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011 果実を堕とす

 



 迫りくる大量の魔獣に立ち向かう、レイラルクの住民たち。


 その中には、スイたちパーティの姿もあった。


 レイラルクのギルドに所属する中では、高い実力を持つパーティだ。


 彼女たちは自ら最前線に出て、強力な魔獣に立ち向かった。




「グゥォオオオオオッ!」




 オーガの拳がリュードに迫る。


 彼は鎧で身を固め、さらに両手には柄の長いハルバードを握っていた。


 一見して鈍重な戦士のように見える――しかし、拳がこちらに向かってくるのを見た後に、軽やかな動きで彼はそれを飛び避けた。


 そして地面に叩きつけられた腕を、斧槍を振り下ろし切断する。




「グガッ、グギャアァァアッ!」


「この程度は軽く屠らねばな――!」




 オーガが苦しんでいる隙に、リュードはさらに高く飛び上がり、その首を切り落とした。


 ――まずは一匹目。


 だが息をつく暇もない、すでに次の魔獣が迫っている。


 迫ると言っても、まだ数百メートルの距離はあるが、何せ相手は見上げるほど大きな――10メートルはあるであろう四本脚の白狼(フェンリル)


 漆黒に輝く瞳が殺意を込めてリュードを睨むと、一息で目の前まで肉薄した。




「や、やるわよ……やればいいんでしょうっ!」




 不安定な精神状態のまま連れ出されたルビアは、半ばやけくそに杖を掲げた。


 するとフェンリルの足元が緩み、沼となる。


 突如として片足を呑まれた魔獣はバランスを崩した。




「今だ、スイ!」


「おぉぉおおおおおッ!」




 リュードの後ろに待機していたスイが前に出る。


 彼女はスピード型の軽戦士。


 獣のように腰を低く落とし、一気に相手に近づくと、まず一本目の剣を投擲する。


 ――見事右目に命中。


 フェンリルは「キャオォォンッ!」と苦しげに鳴く。


 なおも彼女は速度を緩めずに敵に接近。


 目の前で地面を蹴って高く飛ぶと、頭の上に着地した。


 そしてまだ無事な左目に、鞘から抜いた剣を突き刺す。


 再び苦しげな鳴き声が響いた。




「これで両目は潰せた。あとは急所を叩けば!」


「スイさん、危険です。離れてくださいッ!」




 一瞬安堵しかけたスイに、ナンシーが大きな声で呼びかけた。


 フェンリルが牙をむき出しにして「グルルルゥ」と唸ると、体が冷気に包まれ始める。




「まずいっ、魔術が!?」




 スイは慌ててそこから飛び降りた。




「ワオォォォオオオンッ!」




 直後、平野に轟く巨狼の咆哮――その周囲にある草木は瞬く間に凍りつく。


 既のところで回避したスイは重傷こそ免れたが、その両足に凍傷を負い、着地に失敗した。


 土と草のクッションで骨こそ折れなかったものの、うまく脚に力が入らない。


 ナンシーはそんなスイに駆け寄り、素早く回復魔術を使った。




「ありがとう、油断しちゃった」


「相手は今までの魔獣と格が違います、一瞬の油断すら命取りですよ」


「だが仕事は果たした。後は他の連中がやってくれるだろう」




 リュードがそう言うと、後ろで無数の魔術が放たれ、様々な属性の弾丸がフェンリルを襲った。


 王国軍、そして他の冒険者たちによる一斉射撃だ。


 さすがにこれには耐えきれず、魔獣は断末魔の叫びをあげて息絶えた。




「こんなのが100体以上いるなんて……」




 スイは半ば絶望しながら、戦場を見渡した。


 カンパーナ率いる教会騎士たちも、鬼神の如き勢いで魔獣を打倒している。


 王国軍だって負けていない、彼らは数の暴力でレイラルクに敵を近づけまいと奮戦する。


 しかし――いかんせん数が多すぎる。


 普通、10メートルを超える魔獣が現れた1体だけでも大騒ぎだ。


 それが100体以上。


 何が起きたらこんなことになるのか。




「あの二人がいなかったら、とっくに私たち全滅してますね」


「悔しいが……認めるしかないだろうな」




 こうしてリュードたちが会話を交わす余裕があるのは、最前線よりさらに前――敵のど真ん中で戦う、二人の化け物(・・・)がいるおかげだ。


 黒い炎が巨大な魔獣たちを灰に変え、そして黒い斬撃が両断する。


 見ていると、まるで相手が弱いかのように錯覚してしまうほどの圧倒的パワー。




「クラリスに……フレイア」




 スイは遠くに行ってしまった幼馴染に向かって、寂しげに手を伸ばした。




 ◆◆◆




 敵は仲間を殺されご立腹。


 孤高に生きてきたはずの巨大魔獣たちは、はじめて息を合わせて一気に私に飛びかかってきた。


 右からギガース、左からはイヴィルウッド。


 地面の揺れはグラウンドシャークが地中を泳ぐ音で、空の上からはブラックドラゴンがブレスを吐き出そうとしている。


 その他にも、有象無象がわらわらと。


 馬鹿だなあ。


 私は心からそう思った。


 ここまでの戦いで、いくら攻撃しても無駄だってわかってるはずなのに。


 けど面倒だとは思わない。


 彼らは“カモ”だ。


 これだけの大型魔獣、倒せばどれだけのお金がギルドからもらえることか。




「私とお姉様の幸せのために――全員、灰になりなさいッ!」




 黒炎が私の全身から溢れ出て、ゴォッ! と全方位に放たれる。


 遠くから見たら、爆発したように見えるかもしれない。


 お姉様と過ごした日々で鍛えられた骸炎は、大きさや速さのみならず、その温度も格段に成長していた。


 それこそ――最後に叫ぶ間も無く、相手が死に果てるほどに。


 私を中心として、草木も大地も黒く焼け焦げる。


 地中も、地上も、空中も関係なく魔獣たちも高温の炎で朽ち、残ったのはその討伐を示す頑丈な肉体の一部だけ。




「弱ぁい……ううん、私が強すぎるんですね。だって、お姉様が愛してくれた私だからっ!」




 私が強いんじゃない。


 “お姉様の私”が強いんだ。


 だってほら、お姉様だって、自分を囲んだ魔獣たちを、軽く短剣を振るだけで全滅させてる。


 たったの一振りが、数千、数万もの斬撃になって魔獣たちを遅い、一瞬で原型を留めないほど細切れにしてしまうの。


 降り注ぐ血の雨の中、お姉様は涼しい顔でその中心に立っている。


 さらに私と目が合うと、彼女は優しく微笑みかけてくれた。


 私の胸はきゅんとして、恋心の最高値をまた更新されて、興奮のあまり体温が上がってしまったのか――背後から不意打ちしてきた巨人が、私に触れた瞬間に灰になって消えた。




 ◇◇◇




 後で聞いた話によれば、私たちがいなければ、レイラルクは間違いなくあの魔獣の群れに滅ぼされていたらしい。


 それだけに留まらず、都に向かって進軍し大惨事になっていた可能性すらあったそうだ。


 それを止めた私とお姉様は、戦いを終え街に戻ろうとすると、冒険者や兵士、騎士たちからの歓声に迎えられた。


 もちろん全員じゃない。


 スイちゃんやリュード、ルビアにカンパーナ隊長なんかは苦い表情をしていた。


 うーん……私が活躍するの、そんなに嫌だったのかな。


 まあ、私はお姉様と一緒にいられればそれでいいから、どうでもいいことだ。




 街に戻ってからも、私たちは住民の歓迎を受ける。


 適当に手を振って家に帰ろうとしたけど、人々は私たちを逃してはくれない。


 その日、街では大きな宴が開かれ、飲めや食えやの大騒ぎだ。


 すっかり英雄扱いされた私たちは、酒場のど真ん中に座らされ、興味のない踊りを見せられる。


 隣同士だからいいけど、さすがにここじゃキスはできないかなぁ。


 私はちょっぴり不満げにお姉様のほうを見た。


 すると彼女は耳元で囁く。




「こういうのに応えるのも仕事のうちよ」




 思えば、殺し屋がわざわざ目立つようなことをするのも不思議な話だ。


 きっとお姉様には何か考えがあるんだと思う。


 でも――




「無駄になった時間の分、かわいがってくださいね?」




 そこは譲れないところである。


 お姉様は返事代わりに、テーブルの下で私の手をぎゅっと握った。




 ◇◇◇




 翌日から、私たちはすっかり街の有名人になった。


 行く先々で「英雄」、「守護神」、「救世主」ともてはやされ、買い物をすると必ずおまけを付けられる。


 スラムの浮浪者すら、以前のようにうかつに絡んでこなくなった。


 さらには、軍から感謝状まで渡される始末。


 これじゃあお仕事なんて出来ないので、ここ数日は一人も殺せていない。


 その分……と言っていいのかわからないけど、お姉様が私のことを甘やかしてくれるんだけど。


 唯一手放しに喜べることと言えば、行きつけの酒場が毎日タダで飲ませてくれることぐらいかな。


 私はあまりアルコールに強くないけど、酔ったお姉様はいつもよりちょっと強引で大胆になるから、結構好きだったりする。




 そういえば、スイちゃんとも一度だけ顔を合わせたことがある。


 やっぱり彼女は他の人たちと違って、私の今の扱いを良く思ってないみたいだ。


 私は弱くなくちゃいけないってこと?


 それともまだお姉様のことを嫌っているの?


 少なくとも、私とお姉様がいなかったらこの街が滅びてたことは認めるべきだと思うけど。


 他にリュードや、代わりにパーティに入ったらしいナンシーの姿も見かけた。


 反応は二人ともスイちゃんと同じ感じ。


 一方でルビアは見ていない。


 見たって嫌な気分にしかならないから、どうでもいいんだけどね。




 ◇◇◇




 そして、魔獣の襲撃から一週間が経過した。


 最近はよく言うと平和、悪く言うと暇な日々が続いている。


 ギルドからも一目置かれた私たちは、遠出をして強力な魔獣の相手をするようになった。


 たくさんお金を貰えるから別にいいんだけど、簡単さで言うと人間を殺した方がいいかな。


 何より、殺せば殺すほどお姉様に近づけた気がするから。


 そろそろ私たちへの扱いも落ち着いて来た頃だし、どうにかして秘密のお仕事を入れてくれないかな――なんてことを考えていた日の朝。


 朝食を終えたあと、お姉様は珍しく、私に予定も伝えずに支度を始めた。




「お姉様、今日もギルドに行くんですか?」


「いえ、最近は面倒な依頼が多かったでしょう? 休みにして、ちょっとした用事を済ませてこようと思うわ」


「……一人でですか」


「クラリスにはあんまり合わせたくない人間がいるのよ」


「その言い方だと余計に気になります。待ってますけど」


「できるだけ早く切り上げて、お昼前には戻ってくるわ。そうしたら午後からはずっと一緒よ」


「楽しみにしてますねっ」




 声を弾ませ、私はお姉様を見送る。


 内心では寂しくてしょうがないんだけど。


 最近はお姉様と離れている時間のほうが圧倒的に少なくて、こんな短期間の別れですら胸が苦しくなる。


 私一人の部屋はとても無機質に思えて。


 少しでもお姉様と繋がっていたいから、私はベッドに横たわり枕に顔を埋める。




「お姉様の匂い……」




 物足りないけど、今はこれで我慢我慢。


 私はそうやってお姉様の枕を抱きしめたまま、彼女が帰ってくるのをまった。


 そして数時間後、足音が部屋に近づいてきた。




「お姉様っ!」




 私はベッドから飛び上がり、扉に駆け寄った。


 我ながら、主の帰りを待つ犬のようだと思った。


 犬かぁ……お姉様の犬なら喜んでなれるけど。


 今度、お店で首輪でも買ってこようかな――なんて考えていたけれど、私はそこで異変に気づく。


 気配が多い(・・)


 足音も複数。


 そして――血の匂いがする。




「お姉様じゃ……ない?」




 私は後ずさり、扉から距離を取った。


 そして右の手のひらに骸炎を生み出す。


 招かれざる客は、扉の前でしばし足を止める。


 そして数秒後、力ずくで蹴り開いた。


 ――敵だ。


 そう確信した私は、手のひらを前に突き出した。


 開いた扉から最初に入ってきたのは――お姉様だった。


 ただし、体から力が抜け、目はうつろに開かれ、舌をでろんと伸ばして、目や鼻から透明の体液を垂れ流し、そして開かれた(・・・・)腹から大腸を引きずり出された状態だったが。


 ああ、私はそれが何なのか知っている。


 だってお姉様に教えてもらったから。


 要するに――それは――お姉様の、死体(・・)だ。


 私の動きが止まる。


 そしてお姉様を()に室内に侵入してきた何者かは、筒状の装置を私に向けた。


 そこから放たれた何かが、チクリと私の腕に突き刺さる。




「づっ、針……!? こんなもので――こんなものでぇぇぇえええッ!」




 私は沈む気持ちに怒りを灯し、骸炎を放とうとした。


 しかし、黒い炎が言うことを聞かない。


 いや、体内では勢いよく燃え盛っているが、体外に出力することができない。




「クラリスッ、せめて私があぁああッ!」




 お姉様の死体を投げ捨て、私に切りかかってきたのは――スイちゃんだった。


 ああ、そっか。


 今の針は、骸炎を使えなくする毒か何かで。


 それを使って、教会が――後ろにいるカンパーナ隊長が――あるいは、このスイちゃんが。


 いや、面倒くさいからもう全員でいいや。


 全員で、私のお姉様を、殺した――!




「まずい――スイ、避けろ(・・・)ッ!」




 カンパーナ隊長が何か言ってる。


 無駄だよ。


 無駄。


 だって決めたもん。


 こいつらがお姉様を殺したって言うんなら――スイちゃんでも、殺してやるって。


 骸炎は敵を燃やすだけじゃない。


 謂わば内燃機関の役割も果たす。


 お姉様から使い方は教えてもらってる。


 何ならそうやって殺したこともある。


 私の手のひらは――スイちゃんの剣よりよく切れるんだよ?




「避ける――でもこの狭さじゃッ!」


「シィッ!」




 心臓めがけて手刀を繰り出す。


 スイちゃんは剣でそれを受け止めると、剣を傾けわずかに受け流した。


 剣は切断(・・)される。


 だけど手刀の狙いもずれ、威力もそれだけ落ちる。


 胸部鎧に私の指が触れるも、思惑通りに刺し貫くことはできず、強い衝撃を与えるだけにとどまった。


 べこんっ! と鎧がへこみ、スイちゃんの体は後ろに吹き飛び、壁に叩きつけられる。




「防いじゃうかぁ」




 この刹那で取れる動きは、体に染み付いたものだけだ。


 おかげで威力が軽減されて、


 あーあ、やっぱりスイちゃんって優秀なんだね。


 ……私と違って。




「貴様ッ、スイをよくもぉおおっ!」




 カンパーナ隊長が怒ってる。


 何で?


 先にお姉様を殺したのは、お前たちのくせに。


 でも――やだなあ、悔しいけどその動きはスイちゃんと比べ物にならないぐらい早い。


 さっきみたいに、一方的に仕掛けることはできないみたいだ。


 カンパーナ隊長は一瞬で私の目の前に迫ると、抜いた片手剣で縦に一閃。


 後退して回避。


 続けて刺突で胸を狙ってくる。


 私は後方に宙返り、それが自分の真下を通ったタイミングを見計らい、天井を蹴って方向転換。


 踵をカンパーナ隊長の頭上から叩き込む。




「づうぅッ! 重い――だが隙が大きすぎるッ!」




 剣で止められた。


 動きも早ければ力も強い。


 何より剣の質がいい。


 反動で私は後ろに飛んだ。


 けれど着地より前に、カンパーナ隊長が振り下ろされ、私を斬りつける。


 空中で体をひねり回避するも、完全には避けきれない。


 太ももを切りつけられ、じくりとした痛みに私は顔をしかめた。


 そして着地。


 二発目が来る前に素早く後退。


 背中に壁が当たる、もう逃げ場は無い。




「観念しろ、魔族の手先め!」




 カンパーナ隊長は、偉そうにそう言うと剣の切っ先をこちらに向けた。


 私は近くにあったシーツを引き寄せると、太ももを縛り上げ簡単に止血する。


 やだな……よりによって太ももだなんて。


 動きも鈍るし、失血もまずい。


 さらにスイちゃんも立ち上がり、カンパーナ隊長と並んだ。


 その後ろには騎士が立っている。


 どうやら窓から外を見る限り、この家は包囲されているらしい。




「何を言ってるのかさっぱりわかりませんが」


「しらばっくれるんじゃない。お前はそのフレイアという女と共謀し、魔族信仰を広めるための活動していたのだろう?」


「本当にわかりません。そんなわけのわからない理由でお姉様を殺したっていうんなら、私は教会を絶対に許しませんッ!」


「……ふん、まさか本当に聞かされていないのか? 哀れな女だ」


「よく他人ごとのように言えたものですね」


「クラリス……私が放った毒は、対魔族用に開発されたものなんだ。魔族が使う“黒い魔力”。それを封じる効果がある」




 スイちゃんの放った針は、まだ私の腕に突き刺さっていた。


 その話を聞いて、私はそれを引き抜き捨てる。




「骸炎が、魔族の使う力だって言うんですか? お姉様は北の国に伝わる秘術だと言っていました!」


「毒が通じたことがすべてだろう」


「街を救ったのは私たちなんですよ!?」


「それもあの女が呼んだに決まっている」


「決まっているって……何か証拠でもあるんですか?」


「クラリス、いい加減にしてよ。わかってるはずだよ、フレイアがどれだけ悪い人間なのか!」


「いいから答えてくださいッ! そうやって、自分たちの考えを押し付けるばっかりだから私は教会を捨てたんです! 私を救ってくれたのはお姉様だけだったッ!」


「騙されていたんだよ、お前は」




 カンパーナ隊長は、やはり私を見下すように、偉そうに言う。




「あの女に愛情などない。人間を騙し、心の隙間に入り込み、己の欲望を満たすために利用する。それだけだ」


「何を……何を知ったふうな口を。お姉様の何も知らないくせにぃっ!」


「クラリス、近すぎると目は濁るんだよ。私たちのほうが、冷静に物事を見てる。正義はこちらにあるんだ」


「偉そうなことを――ッ!」




 何が、何が正義だ。


 私のことを散々傷つけてきたくせに。


 腐りに腐って、上のほうは自分の欲を満たすことしか考えてない組織のくせに!


 知ってるんだよ私、お姉様の受けた依頼のいくつかが、教会関係者からのものだってこと。


 その気になれば、お金を使って自分の敵を殺すような連中だってこと。


 そんなの――そんな連中より――




「たとえお姉様が悪だろうと、正義を騙って自分の悪意を認めようとしない貴方達のほうが、私から見たらずっと醜いんですよぉッ!」




 わかってるよ。


 私がそうやって叫んだところで、こいつらは冷めた顔しかしないんだって。


 自分たちが正しいと信じ続けて。




「聖女を殺すことになるとは、残念だ」


「これ以上、クラリスが堕ちていく姿を私は見たくないよ」




 二人が剣を構える。


 身勝手な理屈で武装して。


 やだなあ。


 たとえ死ぬとしても、私は、こんな奴らにだけは殺されたくない!




「……あの人数なら、行ける」




 私は窓から下の様子を確認する。


 人数は多い、だが並んでいるのはカンパーナほど強い騎士たちじゃない。


 床を蹴って――私は窓に向かって飛び込む。




「逃げたって無駄だよ、クラリス」




 その様子を見つめるスイちゃんは、やけに落ち着いていた。


 着地する。


 騎士たちは剣を抜き、上から降ってきた私を取り囲む。


 これだけの人数がいれば、わかりやすく劣った騎士がどこかに混ざっている。


 それは構えからわかる。


 彼に狙いを定め、飛びかかる。




「う、うわあぁぁああっ!」




 震えた声と共に繰り出される、ブレた剣閃。


 見切るのは容易かった。


 私は手刀で彼の首を落とす。


 死者が出れば、慣れた人間以外はどうしても動揺する。


 今度はそこを狙う。


 二重三重に私を取り囲む騎士たち。


 その“穴”を的確に切り開いて、どうにか私は包囲を突破した。


 でも……ここから逃げたところでどうするの?


 お姉様はもういない。


 私の大好きなお姉様はあんな姿になって――もう二度と、動かない!


 もう私を抱きしめてくれない! もう愛の言葉を囁いてくれない! 私はまたッ! この冷たい世界に一人で取り残されてしまった!


 そうだ、死のう。


 死んじゃおう。


 でもそれはお姉様の敵を討ってから。


 最低でもスイちゃんは殺す。


 カンパーナも殺す。


 ビオラもリュードも殺しちゃおう、だってあいつらのせいじゃん、全部、全部最初から!


 そのためには――ひとまず、レイラルクを脱出しないと。


 毒を抜いて、骸炎が使えるようになったら復讐しよう。


 そうと決まったら、目指すは城門。


 走り続けて、そろそろスラムを抜ける。


 出た先は、人の通りが多い大通りだ。


 ここを南に走って――




「あいつだ……魔族の手下めっ!」




 そのとき、どこからともなくお皿が飛んできて、私の頭に当たって割れた。


 そちらを見ると、いつも通っている酒場のおじさんが立っていた。


 昨日まではニコニコと、私を英雄として持ち上げて、代金だってタダにしてくれた優しい人だ。




「死ねぇっ! よくも俺たちを騙してくれたな!」




 そう、昨日まで優しかったんだ。


 なのに――今は、まるで鬼のような形相で、私に罵倒を浴びせている。


 他の人々もそうだった。




「そうだそうだっ! 何が英雄だ、お前たちのせいで魔獣が生まれたんじゃないかー!」


「あなたなんかが聖女にならなくて本当によかったわ!」


「ああ、神よ……あの罪深き者をどうか滅ぼしたまえ……!」


「くたばれーっ! とっとと騎士に殺されろーっ!」




 昨日までニコニコと私たちを褒め称えていたくせに。


 私たちがいなければ今ごろ死んでいたくせに。


 そんなことも忘れて、あまりに純粋な悪意を私に投げつけてくる。


 私は走った。


 とにかく脱出しなければと、南へ向かって。


 途中、騎士がバリケードを作っている場所もあったが、飛べば簡単に通り抜けられた。


 だけど――門が封鎖されてしまうと、そうはいかない。


 さらに、閉ざされた門の前にはリュードとビオラ、そしてナンシーを含む冒険者たちまで待ち構えていた。




「来ると思っていたぞ、クラリス」




 全身を鎧に包んだリュードが、両手でハルバードを構える。




「や、やっぱり私が正しかったんじゃない。あそこで死んでればよかったのよ、あんたなんてっ!」




 ビオラも手のひらに魔力を渦巻かせ、その後ろに立つナンシーは呆れたような、失望したような、何とも言えない表情を浮かべていた。


 その他の冒険者たちが向ける感情は――揃って“怒り”。


 よくも騙してくれたな、とか。


 全部お前たちのせいだったんだな、とか。


 たぶん、全然関係ないことまで私たちのせいにして、押し付けようとしているのがわかった。


 そして、背後からカンパーナ隊長とスイちゃんたちも追いつく。




「観念しろ、クラリス」


「これ以上、罪を増やしちゃ駄目だよ。私たちはね、クラリスが地獄で償う罪が少しでも減るようにって!


「うるさい……うるさい……うるさい、うるさい、うるさぁぁぁぁああいっ!」




 どこまで身勝手なんだ、スイちゃんは!


 私はここで死ぬかもしれない。


 この人数相手に、骸炎なしで立ち向かうのは無理だ。


 だけど――せめて――彼女だけでも道連れにしないと、私の気が済まない!




「死ねえぇええっ!」


「クラリス――」




 今さら悲しそうな顔をしたって無駄だよ。


 結局、スイちゃんは最後まで私の気持ちなんて何一つわかってくれなかったじゃない!


 彼女は代わりの剣を貰ったようだけど、今度は刃もろとも心臓を貫いて――




「ついに周りも見えなくなったか」




 それを、カンパーナ隊長が邪魔してくる。


 せっかく届きそうだったのに、彼女の斬撃を避けるために私の足は止まった。


 そしてそこをめがけて――ルビアの魔術が炸裂する。




「ぐうぅぅぅっ!」




 岩の塊が猛スピードで飛んできて、右足に直撃した。


 ゴリュッと嫌な感覚と音がして、脛がありえない方向に曲がる。


 少しでも足に体重がかかると、ぐにゃりと不自然に曲がった。


 幸い、脳みそが麻痺してるのか痛みは無かったけれど、吐き気をもよおすほど気持ち悪い。


 そこに、動きが鈍った私をめがけて、建物の上に待機していた弓兵たちが矢の雨を降らす。


 肩や腹部、太もも、ふくらはぎに矢が突き刺さった。




「あ……は、が……」




 やっぱり痛みはない。


 けど体は悲鳴を上げている。


 その証拠に、叫びたくても声すら出ない。


 意識が遠のきそうになる。


 けどぼやけた視界にスイちゃんが入ると――怒りの炎が、尽きかけの命を補って、私を奮い立たせた。


 ふんばれ、私。


 意識がふわふわして、手放せば二度と戻ってこれそうにない。


 せめてお姉様の仇ぐらい討たないと。


 あの世で――お姉様に殺したよってちゃんと伝えないと!


 私の闘志はまだ消えていない。


 けど反撃に出る前に、いつの間にか目の前に大きな男が立っていた。


 リュードだ。




「うおぉぉおおおおおおッ!」




 彼はハルバードを振り上げ、雄叫びを上げながら私を切りつけた。


 私は骸炎を宿した両腕をクロスさせ、それをどうにか受け止める。


 なんとか体が真っ二つになる事態は避けた。


 だけど両足では踏ん張りきれず、体が浮き上がる。


 すごい速度でリュードの姿が遠ざかっていって、私は背中から壁に叩きつけられた。


 強烈な衝撃で体が揺さぶられる。


 そのまま、磔になったように動けない。




「う……うぐっ、げほっ……」




 どろりと、塊のような血が口から吐き出された。


 何か大事なものを排出してしまったのか、体が少し軽くなった気がした。


 けれど手足はぴりぴりとしびれ、やっぱり動けなくて。


 私の体の致命的な何かが壊れてしまったらしい。


 あとは死ぬのを待つだけなの?


 せめて最後に、体内の骸炎で、ここにいる全員を焼き尽くせたら。


 それで……私は……。


 ああ、やだ。やだやだっ。


 意識が、ぼんやりして、手を伸ばして掴みたいのに、それでも遠ざかって。


 視界がどんどんぼやけていく。


 誰かが近づいてくる。


 人の形だけはわかる、そしてその手に何か武器のようなものを握っていることも。




「クラリス。地獄であなたの罪が洗い流されて、また生まれ変わることができたら……今度は、間違えずにちゃんと最後まで友達でいようね」




 何、それ。


 何で。


 何で最初から私が悪いことになってるの?


 どうしてこの人たちは自分に悪いところがあるって思わないの?


 怖いよ。


 自分のことを完全に正しいと思える人って、魔獣や魔族よりずっと怖い!


 こんな人たちに……殺されたくない。


 助けて。


 ねえ、お姉様。


 この世界で私を助けてくれるのは、お姉様だけなの。


 だから、だからお願い。


 出会ったあの日みたいに――私を――




「遅れてごめんなさい」




 ……あ。




「厄介な結界が貼ってあってね、戻るのに手間取ってしまったわ。力ずくで破壊すると、街の住民ごと吹き飛びそうだったのよ」




 ああ、あああ……!




「ひどい怪我……もしもの場合を考えて痛みは麻痺させたけど、辛いわよね。すぐに治してあげるわ」




 お姉様、お姉様、お姉様あぁっ!


 声に出せない思いが、胸の中で爆発しそうなほどに膨れ上がる。


 生きてたんだ。


 生きててくれたんだっ!


 とにかく嬉しくて嬉しくて、今にも死にそうなのに死すら怖くない。


 私は――命すら超越してお姉様のことを愛している!


 とにかくその想いを伝えたくて、私は視力が戻るのを待った。


 暖かな感触が胸に当てられ、そこから骸炎の力が流れ込んでくる。


 私の体の傷は一瞬で消え、視界も元に戻る。


 目の前には、待ちに待った、愛しのお姉様が――




「お姉様ぁっ!」




 私は歓喜の声をあげる。




「クラリス」




 返事をしたのは、お姉様の声をした青い肌の女だった。


 私の思考は一瞬停止し、呼吸すら忘れていた。


 赤い瞳。


 赤い髪。


 優しい笑顔。


 そのすべてがお姉様なのに、肌が青い。


 そしてその姿は――私の家族を殺した魔族そっくりで。


 肌を青くするだけ。


 そうは言うけれど、人間を見て、『もしもこの人が魔族だったら』なんて普通は想像しないよね。


 想像したとしても、実際の姿なんて頭の中だけじゃ考えられない。


 けど、改めて見てみると、こう思わずにはいられない。




久しぶりね(・・・・・)




 ――どうして、気づかなかったんだ、と。




「魔族……だと……」




 リュードが声をあげる。




「スイ、そいつから離れろッ!」




 カンパーナが声を荒らげる。




「ほ、本物の魔族……これが……!」




 額に汗を浮かべ、スイちゃんが後ずさる。


 その場に居る他の人間たちもざわつきはじめた。


 中には叫び始める者もいるほどで、“魔族”という存在の大きさを感じさせる。


 “魔獣を生み出した元凶”と言われ、これまで様々な“災害”とも呼ぶべき悲劇を作り出してきたのが魔族だ。


 その知名度は抜群に高いにも関わらず、実際に見たことがある者はほとんどいないのだから、この反応も仕方のないことかもしれない。




「お、怯えてる場合じゃねえぞ……やるんだ……俺らの手で、魔族を倒すんだぁっ!」




 冒険者のうちの一人が、自らを奮い立たせるように声をあげた。




「そうだっ、僕もやるぞ!」


「私もよ!」


『うおぉぉおおおっ!』




 連鎖するように他の人たちも吠え、ある者は剣を手に突撃し、またある者は弓を引き、魔術を放とうとする。


 彼女(・・)はその騒がしさに顔をしかめると、少し不機嫌そうに言った。




「舞台の外にいる人間は邪魔ね。消えなさい」




 特に何かをした様子はなかった。


 だがその瞬間、彼女に攻撃を仕掛けようとした人間たちは、みな灰となり、風に吹かれて消滅した。


 何の前触れもなく。


 私と関係のある人間を除いた、全員が。


 その光景を目にした誰もが理解する。


 魔族とは――人とは全く異なる次元に生きる存在なのだと。


 倒すどころか、触れることすら、夢のまた夢――




「さあ、行きましょうクラリス。仕上げ(・・・)の時間よ」




 彼女は笑う。


 幾度となく私に見せた、悪意を孕んだあの表情で。


 私の体は反射的にぞくりと震え、背徳の甘蜜に満たされる。




「おねえ、さま……」




 もはや認めるしかなかった。


 彼女こそが、私の愛するお姉様である――フレイア・レリヌスであることを。


 そして彼女は笑みを浮かべたまま私の体を抱えあげ、背中から翼を生やして空に飛び立つ。




「あ……ダメっ……クラリス! クラリスぅぅぅぅっ!」




 スイちゃんの叫び声が遠くから聞こえる。


 でも、彼女のいる場所だって、私の帰る場所じゃないから。


 今は目を閉じて、私の愛したその体温に身を委ねた。




 ――――――――――


 名前:クラリス・レリヌス

 種族:人間

 性別:女

 年齢:19

 職業:骸炎使い

 好きなもの:お姉様のすべて

 嫌いなもの:男の人、自分の邪魔をする人


 体力:139

 魔力:1544

 器用:121

 魅力:150

 性向:-100


 ・スキル

 殺人Lv.20

 骸炎Lv.90


 ――――――――――




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― 新着の感想 ―
[気になる点] またしても自分の正体を晒す前に保険として仕掛けたマッチポンプですかね?そしてフレイアはあれほどの力を持っていながらなんでこんな回りくどいことをするのやら。 [一言] 今までの経緯を見る…
[一言] みんなどこまでも自分勝手だけど……案外、一番人間らしいのかもしれないな……。正義って、どこまで行っても厄介だ……。 クラリス、フレイアさんの魔族姿を見て、思ったよりも酷いことにならなくてよか…
[良い点] いよいよ訪れた運命の瞬間…けれど、それは大きな選択を迫る形で訪れる。 人間の醜さをこれでもかと見せつけ“仕上げ”をしたつもりのフレイアさんですが、フレイアが自分を利用している」も「フレイア…
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