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第3章23話 『断絶』

 時を遡って、ピトスとの鞭術訓練の際に交わした言葉を思い出す。



 ※




「ピトスってさ、どうしてそんなに強いの?」


「どうしてそんなに強いか……ですか」


「強くなろうと思ったきっかけとかあるのかなって」


「……強くなければ、生きていられなかったから。だから、たぶん私は強くなりたかったわけじゃないんです」


「ぁ……、そっか」


 不用意な質問だった。騎士やなにかに憧れているのでもなければ、いや、憧れているにしても、ピトスの強さは異常だ。異世界での強さの基準など知らないが、ピトスの強さは単なる身体能力だけの強さではない。圧倒的な経験に基づいた戦いの技術だ。それは、素人である俺にも見てとれた。


 この歳にしてこれだけの強さを手に入れるまでに、どれほどの努力を要しただろうか。どれほど幼ない時分から鍛錬を積んできたのだろうか。


 それだけの過酷な訓練を積んできたこと。祐希との間の半端な雇用関係。それらから何かしらプライベートな事情があることなど、予想して然るべきだっただろう。




 予想するべきだった。考えなくてはならなかった。その上で…… 予想した上で、俺はどうするべきだったのか。

 ——ピトスのことを、俺はもっと知るべきだったのだろう。知ろうとするべきだった。

 それなのに、俺は。


「ごめん、変なこと聞いて」


 俺は、彼女の心に踏み入ることを躊躇った。

 多分ここで、俺とピトスの間には一筋の線が引かれた。



 ※



 ——薄くて、見えづらくて、しかし絶対的な。絶望的な隔絶がそこに横たわったのは、この時だったのだろうか。






 .                 ❇︎                 .






 ——「気づいていたのなら、どうして私を殺してくれなかったんですか——?」


 色のない、どこまでも透明なピトスの声音。



 一瞬、頭の中が真っ白になった。それではまるで——


「——まるで、殺して欲しかったみたいに」


 ピトスは、押し黙ったまま答える気配がない。

 だから——言う。


「——許さない

「殺してなんか、やるもんかよ」


 ピトスが小さく息を呑む。それには構わずに。



「俺はさ、ピトスのことを何も知らないんだ。

「……何も。

「だから、君にこれまで何があったのか知らないし、君がどうして俺を殺すなんて結論に至ったのかも俺は知らない。


「でも、君はいつも辛そうだった。俺を殺す隙なんていくらでもあったのに、気づかないふりをしていた。

「俺を殺そうとしても、いつも最後の最後で詰めが甘かった。まるで、わざと失敗する可能性を残しているみたいに。


「だから——

「だから、俺に君のことを教えてほしい。

「君が今までどうやって生きて、何があって、どうして俺を殺そうとするのか。俺は知るべきだと思う。それを知らないまま、俺は君を殺すべきではないし、君に殺されてはいけないと、そう思うから」



 ——果たして、ピトスは。


「……自分を殺そうとする人間に対して、甘すぎますよ」


 そう言われては、まあ俺自身馬鹿なことをしているとは思うけれど。

 それでも。


「——俺は、涙には弱いんだよ」


 向かい合うピトスの(まなじり)には、雨とは違う、水の粒が光っていた。

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