番外編 恋とか愛とか
その日は何気ない日だった。
普通に起きて普通にご飯を食べて普通にラナと遊んで普通に過ごしていた。
けれどそんな普通も途中から崩れ去る。
「セレナお姉ちゃん、私、あの子を誘惑してみるね!」
「ええ。あの子ならいいと思うわよ。頑張って、ラナ」
私はラナと共に悪魔の里の付近にある人間の村にやって来ていた。
ラナは異性を誘惑する術を覚えたばかりで今日はそれを実践する日だった。
私自身はこの村で何度も男の子達を誘惑したからもう誘惑されてない子なんていないと思うし誘惑された子に会ったら色々と面倒なので里の裏道をブラブラすることにした。
普段は行かないその場所は歩くのは案外楽しい。人も全然いないしなんだか気楽……。
そう思った矢先のこと。
「今あそこにセレナちゃんいなかった?」
「本当か!?」
などという話し声が聞こえてくる。
のんびり歩いている暇もないらしい。私は裏道のクネクネした道をあっちへ曲がりこっちへ曲がり、ひたすらに駆け回った。
「はあ……」
誰の声も聞こえないような場所に来ると一息ついてハアハアと荒く息をする私。
「うわっ!」
「きゃっ」
そんな矢先、唐突に目の前からやって来た誰かにぶつかられ尻餅をつく私。
「ごめんなさい、大丈夫?」
そういってくるその人に顔を向ければ……。
「…………」
サラサラした金髪を風になびかせる白い肌にマリンブルーの瞳をしたエルフの男の子がいた。
エルフなんて初めて見た。
すごい。耳が尖ってる。悪魔も尖ってはいるけど歪な形だし、なんだか神聖な感じだ。
なんて思っていたらその子は立ち上がりこちらに手を差し伸べてくる。
私は必然的にその手をとり、立ち上がる。
「ニコ、こんな所にいたのね」
不意にそんな声がしてきた方を見やれば目の前の男の子とよく似た綺麗な女の人がいる。
けれどかなりやつれていて疲労困憊といった様子だ。
「ほら、はやく行きましょう」
そういって細い手を差しだすその人もまた豊かな金髪。
……金髪ってエルフの間だと罪と罰の象徴だった気がするんだけど……
でもその色が地毛なんておかしいよね。
私の気のせいかな。
「はい、母さん。じゃあ、さっきはごめんね」
そういってこちらに優しい笑みを落とすとトタトタと母親と思わしき人の元へ駆けていく男の子。
私はそんな彼の美しさに言葉を失いながらも
「ううん、こっちこそ」
なんていって上の空で手を振る。
エルフってみんなあんなに綺麗なのかな。
あの子は性格も良さそうだった。
村にいる男の子たちとは全然違う。
そんなことをつらつらと思いながら、私は去っていく二人の背中を見つめていた。
「…………」
次の日。
私はラナにも黙って家を飛び出し(大抵いつもラナと遊んでいるからこんなことはラナが来てから初めてかも)昨日のあの男の子ーー名前をニコというらしいエルフの男の子ーーに出会った人間の村の裏道に来ている。
また運良く会えるとは到底思えないけれど……。
なんて思っていたらどこかからひどい罵声が聞こえてくる。
一体なんだろう。そう思ってそちらに歩み寄っていくと……
「ごめんなさい!この子も盗むつもりではなかったんです。ただ少しお腹が減っていて……」
「ただ少しお腹が減ってて、だぁ?そしたら盗んだことも盗んだとはならねえとでもいうつもりか」
「ち、違います、ただ、っつ!」
痛そうな短い悲鳴に 物陰からコソリとそちらを見やる。
するとそこには昨日会ったニコのお母さんといかにもガラの悪そうな人間の男の人がいた。
ニコは母親の陰に隠れ、完全に怯え切った様子だ。
男の人は容赦なくニコのお母さんの髪の毛を引っ掴んでいる。
「は、離してください!」
不意にニコが悲鳴めいた声をあげるが、男は楽しそうに笑うだけ。
「はっ。これは俺様のもんを盗んだ罰だ。それになんだ、この髪色は。エルフで金髪なんてありえねえよなあ」
そういってニコの母親の髪の毛をグイッと引っ張りあげる男。
痛そうにしながらも必死に耐えているニコの母親。
私はもう我慢できなくなって、気づいたらその場に飛び出していた。
「ちょっと!」
腰に手を当ててムスッとふくれながら、それでも気分はヒーローみたいに男に近づいていく。
「なんだぁ?このちびっ子は」
そういってこちらに興味がうつったのだろう、ニコの母親の髪の毛を離す男。
「君は……!」
驚いたように声をあげるニコの横を抜けて男の正面にやってくる。
「あなた……」
そういって驚いた瞳をしたあとすぐに
「はやくお逃げなさい」
というニコの母親。
お母さんも優しい人だなあ。
でも……
「なんだ、俺様に文句でもあるのか」
そういって歯くそだらけの黄色い歯を見せながらニイッと笑う男。
思わずゾッとしてしまう。
私は男がニタニタ笑ってるその隙に、私は素早く男の後ろに移動する。
「あぁ?」
男が怪訝そうな声をあげてこちらを振り返ろうとしたその瞬間。
最近生えてきたばかりのしっぽ(悪魔の尻尾には異性を虜に、同性に対しては恋愛的な魅力がなくなるようにする効果がある)を取り出し男の太ももにプスリと刺した。
すると……
「あぁ……」
そういって私の目の前に倒れこむ男。
「なんて美しいんだ……」
そういってうっとりとした表情でこちらを見上げる。
そんな男の人をみてニコリと笑んだ私は
「ねえ、あなたが持ってる食料、よかったらこの人たちに分けてくれないかな」
という。
すると男はもげてしまうのではないかというほどに首を縦に振り
「もちろんでございます!」
という。
私はそんな男の人をみて少し効きすぎちゃったかも、なんて少〜しだけ反省していた。
「ほんとに君ってすごいね」
「そう?悪魔の子はみんなあんな感じよ」
なんていう私は今村を離れ、ニコとニコの母親と悪魔の里近くにある花畑にきてる。
男の人がくれた食料をモグモグと美味しそうに頬張りながらキラキラした目をこちらに向けてくるニコ。
その横ではニコの母親が穏やかに微笑んでいる。
「そうだ、きみの名前はなんていうの?」
そういってあの日見てから忘れられなかった、優しくて甘い笑みをこちらにおとすニコ。
私はなんだか少し気恥ずかしくて少しそっぽを向きながら
「セレナ・ミス・デ・ビルよ」
という。
それからためらいながらも
「もう気付いてるとは思うけど……私、悪魔なの」
という。
するとニコもニコの母親も、それがどうしたの、というような表情をする。
まるで私がおかしいみたいだ。けれど、大抵の種族は悪魔を毛嫌いするのに。
卑しくて汚らわしい種族だって……。
「僕らはね、見ての通りエルフ。それで名前は、僕がニコで母さんはネイラ。色々会って国から逃げてきたんだよ」
何も気にした風もなくそう自己紹介するニコに私は最初ポカンと口を開けたままだったけどやがてハッとしてそうなんだ、という。
「あっ!あそこに蝶々さんがいる!ちょっといってくる!」
そういって食べものを放り出してまでヒラヒラと飛んでいる蝶々を追いかけ出すニコ。
なんだか年の割に大人びている気がしていたけれど年相応に子供らしい部分もあるみたい。
そんなニコを優しく愛に溢れた瞳で見つめていたネイラさんが穏やかな口調で
「セレナちゃん」
と私の名前を呼ぶ。
私は慌てて姿勢を正してネイラさんの方を向いた。
そんな私をみて一つクスリと笑うネイラさん。
「そんなに賢まらなくていいのよ」
なんていいながらニコが放り出した食べ物を拾いあげサッと広げた桃色のハンカチの上におくネイラさん。
「……このハンカチはね、王様がくれたものなのよ」
やがてポツリとそう漏らす。
「ごめんなさいね、いきなり。けれどあなたはひどく賢こそうだし助けてもらったし事情を話しておきたくて。……結局は誰かに、あなたのような無垢な子にまで話を聞いてもらいたいっていう私の我儘なのだけど」
「そんなことないです!」
私は慌ててそういった。
「二人のこともっと知りたいし」
「ありがとう」
ネイラさんはニコにそっくりの、一目見ただけで惚れ込んでしまうような甘く優しい笑みを浮かべる。
その笑みに惚けていたのも一瞬。
慌てて先ほど思った疑問を口にする私。
「あの、エルフの文化では桃色のハンカチを男の人が女の人に渡すのはプロポーズ……ですよね。あと、あの男の人も言っていたけれど金色はエルフにとって罪と罰の象徴だし、なにより普通エルフに金髪はいないはずです。本で読んで得た知識ではありますけど……。なのになぜ二人は金髪なんです?」
思ってたことすべてを口にしたらひどくスッキリしてくる。
「あなたは本当に物知りさんなのね」
そういってまたあの笑みを浮かべると、少し遠い目をして蝶々を追いかけて楽しそうに駆け回っているニコの方を見やる。
「そう。あなたのいう通り。私は王様にプロポーズされたの」
「……ってことは女王様っ?!」
つい興奮してそういう私にネイラさんは静かに首を振る。
「いいえ。わたしはただの侍女。卑しい……平民の出よ」
「じ……じょ?……」
あまり聞き慣れないその言葉に首をかしげるとネイラさんは優しく笑って
「召使いってことよ」
という。
それからひどく暗い顔になって
「女王様付きの、ね」
という。
「女王様はネイラさんじゃないってこと?」
「ええ。私は女王様に仕える召使いだったの。けれど王様にプロポーズされて本当はいけないことだとわかっていたのにそれを受け入れて女王様に隠れて王様と愛し合っていたの」
ネイラさんの瞳には悲しみだけじゃなく在りし日を思う愛しさもこもっている。
「女王様はね、子供ができにくいお方だったの。けれどお世継ぎーー男の子が生まれないと国としては一大事だからひどく焦ってらした。何度かお妾、つまりは女王様以外の奥さんを娶るという話も出たのだけれど、女王様はその話を持ち出した大臣やら召使いやらを皆、城から追い出してしまったわ。女王様は王様のことが大好きだったから他の女の人が王様と結婚するなんて考えたくもなかったのね」
そこまでいってからハッとした様子で
「ごめんなさいね。こんなことまで話すつもりじゃなかったのに。難しいお話で退屈だったでしょう?」
という。
私はそんなネイラさんにブンブンと首を振る。
「ううん!とっても面白かった!続きをお話しして!」
そんな言葉に少しマリンブルーの瞳をみひらいたネイラさんだけどやがてその瞳は優しく細められる。
「セレナちゃんは恋愛に興味があるのね」
「うん!」
「けれどここからは恋愛からは少しかけ離れてしまうの。それでも大丈夫?」
「もちろん!」
「じゃあ……」
そういってネイラさんはおもむろに口を開く。
「そしてある日、私と王様には元気な男の子が生まれたの。二人で大喜びしてね。王様はこの子に私の後を継いでもらいたいといって、皆を導く王に相応しい名をーー太陽という意味のニコという名をつけたの」
そんな言葉に不意にニコの方を見やる。
蝶々を追いかけるのには飽きたのか、綺麗な花々を物珍しそうに眺めている。
太陽の光を浴びてより一層キラキラしている金髪はとても綺麗だ。
「けれどね、私は王様にいったの。私はただの侍女。あなたには本当の妻がいる。だから本当の妻の……女王様のお子を王にしてあげてくださいと」
悲しそうにそういうから私は思わずネイラさんのそばに寄って、その青白く今にも折れてしまいそうなか細い手をギュッと握った。
ネイラさんは優しく「ありがとう。セレナちゃんは本当に優しいのね」なんていってからまた続きを語り出す。
「王様は渋々ながらご了承くださったわ。そして、それから少しした頃に女王様なお腹にお子が宿られてね。もう城中が大騒ぎだった。私はそんな中、侍女としては長年寄り添った女王様の初めてのお子を喜びながらも一人の母、一人の王を愛する女としては悔しくて悲しかくてしかたなかった。要はとても……複雑な気持ちでね」
自分を奮い立たせるように俯き加減だった顔を上げて
「女王様のお子は無事生まれた。それまで城中の者が男の子が生まれるよう呪いやら祈祷やらをしてきたの。だから皆んな、絶対男が生まれると、そう信じていた。」
という。
その言い方から察するに……
「女の子……だったの?」
恐る恐るそうたずねるもネイラさんは一つ頷く。
「ええ、そう。その通り。生まれてきたのは元気な女の子だったの。私、それを初めて聞いた時表では悲しみながらも心のどこかではひどく、喜び舞い上がっていたの。ひどい人でしょう?今思うと女王様が女の子をお産みになったのも私が気づかぬ間に女王様を呪っていたからかもしれないと思ってしまうの」
ネイラさんが少し泣きそうな声でそういう。
「でもそれは仕方ないことだと思う……」
なんていう私の頭をポンポンと撫でながらネイラさんは苦しそうに微笑む。
「ありがとう。それから、何十年かは平穏に時が過ぎたの。女王様のお子はとても元気に育っていってね、名前をシャーロットーー月の光ーーといって、元気で天真爛漫なのだけれど時折月の光のような静かで底知れない優しさを垣間見せる本当にいい子だった。そしてニコは可哀想だけれど私の実家……お城から離れたごくごく普通の小さなお家で私のお父さんとお母さんに預けて、隠されて育てられていた」
ネイラさんは感情の波をおさえこむように一度深く息を吸った。
「王様は女の子が生まれてからしばらくはお待ちになってたの。女王様に男の子にが生まれることを。けれどやがて我慢ができなくなったのね。お病気もお待ちになっていたからちゃんとした後継者がいないことにひどく不安をもってらしただろうし」
「それでニコが?」
「ええ。その通り。私は反対したのだけれど王の命によってニコはお城に連れ戻された。」
「じゃあ、ニコは次の王様なの?」
「いいえ。王様がニコのこと、私のことを女王様に説明した瞬間に全て……崩れ去ったの」
そういったネイラさんの瞳からいよいよ大粒の涙がこぼれ出す。
私は慌ててそれを手の甲で拭う。
ネイラさんは「ありがとうごめんね」なんていいながら自分でもこぼれ落ちる雫を拭う。
「女王様は昔から私のことを可愛がってくれていつも優しくて……けど、私に裏切られたとひどくお怒りになられて……」
それから小さく肩を揺らしながら
「けど、当たり前のことよね。女王様の愛する人を我欲のために奪ってしまったのだから」
という。
私はいたたまれなくて何度もネイラさんの背中をさすった。
「そして女王様は怒りのあまり暴走し、そして私と私の一族に、終わらない罪と罰の呪いを……この金の髪をお与えになって……」
いよいよ声をあげて泣き出すネイラさん。
「私たち家族は皆蔑まれ奴隷のように扱われ結果として国を追い出されたの。国を出てからもみんなで色々なところを転々としていたけれど家族は皆私のせいで呪いを被ったことをひどく怒って、恨んで……当然のことなんだけれど……」
「……それで、ネイラさんとニコはここに?」
「ええ。気づいたらここまで彷徨い歩いて来ていたわ。お話聞いてくれてありがとう」
そういって涙を全て拭うとすっきりとした面持ちで先ほどよりも遠くにいるニコを見やる。
「あの子のことをあなたにお願いしてもいいかしら」
「え?私に、ですか?」
「ええ。少し話をしてやるだけでもいいの。私はもう少しで……」
そこまでいって少し言葉に詰まるもののやがてはっきりと
「この世を去るから」
そう、いった。




