夜のこれから
残業を終え自宅に帰ると、もうミツは眠っていた。
ヨシくんはあくびをしながら、今で私を待っていた。
テレビで何か映画をかけている……?
「あ、おかえ」
「ただいま。何やってるの?」
「んー、昔見てた映画。なんか、思い出すかなって思って」
くしくもそれは、私がヨシくんと初デートしたときの映画だった。
たいして面白くなかったけど、ヨシくんの変な笑いがなんともなつかしくて。
そして、それを今見ているヨシくんが、眉間を抑えながら、どこか苦しそうで。
「……無理、しなくていいよ?」
「?」
隣に座りながら、私はヨシくんの顔を見る。
本当、なんというか……、大きくなるときについていった大人っぽさ、渋さ? とかが抜け落ちたような、そんな顔を見て悲しくなって。どうして気づいてあげられなかったんだろうと、何度後悔しても遅すぎて。
加害者の言葉ではないのだけど、それでもつい、言ってしまう。
「ヨシくんは、私なんて投げ捨てたっていいんだよ? 私は、たぶん、それだけのことをしたんだから」
「んん、でもほら、浮気とかされたわけでもないし? お金使いこまれたわけでもないし。そのあたりは信用してるから」
「浮気しなきゃいいってだけじゃないじゃない」
「でも、僕はほら、ナオちゃんには感謝してるから」
予想外の一言に、私は茫然としてしまった。
「いつも働いて、お金稼いでくれてありがとうね。ミツちゃんと一緒にいたいだろうに、それを抑えてくれて頑張って、ありがとね。通勤時間だって遅いわけじゃないし、それでも会社の外でいろんな人と接してストレスにもまれて、それでも投げ出さないでかえってきてくれて――――こんな僕と、結婚してくれて。ミツちゃんを産んでくれて、ありがとっ」
「――――」
それはきっと、ヨシくんが一番、私に言ってほしかった言葉なんだろう。
立場が変わったからこそ、それが、きっと深層意識から噴き出したっていうのもあるんだろう。
私は、上手く言葉を返せない。泣いてしまって、震える手を握って。
それでも、顔を上げて。
「――――私こそ。こんな私と一緒になってくれて、ありがとね」
ヨシくんは、一瞬体が硬直した。
視線をそらすヨシくんは、なんというか、かわいい。彼相手にこういう感情は、久しく抱いていない。
「どうしたの?」
「……なんか今のはちょっとムラっと来た」
「直接的! もっとオブラートにつつんで」
「んー……、その、えっちって感じじゃないんだけど」
そして、私たちは五年ぶりのキスをした。
久々のキスはなんだかちょっとショウガくさくって、でもそれがなんだかおかしくて、愛しくて、つい笑ってしまった。
END




