週末の因果
尚緒からさんざん警告を受けた、飯田橋涼子の話です。
果たしてその警告は間に合ったか否か……
なお、続くかは未定
私が恋人から言われてショックだった言葉を三つあげよう。
ナンバースリー:太った?
ナンバーツー:そのファッションはどうかと思う。
そして栄えある? 第一位は、今日、この時。
「――――浮気相手にでもフられた?」
「え?」
青天の霹靂だった。
自宅のアパートで、風邪にかかって倒れていた彼。
一応、鍵をもらっていたので入ったのだけど、早々にこのセリフだった。
ちょっと意味が分からなかった。頭が一瞬真っ白になっていた。
「え? ちょっと、かっちゃん? 何言ってるッスか」
「あれ……、違うの? なんか、様子が変だけど……」
薬を飲んで魘されている、かっちゃん。私の彼氏。
大学のときから付き合って、現在までずるずると。
なんだかんだこの人と結婚するんだろうなーと思って、ちょっと扱いが雑だった私。
今日、会社の先輩から色々さとされて、その「扱いが雑」が「ちょっと」じゃなくて「かなり酷い」だったと自覚させられ。
謝りついでに心入れ替え、と思ってかっちゃんの家に入った。
かっちゃんはいつも通り、なんとなくのほほんと幸せそうに微笑んでいた。私を見て、表情がそう緩んだ。
そして、私は謝りながら、食器を片付けるかっちゃんにくっついて、色々手助けしていた。
そんなとき、言われたのがそのセリフだった。
「えっと、そもそも、浮気とかしてないッスよ? 何の話っす?」
「そう? まぁ、どうでもいいや」
「いや、どうでもよくないッスよ? 何の話ッス?」
「何の話とか言われても……。いや、だって、ね?」
いや、ね? って。
これをいつも通りのにこにこ笑顔で言ってくるのだから、かっちゃんも心臓に悪かった。
「だって涼子さん、僕と密着なんて普段しないでしょ」
それは言われたとおりだった。
「点数稼ぎでもしてるのかと思って」
点数稼ぎ、というのはちょっとわからないけど。
ただなんとなく、くっついていたい気分だっただけだ。
かっちゃんは私が好きだと言ってるし、くっつくと喜ぶから、なんとなくいつも通りのつもりでくっついたのだけど。
「点数って何のっスか……」
「んー、信頼ポイント? なんだろう、まー、すり寄り方がいつもと違ったから変だなーって思った」
熱に浮かされてるせいか、かっちゃんの言ってることはよくわからないものだった。
というか、それはむしろ私の方が疑っていた話だった。
いや、その私の側からの疑いというのは過分に私自身に責任がある話だと指摘されて猛省してる現在なのだけど。
かっちゃんは、そばかすのある顔を少しだけ嫌そうに歪めた。
なんでそんな顔するんだろう。
「いや……、そりゃ、たまには、私もくっつきたくなるっすよー。
というか浮気とかってないっすって」
「だって僕、童貞だし」
言ってしまった。
言ってしまわれた……。
いや、これには理由あった、私にとっては。
大学在学中はどっちも実家暮らしだったし、お金もあんまり自由にできなかったからホテルとか行かなかったし。
そもそもあんまりそういう話に縛られるのも、恋人というか、愛情ってもっと違うのじゃない? というのが私の想いで。
仕事だって今の時期は忙しいし、正直面倒というか疲れてるとか思っていたのもあった。
女性の社会進出とか色々騒がれてるけど、まずある程度仕事できるようになって出世しないとまずは。
健全な社会人としての発想だと思う。
だからそれをかっちゃんも納得してくれていたのだと、思っていたのだけど。
「私だってヴァージンっすよ~」
「そうなの?」
「そうっすよ! っていうか、あれ? かっちゃん、疑ってるんスか?」
「んー、なんだろう、僕のことどうでもいいのかな? って思う時はよくあるよ」
今も、と続けるかっちゃん。
かっちゃん、それもう遠回しどころかストレートに浮気してると思ってるじゃないか。
「いや、しないってしないって……。そんな暇ないっすよ~」
「じゃあ、飲み会で朝帰りするのは?」
「オールでカラオケしてるだけっすって」
「男女混合なのに?」
「そりゃ、二次会ッスから」
「涼子さん、お酒飲むと前後不覚になるくらいなのに?」
「先輩が信頼できるッスから……。というか、それ去年の話ッスよね。今更じゃないッスか?」
「でも、僕、他に判断のしようがないしね。一日最低一時間はメッセージを交換しようって話してたのも有名無実だし」
「それは、ごめんって感じっす」
「僕の送ったメッセージも全然返信してこないし」
「忙しくて、疲れてて……」
「誕生日は会って遊びに行こうって言ってたのも、当日十五分前にすっぽかされるし」
「先輩がなんか裁判とかで人員に空きが出来たッスから……」
「送った誕生日プレゼントなくすし。しかも気づいたのは半年たってからだし」
「あれは、正直申し訳ないッス」
「そもそも普段から時間調整して会おうって話もスルーされるし」
「半年前くらいの話っすか? ちょっと仕事忙しくて……」
「だから同棲しようって話は口にするたびスルーされるし」
「えっと……、まぁ、アレっす」
「アレじゃわからないし、普段は話題で流すし。そもそも去年インフルエンザで倒れてるとき、一度も見舞い、は無理でも連絡すら入らなかったし」
「いや、倒れてるかと思って、逆に可哀そうかなって……」
あれ、あれあれ?
かっちゃん、とどまるところを知らない。
これも熱に浮かされているせいなんだろうか、今日のかっちゃんはぐいぐいと攻めてくる。
私としても理由があるものと謝るしかないものはあるので、それはそれなりに応対するけど……。
ただ、何か
何かこう、怖い。
かっちゃんがずっと、にこにこ微笑んだままなのが、なんでか怖い。
食器を片付け終わって、冷蔵庫からミネラルウォーターを出すかっちゃん。
入れる、と彼からコップとペットボトルを受け取って準備し、ちゃぶ台の前へ。
テレビはなんか、刑事ドラマの再放送がやっていた。
「そもそも僕が、涼子さんを可愛いとか、きれいだ、とか、そういうこと言ってもスルーされるし」
「そこは……、ちょっとくすぐったいというか」
「好きだ、とか、愛してる、とか言っても、何も返答しないし」
「えー ……」
「僕のつけたあだ名も一月たらずで嫌がったし」
「お母さんが呼ぶのと被るッスから……」
「そもそもデートの予定を聞いても、予定ずっと埋まってるで押し通すし」
「実際埋まってるんスよ……」
「そのうち何件かは女友達とか、会社の人たちの集まりだし。調整とか断れたりもするっぽいのだったし」
「!」
なんでそれを知ってる、このかっちゃん。
「僕ら一緒の大学のサークルだった訳で、涼子さんの交友関係は僕の交友関係になるわけで」
「まぁ、それは、確かにそうッスけど……」
「第一、そういう話を全然僕にしてくれないし。話題に上げようとすらしないし、僕があげたそれもスルーするし」
「…………」
「正直、僕、何かしたかな? って思ってるんだけど」
…………。
いやいやいやいや。
そんなこと、全然、いや、ちょっとくらいしかないッスよ?
デートのたびにハグされるのが鬱陶しかったとか、私が近づくと少し鼻息荒くなるのがキモかったとか。
そして、私は違和感に気付いた。
今日、かっちゃん、ハグを求めてこないし、鼻息も荒くない?
なんというか、ずっと表情が笑顔のままだ。
かっちゃん、別に喜怒哀楽がない人でもないし、ちゃんと表情はころころ変わる人だ。
それが今日に限って、ずっとこんな調子だ。
「かっちゃん、無理してるッスか? 風邪で。なんなら看病するッスよ? 明日土曜日だし――――」
考えられる原因と、その対策を口にしたのだけど。
「そっちこそ無理しなくていいよ? そうやって点数稼ぐのも、まぁ、あんまりやりたくないだろうし」
そんな身も蓋もないことを、にこにこ笑顔で言って返すかっちゃん。
雰囲気に皮肉とか、そういうのが一切ない。
心の底からそう言ってるような、そんな感じだった。
ひええええええええええ!?
なんか、このかっちゃんはキモい。
一体全体どうしてしまったというのか。
恐怖とは未知であるからこそ出来るもの。女は度胸、いっそ聞いてしまおう。
「かっちゃん、なんで今日ずっとそんな笑顔なんスか?」
私の言葉に、かっちゃんはにこにこ笑顔のまま。
「――――涼子さんと直に会って話すの、久々だからね。なんか楽しくって」
ええ……?
いやいや、会うだけで笑顔になるとか、そんなに長期間会ってないとかないない……。
ないない……? あれ、最後に会ったのっていつだっけ?
「…………あれ、誕生日の時以来?」
「去年のね。今年は誕生日プレゼントすら拒否されて。おおよそ一年と、一か月かな?」
確かにかっちゃんに言われた通り、久々すぎた。
それに自覚のなかった自分のズボラさに、私は恐怖と自己嫌悪に思った。
それと同時に、にこにこ笑顔のかっちゃんに、この時戦慄した。
思わず対面のかっちゃんから隣にずれて、両肩を掴んで、揺さぶる。
「いやいやいやいや、本当どうしたッスか? かっちゃん、もっとアグレッシブというか、アレな感じだったじゃないッスか!? いやいや、本当どうちゃったッスか!」
「どうしたと言われても……、まぁ、んー……、ぱぁ、って感じ?」
ごめん、日本語で話してください。
「幸せだよ」
「何が……?」
「だって、涼子さんが僕に会いに来てくれるんだよ?」
「へ? いやいや、会いに来るって、普通っすよー。何いってるッスか」
「本当?」
「本当ッス」
にこにこ笑顔のまま、かっちゃんは一区切りして。
そしてやっぱり、表情はにこにこ笑顔のまま――――。
「――――嘘つき」
ただ、声音は恐ろしく真面目なもので。
私はその場で凍り付き、何も言うことが出来なかった。
※ ※ ※
今日は泊まった。
恋人同士になってから、初のお泊りだった。
…………うん、初なのだ。なんでか脳裏で先輩が半眼で睨んでいた。
かっちゃんは特に何も言わず、否定も肯定もせず、好きにしたらと言う態度だった。
終始にこにこ笑顔だった。
あの真面目な声はあの時だけで、それ以外は何も変わらず。
ずっとにこにこして、熱に浮かされているのかぽわぽわしてる感じで、でもそれでも嬉しそうにしてるのが、なんだか妙に私の心臓のあたりを「きゅっ」と締め付けるような感じだった。
「…………」
冷蔵庫は最低限のものしか入ってなった。野菜ジュースとか牛乳とか、あと魚肉ソーセージとか。
料理するようなものは全く入ってなかった。
見かねてスーパーに買い出しに行って、無理を言って簡単にカレーを作ったけど、そもそもよくよく考えてみたら、かっちゃんの家は物が壊滅的になかった。
私と知り合った理由の、スポーツのものは、衣装ケースに一まとめになっていた。
それくらい、規模が縮小していた。
「んー、美味しい?」
「なんで疑問形なんスか?」
「いや、美味しいんだけど、なんかなー。ここのところ、食事で満足できた覚えが全然なくって。ゼリー系のやつでも十分かなって」
「体に悪いッスから、ちゃんと栄養とらないと……」
私が先輩から言われて実践できていないことを、恋人であるかっちゃんに言うあたり、因果はめぐるというか何というか。
「で、結局どうして涼子さん来たの?」
そして、無邪気? 無垢に尋ねられることの言葉に、私は思わずつまってしまった。
そう、そうなのだ。正直、かっちゃんの家の住所すら忘れかけていたのに、無理やり思い出して(本来なら一時間かからないところを三時間くらいかけて思い出して)来たというのに、結局のところ、私はかっちゃんと決定的なことを何も話していない。
いや、決定的なことなんて別にないのだけど。
でも明らかに今のかっちゃんには違和感があって、それを私はうまく言語化できなかった。
「来ちゃいけないんスか?」
「いけなくはないけど、おかしくはあるんじゃない? 他意はないけど」
「いや、恋人の家を訪ねにいくとか、別に……」
「だって、一回もしてこなかったじゃない? 涼子さん」
そう、そうなのだ。実際、一回もしてないし、しよううと思ってなかったのだ。
そのうちお泊りに行こうとか、のほほんと計画を立ててはいたつもりだったけど、行動に移したことも話したこともなかった。
……なんとなく、明日やろうは馬鹿野郎ってフレーズが思い浮かんだ。
「それは、まぁ、忙しかったし……」
「何で忙しかったの?」
「仕事……」
「それは、プライベートを全く調整できないレベルで忙しかったの? 友達とかと一緒に遊びに行くくらいだから、調整できないの?」
「いや、それも無理やり工面してたところあるッスから……」
でも、何か……。
「――――でも、僕相手にそういうことはしてくれなかったよね」
何か。
明確に、私とかっちゃんとでずれているような感覚があった。
「いや、だって……。別にかっちゃん、言わないっすよね? そういうの」
「言ったってスルーされるからコミュニケ―ションならないだけだよ」
「いや、さっきから言ってるけどスルーって……」
「メッセージ送っても、反応しないじゃん。全く何事もなかったかのように、別な話題開始するときもあればさ。当日はそこで会話ぶった切って、翌日にスルーするし」
「いや、実際そういうときって疲れてて――――」
「何でもかんでも、それを言い訳にして許されるかっていうのとは別じゃない? 他意はないけど、一般論として」
何か――――。
今まで気づかなかった、先輩に言われて引っかかったからこそ、気になる何か。
違和感。この違和感は、何なんだろう。
「かっちゃん、他意はないって言ってるけどさ……。他意、本当にない?」
「ないよ? ただ、一般論として涼子さん、そういうところ気づいていないんじゃいかなって思って」
「いや、気づいてないって――――」
かっちゃんは、笑顔のまま。
「だって―――――正直、僕に興味なんてないでしょ? もう」
かっちゃんは、笑顔のまま――――。
「あ、あの、かっちゃん?」
「あ、いいよ? 別に答えは『期待してない』から。正直、スケートも最近滑れてないしね。僕もすべりに行ってないけど」
私は。
私は、たまに休日に行ってる。
「だって、涼子さんが仕事で我慢してるのに、僕だけ行くのも変だからね」
私は、我慢なんてしてない。
滑りたいときに、好きに滑ってる。
なのに、なんだろう、この、行き違いは。
「僕らの関係って、スケートからはじまったからね。だからスケートから離れたなら、涼子さんの興味が薄くなるのも、わからなくはないかな? とは思ってるんだけど」
そうじゃない。
そうじゃない、そうじゃないのだ。
「三時間くらいのデートに誘ったってついてこれないんだから、一日くらい時間をとるスケートなんてできないだろうし。可哀そうかなって」
違う、違うのだ。
かっちゃん、そうじゃない。
そうじゃないんだけど、でも――――。
「――――だから僕も我慢して、我慢するのも辛かったから、今は『期待しない』だけ」
――――心が、きしむ。
――――心がきしむ音が、聞こえた気がした。
先輩との今日のやりとりが、脳裏をよぎった。
これがそうなのか。
心が折れる、一歩手前なのか。
笑顔のかっちゃんから――――かつてのかっちゃんが、死にかかってるような、そんな悲鳴が聞こえた気がした。
「か、かっちゃん? そうじゃないッスよ。別に、スケートだって行けるんスよ?」
「いやー、お世辞というか、点数稼ぎは別にいいよ? そんなことしても僕の涼子さんへの感情は『変わらない』から。だから『期待させなくて』いいよ? 正直、自然消滅はしたくないけど」
「かっちゃん――――」
かっちゃんの言葉が、加速的に続く。
そこから先を、言わせてはいけないと。
本当に今更ながらに、鈍い私は。
あまりにそれに気付くのに遅く。
「だから、別にいいってば? 僕はもう、求めないことにしたから」
――――目の前で、シャッターが閉まる音が聞こえた気がした。
にこにこ笑顔ののまま、かっちゃんは私と間に超えられない壁を張ってしまったような気がした。
「好きにしたらいいと思うよ? 涼子さんの」
「か、かっちゃ……、う、うぅ……」
「……ん? どうして僕、泣かれてるのかな。うれし泣きなのかな? ん?」
にこにこしたまま、それでも少し困ったような雰囲気のかっちゃん。
私は、ただただ悲しかった。
違う、そうじゃないんだよかっちゃん。
私には私なりに理由があったけどさ……。
でも、だからこそ。今更ながらに、かっちゃんの言葉がリフレインする。
かつてのかっちゃんにあって、今のかっちゃんにないものは――――。
私に「愛してもらっている」という、その自信だ。
私から「たった一つの特別な誰か」だと、想ってもらえていると言う自覚だ。
私は、かっちゃんからそう思われてる自覚があった。実際、かっちゃんの振る舞いはまさにそれだった。
未だにそれは変わらず――――だから、こんな変な食い違いが発生しているんだ。
私はーーーーかっちゃんの気持ちを考えていなかった。
かっちゃんが「どう思うか」、かっちゃんから「どう思われるか」、全く考えていなかった。
ただただ自分の気持ちが良いように、それだけで過ごして。
「かっちゃん――――――、いつから? いつからそんなに『自分に自信がなくなった』っすか? 別に私に、求めていいんスよ?」
「だから、点数稼ぎはいいって」
「――――っ、かっちゃん!」
わけもわからず、私はかっちゃんに抱き着いてその場に倒れた。
かっちゃんは変わらずにこにこ微笑んだまま。それはそう、まるで「小さい子が」「粗相した程度で」「大人が動じない」ような、そんな雰囲気。
ただただかっちゃんの、そんな雰囲気が怖くて怖くて仕方なかった。
「点数稼ぎとかじゃ、ないっす」
「じゃあ、何?」
私は、先輩の話をした。
先輩からされた話を伝えた。
あっちも家庭で大変そうだって話と、先輩にした相談を話した。
「だから、悪く思った? 涼子さんは、僕に?」
「う、うん――――」
ただ、なんだかもう、遅いんだなって、私は続いたかっちゃんの言葉で思い知らされた。
「――――でも、涼子さんは自分が満足したら忘れるでしょ? そんなこと」
嗚呼。
言われて、自分の振る舞いを振り返って、否定することが出来ない自分がいた。
自分ではそうでないと、そう思って振舞っているつもりでも。
かっちゃんに、そうは解釈されていなかったということに気付いた。
「なんで、かっちゃんて、そんなになっちゃったっすか? なんで、そんな――――」
「そんなって、難しいこと言うね。今の僕の状態が変だってことでしょ? 別に変じゃないでしょ。これは、適者生存っていうんだよ」
「適者生存って……」
その結果、こんな砂漠みたいな振る舞いになったのだとしたら。
いや、決して私だけのせいでもないと、信じたい。かっちゃんがため込みにため込んだからだと、信じたい。
だけど――――。
同時に、かっちゃんからのコミュニケーションを、自分の気分と都合と理由で断り続けていた私がいたのも、また事実で。
それはそれは、もう、取り返しがつくつかないという話ではなくって。
かっちゃんは――――その結果、かっちゃんが壊れてしまってもいいと腹をくくってしまって。
これじゃ、振る、振られるなんかより、よっぽど酷い。
かっちゃんは、かっちゃん自身を飼殺すことに決めてしまったのだ。
それは、まるで自分で自分の首でも絞めているみたいな、そんな痛々しさを私に抱かせた――――。
きっとかっちゃんは、別れるとかは思わないのだろう。
関係が進展しなくて、私がそういう気分になれないってかっちゃんに言って、その結果として、私にとって良くないと、そうでも思わない限りは別れないだろう。
そして、一度別れたら、もう二度と元には戻らない。
こんな自分勝手な私を相手に耐えてきたんだ、かっちゃんは、もう私に対して、見切りをつけてしまっているんだ。
それでも私に対して、好きだとか、幸せだとか、そういう風に言うのは――――。
きっと、ただの残滓だ。
「わたし、わたしぃ……、……っ」
「涼子さん?」
わたしは。
わたしには、かっちゃんしかいない。
かっちゃんだけが特別で、かっちゃんも私が特別で。
だから、私はかっちゃんに甘えていて。
かっちゃんもそれが幸せだって、それでいいんだってずっと思っていて。
「かっちゃんの……、かっちゃんの限界なんて……、かっちゃんが諦めちゃう限界なんて考えてなかった……っ」
「――――涼子さん」
私は、私はどうしたらいいんだろう。
どうしたら、かっちゃんと元に戻れるんだろう。
いや、そうじゃない。
どうしたら、かっちゃんを「元に戻せる」んだろう。
答えの出ない私の前に、かっちゃんは笑顔を止めて、困ったような顔をして。
それでも、抱きしめ返すこともせず、ただされるがままぎゅっと、固まっていた。




