幕間-8 『夜桜潤の事件ファイル』
——「さて、君の推理を聞かせてもらおうか、後輩くん」
何か、状況を打開する手はないか。
時間を稼がなくてはならない。俺はパサパサに乾いた口を開く。
「……まずおかしいと思ったのは襲撃のタイミングだ」
俺が気絶したのは、俺と潮崎の2人が揃っているタイミングだった。最大限注意を払うなら、標的が1人になるタイミングで襲撃を行うべきだ。
その上、何の前兆も感じなかった。俺の座っていた場所の背後には木が生えていたため、何の物音も立てずに襲いかかるのは至難の業だ。そもそも、後ろからの襲撃なら俺が目を閉じたタイミングなんて分かるはずがなかったし、そこを狙う必要さえなかっただろう。
「《デミゴット》を連れてこいって指示からして、金目的じゃない。順当に考えれば《デミゴッド》を連れ出させることが目的だ。俺は気絶してて、どうとでもできたんだから」
だが、こう考えたらどうか。犯人の目的は、《デミゴッド》をこのあたりから遠ざけることだったのだと。
約束の場所に誰も現れなかったということは、少しの間 《デミゴッド》を遠ざけられれば良かったのか、或いは犯人は少数、1人である可能性が高い。
それら全てを鑑みて、犯人は潮崎だと、そう考えれば辻褄が合ってしまったのだ。
「なるほど、続きは?」
潮崎は平然と先を促す。
「わざわざ《デミゴッド》を遠ざけようとしたくらいだ。人の目をできるだけ避けるとするなら、ここを選ぶと思った」
駆けつけてみれば、潮崎はこの青年と戦闘中。彼女の計画は、最初から彼1人を標的としたものだったのだ。そのために邪魔になる《デミゴッド》を、俺を使って遠ざけた上で青年をこの場に誘い出した。
「お前の目的は最初からただ1人、そいつの殺害、或いは捕縛だった、ってことか」
記憶喪失や死の感覚には触れず、青年が《デミゴッド》ではないと仮定した上で尚穴だらけの推測をさも自信ありげに言い切った。
それを聞いて潮崎は、愉しげに笑みを深める。
「なるほど、驚いた。遠ざける対象に自分を入れていないあたり自己評価が低いようだけど、大方ボクのシナリオ通りだ」
この様子からして、俺の記憶喪失は彼女とは無関係だ。そうでなければ俺に《デミゴッド》を探させたりはしない。
彼、または彼女は、一体何者なのか。潮崎の計画を阻止するだけの能力があるのなら、今どこにいるのか。異変に勘づかれるリスクを冒してまで離れた場所に誘い出したからには、元から計画を察知される可能性があったということ。
最悪の場合、時間を稼いで《デミゴッド》の助けを待つか。しかし《デミゴッド》が未だに駆けつけていないことを鑑みるに、寧ろ助けが来ない可能性の方が高いだろう。
「その反抗的な目、嫌いじゃないよ。けど、そろそろ種明かしといこうか」
意味深な言葉と共に、潮崎が指を鳴らした。
刹那、俺の視界は闇に包まれる。




