。薄情だとは思いますが、聖女になりたかっただけで、神様に忠誠を誓っていたわけではないんです。だから、私が感じているこの“抵抗感”は、戒律を破ること自体というよりは、教会で叱責されることに対して怯えてるんだと思うんです」




 それは彼女に指摘されたことだ。


 まるで主からの折檻に怯える奴隷のようだと。


 私は生まれ変わるために、それを乗り越えなければならない。




「私が傍にいるわ、怯える必要なんてないのよ」


「はいっ、私もフレイアさんのことを信じています。だから、きっと少しずつ、戒律を破ることへの抵抗感は無くなっていくと思うんですが……」


「他に理由があるの?」


「何せ、かれこれ10年以上、お肉を食べていませんから。本当に、単純にわからないんです。お肉って、おいしいんでしょうか」


「ああ、なるほど、習慣に無いってことなのね。私はおいしいと思うわよ、癖も無いし万人受けする味だと思うわ」


「では……この鶏肉を、一つだけ」




 香辛料が散りばめられた、チキングリル。


 それを一切れフォークで持ち上げると、口の前まで持ってきた。


 ただお肉を食べようとしているだけなのに、すごくいけないことをしようとしている気がする。


 うぅ、乗り越えるって決めたばっかりなのに。


 私は周囲の視線が気になって、ついきょろきょろと目が泳いでしまう。




「……そんなに警戒するようなことなのね」




 笑われるかと思ったけど、フレイアさんは少し悲しそうだった。




「やっぱり教会での貴女が受けた訓練は、断じて“教育”などではないわ。“洗脳”よ」


「そうだったんですね……」




 あまりに高圧的すぎるとは思っていた。


 本当に信仰がその場に存在するのなら、恐怖で支配する必要なんて無いはずなのに。




「体に染み付いたものを克服するって難しいわよね。とにかく今は、考えないようにするしかないわ。少しでも他人の目が気になると思ったら、私が近くにいることを意識してみて」


「フレイアさんを意識する……」




 改めて顔を直視する。


 綺麗で、優しくて、強くて、頼もしくて。


 意識すると、とくんと胸が高鳴る。


 ぽっと頬も赤らむ。




「そういう意味の意識じゃないわよ」


「へっ? あ……私ったら、そんなわかりやすい顔してましたか……?」


「してたしてた。私は嬉しいけどね」




 本当に、どこまで本気なんだろう。


 フレイアさんは――それを言ったら私もなんだけど。


 女の人の顔を見ただけでこんな気持ちになるなんて、初めての体験だから。


 でも……いつの間にか、周りの目なんて忘れちゃってた。


 フレイアさんと話してると。


 きっと彼女が言ってるのはそういうことだ。


 辛い記憶は、楽しい記憶で上書きしてしまえばいいって。


 私はフォークに刺さっていたお肉を口に入れる。


 スパイシーな香りと鶏肉の風味が広がる。


 久しく食べていなかった、活力に溢れる味。


 記憶に無いわけじゃない。


 孤児院に居た頃までは、どうにか食べていたから――その頃を思い出して、『そういえば、お肉ってこんなにおいしかったんだな』と記憶が蘇る。




「おいひいれふ」




 飲み込むより先に声が出た。


 またしても変な声だったけど、フレイアさんは優しく微笑んでくれた。




「もっと色々と食べていいのよ。もっとも、貴女の奢りなんだけど」


「んぐっ……はいっ、いっぱい食べます! そのほうが、明日からの力も湧いてくると思いますからっ」




 いつの間にか、食事はただの作業になっていた。


 活動に必要なだけの栄養を摂取するだけの行為。


 そこに喜びは薄っすらとしか存在せず、今日みたいに劇的な楽しみなんてあるはずもなかった。


 教会に入ってからの毎日って、どうしてあんなに辛かったんだろうって、思ったけど――そっか、一日ってこういう幸せの積み重ねで出来てたんだね。


 しっかり食べて、しっかり眠ることの大切さを改めて噛み締めながら、私はお腹いっぱいになるまで食べ続けた。




 ◇◇◇




 その日は心地よい満腹感に包まれたまま、昨日同様にフレイアさんと一緒に寝た。


 さすがに二日じゃ慣れないけれど、昨日より心臓はおとなしくしてくれていたと思う。


 翌朝、またしてもフレイアさんの料理の音で目覚める。


 あまりに甘美な目覚めなので今後も味わいたいけど、明日からは早起きしてお手伝いしないと。


 それにしても、疲れてた昨日はさておき、今日までこんな時間に目覚めるなんて。


 教会に居た頃は、まだ外が暗い時間に起きていたから、こんなに清々しい寝起きなんて経験できなかった。


 フレイアさんに感謝しないと。


 そして朝食を終えて、身支度を整えると――特に外に出かけるわけでもなく、のんびりとした時間が始まる。


 食後のお茶を飲みながら、テーブルを挟んで、私たちは雑談に興じた。




「今日の訓練はまだ始めないでいいんですか?」


「急ぐ必要もないでしょう。クラリスちゃんの才能なら」


「……こんなに楽で、いいんでしょうか」


「いいに決まってるじゃない。人生なんてね、楽しいことで埋め尽くすに越したことはないのよ」


「フレイアさんは楽しいですか?」


「もちろん、クラリスちゃんのお顔を見ているだけでハッピーな気分だわ」


「そ、そういうことではなく……」


「そういうことなのよ。もしかして、私が冗談半分で言ってると思ってる?」


「……最初は思おうとしてました。でも、今は本気なんだなって」




 そういう経験の無い私にもわかる。


 たぶん、フレイアさんがここまで私に優しくしてくれる理由の一つが、そういう(・・・・)感情なのかもって。




「それがわかった上で私を選んでくれたのね」


「フレイアさんと一緒にいると楽しいですし」




 私がそう言うと、彼女の手がこちらに伸びてきた。


 そして、ティーカップに触れていた指に、自身の指を絡める。


 さんざん抱きしめられてきたのに、そのときより、さらに心音がうるさくなる。




「私にこういうことされて、どんな気持ちになってる?」


「ぅ……胸が苦しくなります。今まで、感じたことのない気持ちです」


「それが恋なのよ、って私が言うのは卑怯かしら」


「自分でもそうなのかも……と思いはじめているので、フレイアさんに言われたらころっと信じてしまうと思います」


「クラリスちゃんって、誘うのが上手よね」


「そんなつもりで言ったわけではっ」


「無自覚だからこそよ」




 フレイアさんは指を絡めたまま立ち上がると、ぐるりとテーブルを回って私に近づいてくる。


 紅い瞳が、獲物を見定める獣のように私を見下ろした。


 私の体は硬直して、この肉食獣からはどうやら逃げられそうになかった。


 彼女の手により、私の指はティーカップから引き剥がされる。


 そして、深く絡めあって、しっかりと手を握った。


 指が敏感になっている。


 擦れ合うたびに生じる甘い感覚は、唇を重ねたときに似ていた。




「信用してくれたクラリスちゃんには悪いけど、私って結構悪いお姉さんなの」


「たまに見えるそういう顔も、魅力的だなと思います」


「今のも無自覚なの?」


「今のは――少し、わざとです」




 つい、そんな大胆なことを言ってしまう。


 自分でも驚いたぐらいだ。


 我慢してはいけない、感情を解放する、そんなフレイアさんの教えがそうさせたのだろうか。




「貴女もなかなか悪い子ね」




 彼女はそう言って、唇を重ねた。


 触れる直前、私は目を閉じていた。


 来るとわかっていたからだ。


 確かに悪い子かもしれない。


 でも、仕方ないよ。


 キスしたかったけど……『して』とはまだ言えないから、ああするしかなかった。




「ぁ、ふぅ……」


「んふ、お仕事の相棒だけでも満足だったのに、これで公私ともにパートナーね」


「はあぁ……恋人になった、ということでしょうか」


「それ以外に何かある?」


「はじめてなもので、よくわからなくて」


「ぜーんぶ私が教えてあげるわ。まずは――」


「あ、待ってください! 今日は……今日は、ずっとこうして、くっついていたいです」




 知らないと言っていたくせに、生意気だとは思う。


 だけど私の心と体がそう望んだから。


 私がフレイアさんにしがみつくように体を寄せると、彼女は困った顔をした。




「今日ねぇ……」


「いけませんか?」


「私も望むところだけど、どこまで我慢できるかが問題なのよね」


「我慢?」




 私が首を傾げると、彼女は苦笑する。




「そんなに無防備だからよ。前もって聞いておくけど、いっぱいキスしても大丈夫?」


「それはむしろっ、私もしてほしいというか……キスは、好きみたいなので」




 顔が真っ赤になっているのがわかる。


 フレイアさんと出会ってからはいつもそうだ。


 でも、これは紛れもない、私の本音だから、ちゃんと言わないと。


 私は我慢しない。


 これが正しい。


 だって、骸炎はフレイアさんとのこういうやり取りでも成長していくから。




「それなら――」




 彼女は私の手を握ると、引っ張って椅子から立たせる。


 そしてぐいっと抱き寄せて、私の体を傾けた。




「ひゃあぁあっ!?」




 転ばされたかと思いきや、いつの間にかフレイアさんの腕の上。


 ……お姫様だっこだ。


 あんなに細い腕なのに、私のことを簡単に持ち上げてしまった。




「あ、あのっ、この体勢は……っ」


「私のお姫様になったんだもの、エスコートぐらいさせてよね」


「お姫様なんて……私、なんかが……」


「私にとっては世界一のお姫様よ。貴女みたいに、出会ったばかりで自分のものにしたいと思った女の子ははじめてだもの」


「あのときから、もう……」


「ええ、一目惚れだったわ。クラリスはどう?」




 あ、呼び捨てになった。


 急に恋人になった実感が湧いてきて、胸が高鳴る。


 慣れない感覚――だけど、それを“幸せ”と呼ぶんだって、私は少しずつわかってきた。




「私も、たぶん最初から好きになっていました。フレイアさんのこと、とても素敵な人だって思いましたから」




 私の方も呼び方を変えられないかと少し考えたんだけど、何も浮かばなかった。


 するとフレイアさんはいじわるそうに笑う。




「実は反応を見てて、そうなんじゃないかと思ってたのよねー」


「だからあんなに大胆だったんですね……」


「本当なら初日に手を出すところなんだけど、クラリスが純粋すぎてためらってしまったわ」


「では……今日からは、容赦されないんですね」


「もちろん。手遅れになるまで、私の色に染めるって決めたんだから」




 私はベッドの上に降ろされる。


 フレイアさんはそんな私の上に馬乗りになって、四つん這いの体勢で、上から紅い瞳でこちらを見下ろした。


 赤い髪が帳になって、彼女の婀娜っぽい表情に影をさす。




「だけど今日は最初だもの。少しは手加減して、優しく心をほぐしてあげる」




 そしてまぶたにキスが降る。


 額に、頬に、耳に、首に、鼻先に――そしてもちろん、唇にも。


 キスだけなら大丈夫かな、なんて思っていた私。


 だけど、実際に受けてみると、一口にキスと言っても数え切れないほどのバリエーションがあって。


 恋愛初心者の私は、なすすべもなく、どろどろに溶かされていくのだった。




 ――――――――――


 名前:クラリス・アスティヴァム

 種族:人間

 性別:女

 年齢:19

 職業:聖女見習い

 好きなもの:人助け、フレイアさん、フレイアさんとのスキンシップ

 嫌いなもの:悪人、男の人


 ・ステータス

 体力:48

 魔力:335

 器用:24

 魅力:62

 性向:70


 ・スキル

 杖術Lv.3

 回復魔術Lv.8

 防御魔術Lv.8

 骸炎Lv.20


 ――――――――――




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― 新着の感想 ―
[一言] 尊い…(尊死)
[良い点] メシの顔からのメスの顔!流れるようにこの世の快楽を身に刻み込んでいく!暴食!&愛欲!美味しいものは大罪でできてんだよ! しかし、これ絶対教会の上層部は酒も肉もやり放題だよ、賭けてもいいね!…
[一言] ……すみません、前回のコメントに間違いがありました。 フレイアさんがしているのは洗脳なんて悪辣なことじゃなくて、ちょっとした思考誘導です。申し訳ありません。 今話はクラリスがとにかく幸せそう…
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