第3章21話 『金盞花の花言葉は予言』
「お、いたいた」
別行動中のピトスを探して歩くこと数分。花屋の軒先にしゃがみ込む彼女が見つかった。どうやら商品の花を見ているようで、じっと見つめているのは繊細な紫の線が入った純白の花弁。屋敷の庭で見たあの花だ。
「リリクスっていうお花です。綺麗でしょう?」
俺が傍らに立つと、ピトスは振り向かずに語りかける。
「今まで見た花の中で1番好きかも」
俺はピトスの隣にしゃがんで、リリクスの花を眺める。美しく立派な花冠は、どこか非日常感を醸し出していて、いつまででも眺めていたくなる。
自然と、口元が綻んだ。
ピトスはそんな俺の言葉には反応を返さず、静かな声音でゆっくりと言葉を繋げる。
「お花って、いいものですよね。しっかりお世話すれば、こんなに綺麗に咲いてくれる」
ちら、と俺の方に目線を向けて、
「そして何より、人を笑顔にしてくれます」
なぜ、そんなにセンチメンタルなことを言うのかなんて、そんな無粋なことは訊かない。
なぜって、その後に彼女が零した小さな呟きと、切ない笑顔を見てしまったから。
「——私とは、違って」
ゆっくりと立ち上がって、空を睨みつける。
聞き逃していたかった。こんな呟き。
「幻聴系主人公、名乗れないかなぁ……」
口の中で呟いた言葉は、誰の耳にも届かなかった。
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見上げた空は、刻一刻と光を失っていく。
「雲行きが怪しいなんてもんじゃないな……」
さっきまで明るかった空は雲に覆われ、もう今すぐにでも降り出しそうな雰囲気だ。
日差しが遮られたせいで、早春の陽気が一転、肌寒さを感じさせる。
「あっ」
寒さに擦り合わせた手の上に、一粒の水滴が落ちる。無論、それは雨粒で。
「やべっ、降ってきた」
屋敷までの道程は、まだ半分にも至っていない。気休めでも走って帰ろうか。背中の籠を背負い直す。
そうしている間にも、雨は急激に勢いを増して、周囲を雨音で満たす。
猛烈な雨に目を細めながら、声をかけようと背後のピトスを振り返る。
その動作に紛れて——短剣を抜く。
——短剣と拳鍔の打ち鳴らす金属音が、轟々たる雨音の中でやけに小さく響いた。
潤の視線の先、拳を振り抜いた姿勢のまま立ち尽くすのは、他でもない——ピトスだった。




