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004 封を開く

 



 よく考えてみると――ここまでスキンシップを取る必要ってあるのかな。


 ふとそんなことを考える。


 そんな私は今、丸太に座ったフレイアさんの膝の上にいた。


 背中から抱きしめられ、さらには手も握られながら、カウンセリングを受けている。




「フレイアさん……一つ、よろしいでしょうか」


「んー?」


「こんなに抱きついたりくっついたりするのって、フレイアさんの中では普通ですか?」




 勇気を出して聞いてみた。


 たぶん私は“普通”と返ってくることを期待してたんだと思う。


 でもフレイアさんには私の思惑なんて関係なくて――




「違うわ、クラリスちゃんのことを気にいってるからよ」




 そう、そうだよね、そう返してくるよね。


 そして私の心臓は高鳴って、さらに追い詰められるのです。


 ……フレイアさんって、女の子が好きな人なのかなぁ。


 なんてことはさすがに聞けず、かくいう私も悪い気はしていないので、ひとまずこのまま続行することに。




「振りほどかれないってことは、クラリスちゃんも私のことを好ましく思ってくれている、って考えてるんだけど。それでいいかしら」


「……今のところ、好きになる要素しかないです」


「だったらこの調子で、ボロを出さないように頑張らないとね」




 今より頑張られたら……私の心臓、破裂しちゃうんじゃないかなあ。




「さて、ここからは真剣に行くわよ。貴女をスラムに置き去りにした相手について、話してみてくれないかしら。当然、“自分のせい”っていうのは無しにしてね」


「はい……」




 誰かを悪く言うのは良くないことだ。


 けれど、それが私の力になるのなら――私は、フレイアさんを信じる。




「私は、リュードさんという男性がリーダーを務めるパーティに参加していました。ですがある日、私は力不足だといわれて、そのパーティから追い出されてしまったんです」


「参加者は他に誰がいたの?」


「幼馴染である、教会騎士を目指すスイちゃん。リュードさんにいつもくっついていた、魔術師のルビアさん。貴族の家を継ぐため、冒険者として修行をしていた、弓使いのピオニアスさん。この三人が一緒に旅をしていました」


「幼馴染も一緒だったのね。なのに引き止めてくれなかったの?」


「私が弱かったから……きっと、スイちゃんは私の身を案じていたんだと思います」


「ふぅん……つまりその子が言いだしたの?」


「わかりません。私以外のみんなは賛成していたみたいですから、最初が誰だったのかは……」


「おかしな話よね。そういうのは街に戻ってから話し合いで決めればいいことよ。馬車でスラムに来たってことは、街の外から戻ってきたんでしょう?」


「……それは」


「クラリスちゃんもそう思っていたんじゃない?」


「……」


「溜め込んじゃ駄目よ。解き放つことに意味があるの」




 そっか、これって骸炎を使うための訓練なんだもんね。


 今までの私のままじゃ駄目なんだ。




「思って、ました。魔獣討伐のために森まで出て、どうしてその休憩中に話を……いや、話が始まった事自体は理解できたとしても、どうしてそこから一人で馬車に乗せられたのか」


「馬車を用意したのは誰だったのかしら」


「ピオニアスさん、です」


「そいつが貴女を殺そうとしたのね」




 耳元から、背筋が凍るほど冷たい声が聞こえてきた。


 フレイアさんから、強烈な殺気が放たれている。


 私の体が恐怖に少し震えると、その気配はすぐに緩んだ。




「怯えさせてしまったわね。どうしても我慢できなかったのよ」


「いえ……私のために怒ってくれてたんですね」


「許せないわその男。御者にお金を払わずに逃げるっていう方法もあったんでしょうけど、責任感の強いクラリスちゃんにそれができないことを見抜いた上での企みだもの」


「以前から、孤児である私のことを良く思っていなかったようですから。その延長線上にある嫌がらせなのかな、と」


「嫌がらせなんて言葉じゃ済まされないわ、それは紛れもない殺意よ。貴族連中にありがちなのよね、平民の命をおもちゃのように扱いたがるの」


「ピオニアスさんも、そこまでひどい人だったんでしょうか」


「ええ、救いようのない人間のうちの一人ね。やっぱりスラムに置き去りにされたことに関して、クラリスちゃんに一切の責任は無いわ」


「……」


「こういうのは口に出したほうがいいわ。そのときのことを思い出しながら言うの。『私は悪くない』って」




 確かに――ここまでわかってもなお、私は自分が悪いと思おうとしている。


 まるでそれが良いことであるかのように。


 違うんだ。


 解き放たないと。


 それが、私の力になるんだから。




「私は、悪くない」


「そうよ、クラリスちゃんは悪くない」


「私は悪くない」


「悪いのはピオニアス。あなたを殺そうとしたピオニアス」


「悪いのは……悪い、のは……」


「ほら、ちゃんと言いなさい」


「はい……悪いのは、ピオニアスさん……」


「そんな男に“さん”を付ける必要なんてないわ」


「悪いのは……ピオニアス……」


「そう、それでいいの。殺されかけたんだもの、クラリスちゃんだって心の奥底では、本当はそう思っていたはずよ」


「悪いのはピオニアス」




 抵抗はある。


 けどその抵抗感は私のものじゃない。


 私の中にいる、“教会的正しさ”を押し付けてくる、もう一人の私によるものだ。


 こいつだ。


 こいつの存在が、私に責任を押し付けようとしてくるんだ。




「私は悪くない、悪いのは……あの男」


「ちゃんと怒って、感情を吐き出すのが大事なの。不満は馬車に乗せられたことだけ? 他にもあるわよね」


「あいつが悪い……いつも、孤児だからって私を馬鹿にして……食事を運ぶときに足を引っ掛けたり、わざと魔獣を打ち漏らして私のほうにおびき寄せたり」


「本当にひどいわ。頑張っているクラリスちゃんを傷つけるなんて、信じられない。クラリスちゃんも、そんな男のこと大嫌いだったんじゃない?」


「嫌い、でした」


「当たり前だわ、そんな相手を好きになる人間なんていないもの」


「嫌い……ピオニアスが、嫌い……」


「ふふふ、その調子よクラリスちゃん。胸に溜め込んできたどす黒い感情を吐き出して、気持ちが楽になってきたでしょう?」


「……そんな気がします。どうして私、あんな人のことをかばおうとしていたんでしょうか」


「教会の教えが染み付いているのね、そのほうが権力者が操りやすいからよ。でももう、そんなものは必要ない。もっと解き放ちましょう、本当の心を」




 フレイアさんの言葉は、するりと私の心に染み込んでくる。


 確かに誰も彼もを憎むのは間違っているかもしれない。


 けど、教会が言っていた“全てを憎むな”という考えもおかしい。


 私は虐げられ、殺されかけた。


 そんな相手になぜ敬意を抱いて、従わなければならないのか。


 そんなものが神の意志であってたまるものか。




 その後も私は、フレイアさんにいわれるがままに、ピオニアスへの不満をぶちまけた。


 今まで言えなかったことは、私が想像していたよりもたくさん積み重なっていて、それらを吐き出すことでぎゅうぎゅうに押し込んでいた空間が空いたおかげか、本当に心は軽くなっていく。




「私を馬鹿にする目が嫌い。水浴びのときだけいやらしい目を向けてくるのが嫌い。貴族だから尽くされて当然と思っているのが嫌い。大して強くないくせに役に立ったような顔をするのが嫌い!」


「本心をさらけ出すクラリスちゃんはとても魅力的よ。種火はどうしかしら、大きくなったのを感じるんじゃない?」


「……本当だ」




 胸の中の黒い炎は、最初に倍――ううん、3倍ぐらいには大きくなっていた。




「手のひらに灯してみて」




 炎から伸びる触手の動きもスムーズだ。


 手のひらへの接続は一瞬で終わり、ほぼタイムラグ無しに炎が現れる。




「うわっ、すごい火力」


「とても初日とは思えない大きさね。これだけあれば、街付近の魔獣ぐらいなら簡単に殺せるわ」


「そんなに強いんですかっ!?」




 魔獣は獣に邪悪な力が宿った存在。


 無条件に人間を襲う上に、元の獣よりも生命力が格段に増している。


 街の近くの魔獣は弱いっていわれてるけど、それでも武器を持った成人男性でどうにか1体倒せるぐらいの強さだ。


 もちろん、聖女候補だった私に倒せるはずなんてなかった。




「炎の飛ばし方を習得したら、実際に試してみましょうか」




 まさかお試しのはずの今日一日でそこまで進歩できてしまうなんて。


 私の才能……って言われてもピンと来ないけど、すごいことが起きているのはわかる。


 その後、炎を飛ばす練習を数回行い習得すると、近くを探索して魔獣の姿を探した。


 標的は1、2分程度ですぐに見つかる。


 通常の狼よりもさらに鋭い牙を生やした、ダークウルフと呼ばれる魔獣だ。


 距離は50メートルほど。


 あちらはまだ私たちに気づいていないようだった。




「さっきの様子を見るに、この距離からでも狙えるわね」


「やってみます」




 手のひらを魔獣に向ける。


 炎を灯し、その一部に力を収束させ、それを一気に解き放つことで弾き飛ばすイメージ――




「……行けッ!」




 音もなく射出される骸炎。


 その速度はさながら矢のごとく、またたく間に距離を詰め、ウルフの体に命中した。


 すると黒い炎が一瞬で魔獣の体を包み込む。




「キャウゥンッ!」




 ウルフが甲高く鳴いた。


 そして自らの体にまとわりついた炎を振り払うように、必死で飛び跳ね、地面に体をこすりつける。


 けど骸炎は消せない。


 フレイアさん曰く、上回る威力を持つ魔術なら吹き飛ばせるかもしれないそうだけど、少なくとも物理的な干渉で消せるものではなかった。


 毛皮が焦げ、肉が焼ける。




「グギャウゥゥゥッ! ガッ、キュウゥッ……クゥン……」




 ウルフの鳴き声は次第に弱々しくなり、体からも力が抜けていった。


 やがてぐったりと地面に横たわると、そのまま静かに灰と化す。


 残ったのは、骨と牙だけだった。




「すごい……」




 私の中に、今まで感じたことない高揚感が芽生えていた。


 感激に腕が震え、私は前に突き出した体勢のまま固まってしまう。


 ウルフは、弱い魔獣と言っても、街付近に出没するものの中ではそれなりに厄介なほうだ。


 それが、一撃。


 しかも気づかれることすら無く。


 可能性の扉が開き、私の前には新たな世界が広がっている――そんな気分だった。




「クラリスちゃん、まだ教会に戻りたいと思ってる?」




 確信を得た上での問いかけだと思った。


 彼女はたまにいじわるだ。


 けれど、普段が優しいものだから、その程度の茶目っ気はチャームポイントでしかない。


 そんな愛すべき人格と、この“結果”を目の当たりにして、私に迷う理由なんて無かった。




「いえ……私に教会は必要ありません。フレイアさん、私にもっと色んなことを教えて下さいねっ」




 フレイアさんと一緒なら、どんな私にだってなれる。


 あらゆる可能性が広がる未来に、私の胸は躍っていた。




 ――――――――――


 名前:クラリス・アスティヴァム

 種族:人間

 性別:女

 年齢:19

 職業:聖女見習い

 好きなもの:人助け、フレイアさん

 嫌いなもの:悪人、男の人


 ・ステータス

 体力:46

 魔力:265

 器用:18

 魅力:45

 性向:90


 ・スキル

 杖術Lv.3

 回復魔術Lv.8

 防御魔術Lv.8

 骸炎Lv.15


 ――――――――――




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― 新着の感想 ―
[一言] ステータスの性向が十下がりましたね… あぁ…この染められていく感じが最高ですっ!
[一言] フレイアさんそんなやり方……それじゃまるで洗脳じゃん……。 嫌うのはいいし、不満をぶちまけるもいいけど、憎むのは良くない……。正気に戻ったとき、必ず自分を傷つけることになる……。 ちょっとク…
[良い点] 4/4 ・ああ素晴らしき、心の変化。 [気になる点] 狼焼いたとき、絶対ハアハアドキドキしてますよ。はあはあ。 [一言] 肉体は触れても、心はどこか、遠いです。
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