過去
倒れているベジの姿が見えて慌てて駆けていく。
あと少しでたどり着く、そんなところでセレナがハッとした声をあげた。
「グレーテルの坊主は?!」
「え……」
そこでハッとする。
そうだ、グレーテルは?
そう思って振り返るもそこには誰もいない。あたりのどこを見回してもいないしなにより記憶をたどってみても
……あれ?一体どこで……
「もしかしてカーラのやつのとこなんじゃないかしら……」
「え?」
「わかんないけど。……カーラはあらかじめそうしといたのかしら。それともこれはただの偶然?」
「どういうことだ?」
「ともかく私は少し戻るわ。悪いけどベジのこと頼んだ。」
そういうとサーッと泳いでいってしまうセレナ。
セレナが行ったんだから心配はないだろうが、グレーテル、大丈夫かな……
今更気づいたことも申し訳ないし。
けどドタバタしていて全然気づかなかった。
グレーテルは一度離脱していた時があったし気づかぬまにその時の感覚になっていたのかも。
なんて色々思っているうちに倒れているベジの元へたどり着く。
その手に握られているのは弓……もとい大剣。
きっと玉をはめた反動でまた眠りについてしまったのだろう。
なんて思いながらベジをそっと、優しく抱きかかえる。
前の僕の体だったら絶対に無理だったろうな。
それに今ここは水の中だから、っていうのもあるかも。恥ずかしいけど僕はかなり非力だって自覚があるから……。
なんてことを思いつつお姫様だっこの形をとって抱きかかえていてすぐそこにあるベジの顔を見やる。
なんだかこうしていると
閉じられた瞳を彩るまつげや、いつも優しい笑みが浮かべられる口元やチャームポイントでもあるそばかすや彼女の頑丈そうにみえて案外か弱い体が、全てが、ほんとに愛おしくなってくる。
けど今はゆっくりもしてられない。急がなくては。そう思って泳ぎだしたのも束の間。
「……タグ?……」
そんな声がしてベジの顔を見ればトロンとしたまだ眠そうな瞳がこちらをぼんやりと見つめていた。
「うん、そうだよ」
「…………あっ!ご、ごめんね、タグ!重いよね」
慌てたように僕の腕の中から抜けだすベジ。
それをおさえて「大丈夫だよ」なんてかっこよくいいたいところだったけど案の定僕の力ではベジに叶わなかった……
筋トレしよう……
「?どうかしたの、タグ」
「う、ううん。それよりベジ、体は大丈夫?玉は見つかったの?」
「ああ、うん!玉をはめたらいつもみたく倒れちゃってたみたい。でも今回は起きるまでにそんなに時間かからなかったね」
はにかみながらそういうベジに
「玉をはめる作業も繰り返してきたから体が慣れてきたのかもね」
なんていう。
「そっかぁ、なるほど」
なんて答えるベジはやはりまだはにかんでいるような笑みを浮かべている。
そんな様子を見ていると本当に胸が痛くなる。
ベジはなにかに思い悩んでる。
けどそれを決して口にしたりはしない。
それはベジが今まで誰かに相談したり頼ったりあまりしてこなかったからかもしれないし、純粋に僕が頼りないだけかもしれない。
なんにしろ、話してほしいのにな。
どうしたら話してもらえるだろう。
なんてことを考えているうちに神殿の出口が見えてくる。
やっとこの鬱々としたガラクタだらけの場所からおさらばできる。
「あれ……」
「どうかしたの?タグ」
「ううん。ただ」
そう答えながら僕が拾いあげたのは見覚えのある人の画。
「リリィ?」
覗き込んだベジが不思議そうな声を上げる。
そう、そこに描かれていたのは父と母に囲まれ嬉しそうに、幸せそうに微笑むリリィ(リリィ、だから女の子の方)だった。
こうしてみるとやはりリリは実在したのだろうかとすら思えてくる。
それくらいに信じられない話だ。
二重人格で性別も見た目も変わるなんて……
でも魔法ならなんでもありなのだろうか。
魔法が一切使えない僕からしたらとても甚だしい話だけど……。
「ここ、他にも色々置かれてるよね」
ベジがポツリという。
「そうだね」
なんて答えながら、置かれてる……というよりかは捨てられてる、なんだろうけどなんて心のなかで思う。
置かれているのか、捨てられているのか詳しいところはよくわからないけどここにあるってこと自体……
そう思って僕はなんとも言えない気持ちでその画を見ていた。
神殿の外に出ると青々とした海がより一層眩しく感じられる。先ほどまでいた神殿はひどくうす暗く気味の悪い場所だったから。
「ベジ、そういえばティアナは?誰かを追っていったって聞いたけど」
「あ、そうなの!私が襲われかけた男の子を……」
「お、襲われかけたって、ベジ、大丈夫なの?!」
「?うん。ティアナが守ってくれたの」
無邪気にそういうベジを見てたらなんだか悲しくなってくる。
ぼくはベジの危機をちゃんと助けてあげられたことまだ一度もないのにティアナに先を越された……
そんなどこか鬱々とした気持ちでいると
「タグ」
不意に名前を呼ばれた。
いつもの感じゃなくてとても真剣な凛と澄んだ声で。
だから僕もどこか背筋の伸びる思いで
「なに?」
と問う。
「あのね。もし……もし……」
「?なに?」
ベジは懸命になにか言おうとしていたけどやがてあきらめたように少し首を振る。
それから明らかな苦笑いをこちらに向けて
「私が魔王だったら、嫌いになる?」
なんていう。
そんな言葉が飛び出してくると思わなかったので僕は暫く呆けてしまったけどすぐに
「ならないよ。ずっと、変わらずにきみのことが好きだよ」
そう、いった。
驚いたように澄んだ緑色の瞳を見開くベジ。
何かおかしなことをいったかな?
いや、いってな……ってあ……
うわあああああっ!!
ベジが目の前にいなかったら直接口にだして叫んでいるところだ。
面と向かって、初めていったかもしれない……
い、いや、でもベジはそういう好きの意味をよくわかってないだろうしきっと仲間としての意味だと思っているだろう。
そんな心内の言葉に、もう一つの言葉が湧いて出てくる。
じゃあなぜベジはこんなに呆けているんだ?なぜ頬が朱に染まっているように見えるんだ?
ぼくはそんな言葉をすぐに振り払った。
呆けているのはなにか考え事をしてるから。頬が染まっているように見えるのだって気のせいだ、と。
だからそんなはずは絶対にないんだと。
やがてベジはひどく嬉しそうに微笑んだ。
その底にある悲しみは滲み出ているけれどとても、とても嬉しそうに、笑うから僕はすごく嬉しくなった。
思わず抱き寄せたくなってしまうがそんな破廉恥なことベジに絶対できない。
ベジは僕のことを仲間としか思ってないのに。
そう思ってからハッとする。
仲間としてのハグってありなんだろうか?
ありなんだとしたら……




