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012 終わりを告げる

 



 お姉様はレイラルクから少し離れた丘の上に着地した。


 ちょうど街の様子が見下ろせる位置だ。


 彼女は私を降ろすと、正面からじっと目を見て、にこりと楽しそうに笑った。


 正直――理解できなかった。


 その表情そのものは、今まで何度も見てきた。


 どうして笑うのかもわかっていたつもりだった。


 だけど今は違う。




「何がおもしろいんですか……?」




 つい聞いてしまった。


 流れる風が草木を揺らし、私たちの間を通り過ぎていく。


 私が気まずさを感じる一方で――お姉様はやはり、とても楽しそうで。




「もう10年以上もこのときを待ってたのよ? おもしろくてしょうがないわ」




 まるで、植えた苗木がようやく実ったかのようだ。


 いや、実際にそうなのかもしれない。


 家族が殺されたあの日――私が生き残ったのは、偶然なんかじゃなかった。




「お姉様は……私を壊すために、生き残らせたんですね?」


「壊す、という言い方はどうなのかしらねぇ」


「自分にのめり込ませて、身も心も奪った上で私を殺すんじゃないんですか?」




 魔族は人の敵だ。


 わかりあえる相手じゃない。


 時に獣のように野生的に、時に悪魔のように狡猾に人を殺す。


 家族は前者だった。


 私は後者だった。


 そして私が熟れた(・・・)今、後はその甘い生き血をすするだけ。


 そう――思っていたんだけど。


 私の言葉を受けて、お姉様は妙にあたふたと慌て始めた。




「ちっ、違うわよ! 殺すわけないじゃないっ、殺す相手に指輪なんて渡すと思ってるの!?」


「……え?」




 そこには残虐な魔族なんていなくて。


 ただ、青くなっただけの、いつものお姉様がいた。


 彼女は胸に手を当て、私に優しく語りかける。




「あの日、家族を殺して貴女だけを生き残らせたのは、一目惚れしたからなのよ」




 ……魔族でもほっぺたって赤くなるんだ。


 それはまるで、恋する乙女のような表情だった。




「同族の間で、人間に惚れた魔族の噂は聞いたことがあったんだけど、私は今まで何千万年も生きてきて、魔族が人間に惚れるなんてことありえないと思ってた。だけど、クラリスと出会った瞬間に世界が変わったの! 私――この子がほしい。どんな手段を使ってでも、私だけのものにしたい、って!」




 あの日、お姉様は笑っていた。


 私の家族を殺しながら。


 ずっと、あれは人殺しを楽しんでいるのだと思っていたけれど――もしかして、私に笑いかけてたっていうの?




「お姉様は……私のことが、好き……なんですか?」


「当然よ、誰よりも愛しているわ! 言っておくけど、誰にでも許すほど私の体は安くないんだからねっ!」




 いつもより少し子供じみて見えた。


 けれど少なくとも、そこに嘘があるとは思えない。




「クラリスさえいれば他に何もいらない。そう思える相手にようやく出会えたのよ。手に入れるためなら、何だってできるわ」


「何だって……お姉様が具体的に何をしたのか、聞いてもいいでしょうか」


「少し長くなるけど、クラリスが聞きたいのなら」




 正体を明かしたのだ、もう隠すようなことはないんだろう。


 お姉様は私の目を見て、全ての答えを語りはじめた。




「私はクラリスをはじめて見たその日に、自分のものにすると決めたわ。でもその頃の貴女はまだ小さかったから、私好みの女の子に育てるために、人格形成に及ぼす影響の大きい家族を殺して、孤児院に行かせたの。もちろん孤児院にいた子供たちも、クラリスがいい感じに育つように、家族を殺したり、戦争を起こしたりして私が用意(・・・・)したわ。それと、人の好みって小さい頃に決まることが多いから……修道女に扮して、貴女と触れ合ったこともあったわね」




 どうりで同じ匂いがするわけだ。


 まさか、そんな前から計画を動かしてたなんて。




「あのとき、クラリスが可愛すぎて我慢するのが大変だったんだから。まだよ、まだ好みの年齢に育つまで我慢なさいって、何度自分に言い聞かせたことか!」




 ぜんぜん気づかなかった。


 でも今の私が見たら、わかったりするのかな。


 お姉様が興奮してるときって、よく見ると目つきとか口調とかで判断しやすいから。




「それから孤児院の先生の精神を色んな方法を使って誘導して、クラリスを教会に預けるように仕向けたり。クラリスが人間の醜さを知って、人という種に未練がなくなるように周囲に人間を配置したり。スイもそのうちの一人よ。まあ、教会も治安を安定させるために作らせた組織なんだけど、いつの間にか腐敗しちゃったわね。最終的に利用できたからよかったけど、人間って本当に度し難い生き物だわ」




 一体、どこからどこまでが、お姉様の計画なんだろう。


 ううん、むしろお姉様が関わってないものってどこかにあるのかな。


 私の人生は、家族が死んだあの日からすべて――お姉様に舗装されてたんだ。




「お姉様……」


「なあに?」


「では、リュードやルビア、ピオニアスも……お姉様が、動かしていたんですか?」


「ルビアとピオニアスは天然物のクズよ。ちょっと利用しただけで、元から腐ってたわ。リュードは過去のトラウマで無関心を貫いてくれたから使いやすかったわね」


「お姉様ほどの力を持った魔族が……なぜ、そうまでして、私に……」


「好きだからって言ってるでしょう?」




 あまりにシンプルすぎて、飲み込めない。


 本当にただそれだけで、ここまでするの?


 魔族って、そういう生き物なの?




「私の全身全霊の愛で、貴女の人生を埋め尽くしたかったの! 過去も……そして、これからも!」




 熱く語るお姉様の目はあまりにまっすぐで、そこに私を騙そうとする悪意なんて微塵もない。


 いや、もっと前からわかってたはずだよ。


 だって……今まで私を愛してくれたお姉様のすべてが演技だなんて、いくら魔族でも、そんなことできるはずがないから。




「愛しているわクラリス」




 お姉様は一歩私に近づいて、頬に手を当てる。




「今の貴女は、私が魔族だと知らされて戸惑いの中にいるんでしょう。でもね、人間への失望は消えていないはずよ。貴女が見てきた腐った世界は、決して私が作ったものじゃない。この世界に生まれた人間たちが勝手に堕落していった結果なんだもの」




 そう、私が悩んだところで、帰る場所なんてない。


 たとえお姉様が私の家族を殺した魔族だったとしても、私に向けられた人々の悪意は消えることがなくて。


 今も脳に、心に、消えない傷として刻み込まれている。




「貴女の居場所は私の隣だけよ。さあクラリス、私と一緒に永遠の時を生きましょう!」


「私は人間です、そんなことは……」


「だから魔族になるのよ」




 魔族に……なる?


 人間が魔族になるなんて、そんなことが?




「魔族は生きている間、一人とだけ契りを結ぶことができるわ。それは自分の心臓と相手の心臓を混ぜ合わせて、命を共有し、“つがい”になる儀式。人の心臓は弱いから、一方的に魔族の心臓に呑まれることになるでしょうけど……それはね、貴女の中に私とまったく同じ血が流れるってことよ」




 血が、私の中に――


 ぞくりと体が震える。


 思い出す。


 私がお姉様に染められていった日々のことを。


 服装が、ピアスが、タトゥーが、髪の色が、目の色が、そして人殺しが――お姉様の要素が私の中に入ってくるたびに、私は言い知れぬ幸福感を得ていた。


 それでもなお、抱き合うたびに“もっと同じになりたい”と、そう願っていたはず。


 その気持ちは――こんな状況になった今でも消えていなくて。


 震えは渇望だと教え込まされた体が、求めている。


 血がほしい。


 お姉様と同じ血が流れる体がほしい。




「正真正銘、本当の家族になるの」




 そうだ、家族なんだ。


 失われたものを、お姉様は、自分自身で埋めようとしてくれている――


 明らかに狂った発想なのに、躾けられた(・・・・・)私は、そこに歓びを見出そうとしている。




「私は一生に一度の権利を、貴女に使いたいと思ったわ」




 だってお姉様、本気なんだもん。


 注いだ情熱も、かけた時間も、何もかもが本気すぎて。


 家族の仇なのに……あの日起きた悲劇すら、愛情の証明となってしまっている。




「愛しているから。誰よりも、何よりも強く、貴女だけを“欲しい”と願っているから!」




 ああ……何て熱い、告白なんだろう。


 触れただけで――ううん、近づいただけで火傷して、私は変質する。




「お姉様……」




 意識せずに、熱っぽい声が漏れた。




「私は……わたし、は……」




 答えなんて、わかりきっている。


 脳が何を訴えようとも、この体温が、心音が、笑おうとする顔の筋肉が物語っているじゃないか。


 私が、真に(・・)欲するものを。




「もう、お姉様のいない世界なんて考えられません」




 たとえ誰であろうと。


 何であろうと。


 私はお姉様という存在を拒めない。


 そう、仮にお姉様が悪意だけで今日まで私を騙していたとしても、彼女を殺そうとはしなかっただろう。


 なのに、お姉様は心の底から私を愛してくれていたのだから――拒む理由が見当たらない。




「お姉様……愛しています」




 胸に飛び込む。


 きゅっと、抱きつく。


 するとお姉様はすぐに私の体に腕を回してくれた。




「誰よりも、愛しています」




 言葉を発するたびに、感情がぐちゃぐちゃにかき混ぜられていく。


 潤む瞳から流れそうな涙の理由すらわからない。


 歓喜なの? 苦痛なの? 悲嘆なの? ねえ、何なの?


 でも、もう答えは決まっているから。


 私の感情がどうであろうとも――お姉様と共に生きると決めたのならば。


 変に未練など残さないほうがいい。


 捨てよう、人としての私を。


 終わろう、今日までの私よ。


 お姉様の顔を見つめて、口を開く。


 唇が震える。


 喉が、声を発するのを止めようとする。


 体の内側からこみ上げる、鳥肌が立つようなゾクゾクとした感覚は、正常な人間が感じる罪悪感。


 けど私は、それを愉楽に変えることができる。


 そうだよね、私。ゾクゾクするほどに、禁を破るほどに、感情が高まっていくんだもんね?


 だったら――言おう。




「私の家族を殺してくれて、ありがとうございます」




 決別と、契りの言葉を。




「クラリス……ッ!」




 お姉様は、私を強く強く抱きしめた。


 痛くて苦しいほどに。


 ああ、けどお姉様に与えられるのなら、この苦痛もまた私の歓び!




「クラリスっ、クラリスっ、クラリスぅぅぅっ! あぁっ、私のっ、私だけのクラリス! 愛してるわ、愛してるわ、愛してるわぁっ! 絶対に幸せにするから、永遠に誰より幸せにしてみせるから――」




 すると、急にお姉様の腕の力が緩む。


 熱烈なハグから私は解放され、彼女は一歩後ろにさがり、距離をおいた。


 胸に手を当てると、その指先を肌の内側に沈ませる。


 そしてその手に力を込め――




「いっぱい子供を作って、素敵な世界を作りましょうね」




 胸を、開いた(・・・)


 豊かな膨らみと、臓器を守る肋骨が扉のように開き、脈打つ心臓がむき出しになる。


 それと同時に、私も胸部に違和感を覚えた。


 内側からボコッと膨らんで、触ってもいないのに開き――




「あっ、があぁぁああっ!」




 心臓が空気にさらされる。


 すると見えない力によって、その臓器が私の中から引きずり出された。


 お姉様も同様に、管で繋がった心臓が空中に浮かんで、近づき、そして“ぐちゅう”とキスをする。


 しかし、そこで止まりはしなかった。


 心臓同士はさらに強く密着し、さらには一つに混ざりあっていく。




「は……あ、がっ……が、あえぇぇえぅ……っ!」




 痛みとは違う、他人と心臓が混ざり合うという、くすぐったさにも似た未知の感覚に、私は絞り出したような声を出すことしかできない。




「ほら見て、私の心臓が……クラリスの可愛らしい心臓を呑み込んでいくわ……!」




 対するお姉様は、痛みなど感じさせない、口角を吊り上げた笑顔。




「があぁあああっ! ぎゃっ、ぎっ、ぎいぃぃいっ!」




 でも私も、私もそうだ。


 叫ぶことしかできないけど、これは苦しくて叫んでるんじゃない。


 狂喜しているだけだ。


 目の前で繰り広げられる、お姉様との愛の証明に。




「ああぁっ、おいしいっ! クラリスの心臓おいしいっ! ねえクラリス、感じてる? 私の血を! 貴女の体に流れ込む私の一部を!」


「お姉さまあぁああっ! あがっ、あいっ、あいじでっ、ますうぅぅうっ!」


「私もよぉっ、クラリスぅぅぅぅっ!」




 お姉様が、ひときわ大きな声で叫んだ。


 私の小さな心臓はついに完全に形を失い、空中に浮かんでいるのは一つの魔族の心臓のみ。


 そこには私とお姉様、それぞれの体から伸びた管が繋がっている。


 すると、魔族の心臓は空中で二つに分かれ、そしてお互いの体の中に戻っていった。


 これは視覚の上ではコピーされた別々の個体のように見えるけれど、実際は一つしか存在しないものだ。


 肋骨と脂肪、肌が閉じて傷が塞がる。


 どくん、どくん。


 脈打つたびに、私の体に“違う血液”が流れ込むのを感じる。


 全身にあったはずの人間の血が駆逐されて、魔族に置き換わっていく。


 “命が繋がっている”――ただでさえ、その実感が私を満たして頭が真っ白になりそうなのに、それだけでは終わらないなんて。


 ああ……ほんの一瞬、この瞬間に感じている幸福だけで、人間を捨ててよかったと、お姉様のものになってよかったと断言できる――




「はぁ……はぁ……はぁ……ああ」




 胸のあたりから、じわりと私の肌の色が変わりはじめた。


 少し白い肌色から、お姉様と同じ青色へと。


 私は精神のみならず、肉体も人間を捨てていく。


 色が変わるだけじゃない。


 宿る力。


 拡張されていく感覚。


 今なら、わかる。どうしてお姉様が私に骸炎を与えたのか。


 慣らしておかないと壊れてしまうからだ。


 こんなに何千倍、何万倍と鋭敏にお姉様の存在を感じる体になってしまったら、私は幸せすぎてショック死してしまう。


 そのために、必要だったんだ。




「この体……すごい……常に、お姉様に抱きしめられてるみたい……っ!」




 体が前より膨らみを帯びているのは、お姉様が私にそうあってほしいと願ったからなのかな。


 人だったときより強く感じる甘い香りもそう。


 だってお姉様って、私の匂いが好きだもんね。


 だから強くして……指も少し長くて……あは、体の内側まで好みに染めて――


 ああ、変わる……私の体が、つま先まで、頭のてっぺんまで、人間じゃないものに、完全に変わる……っ!




「魔族になった気分はどう?」




 そのタイミングを待っていたかのように、お姉様は私に問いかけた。


 私は即答する。




「最高ですぅっ! 迷ってた私が馬鹿みたいっ! こんなに、ただ在るだけでお姉様と繋がって幸せな気分になれるなんて……もっと、早く受け入れていればよかった!」




 それが素直な感想だった。


 魔族って……ふふ、こんなに素敵だったなんて。




「わかってくれて嬉しいわ。これで私たちは永遠につがいよ。いついかなる時も、死ですら私たちを引き裂けないわ」


「お姉様ぁ……!」




 もう私の愛に一切の迷いはない。


 ありがとうお姉様、私と出会ってくれて。


 ありがとうお姉様、私の家族を殺してくれて。


 ありがとうお姉様、私の人生を操ってくれて。


 ありがとうお姉様――今日までのすべての行為に。


 その感謝と、愛情とを伝えたくて、私はお姉様に抱きつく。


 ちょうど同じタイミングでお姉様も私を抱きしめて、その感情のままに唇を求めあった。




「んふっ……ちゅっ、お姉様っ……おねえひゃまぁっ……ひゅきぃっ……むちゅっ、ちゅっ、しゅきぃっ!」


「クラリひゅぅっ……わらひもよっ! ちゅぅっ、愛してるっ……ぢゅうぅぅっ! 世界でたった一人の……私だけのお嫁さんっ……むっちゅっ、ちゅぷっ」




 一心不乱にキスをする。


 どれぐらいやっていたのかわからない。


 三十分か、一時間か、二時間か――どれだけやっても愛情を伝えきれないのがもどかしくて、とにかく長い時間、私たちはキスを続けた。




「ぷはぁっ……さて、これからどうしましょうか。二人きりになれる場所にいく? それとも――」




 二人きりになりたい。


 もちろんだ。


 でも、すべてがお姉様に満たされた今でも、その片隅に――本当に小さな、埃の一粒にも満たないような異物がある。


 それはあまりに小さいからこそ、99%を100%にできない妨げとして目立ってしまっていた。




「処分しましょう。記憶にこびりついて、お姉様のことだけを考えたいのに邪魔なんです」


「そうね、やっぱり精算は必要かしら。どう終わらせるかは、クラリスに任せるわ」


「もう考えてあります。いらないのは殺しちゃいますけど、私が魔族になるための踏み台になってくれたんですから……ちゃあんと、お礼(・・)もしないと」




 皆殺しでもいいと思っていた。


 けど、いざこうして心に余裕ができると、少しだけ優しさが芽生える。


 私たちは手を繋いで、デートでもするようにレイラルクに戻った。




 ◆◆◆




 正体を表したフレイアがクラリスをさらってから一時間――




「避難誘導を最優先しろ! 足を止めるなァ! 我々はレイラルクを放棄するッ!」




 魔族の力を目の当たりにしたカンパーナは、レイラルクの放棄を決断。


 フレイアを追わずに、残った兵士のすべてを、民の避難に使うことを選んだ。


 自らも街に出て、声が枯れるほど大声で住民たちに呼びかける彼女。


 そんなカンパーナの隣には、スイの姿があった。




「カンパーナ隊長は、フレイアが戻ってくると思っているんですね」




 フレイアを追い、その居場所だけでも掴んでおく――そういう選択肢もあったはずだ。


 あるいは、深追いせずに放置しておく。


 魔族は気まぐれな存在なのだから、街に戻ってきて全滅させるようなことはしないかもしれない。


 そう考えることも可能である。


 しかし、カンパーナは『フレイアはレイラルクに戻り、民を皆殺しにする』と判断した。




「あいつらが何に執着しているのかはわからん。だが問題は、クラリスを連れ去ったことだ」


「フレイアは、彼女をどうするつもりなんでしょうか」


「とにかく嫌な予感がしている。我らの使命は一人でも多くの民を救うことだ。今は最も安全な道を選ぶほか無い!」




 最終的に、カンパーナは“勘”で全住民を避難させることを選んだ。


 もしそれが間違っていたら、彼女は罪に問われるだろう。


 しかし、それはそれでいいと思っている。


 自分が罪を被るだけで最悪の可能性を消せるのなら、甘んじて受けよう――と。




「カンパーナ様ッ、大変です!」




 そんな彼女の元に、顔面蒼白になった騎士が駆け寄ってくる。




「どうした、まさかもうフレイアが戻ってきたのか!?」


「いえ――避難者の一部が突然暴れだし、他の人間たちを襲いはじめました!」


「錯乱したのか? それともフレイアが……」


「どうやら若い女性や少女ばかりが豹変しているようです。かくなる上は斬るしか――」




 苦渋の決断を迫られるカンパーナ。


 その直後、彼女は騎士の背後から迫る影に気づいた。




「危ないッ!」




 声をあげるも、想定外の速度に反応が間に合わない。




「何っ!? ぐぎゃっ!? あ……あ……」




 現れたのは、若い女――ナンシーだった。




「いらない人間、さようならです!」




 彼女は騎士に飛びかかり、頭を鷲掴みにすると、力ずくでひねって首の骨を折り、さらに脊髄ごと引きずり出してしまったのだ。


 それを投げ捨てると、頭部を失った騎士の体がガシャンと倒れる。




(この青白い肌の色――魔族ではないが、明らかに変質している)




 錯乱状態に陥った住民という線は消えた。


 不自然な肌の色、甘ったるい匂い、紅い唇に、妙な色気を持った鋭い目つき。


 第三者によって、何らかの処置を施されたのは明らかである。


 しかし考えている暇はなかった。


 次にナンシーはカンパーナに飛びかかってくる。


 彼女は剣を抜いて、乱暴に振り回された腕を受け止めた。


 丁寧に磨かれた一級品の刃は、その肌一つ切り裂くことができない。


 それどころか、鍛え上げられたカンパーナの腕で止めることすらできず、彼女はブーツで地面を削りながら後退した。




「ぐうぅぅううっ! なんて力だッ!」


「ナンシー、どうしてっ!」


「まさか、人間を魔獣化(・・・)させているのかッ?」




 それにしたって、そこらにいる魔獣とは比べ物にならない力だ。


 否が応でも感じてしまう。


 これまで、人類がどれだけ手加減されてきたかを。




「隊長ですら受け止められないなんて……いや、弱気になってちゃ駄目だ。諦めるな、スイッ!」




 スイも剣を抜いて、カンパーナを襲うナンシーに斬りかかる。




「おぉぉおおっ! 諦めなければ、神様はきっと救ってくれるはず!」


「神様がいるなら、私はとっくに救われていないとおかしいですよね」




 その聞き覚えのある声に反応し、スイの足は止まった。




「クラリスッ!?」




 後ろを振り向くと、そこには青い肌をした少女が立っていた。


 しかし、その顔には間違いなく見覚えがある。




「そんな……その姿は……」


「お姉様の手で魔族に変えてもらったんです。素敵でしょう?」


「なんておぞましい――」




 スイのあまりに容赦ない感想に、クラリスはしょんぼりと少し肩を落とした。


 そんな彼女の肩をフレイアが抱き寄せる。




「ひどいことを言うのね。安心して、クラリスは世界一美しいわ」


「お姉様……平気です、お姉様の言葉さえあれば私は」


「なぜだ。フレイア、お前は何の目的があってこんなことをした!」




 場違いな甘いやり取りを繰り広げる二人に、スイが割り込んだ。




「クラリスを私のものにするためよ。他に理由なんて無いわ」


「馬鹿げてる。魔族にそんな愛情なんてあるはずない!」


「本当に変わらないね、スイちゃんは。全然他人のことを理解しようとしない」


「クラリス……それは違うよ。だって間違ってるじゃないか、誰がどう見たって!」


「たとえ誰かが苦しんでいても、正しさを優先するべき。スイちゃんのその“正しさ”って、誰のための、何のためのものだったんだろう」


「全ては……神が決めることだよ」


「そっか、神かぁ。きっとスイちゃん、神様の正体を知ったら卒倒しちゃうね」


「何を……」


「でも大丈夫、もうそんな面倒なことを考える必要もないから」




 クラリスの視線が、カンパーナのほうに移る。


 スイも少し遅れてそちらを向いた。




「ぐ……やめろ……ぐっ、ぐああぁぁああああっ!」




 カンパーナはついに壁際まで追い詰められていた。


 人型魔獣は大きく口を開くと、彼女の首に食らいつく。




「カンパーナ様、気持ちいいですよ、こっち側は。あーむっ」


「カンパーナ隊長ぉぉぉっ!」




 スイの悲痛な叫びが響く。


 一方でカンパーナは目を見開くも、苦痛に叫ぶことも、あえぐこともしなかった。


 なぜなら、噛みつかれても痛みを感じなかったからだ。




「あぁ、何だ、この感じ……はっ。はあぁっ、体が、震える……ぞくぞくして、気持ち、いい?」




 噛まれた部分から、じわりと肌の色が青白く変わっていく。




「私の魂を縛る鎖が……解けていく。ふ、ははっ、軽い、軽いぞっ、私の心が、体がっ!」


「そんな……隊長……」




 絶望するスイの目の前で、カンパーナは変わり果てていく。


 いつの間にか彼女は、自分に噛み付く女の頭を抱きしめ、うっとりとした表情を浮かべるようになっていた。




「魔獣化。みんなが善悪の概念を捨てて、幸せになる方法」




 クラリスがそう告げると、カンパーナの変異が完了する。


 女がカンパーナから口を離すと、二人は見つめ合い、そして唇を貪りあった。




「カンパーナ様っ……かんぱーにゃしゃまっ」


「ナンシー……美しい、愛おしいぞ、ナンシーっ……!」




 それが終わると、二人はゆっくりと立ち上がる。




「ハアァ……ハァ……素晴らしい、体。増やす……殺す……最高の気分だ……ふくくくっ、かははははははっ!」




 そして、人だった頃には決して見せることのない、下品な笑顔を浮かべてどこかに走っていった。




「いい顔をしていましたね。人間だった頃には考えられない表情です」




 クラリスとフレイアは、そんな彼女を暖かく見送る。


 一方で、スイは魔獣に負けないぐらい青ざめていた。




「い、嫌だ……」


「ん?」


「私はっ、あんなものになりたくないぃっ!」




 勝てない。


 だが負けられない。


 その末にスイが選んだのは――自らの剣による自殺であった。


 刃を首に当て、思いっきり引こうとするが、




「駄目ですよぉ、自殺なんてしたら。せっかく幸せになれるんですから」




 クラリスの言葉と同時に剣が黒い炎に包まれ、刃が消滅する。




「やめてよ……そんな幸せなんていらない。私に押し付けないでぇっ!」


「ふふふっ、スイちゃん、やっと私の気持ちをわかってくれたみたいですね。でも安心してください、スイちゃんが押し付けてきたものと違って――私のは、本当に(・・・)幸せになれますから」




 彼女は手のひらに骸炎を生み出すと、瞬時にスイの目の前に移動した。


 あまりの速さに反応できなかった彼女は、胸に手を当てられ、骸炎が体内に注がれるのを見ていることしかできなかった。




「は、入って……くる……黒い、冷たい、熱いぃいぃっ! ひいぃぃっ! なっ、何かがっ、気持ちのいい何かがっ、私を中から作り変えようとしてるぅぅぅっ!」




 体をかきむしるスイ。


 彼女は纏う鎧を外してまで骸炎を追い出そうとした。


 だがそうしている間にも、体の内側から彼女は人間とは別の生物に変えられていく。




「あがあぁあああっ!」




 のけぞり、口の端から涎を垂らす。




「あがっ、ぎゃふっ、ぐ、ぐげっ……あ、ああ、私……こんなに、重いもの……背負ってたん、だっけ」




 徐々に、その口元に笑みが浮かぶ。


 肌の色も青白く変わっていく。




「ああぁ、軽い……飛べる。飛ぶっ、飛ぶうぅぅっ! 私の頭っ、どこかに飛んでいくうぅぅぅうっ! ぎ、あがあぁぁぁああああッ!」




 声を吐き出すたびに、人として大事なものが追い出されていく。


 もう彼女の中に、つまらない教会の教えなどは微塵も残っていなかった。




「あ、あ、あ……はあぁ……飛んじゃった……あは、はははっ」




 全身を包み込むような甘美な感覚を、スイは素直に受け入れ、笑い声をあげる。


 そしてふらふらとクラリスに近づくと、目の前でぴたりと止まって、名前を呼んだ。




「クラリス」


「スイちゃん」


「ありがとう」


「どういたしまして」




 最初で最後の、幼馴染が心を通じ合わせた瞬間だった。


 スイはクラリスに見送られながら、逃げ惑う人の群れに向かっていく。


 いらないやつは殺す。


 いるやつは魔獣に変える。


 欲望のまま、カンパーナやナンシーと共にスイは暴れまわる。




「この街にはたくさんの人間が残っています、楽しんできてくださいね」




 長年の心のしこりが解消され、クラリスは心から安堵していた。




「私も口ではひどいことを言ってしまったけど、彼女には申し訳ないと思っていたの。人間から解き放たれたようで何よりだわ」


「楽しさや気持ちよさを捨てて生きてきたみたいですから、きっとすぐに馴染んでくれると思います」


「素敵ね……それにしても、クラリスはやっぱり優しいわ。殺さずに力まで与えてあげるなんて」


「魔族になってみたら、人間だった頃のあれこれがどうでもよくなっちゃって。殺して終わりにするより、みんなまとめて変えてしまったほうが、後味も悪くないじゃないですか」




 まあ、端的に言うと“どちらでもよかった”という話なのだが。


 クラリスはただ単に、こちらのほうが楽しそうだったからそうしただけだ。


 そして魔族にとっての“楽しさ”とは、人にとっての“恐怖”であるがゆえに――その様子を眺めていた卑怯者は、ついに耐えきれずにクラリスの前に姿を表した。




「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃっ! 私が悪かったわ! 謝るから、謝るからあぁぁっ! 私が間違ってた! だから――」




 ルビアだ。


 彼女は瓦礫の影から出てくるなり、クラリスに土下座をして謝った。




「なんでもするわ……だから、お願い……私を見逃して……!」




 あまりに無様な姿だった。


 それを見下すクラリスは、つい笑ってしまう。


 いわば、小動物を愛でる人間のような感情である。


 そして彼女はルビアに告げる。




「人間の心が反省するだけで変わるなら、私が魔族になることはなかったでしょうね」




 正直で、残酷な事実を。


 そして足を骸炎で包むと、ルビアの頭を踏みつけた。




「いやあぁぁああっ! あっ、あがっ、いやぁあぁっ、脳みそっ! 脳みそ焼けるぅぅぅぅ! 焼けて馬鹿になるうぅぅうっ!」




 思考から先に魔獣へと変わっていくルビア。




「なりだぐ……なっ、化物……に、いいぃぃいいいいいっ! いひっ、ひいぃっ、ひひひひひっ! あ、あぁっ、これっ、すごっ! あははっ、お薬みたぁいっ! あひっ、はひっ! 魔獣……私っ、魔獣になってるうぅぅううっ!」




 恐怖が歓喜に変われば、そこから先はあっという間だ。




「ありがとうございまひゅううぅぅっ! いひっ、踏まれるっ! 踏んでくださってぇっ! ひゃひっ、クラリス様、ありがたいですうぅぅうっ!」




 クラリスに踏まれることすら喜びに変わったら、思考の変異は完了したようなもの。


 あとは放っておくだけでも体が変わり、ルビアも人間を襲う魔獣に早変わりだ。




「はっ、はっ、はっ、まだ……人間の匂いがするわ……んふふふふっ、私にも狩らせてぇっ、スイっ、ナンシーっ!」




 ようやく、真の意味で仲間となった二人に、彼女は駆け寄る。




「それにしても、どうしてさっきから女の子だけを魔獣化させてるの?」




 ルビアを見送ったあと、フレイアは不思議そうにクラリスに尋ねた。




「だって綺麗なものだけを残したいじゃないですか」


「それが女の子なのね」


「私をこんなふうにしたのはお姉様なんですよ?」




 悪いのは最初にクラリスを襲った男でもあるのだが、それも結局のところはフレイアの狙い通りだったのだ。


 フレイアは他人事のように言える立場ではない。




「私はクラリスっていう個人を愛しただけなんだけどなー」




 露骨に目をそらすフレイア。


 子供じみた反応に、思わず笑ってしまうクラリス。


 二人が朗らかな気分で、阿鼻叫喚のレイラルクを散歩していると――ここまで男性の死体に一切興味を示さなかったクラリスが、とある男の前で足を止めた。


 彼はまだ死体ではない。


 だが深い傷を負い、瓦礫を背もたれにしてぐったりと座り込んでいる。




「あれ、リュードじゃないですか。まだ生きてたんですね」


「はぁ、はぁ……魔族……そうか……そういうことか……」




 リュードの傍らには、折れた剣が置かれている。


 そして背後に感じるのは、小さな気配。


 すると幼い少女がわずかに顔を出し、不安げにクラリスたちを見た。




「見逃してやってくれ……と言っても無駄だろうな」


「女の子でよかったですね」




 クラリスが手を出すまでもなかった。


 魔獣と化したスイは“匂い”で少女を感知したらしく、目で追うのが困難なほどのスピードで接近。


 そして首根っこを掴んで引きずり出すと、抱きかかえて首に歯を突き立てた。




「可愛い子。すぐに良くしてあげるからね」


「いやっ、いやあぁぁああああああっ! ……あ」




 体が小さいだけあって、魔獣に変わるまではあっという間だった。


 少女はスイに抱かれたままびくんびくんと痙攣し、再誕の喜びを全身で表現している。


 リュードはそれを見て、小さくため息をついた。




「聞かせろ、フレイア。魔族とは……何だ? なぜそこまでの力を持ちながら、今まで……人類を滅ぼそうとしなかった」


「せっかく作った畑を全部作り変えるのって、勇気が必要だと思わない? もっとも、種を撒いたのは私ではなく、以前ここにいた魔族なんだけど」


「だが、お前は、作り変えることを選んだ」


「新婚さんには新居が必要なんだもの」


「ふ、くくっ、人の世など……その程度のものか。嗚呼、そう……か。やはり……俺たちは、とんだ思い違いを……していた、らしいな……」




 自嘲するように彼は笑う。


 話の内容が理解できず、置いてけぼりのクラリスは少し不満顔だった。




「神を信仰する教会が、魔族を憎む……皮肉な話だな。ははっ……ははははっ……!」


「その程度で笑えるなら、きっとすべてを知ったら貴方は笑い死んでしまうでしょうね」


「お姉様、私にはよくわからないです」


「後で教えてあげるわ。それより、早く終わらせてあげなさい」


「ああ、頼む。こんな世界で生きながらえたいとは思わん」


「では……さよならです」




 クラリスの炎で、リュードは一瞬で灰になった。


 痛みも与えずに殺したのは、紛れもなく彼女の優しさである。




 ◆◆◆




 それから、レイラルクから完全に人間が消えるまで、一時間とかからなかった。


 死臭が漂う淀んだ空気の中で、魔の眷属と化した女たちが歓喜の声をあげる。


 その後、彼女たちはクラリスとフレイアの指示を受けて、近くの村の襲撃に向かった。


 魔獣化した人間は、他者を魔獣に変えることができる。


 未だその脅威の存在にすら気づいていない王国にとって、倍々ゲームで増えていく魔獣の存在はあまりに理不尽だった。


 小さな村でおよそ10分。


 大きな街でも一時間足らず。


 レイラルクを中心に、すべての集落が助けを呼ぶ間もなく陥落していく。




 およそ一日が経過した頃、ようやく何が起きているのかを国王が把握。


 しかしその時点ですでに、都を除く王国の9割が魔族に掌握されていた。


 都は門を閉じ、籠城して時間を稼ぎつつ、隣国に応援を求める。


 王国軍はそれから一週間、魔獣と化した女たちの猛攻を防いだ。


 だが隣国が滅びたことを聞かされると、士気はガタ落ちになり、城壁は突破される。


 一箇所穴が空くと、そこからはあっという間だった。


 あっけなく王国は滅亡し、広大で豊かな土地は魔族のものとなる。




 なお、その戦いにクラリスは参加しなかった。


 新しい体で、フレイアと想いを通じ合わせることのほうが重要だったからだ。


 出るまでもない戦いだった、とも言える。


 仮に二人が戦力に加わっていたら、王都の城壁は数秒ともたずに突破されていただろう。




 その後も、クラリスが特に命令を出すまでもなく、魔獣は数を増やしていく。


 圧倒的な数の暴力で他国になだれ込み、人類を駆逐していく。




 大陸から人類が消えるまでおよそ一ヶ月。


 そこから様々な方法で魔獣たちは海を渡り、一年で世界は完全に支配された。




 ◆◆◆




 私も女の子だから、小さい頃は“お姫様”に憧れたことがある。


 綺麗なドレスを身にまとい、大きなお城に住んで、使用人がお世話をしてくれる。


 朝は天蓋の付いた大きなベッドで目を覚まし、隣には私を愛してくれる王子様がいる。


 そんな夢物語が――現実になった。




 今やこの王城は私とお姉様のもの。


 身の回りのお世話は魔獣たちがやってくれて、私はお姉様と愛し合うことだけを考えていけばいい。


 ひょっとすると、想像していた夢物語よりもさらに幸せかもしれない。


 そんな毎日が、ここにはある――




「んんぅ……クラリス、もう起きてたのね」




 寝ぼけ眼のお姉様は、無防備な子供のようでとてもかわいい。


 その姿を観察するのが、私の日課だった。




「お姉様の顔を見てました」


「よく飽きないわね。もう20年も一緒なのに」




 レイラルクで私が魔族になってから20年――人類は消え、本能と欲望に支配される平和な世界が訪れた。


 人型魔獣たちは独自のコミュニティを作り、人間とは異なる文化圏を生み出している。


 彼女たちのルールは“愛情”だ。


 私とお姉様がそうであるように。


 たとえ見知らぬ他人だとしても、同族であればそこには愛があるので、争いなど起きるはずもなかった。


 だから安心して、私はお姉様と肩を寄せ合うだけの日々を送ることができる。




「お姉様は私に飽きちゃいましたか?」


「そんなわけないじゃない。何億年後も、何兆年後も変わらない。今日の私は、昨日よりクラリスのことを好きになってるわ」




 くらりと酔ってしまうほどの甘いセリフを、毎日聞かせてくれるお姉様。


 私たちは抱き合って、おはようのキスを交わす。


 唇が重なると、大きくなったお腹も触れ合う。


 大好きなお姉様の子供を宿して迎える朝は、一味違う満足感を与えてくれる。




「そろそろ生まれそうですね」




 私はお姉様のお腹に触れた。


 お姉様も私に触れて、お互いに撫であう。




「生まれたらまた次の子よ。今の目標は、私たちの子供だけで国を作ることなんだから」


「次で405人目……まだまだ道は長いです」




 自分のお腹を撫でながら、私はしみじみとつぶやいた。


 魔族の子供は、どれぐらい骸炎の力を使うかで成長速度が変わる。


 何もしなければ人間と同じ10ヶ月。


 けれど力を注げば、およそ1ヶ月で産むことができた。


 それが二人分だから、20年で約400人。


 産まれてくる子供は、魔獣ではなく正真正銘の魔族。


 2000年ぐらい続けたら、都もいっぱいになるだろうし、国って呼べるぐらいになるかな。




「出産が終わったら、久々に牧場に行きませんか?」


「いいわよ。最近はあんまり行けてなかったから、うずうずしてるんじゃない?」


「わかっちゃいますか……? すっかり人間を殺すのが癖になっちゃって」


「最近は私よりもハマってるわよね」


「楽しいんです。自分たちが生かされてることに気づかずに、私たちを英雄扱いする彼らの存在が」




 今から19年前。


 人類の大半が死滅し、この世から消えようとしていた。


 けど私は気づく。


 人が消えてしまえば、二度と人を殺せないのだと。


 だからあえて数を決めて生存させ、脳をいじくって島に閉じ込めた。


 人類にとっての“世界”とはその島がすべてであり、外には何も存在しないと教えこんでいる。


 言ってしまえば、そこは私とお姉様専用の“狩場”。


 たまに人を殺したくなったとき、ふらりと島を訪れては、悪人を殺して回るのだ。


 すると人間たちは私たちを英雄扱いして褒め称える。


 この島が、何のために生み出されたものかも知らずに。




「かわいいですよね……人間って」


「そう思うから、色んな世界に種を撒いて回る魔族がいるんでしょうね」


「お姉様は違ったんですか?」


「私は面倒なことが嫌いなタイプだったから。たまたま人間がたくさんいる世界を見つけて、そこで暇をつぶせそうだと思って遊んでたのよ。そしたらクラリスと出会って、世界が変わったってわけ」


「私もお姉様に変えられましたが……私もまた、お姉様を変えていたんですよね」


「変えまくりよぉ。人間とつがいになって、子供を作るぐらいなんだからぁ」




 甘えるように、私の太ももを枕がわりに寝転がるお姉様。


 そして彼女は、私のお腹に耳を当てる。




「私たちの子供の中にも、この世界を飛び出して他の世界に向かう子が出てくるかもしれないわね」


「それは少し寂しいです」


「母性ねえ。私は、その先の世界で、クラリスみたいな素敵な女の子に出会ってくれたらいいと思ってるわ」


「お姉様の子供ですから、きっと世界を滅ぼすような恋をするんでしょうね」


「そこはクラリスの子供だから、だと思うけど?」


「えー、お姉様ですよお」


「いーやクラリスね。貴女のほうが過激だもの」


「むぅー」


「そんなに膨らんだって、キスしかしてあげられないわよ」


「だったらキスしてください」




 お姉様は「仕方ないわねえ」と言いながら体を起こし、キスをしてくれた。


 大抵のわがままは聞いてくれるから、お姉様ってすっごく甘いと思う。


 その分、私もたっくさんお姉様のことを愛してるんだけどねっ。


 そのまま私たちはベッドに倒れ込む。


 お姉様は私の手を握って、指を絡めた。


 にぎにぎと指を動かし、互いの感触を確かめ合いながら、私はベッドの天蓋を見上げる。


 そしてそこに描かれた、どこか神話めいた魔族の絵を見つめながら言った。




「でも楽しみです。この先、私たちの子供がどれだけの世界を塗り替えていくのか」




 より多くの世界が変わってくれればいいと思う。


 人から解き放たれること。


 魔族にしても、魔獣にしても、死にしても、人として生きるよりずっと幸せだと思うから。


 たくさんの子供(可能性)を産み落としながら、私は願おう。


 抑圧から解き放たれ、血肉の繭から孵化する誰かが――少しでも増えますように、と。




 ――――――――――


 名前:クラリス・レリヌス

 種族:魔族

 性別:女

 年齢:-

 職業:-

 好きなもの:お姉様

 嫌いなもの:


 体力:5401

 魔力:120013

 器用:9952

 魅力:10344

 性向:-999


 ・スキル

 殺人Lv.999

 骸炎Lv.999

 支配者Lv.999


 ――――――――――




これにて完結です。

私の趣味に最後まで付き合っていただきありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後の最後まで手のひらで踊らされて使い潰されるかと不安だったけど、なぁんだ!ハッピーエンドじゃん!
[一言] good!(とてもいい)
[一言] あぁ…尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い
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