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第3章22話 『俎上に載せるは伏した線』

 耳朶を打ち据える雨の中、両者の間に緊迫した空気が流れる。


 突如として短剣を抜き放った潤に対峙するのは、紛れもなくピトスの姿で。

 振り抜いた彼女の拳は、潤が短剣で払わなければ間違いなく彼の首をへし折っていただろう。


「どうして……」


 そう声をもらすのは、潤ではなくピトス。


「……気付いていたんですか」


 潤は食いしばった歯を無理矢理に解いて、震える声で言葉をつくる。


「ああ。勘違いだったら良かったんだけどな」


「ならどうして……っ」


 ピトスの声。それを潤は、なぜピトスの奇襲に気付いたのか、という意味に受け取った。


「——最初から、違和感は感じてたんだ。」


 そもそも、俺に対する態度と祐希に対する態度が違いすぎる。屋敷のメイドと、その屋敷に訪れたばかりの食客。本来であれば、ほとんど他人といっていい。少なくとも、親交を深めるにしてもこれからだ。

 その点、ピトスは2日目以降、馴れ馴れし過ぎた。もっとも、それだけならなんら疑う理由にはならない。しかし、俺はピトスが祐希と喋っているのをほとんど見たことがない。

 彼女は俺に対しては廊下ですれ違うたびに声をかけてくるというのに、祐希に対しては挨拶さえ最低限にしかしていないのだ。

 そのギャップには、メイドと主人という関係を差し引いても違和感が残った。まるで、祐希を避けているのか、それとも——俺に近づく必要でもあるかのように感じられた。



「疑問を持ったのは、屋敷に来て最初の朝」


 あの朝、俺はピトスの気配を感じて目を覚ました。そして最初に目に入った彼女の瞳に込められたもの。あれは間違いなく——殺気だった。

 あの時はそんなこと夢にも思わず、拭えない違和感を異世界に来たせいだと誤魔化した。

 それでも、寝起きの頭が冴えるにつれて、違和感は更に増えていった。

 ピトスは、”起こしにくる”のが早過ぎはしないか。後から考えてみれば、あの時間に祐希はまだ起きていなかったはずだ。あの日以降、祐希が起きるのはいつも朝食の直前。ピトスに起こされることなく、自力で起きていた。


 そしてなにより、屋敷の庭園に魔獣が潜んでいたこと。あれほど丁寧に手入れされた庭に魔獣が入り込み、それに気がつかないまま潤に散歩を勧めた、というのは(いささ)か不自然に過ぎる。



「毎朝起こしにくるのは、俺を殺すタイミングを窺っていたと考えれば筋は通る」


 未だに俺が生きていることを考えに入れなければ、この時点で確信していただろうか。


「3日前にピトスがこぼしたあの紅茶だって、毒入りだったんじゃないか?」


 部屋に入る前に注がれ、既にぬるくなっていた紅茶だ。火傷をするほどの温度ではなかったはずなのに、後で鏡を見れば紅茶がかかった顔の皮膚がかぶれていた。



 俺がこれほどまでに疑り深くなっているのは、潮崎の影響だ。あの『試練』の中で彼女の演技に騙されて死に、そしてまた”夢オチ”という形で裏切られた。

 それ以前に、近しい存在であったはずの祐希の隠していた立場、そして常識感が大きく揺らいだこの数日間。

 今の俺は、裏切りというものに対して少々過敏になっている自覚はあった。



「今日だって、お前はテンションがおかしかったんだよ。変なところで爆笑したり、急にセンチメンタルになったり」


 村の人に話しかけてもらえなかったのだって、多分原因はピトスのよそよそしい態度にある。



「——違う」


 小さく声を零したのは、ピトスだった。


「この期に及んで言い訳なんて——」


「そうじゃなくて——」


 ピトスに短剣の切っ先を向けた俺の言葉を遮って、ピトスは俺の誤認を指摘する。




「気づいていたのなら、どうして私を殺してくれなかったんですか——?」

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