海の中の人魚さん
『私達のことも所詮は道具としか思ってなかったんでしょ』
『私はあなたのことを心から信頼していたのに』
『あなたなんて』
「……ジ……ベジ……ベジ!!」
「え?!あ、ああ、な、なに?タグ」
頭の中に響く声に耳を傾けていた矢先、タグに名前を呼ばれてハッとする私。
「もう着いたよ。あと、さっきからボーッとしているみたいだけど大丈夫?なにかあったなら遠慮せずにいってね」
「ほんとだ!うん、ありがとうタグ」
慌ててそう受け答えするとタグはまだ心配したような表情をしながらもすぐそこに広がるエメラルドグリーングリーン色をした海を見つめる。
私もそれに倣うように海を見つめる。
「なんでここの海は青くないんでしょう」
そんな声がしてくる方をみればグレーテルが心底不思議そうに浜辺に座り込み、寄せては返す波を見つめていた。
その横で腰に手を当てて不敵な笑みを浮かべているセレナが、
「七つの海、って言葉、聞いたことないかしら」
なんていう。
「聞いたことはありますけど……」
「それのことよ。」
「えっと?」
「だから、ここは七つの海の一つ。蒼の勢力が一番力を持っているから皆んな海は青いって思っているんだろうけど海は統治している者の違いによって色まで違うわけ。エメラルドグリーンはまだ蒼に近い色だしそんなにおかしくはないと思うわよ。中にはショッキングピンクの海もあるからね」
「ショッキングピンク……」
隣でタグがゾッとしたようにいう。
「まあ、ともかくここにいくわ」
そういって満足げに海を見つめる。
「けど、なんでここ……エメラルドグリーンの海なんですか?セレナさんの話だと七つの海があるらしいのに」
「都のトリトルンはこの海からだとはやくつくから。それにこの海は……」
そこまでいって黙り込むセレナ。
「この海は?」
「まあ、見てのお楽しみってやつよ」
そうニヤリとした笑みを浮かべながらいうセレナに隣のタグはうんざりした様子でため息をつく。
「さてと……。さっそく変身して侵入するわよ」
「?変身って?」
「人魚に、に決まってるじゃない」
そういうとセレナはにんまりとした笑みをより一層深くした……。
「うわあ……!」
感嘆の声をあげながら見つめるその先には色とりどりの魚たち。
さっきまでの暗い気持ちも全部吹き飛んでしまう。っていいたいところだけど、やはり胸の奥がモヤモヤする。
こんな楽しい時までモヤモヤするなんて、嫌だなあ。けれど、どれだけ嫌だと思ってもその思いは消せない。
『けど影は執拗に迫ってくる』
ある日のタグの言葉が蘇る。
その言葉の意味が今になってようやっとわかる。
私がその言葉になんと答えたかまではハッキリと思い出せないけれど。
「すごいですね!!なんでこんな魔法がつかえるんですか?!」
そう興奮しているグレーテルの横でフフンと鼻をならすセレナは人魚になって、より美しさが増した感じだ。
下半身はキラキラした紫色の魚の尾ひれで、金魚さんのようにヒラヒラしている。
そして上半身は胸に大きな紫色の貝殻をつけただけの状態で、白い肌や、キュッと引き締まったくびれが丸見えで本当に美しい。
サラサラの漆黒の髪の毛は波に揺れてゆらゆらしていて綺麗だし
それに比べて私は……。
そう思って自身に目を落とせばくびれも胸もない、健康的に焼けた体がある。
今までは全然気にしたことなかったけれど。
なんだかそのことが悲しくて俯き加減でいると
「あらあら。坊主ったら真っ赤っかね」
というセレナの声が聞こえてくる。
「う、うるさい!放っておいてくれ!!」
そういうのは隣にいるタグでそっぽを向いていて表情はよく見えないけど耳まで真っ赤にしている。
いきなり海に入ったから寒くて熱をだしてしまったのかもしれない。
そう思ってタグのおでこを触ってみる。
それから自分のおでこももう片方の手で触ってみるけどやっぱりタグの方が高いみたい。
「なっ、ちょ」
私に触れられたことが嫌だったのか慌てた様子で私から離れるタグ。
「ご、ごめんね……」
「ち、違うよ!ベジ。」
そういうタグだけど相変わらず目を合わせてはくれない。
なのにタグの目線はまっすぐにセレナのほうへいく。
私、なにか嫌われるようなことをしちゃったのかな。
そう不安に思っていたら
「なによ」
なんていう心底楽しんでいるような声が聞こえてくる。
「き、君だけならま、まだしも、ベジにまでこんなは、破廉恥な格好は……」
「なあにぃ?よく聞こえなぁい」
「君なあ!」
そんなやりとりを見ながら苦笑いを浮かべる私。
セレナのことはまともに見ているのに私のことはチラリとも見てくれない。
そのことがなんだかひどく悲しい。
そんな時、口喧嘩する二人を横目にグレーテルがスーッとこちらへやってくる。
「ベジさん」
「?なぁに、グレーテル」
「タグさんはただ照れてるだけですよ」
「照れる?ああ、セレナに?」
「違いますよ!ベジさんにです」
「え?」
どういうことか尋ねようとしたらタグがこちらの様子に気づいたようでこちらにやってきてグレーテルの腕をガシリとつかむ。
「グレーテル、少しあっちで話そうか」
笑顔だけれどなんだか怖い。
そんな二人の後ろではセレナがお腹を抱えて笑っている。
どういうことかよくわからないけれど……。
照れる、かあ。
もし本当ならそれはとっても嬉しいことだな。
そう思って私は自然と優しい笑みを浮かべていた。
それから私達は都を目指して泳いだ。
都はお隣の蒼の海というところにあるらしい。
そこはとても警戒が強くて簡単に入っていけるような場所ではないので、お隣の翠の海からそこへ向かうみたい。
この翠の海は法も整ってなくて比較的自由がきくし案外簡単に蒼の海に乗り込めると思うわ、とセレナはひどく楽しそうにいっていた。
「……はあ……はあ……」
先程から隣で小さく荒い息を吐いているタグ。
『大丈夫?無理しない方がいいよ』と何回か声はかけたのだが、『大丈夫。気にしないで』の一点張りでどうにもならない。
それに結局一度もこちらを見てくれない。
やはり嫌われてしまったのかもしれない。
そう思って気持ちはブルーになってく。
すると先頭を泳いでいたセレナが立ち止まる。
「?どうかしましたか」
そう問うグレーテルを無視してまっすぐこちらにーータグの元へやってくるセレナ。
「あんた、ただの思春期ってだけじゃなさそうね」
「……は、はあ?ただの思春期とか……なんだよ……」
そういった直後前方に倒れこむタグ。
水中だったのが幸いして頭を打つことなどもなく、目の前にいたセレナがちゃんと支えてくれている。
「ベジ、グレーテル、どこか洞穴みたいなとこを探してちょうだい。こいつを休ませなきゃ」
そういわれて私とグレーテルは慌てて返事をした。
「うん。ここならいいわね」
そういって洞穴の中にはいり、壁際にタグを寄りかからせるセレナ。
「タグさん、どうしたんでしょう。見た所風邪とも違うような気がするんですが」
「ああ。そういやあんたのお父さんは医者だったっけ」
「は、はい」
「人間だし知らなくてもおかしくはない……か。これはエルフの第一成長期ってやつでしょうね。よりにもよってこんな時に来るとは、って感じだけど」
そういいながらも心配そうな視線をタグに向けるセレナ。
タグはもう喋ることもできないようでハアハアと荒く息をしながら眉をひそめ、目を閉じている。
本当に辛そうだ。
「何かしてあげられないかな」
気づくとそう口にしていた。
するとセレナが
「まあ、これは単なる体の成長であって病気でもなんでもないから見守ることしかできないわね。あんたが玉を剣にはめるたびに眠るのとおんなじよ」
という。
そんな言葉にハッとする。
私が剣に玉をはめて眠る時と同じ……。
だとしたらタグもなにか夢を見ているかもしれない。
私はタグの隣にいくとその白くて細い手を取りギュッと握っていた。
たとえ嫌われていたって、それでもいい。
わたしは夢の中にいるとき、現実につなぎとめてくれる何かが欲しいと思う。
だからタグの助けに少しでもーー。
そう思う私の手にこもる力はより一層強くなった。




