003 種火を灯す
私が5歳の頃、それは起きた。
家族と一緒にたくさん外で遊んで、家に帰る。
誰もいないはずの空間。
私がふざけて「ただいまー」と大きな声を出すと、中から「おかえりなさい」と返ってきた。
笑顔だった両親の表情がこわばる。
かばうように私の前に立つ二人。
さらに兄も私を守るように抱き寄せた。
家の中にいたのは――青い肌をした人型の生物。
髪も瞳も赤いその“女”は、露出の多い服を着て、扇情的に腰をくねらせるようにしてこちらに歩いてきた。
「だ、誰だお前はっ!」
父が声を荒らげる。
それが――最期だった。
女が軽く手を振りかざす。
風が頬を撫でた。
家族の体がバラバラになって飛び散り、私以外の命は、あまりにあっけなく散った。
「ぁ……え……?」
声も出ない。
悲しいとか、怖いとか、そういう感情すら湧いてこない。
ただただ、何が起きたのか理解できない。
気づけば私の足元は血溜まりになっていて、辺りには血と排泄物が混ざったような、ひどい臭いが充満していた。
吐き気がこみ上げる。
そのまま嘔吐すると、青い肌の女が「あははははははっ!」と高い声で笑った。
理解できなかった。
人が死んだのに。
殺される理由なんてなかったのに。
そんな悲劇を、なぜ笑えるのか。
わからない。わからない。わからない。
そう、理解できないものだった――だからこそ記憶には鮮烈に刻み込まれていて――
その日の笑い声は、思い出したくなくても、自然と何度も再生される。
ひょっとすると、私が教会での苦しみに耐えられたのは、その間はあの笑い声を忘れることができたからかもしれない。
あるいは、一人だけ生き残った自分を罰したかったのか。
何にせよ、私の人生はあの日から、たぶん今もずっと――奈落の底に、沈んだままだ。
◇◇◇
いい匂いがして、私はゆっくりと目を開いた。
体を起こす。
すでに隣にフレイアさんはいなかった。
代わりに、台所でエプロンを付けて料理をする後ろ姿が見える。
トントントン、と包丁がまな板を叩く音は、母が生きていた頃を思い出させて、郷愁に少し胸が苦しくなった。
夢を見ていたせいもあるのだろう。
「おはようございます、フレイアさん」
私が声をかけると、彼女は振り向き、爽やかな笑みを私に向けた。
「おはよう、クラリスちゃん。もう少しで朝食が出来るわ、少し待ってて」
目を覚ましたら、誰かが笑いかけてくれる。
ただそれだけのやり取りが、なんだか無性に幸せだった。
◇◇◇
朝食を終えると、私は「ふぅ」とため息をついてしまう。
慌てて取り繕うように口を手で押さえると、頬杖をついたフレイアさんはくすくすと笑った。
けれどすぐに笑顔は消えて、今度は心配そうに私のほうを見つめる。
「改めて考えたんだけどね、やっぱりクラリスちゃんは教会に戻らないほうがいいと思うの」
「え……?」
意外な言葉だった。
てっきり、昨日のやり取りで諦めたものばかり思っていたから。
「聖女候補ってことは、回復魔術も使えるんでしょう? だったら個人で動いて人助けをしていけばいいじゃない」
「それは……教会が定めた戒律で禁じられていますから」
「そんなもの教会の都合に過ぎないわ。そのせいで救われない人だってたくさんいる」
私もそれは知っている。
教会は今や王国において大きな権力を持っている。
それは、あらゆる傷や病を治す回復魔術という名の奇跡を独占しているからだ。
使い方はおろか、聖女の育成法まで――王国と結託し、法律で禁じてまで、その地位を確固たるものにしている。
「教会に見つからずに動く方法はいくらでもあるわ。私がサポートするから、ね?」
魅力的な提案、に思えた。
確かにそれなら、私はより多くの人を救えるだろう。
だけど――
「……ごめんなさい、それはできません」
「そうよね、出会ったばかりの私が言ったって――」
「違うんですっ! これは、本当に、ただの私の弱さで……たぶんフレイアさんは、教会の怖さを全ては知らないと思いますから」
「巻き込みたくないってこと? 優しすぎるわよ、そんなの」
「自分たちの権威を犯す行為には、必要以上に敏感な組織です。いくらフレイアさんが強くても、逃げ切るなんて……」
私は教会を信じている。
神を信じている。
一方で、それらに強く恐怖している。
いや、むしろ恐怖があるからこそ、信仰も存在しているのかもしれない。
結局のところ、私は逆らえないんだ。
「ならもう一つ、提案があるわ」
……フレイアさん、そんなに私のことを考えてくれるなんて。
でも、どうせ応えられないのに……。
「私が戦ってる姿を見たわよね。そのときに使っていた黒いエネルギー体――」
彼女はテーブルの上にぽんと手のひらを置いて、軽く力を込める。
すると、そこにポゥッと黒い炎が灯った。
「骸炎と呼ばれているわ」
「がい、えん。聞いたことのない力です」
「私の暮らしていた北のほうの国で、ごく一部に伝わっている秘術なのよ。形式上は魔力の一部とされているけれど、実際は似て非なる力――これをあなたに伝授するわ」
「私にですかっ!? で、でも私、そんな才能なんて……」
「聖女に選ばれたということは、他の魔術の才能がある可能性は高いわ。骸炎も似た力だもの、扱える可能性は十分にある」
「それって……誰かと、戦うための力なんですよね」
「傷を負った人を救うか、負う前に救うかの違いよ。どうしてあなたが、一度は旅に出たのに教会に戻る羽目になったのかはわからない。けどね。今までの自分に囚われずに、新しい道を探すのも大事だと思うのよ」
許可なく回復魔術を使ってはいけないとは言われているけれど、他の魔術を学んだり、使うことは禁じられていない。
それに、習得しても回復魔術が使えなくなるわけではないし……
「……試してみるだけ、でも大丈夫ですか?」
「もちろんよ、合わないと思ったら、後からでも断ってくれて構わないわ」
「でしたら、お願いします」
フレイアさんの言うとおりだ。
もし本当に、私を突き動かす動機が“魔族から人々を救いたい”という気持ちなら――聖女以外の道を選んだっていいんだから。
決して、これは、教会から逃げてるわけじゃ、ない。
◇◇◇
私はフレイアさんと一緒に、街の外に繰り出した。
街道から外れた草原の一角に立つ。
天には青空が広がっており、草木の匂いを乗せた澄んだ風のおかげもあって、深呼吸をするだけで嫌な気持ちが吹き飛ぶようだった。
とはいえ、ここは街の外だから魔獣だって出没する。
まあ基本的に弱いのしかいないんだけど。
でも攻撃魔術を使えない私は、仮に一人で魔獣と遭遇したら逃げることしかできない。
「さて、と。このあたりでいいかしら。じゃあ早速だけど、骸炎を使うための儀式を行うわ」
「そんなものがあるんですか?」
「魔術は人間の体内にある魔力を使うもの。だけど骸炎は人の中に無いわ」
「確かに、心当たりはないです」
「だから私から“種火”を移植する必要があるのよ」
フレイアさんは口から、ぽわっと黒い炎を吐き出した。
うわ、竜みたい……ん? 待って、口から出るの?
「移植方法は口移しよ」
「ふぇぇええっ!?」
少しはその可能性も考えたけど、ま、まさか本当にそうだったなんて!
でも、フレイアさんはとても真剣な表情をしていて……そうだよね、これは大事な儀式なんだから。
「一応、私はキスではないつもりだけど……」
あ、言っちゃうんですねそれ。
「どうしても無理なら、今の段階で断ることもできるわよ」
「そ、そんなことはっ! せっかく試させてもらえるのに、私が少し恥ずかしいからって止めるわけにはいきません。お構いなくっ!」
「そう? 教会的にはどうなのかしら、キスは禁じられているの?」
「異性との接触は可能な限り避けるように、とは」
「魔術に影響が出るから?」
「神の恵みが受けられなくなるから、とは言われていますが……」
たぶん、本当のところは違う。
正式に聖女になった人は、その身分が何だろうと、だいたいみんな偉い貴族に見初められる。
そうなったときのために、“価値”を高める意味合いがあるって、訓練所ではもっぱらの噂だった。
きっと違うって思いたいけど……教会にそういう一面があるのは、紛れもない事実だから。
「本当に大変なのねえ、教会って。でも安心したわ」
「何がですか?」
「同性とのキスは禁止されていないようだから」
唇に指を当て、フレイアさんは妖しく笑った。
私はぞくりとしたものを感じた。
まるで、魅了されたように。
それぐらい色っぽく、大人っぽい仕草で、ああ、この人は私とは違う世界で生きてきた人なんだな――と改めて思う。
「これをどう認識するかは、貴女に委ねるわ」
くいっと私の顎が持ち上げられる。
その強引さに、私の胸が高鳴る。
い、いや、別にそういう興味があるわけではっ!
だって、こんなキレイな人にそんなことされたら、私じゃなくてもこうなるに決まってるよ!
直視できなくて、つい目を背けると、
「こっちを見なさい」
強めの口調で引き戻される。
恥ずかしい、けど逆らえない。
赤い瞳が近づいて、柔らかな感触が、私の唇に重なる――
「ふむっ」
思わず声が出た。
ファーストキスだ。
ううん、そう思わなければそうじゃないんだろうけど――やっぱり無理。
これは紛れもなくファーストキスなんだ。
唇が重なるだけで、甘くくすぐったい感触が、そこから波のように全身に広がっていく。
私は未知の感覚に手だけでなく、足の指もきゅっと縮こまらせた。
全身がこわばっている。
もちろん目だってぎゅっと閉じている、こんな至近距離で直視できるはずがない。
そのままキスは、十秒以上続いて――長いなあ、しっかり味わわれてるなあ、なんてことを思っていると、フレイアさんの口がわずかに開いた。
唇がこすれる感触は、ただ合わせるよりもさらに鋭く、思わずぴくりと体が震える。
さらに彼女は、その隙間から舌を伸ばし、私の唇の隙間をノックした。
もしかして……ディープキス、ですか!?
そ、そんなっ、フレイアさんは大人だから経験があるのかもしれないけど、私ははじめてなのでっ! そんな大胆なことは!
あまりの緊張に、逆に私はさらに唇をきゅっと閉じてしまう。
それでもフレイアさんの舌は私の唇に触れて、どうしよう、受け入れようかな、嫌じゃないの、けどどうなってしまうのかわからないから怖くて――そんな葛藤を繰り広げているうちに、彼女の顔が離れていく。
……終わり?
私は恐る恐る目を開けた。
「ぷっ……くふふ……っ」
フレイアさんは、肩を震わせて笑っていた。
「ふふっ……あのねクラリスちゃん、最初に言った通りこれは口移しなのよ」
「ふぇ?」
「口を開いてくれないと、種火を渡せないわ」
「あ――」
かあぁぁっ、と顔が一気に熱くなる。
元から真っ赤だったのに、さらに熟れた果実ぐらい色づいたに違いない。
実際、両手を頬に当てるとすっごく熱くて、火傷しちゃいそうなぐらいだった。
そうだった、これはただキスしただけじゃなくて、儀式だったんだよね。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ、私ったら浮かれてしまって!」
「浮かれていたの?」
「ぴゃっ!? う、浮かれていたと言いますかっ、初めてのキスだったので頭が真っ白になってしまいましてっ、はいっ!」
「あら、結局キスってことになったのね」
「大切な種火を分けていただくわけですからっ、わ、私もっ、何か大切なものを分けなければと思いましてっ」
何を言っているんだ私は。
混乱してとんでもないことを口走っている気がする。
引かれてないか心配だったけど――フレイアさんは、優しく笑ってくれて。
……ああ、本当にいい人なんだなって、心からそう思う。
「ならさっきのは本当に、ただキスしただけね」
「そういうことになります……」
「それはそれでありがたい話だわ。でも次はちゃんと――」
「はいっ! お願い、します」
改めて、フレイアさんは私の頬に手を当てて唇を重ねた。
今度は私もちゃんと口を開いて。
やっぱりどきどきするけど、二回目だからか、さっきよりは正気を保てている。
フレイアさんの口も開いているのがわかる。
唇の隙間から、感触は熱いのに、けれど冷たくも感じる不思議な“何か”が流れ込んでくる。
これが、骸炎の種火――
「ん、く、ふ……っ」
炎は喉を通って胸のあたりで止まり、そのまま心臓に宿る。
ゆらゆらと、今まで無かった何かが、そこに確かに存在しているのを感じる。
十分な力を送り込むと、フレイアさんは唇を離した。
彼女は微笑んでいる。
けれどその笑みは、優しさというよりは、何かを満たした歓喜に満ちたものに見えた。
「どうかしら、種火の存在は感じられる?」
「はい、確かにここにあります」
胸に手を当て私が答えると、フレイアさんは軽く目を見開いて、驚いた様子だった。
「素晴らしいわ!」
「そうなんですか……?」
「普通は存在を掴むだけでかなりの時間を使うものよ。最初から種火を感じられるのは、それだけクラリスちゃんに才能があるってことなのよ!」
その興奮気味の口調から、本当に珍しいことではあるらしい。
ただ、私は自然とできただけだから、いまいちピンと来ていなかった。
それより唇に残った感触を意識してしまって、フレイアさんと顔が近いだけで緊張してしまう。
「これなら今日中に形にできそうね。まずは手のひらから骸炎を出力してみましょう、目を閉じてみて」
対する彼女のほうは平然としていて……うぅ、もやっとするなぁ。
キスだって意識させたのはフレイアさんなのに。
けど力を分けてもらった手前、文句を言うわけにもいかず、言われるがままに私は目をつぶった。
視界が閉ざされると感覚が研ぎ澄まされ、体内にある炎をさらにはっきりと感じられる。
「体の中の炎は見える?」
「はい……胸のあたりで、黒いものがゆらゆら揺れています」
「はっきり見えているのね、本当にすさまじい才能だわ」
「えへへ……」
褒められるのに慣れてないから、つい気持ち悪い笑い声が出てしまう。
変に思われてないかな……。
「じゃあ次に、胸から手のひらまでを繋ぐ管を意識しましょう。体内にある管――ちょうど血管をイメージするとわかりやすいわね」
「血管……心臓から、手のひらにまで……」
そう念じると、種火から触手のようなものが伸びていくのがわかった。
それは体内をかき分けて、私が思ったとおりに動いてくれる。
少しこそばゆいけれど、多少の集中の揺れは影響を及ぼさない。
そして管が手のひらに到達すると、そこからマッチの火程度の骸炎が灯った。
目を開く。
イメージ通りの光景がそこにはった。
「フレイアさん、できました!」
「……」
「フレイアさん?」
「……うまく行き過ぎて怖くなってきたわ。クラリスちゃん、実は前から似たような能力の訓練を受けてたんじゃない?」
「そんなことありませんっ、初めてです!」
「そうなの? だとしたらすごすぎるわ、私なんて出力するまで一週間もかかったんだから!」
「本当……ですか? そんなに、これってすごいことなんですか?」
「私が断言するわ。胸を張って、他にこんな才能に溢れた人を私は見たことがないもの」
こんなところで嘘をつく意味なんてない。
だってそれが嘘だとしたら、都合が良すぎて私に疑われてしまったら逆効果じゃないか。
それに、フレイアさんが嘘つくわけないから。
教会でこんなに褒められたことなんてなかった。
つまり私には聖女よりも――こっちのほうが、向いてるのかもしれない。
「参考までに、その火の形を変えたりできる? 例えば、こんな感じに」
フレイアさんは腰にさげた短剣を抜くと、軽くその場で素振りした。
すると刃の先から黒い三日月のようなものが飛び出す。
「わあ……あれと同じ形にしたらいいんですね」
「ちなみに出来なくても問題ないわ。できるかできないかを確かめたいの」
そうは言っても、きっと出来たほうがいいんだと思う。
だから私は全力で手に力を込めて、「ぐぬぬ」と必死に念じてみたけれど―ー
「……変わりません」
火はびくともしなくて。
私はがっくりと肩を落とした。
「そっか、ならそのままってことね」
「そのまま?」
「骸炎の種火の形や出力するまでのプロセスは共通してるけど、その先の使いみちって人によって様々なのよ。私はこうして刃を通して放つことができるけど、別にこれって技とかじゃなくて、私はこういう方法でしか使えないのよね」
「じゃあ、私の場合は……」
「骸炎の元の形に限りなく近い、炎の形状。それがクラリスちゃんの使える力ってことよ」
私は胸に手を当てて、ほっと息を吐き出した。
形なんて何でもいいんだ。
そっか、出来ても出来なくてもいいっていうのは、そういう意味だったんだ。
「クラリスちゃんって、表情がころころ変わって見ているだけ楽しいわね」
ああ、見られちゃってたんだ。
そうだよね、フレイアさんって私のことよく観察してくれてるもんねぇ。
「顔に出るってよく言われます」
「素直は良いことだわ。私の目の保養にもなって一石二鳥だもの」
「うぅ、お恥ずかしい限りです……」
嫌なこと、苦しいことが顔に出ると、よく教官に怒られていた。
でも……こんな風に前向きに捉えてくれると、気持ちは楽になる。
「じゃあ次は力の鍛え方ね」
「訓練ですか。がんばりますっ!」
「もちろん回数をこなしてもいいんだけど……一番大事なのは、抑圧された感情の解放よ」
「具体的にどういうことをするんです?」
首をかしげる私。
するとフレイアさんはこちらに近づいてきて、私の胸にぽにゅっと手をおいた。
「ひゃあぁっ!?」
「クラリスちゃんは、たくさんの感情を胸に押し込めて、我慢してきたはず」
「え、えっと……そんなことは、無いと思います……」
「別に悪いことだって言ってるわけじゃないのよ。私がクラリスちゃんに才能があると思ったのは、それも理由の一つなんだから」
「どういうことでしょうか……?」
少し、フレイアさんの雰囲気が変わった気がする。
このゾクゾクする感じ、前もあったけど――いつも向けてくれる優しさとは全然違う。
敵意とかじゃない、そう、悪い感情じゃないはずなんだけど……体がどうしても身構えしてしまう。
「最初から解放されていては意味がないの。抑圧されたものを解放したときに生じる感情の流れを取り込んで、種火は大きくなっていくわ」
「ですが、そんなもの私にはありませんし」
「あるに決まってるじゃない。偶然私がそこにいたから助かったけど、スラムに放置されたとき、あのままだとクラリスちゃんは男どもにおもちゃにされて死んでたわよ」
「そ、それは……」
昨日のことを思い出す。
男たちの焦点が合っていない目。
理解できない言葉の数々。
そして――地面に転がった、死体。
フレイアさんの言っていることはわかる。
彼女が来なければ、ああなっていたのは私のほうだったんだろう。
ううん、もっとひどい有様で、ゴミ捨て場に転がっていたに違いない。
「お金も奪って、女の子を危険な場所に放置して。それって、とっても悪いことなのよ。殺されても文句は言えないぐらいの罪なの」
「ですが元を正せば、私が弱いのが」
「そんなわけないでしょうッ!」
「ひっ……」
初めて聞くフレイアさんの怒鳴り声に、私の体はすくんだ。
こんなに恐ろしい形相をする人だったんだ。
けど――その怒りは、私の身を案じてのことだ。
だから彼女はすぐに、私を両手で抱きしめてくれた。
「ごめんなさい、冷静さを欠いてしまったわ」
「……いえ。私が、そういうことを言ってしまった、ということですよね」
「せめて自分の命ぐらいは大事になさい。過剰に謙遜したり、下手から接してみたり、教会ではそういう処世術が必要だったのかもしれないわ。けど私の傍では必要ないの。だって私が貴女を守るから。そしてその間に、貴女自身も強くなるのよ」
「私が……強く……」
「そう遠くない未来、私のほうが守られるぐらい貴女は強くなる」
「そんな風に、なれるでしょうか」
「未来を保証するわ、私の近くに居てくれるなら」
耳元で囁かれた甘い言葉が、頭にじわりと広がっていく。
あまりに魅力的な言葉だった。
何も考えずに頷いてしまいたくなるほどに。
それを“いけない”と止めるのは、教会での教えを守ろうとする私だ。
正しく生きよ。
楽な道を選ぶな。
神の言葉に従い、苦しむことこそが人の在るべき姿だ。
その言葉を信じた結果――私は殺されかけた。
実際に、訓練所で死んだ子もいる。
そういう子は『信心が足りなかった』と埋葬もほどほどに処分された。
そして教官は私たちに言うのだ、『こうなりたくなかったら、お前たちは間違えるな』と。
薄々感づいてはいた。
“正しさ”だとか、“間違い”だとか、そんなものは、教会の偉い人たちの都合に過ぎないんだって。
だって――あの人達はずる賢く生きてるのに、贅沢をして、幸せそうで、正しく生きようとした私たちより、ずっと神様に愛されているから――
「……わかりました、フレイアさんを信じます」
私は言葉と共に、彼女の背中に腕を回すことで返事をした。
フレイアさんの両腕に力がこもる。
私はようやく、私自身の人生を歩みはじめようとしているのかもしれない。
身を委ねたいと思えるぬくもりに包まれながら、私はそんなことを考えていた。
――――――――――
名前:クラリス・アスティヴァム
種族:人間
性別:女
年齢:19
職業:聖女見習い
好きなもの:人助け
嫌いなもの:悪人、男の人
・ステータス
体力:46
魔力:112
器用:16
魅力:44
性向:100
・スキル
杖術Lv.3
回復魔術Lv.8
防御魔術Lv.8
骸炎Lv.3
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