作戦
「で、どういうことなの」
そういって僕が厳しい目線をやる先にはあいも変わらず不敵な笑みを浮かべているセレナと真剣な表情をしたカーラの姿がある。
今僕らは他の荒くれ者たちとは別に、僕、ベジ、セレナ、カーラ、グレーテルの五人で輪になって話をしようとしていたところ。
けどいざカーラを目の前にすると裏切られたという事実が頭の中をグルグルして口調も言葉もつい厳しいものになってしまう。
「まず、さっきはほんとに悪かった」
そういうと深々と頭を下げるカーラ。
そんな言葉にムスッとして黙り込む僕と、それとは反対に困ったような笑みを浮かべて
「大丈夫だよ。カーラもカーラの事情があったんでしょ」
というベジ。
ベジのそういうところすごく好きだけど、カーラは僕らを騙したのに、
なんて思ってしまう。
それと共に結局僕は心が小さいまま、成長してないんだよなあとも……。
「まあ、とりあえず事情を話しなさいよ」
腕を組んで偉そうにそういうセレナにカーラはそれをさして気にした様子もなく
「そうだね……」
という。
会ったときと打って変わって元気がなく、なんだかこちらまで落ち込んでくる。
「まず何から話すかねえ」
どこか途方にくれたようにいうカーラ。
暫くすると意を決したように口を開く。
「まあ、あんたらには全然関係ない身の上話からさせておくれ。……私は元々碧の海に住んでいてね。愛する人がいて、そしてその愛する人との間に子宝にも恵まれて、幸せに暮らしてたんだ。けど」
そこまでいったところでカーラの腕の筋肉の脈が浮き上がる。
はち切れそうなくらい浮き上がる脈はカーラがギュッと、悔しさや悲しさや僕にはわからない感情を握りしめているから。
「奪われた。なにもかも、ね」
その瞳に宿っている光。
それを僕は以前見たことがある。
セレナーー。セレナがエルフに対して、自分の里を滅ぼされた復讐をしていた時の、国を燃やす赤々とした炎を見つめていた瞳に宿っていた光と全く同じだ。
それがわかると途端、セレナとカーラがなぜまた親しげにしていたのか納得がいく。
二人は、二人にしかわからないような感情を抱えているんだ。
よくわからないけど、グレーテルのところでその今からしてくれる話を聞いてセレナはそれを手助けしようとしてるのではないか……
そう考えるとセレナの不敵な笑みにも納得がいくのだが。
なんて思っているとカーラがまたおもむろにに口を開く。
「まず、これも話とかないとね。碧の海の王族ってのは代々、二人で一つ、なんだよ」
「……二人で一つ……ですか?」
怯えた口調でグレーテルがそうたずねるとカーラは大きく頷く。
「元々そういう風にできてるというよりかはあいつらの性みたいなもんだね。あいつらは己の魔力を通常より倍増させるために命を削ってんのさ」
それを聞いて驚く。
そんなことできるのか?
魔法に関係する文献は色々と読み込んできたけど聞いたことがない……。
けど魔法は常識じゃはかれない、というのもよく聞く言葉。
これもきっと僕の持ってる知識だけでははかれないことなのだろう。
「そのために、二人で一つになる。命を補強するためにね。そしていずれ、大きくなった時には片方は消えて無くなるのさ」
「そんな……」
ベジが悲しそうな声を出す。
「結局幼い頃だけ補強が必要って感じだね。大きくなっちまえば片方が消えようがどうとでもなるのさ」
独り言のように悲しげにそういうと再度口を開くカーラ。
「で、私の身の上話の続きだけどね。私の愛した人、夫は子ができてちょっともしないうちに病に倒れなくなっちまった。悲しかったけどね。私には子がいた。」
そういって話を続けようとしたカーラだけど堪えきれないように天を仰ぎ目頭を抑える。
「あー、柄にもなくメソメソしちまうよ。こんな話してると」
目頭をおさえてから暫くするとまた僕らの方を向いたカーラの顔には悲しそうな、でも優しい、母親の顔があった。
「あの子は私の宝だった。大切に育てていこうって思ってた。名前をさ、あいつと一緒に考えたんだ。これがいいか、あれがいいかって。楽しかったよ、ほんと。それでね、最終的につけたのは、人魚の古語で光を意味するリリ。大切な、大切な」
そこで言葉を区切り思いを抑えるように苦しそうに笑むカーラ。
見ていて苦しくなると共になにかが引っかかる。
なんだろう。
そう自分で自分に問うて少しとせずに答えにたどり着く。
リリィとリリ。
あの奇妙な二人のこと。
よく覚えてないけど、リリはこの体の中にリリィとリリ二人の人格がいるといっていた。
それは元々二人は別の人魚だったけど、カーラがいったように一つにされて、リリの方は、もしかしたらその幼い頃碧の王族に必要だという命の補強材にされてるのかもしれない。
なんだかそう考えると不思議と合点がいく。
リリィとリリは王族だといっていたし。
実際はリリィが本当の王族で、きっと、リリの方がーー。
そう考えるとリリとカーラ。
ガサツなところとか雰囲気とかなんだか似ている。
全てが繋がると先ほどにも増して胸が苦しくなる。
「けどね、奪われた。王族どもに」
カーラの拳がギュッと握られる。
僕らエルフの王族である金髪のエルフも(僕含め)十分傲慢で身勝手な一族だと思っていたけど、王族ってどこもそんな……なのだろうか。
「自分らの立場を利用して、あの子を不当に奪ったくせに、私がなんてことするんだいとわめいた途端、ない罪をかぶせ、二度と碧の海に戻らないようにさせられこの荒くれ者どもの海に放り出した。」
カーラの声には先ほどよりずっと強い怒りの感情が滲んでいる。
「幸い殺されなくてよかったよ。まああいつらも多少は良心があったようだね。生まれたばかりの赤子を、罪もない子を、不当に奪ったことに罪悪感もあったんだろう。けどその罪悪感からくる良心が今、仇になって返されることを、思い知らせてやるんだ」
そういうカーラの瞳のその光は先ほどよりもずっとずっと強くなっている。
僕はそんなカーラを落ち着けるように優しい口調で
「でもなんでわざわざカーラの子が?」
と問う。
「……相性ってもんがあってねえ。うちの子は王族んとこの新しい姫さんと同じPX……あー、魔法の遺伝子みたいなもんが一致してたのさ。PXってのはそれこそ人魚の数だけあるようなもんなんだ。けど生まれたての人魚の場合、PXの種類は比較的少ないんだよ。それは大きくなっていく過程でそれぞれPXが変形してくからなんだけどね。で、あの子はちょうど姫さんと同じ頃に生まれて、そして同じPXを持っていた」
そう説明し終えたカーラが苦しそうにしながらもまた言葉を続ける。
「まあ、それで身の上話はあらかた終わり。
で、今のことだけどね。私はあれからずっとこの荒くれ者どもの海で暮らしてきて、生きるすべ、自分を守るすべ、いろんなものを会得してきた。そして、ずっとずっと望んでいたことがある。きっと私はそれをやり遂げない限り死んでも死に切れないってことがね」
それを聞いて、不意にじいのことを思い出す。
エルフの王国ベルサノンの宮殿図書館の司書で、セレナに謝りたくてずっと、死に切れなかった、じいのこと。
「それは碧の海への復讐。私は子を奪われた時点でもうあいつらへおさえきれない怒りを感じてた。けどね、ある日波の噂できいた話によれば、うちの子がーーリリが命をやってやったという、リリィとかいう姫が王族から外されたって」
「リリィって……」
驚いた様子のベジとグレーテル。
驚かない僕を見てセレナが
「なに、あんたは知ってたわけ」
という。
「うん」
そう答えながら、ティアナに振られたから消えると、そんなことをいっていたリリのことを思い出して悲しくなる。
「許せなかった。うちの子の命を不当に奪っておきながら、その子を、うちの子の命を捧げた子を自らの家族から外すのかと」
「そうして、カーラは復讐を強く心に決めた……」
ねっとりとした口調でそう続けると赤い唇を歪めてどこか楽しそうにするセレナ。
「グレーテルを連れに戻ったとき、私、聞いてみたの。同じ目をしてる、同じものをもっているって初めからなんとなく気になってたからね。そしたら案の定、またまた身勝手な王族どもの話。そんなの聞いたら放っておけないじゃない」
「……それは……」
思わず黙り込む僕。
僕自身身勝手な王族の末端なのでなにも言えない。
けど
「じゃあ、カーラはなんで僕らを縛り上げたりしたんだ?それに洗脳っていってたけどなんのために?あとリリーとはどういう」
「私も、そこにいる翠の海の連中も碧の海には入ることができない。だからね、簡単な洗脳をかけようとした。……きちんと、話せばよかったね。」
「洗脳をかけてどうする気だったの?」
ベジが優しい声音でとう。
「……結局あんたらに汚れ役を押し付けようとしたのさ。」
「つまりは碧の海をめちゃくちゃにしてもらいたかったそうよ」
まあ、そういうことだろうな、とは思ったけど……
改めて言葉にされるとなんだか悲しくなる。
「じゃあ、リリーとはどういう……」
少なからずまだリリーに自分だけ置いていかれたことへの怒りがあるのだろう。
少しむすっとしながらリリーの名を紡ぐグレーテル。
「あいつとはあんたらと知り合うちょっと前に知り合ったのさ。私がうまいことやって碧の海にはいって玉を手に入れたら私の望みをなんでも叶えてやる……ってさ。交換条件だった。……あいつ、これからは仲間だよなんて自分で抜かしときながら」
そういうカーラの拳がまた強く握られる。
「まあ、要約すると、カーラは碧の海に復讐したいってこと。そしてそれは翠の海のやつらもみんな同じ。そして私はそれをちょーっとお手伝いしたいってだけ」
「セレナ、お前……」
あの日ーー赤々と燃えていたベルサノンの姿がありありと脳裏に蘇ってきて言葉に詰まる。
セレナのちょっとは、ちょっとじゃない。
「なによ、坊主。私が戦争でもふっかけないか心配とでも?」
「…………」
「大丈夫よ。私はただこの子らに道を開いてあげるだけ。あとは知らないわ」
「ねえ」
不意にうつむいていたベジが顔を上げ大きな声を出す。
どこか切羽詰まった様子のベジは
「それは、カーラたちを苦しめるだけ……じゃないかな」
そういう。
そんな姿をみてスーッとベジの元へ行くセレナ。普段の意地の悪い言動も嘘のように、優しくベジの頭をだきしめる。
「大丈夫。あのね、復讐ってのはそんな生半可な気持ちでやるもんじゃないの。みんな、覚悟決めてんの。恨まれても蔑まれても罰せられてでも遂げたい思いがあるから。あんたは優しいから不安になるんだろうけど大丈夫よ」
まるで、母親のようにあたたかな口調でそういう。
だからベジは「うん……」そう小さくもはっきりとした声で言った。




