怒ってる女の子
パルプンテについての説明をしよう。
それは、某RPGにおいて、ある種のネタ的な扱いをされる魔法である。
使うと、予め決められた効力をランダムで発揮し、時には絶大な力を誇る。だが、失敗するとピンチに陥る可能性もある。
ゲーム上での効力を具体的に挙げれば、敵を全員即死させたり、敵味方関係なくHPが1になったりなどである。
そのギャンブル要素から、一部の人からそれなりに人気があり、俺自身も結構好きで使っていた。
さて、そんなパルプンテではあるが、この世界でこの呪文を唱えたときの効力はもっと未知数なものとなるようだった。
まぁ、まだ2回しか唱えていないから詳しくはわからないが……
俺がこの魔法を初めて唱えようと決心したのは、ある思いつきからだった。
家出してから、なけなしの小遣いで宿に泊まり、その一室の屋根のボロさをぼんやり眺めながら自分の魔法とステータスについて考えていた。
振り切れた極運。それとパルプンテ。
そして、俺が前世でやっていたRPGゲーム。
ふと思い浮かぶ。
もしかして、この極運値とは、前世のゲームでいう回避能力のように、戦闘中などにおいて使える物ではないか。だとすれば、今まで貴族として戦闘経験などが無い俺がその恩恵に授かる訳がないのも合点がいくし。
とりあえず、危険な戦闘中に使う前に試しといた方がいいだろうと試しに、パルプンテと唱えようとして、はたと思い留まる。
パルプンテは、恐ろしい魔法だ。
パルプンテの効力の一つに、『とてつもなく恐ろしい存在を呼び出す』という物がある。
それが、何なのかは明らかにされていないが、何か、得体の知れないものであることの想像はつく。果たして、もしもそんな効果が発現した場合、俺に危険はないのかと。
そんな想像をしてゴクリ、と唾を飲み込み、だけど、もしも俺の想像通りならば、パルプンテは俺にとって都合の良い効果が出るはずだと決心し、その後も何度か考えた後に、結局唱えた。
すーっ、と魔力が抜けていく感じはしたが、大した量ではない。全体の魔力の1割にも満たなかっただろう。
唱えた後、何が起こるかガクブルで待っていた俺だが、特段何が起こると言うわけもなく、少し残念に思いながら、街道に出ると、丁度前から豪華な一台の馬車が走ってきた。
何やら、すごい焦っているようで、全速力でガッタンゴットン馬車を走らせていたせいか、その馬車が俺の横を通り過ぎる際に、布袋を落としていった。
そのまま気付かずに行ってしまった後に、俺はそれを拾い上げると、見た目以上にズッシリと思い感覚に困惑した。開けて中を見ると、そこには白金貨が詰まっており、それだけで、王都の一等地に2、3個庭付きの豪邸が立ちそうなほどであった。
流石にこれは返した方がいいかと思ったが、その瞬間に俺の脳内で何やら電子音のような物が響き、同時にこれがパルプンテの効果によるものであると、謎の実感と確信が持てた。
とりあえず、宿に持ち帰ってから袋の中身を全部出して見ると、白金貨とは別に小さな紙折りが入っているのに気がついた。
そして、その文書を読んで、俺は大オークション祭に参加しようと決意したのだ。
(にしても、今朝のは結構魔力を吸われたな)
ガタガタゴトゴト。
フェルトノドーラと、大オークション祭の開催地である王都とを結ぶ道を、馬車に揺られながら行く。
王都から1番近い街がフェルトノドーラであるため、馬車でおおよそ2時間くらいで王都までいける。
道すがらには、小さな森があり、そこではたまに盗賊が出るため、護衛として腕の立ちそうな傭兵が2人馬車にいた。また、馬車自体がそこそこ大きく、俺と傭兵の他にも二人一組の上品そうな夫婦と、それとは別に経験豊富そうな冒険者みたいな男二人の客がいた。
夫婦みたいなのは、道中でも結構おしゃべりをしていたが、他の人は俺含め誰とも口を開くことをなく、ただ外の景色を眺めていた。
「それにしても、今日の大オークション祭は凄いらしいわね」
「そうだね。丁度、最近は隣国との関係が良くないからよく戦争をしているんだよ。その影響で今回のオークションでは、多くの奴隷が入ってるみたいだね」
「らしいわねぇ。ほんと、争いばっかで嫌になっちゃう。でも、まぁ、そのおかげで色んな奴隷がいるらしいし、良いのが見つかりそうな気がするわ」
「そうだね。僕はやっぱり、経験豊富なソルジャーがいいと思うよ」
「そう? 私は魔法が凄い人がいいと思うけど」
なんて、夫婦の会話を小耳に挟みつつ、外の広がる森の、木々の隙間に動物やら盗賊やらいないかななどと眺めていた。
そんな感じで、ゆったりのんびりと、小旅行気分でいたら馬車が急に止まった。
何事かと傭兵や冒険者が前方を確認する。
俺や夫婦もそれにつられて見て、状況を理解する。
「君、そんなところで何やってるんだい?」
馬車の御者がそれに声をかけた。
そこには、一人の女の子が立っていた。
豪華絢爛の身衣で包み、何故か足は裸足で、手と足両方に鎖をつけていた。
年齢は俺と同じくらいだろうか。
ぱっちりした目に、すっと、通った鼻。
長い睫毛に、色白の肌と、どこをとっても完璧の美少女だった。
ただ、その瞳は地面を見つめており、状況も相まって、美しいと言うよりはどこか不気味であった。
また、返答する気がないのか、話しかけても特にアクションは起こさず、ずっと変わらず地面を見詰め続けている。
その様子に、馬車の御者が痺れを切らしたかのように言った。
「君さ、今日のオークションの商品だよね? 何でこんなところにいるの? まさか逃げ出したの? わかってるよね。それバレた殺されるよ?」
と、やや強い口調で言ったもののやはり返事はない。馬車の中でも、皆んながその様子に訝しんでいると、突如状況が変化する。
ガタガタガタガタ……
「きゃっ!なんなの!?」
「なんだ!地震か!?」
馬車が小刻みに震えだし、その状況に夫婦が動揺する。他の面々も困惑していると、次第に馬車の天井、床など至るところに亀裂が入っていき、そして傭兵が叫ぶ。
「危ない!みんな外に出ろ!!」
言うが同時にドア側にいた傭兵が一目散に外に出て、それに続いて冒険者、夫婦、俺の順で急ぎ足で外に出た丁度その時、馬車が限界を超えてバラバラに分解されていく。
俺は、それを呆然と眺めているだけだったが、馬車が崩れ落ちた際にできた沈黙の中に響いた凛とした声を聞き逃さなかった。
「ゆるさない」
その声を聞き、この状況を少女が起こしたものであると確信し、俺は悲観した。
(どうなるんだ、これ……)