防衛
「……んで、あんたは朝までこの子の親であり続けてなんの発展もなかった、と」
「べ、別に、親であろうとした訳じゃないし」
「はあ……」
そう大げさにため息をつくセレナは僕の隣に座っていて、呆れた仕草をしてみせる。
目の前には寝ているベジがいてその横には三つの玉がはめられた大剣がある。
玉はすべてで六つだからもう折り返し地点だ。
旅の終わりが見えかけてきていることがなんだかことさらに寂しい。
玉を大剣にはめて言わずもがな眠りについたベジ。
その間ずっとセレナからの質問攻めだ。
きっとこれはベジが起きるまで続くのだろうな……。
「いい?あんたは前にこの子から『タグってお父さんみたい〜』なんて言われてんのよ」
「はあ」
「それすなわちカケラも意識してないってことよ?」
「……少しはオブラートに包んでくれないかな……」
「いいから聞く」
「……はい」
「そんな奴がよ、今度は寝付けない晩に布団ポンポンしたり頭撫でたりしたらもう完全にパパよ?!」
鬼気迫ったようにそういうセレナに苦笑する。
「なんで君がそこまで白熱するんだよ……」
そういうとセレナは心底イライラしたようにサラサラの黒髪をかきむしり
「あんたみたいのが一番嫌いなのよ!」
という。
そんなセレナの姿に僕はあることに思いあたる。
「…………昔の自分みたいで?」
そしてそれを口にだしてみる。
「そう!ってあー!違うわよ、今の!!」
焦ったようにそういうセレナだけど珍しく真っ赤になっている。
どうやら図星のようだ。
「つまり君は自分がしたような後悔を僕にはして欲しくないって、そう思ってくれてるってこと?」
「……調子に乗るな」
全然冗談っぽくなく、本気な感じでそういわれて思わず心臓がすくむ。
「……でもまあ、そんなもんね。恋愛って本当に面倒なもんでね。その時は勇気も出さず上手く想いも伝えられずで、でもそれでもいいって思える。だけど時が経つとすごく後悔するのよ。あのときなんでああできなかったかって。まあ、何にでも言えることだけどどんなことも取り返しがつかない。時が流れてる限りはね」
そういうセレナは意地を張ることを諦めたらしい。
「で、話を戻すけど」
セレナの人差し指がトントンと腕の上でリズムを刻む。
「あんたはあの子のお父さんになりたいの?」
「そんな訳ないだろ。ただ、昨日の彼女は……」
そこまでいってスースーと寝音をたてるベジを見やる。
昨日の彼女はーーひどく繊細で今にも壊れてしまいそうに見えたから。
だから、何もできなかった。
そもそもなにもする気はなかったし、一緒に寝たいといったのはベジがいつもとは違う様子だったから少しでも励ませたらなってそういう気持ちからだった。
だけれど僕は彼女の胸の内を明かしてあげることすらできなかった。
少しでも強引になればほんとうに崩れてしまいそうだと思った。
「……まあ、わからなくもない」
僕が言葉に詰まっているとセレナもまっすぐベジの方を見やりながら言葉を紡ぐ。
「この子もこの子なりに悩んでる。あたしらはそれに寄り添うことしかできないわけだし、あんたのその行為は正解なんじゃない?」
そういわれて嬉しくなる。
セレナに認められた……!
しかしそう思ったのも束の間。
「まあ、一般的に、って話であって、あんたの今後に関して言えば全然ダメダメね。」
なんて言われる。
ほんと、容赦がない。
一人心の中で涙を流していたらバシッと背中を叩かれる。
油断していたぼくはその衝撃で座っていたベッドから転げ落ちる。
「ま、頑張りなさいよ」
「ああ……けど、きみはもう少し容赦というものを」
「セレナさん!タグさん!」
唐突に聞こえてくる泣きそうな声にハッとして顔を上げる。
するとそこには今にも崩れ込んでしまいそうなグレーテルがいた。
なんでここにグレーテルがいるんだ?
「どうした」
「僕、どうすればいいんでしょう?!」
僕が喋り終える前にそう叫んで膝からくずれこむグレーテル。
「僕は……!僕は……!」
「とりあえず一回落ち着いてよ、グレーテル」
慌てて側に駆け寄ってそういうがグレーテルは一向に僕の言葉を聞いてくれそうにない。
ずっと僕はどうすればいいんだというようなことをうわ言のように呟いている。
一体なにがあったっていうんだ
そんな矢先、カツカツというヒールが鳴る音共にセレナがこちらに歩み寄ってくる。
「グレーテル、久しぶりねえ」
ねっとりとした口調でそういうと一気に声のトーンを下げて
「この間はよくやってくれたわね」
というセレナ。
その言葉に一瞬ハテナマークを浮かべた僕だけど途中でハッとしてあの時のことか、と思う。
僕らがベジの(というか魔王の生まれ変わりの)命を狙ってきた連中三人を問い詰めている矢先、ヘンゼルとグレーテルが現れて三人とも逃しちゃったんだ。
僕はさして気にしていなかったけど(むしろ前の三人組のーーティアナ以外の二人の方が気にくわない)拷問を楽しんでいる際中だったセレナからしたら大きな迷惑だったようだ。
まあ、なんとなく察しはつく。
そのことを自分でも気にしていたのかビクッと肩を揺らし恐る恐るといった感じで顔を上げるグレーテル。
視線が僕よりも上にいった瞬間その顔に恐怖があふれ、怯えたように僕の陰に隠れる。
僕は呆れて「セレナ」と強い声音でいう。
「はいはい。けどこの子が悪いんじゃない。こうやって大変な時だけ頼ってきて」
まるで子供のようにそういうセレナをもう一度窘めようとしたら
「う……ですよね……」
そういって立ち上がるグレーテル。
「僕はお暇します。やっぱり都合良すぎるし」
「な、グレーテル」
「……あー!めんどくさい!とにかく何があったのか話しなさいよ」
「うわっ?!」
セレナに容赦なく腕を引かれ、危うくかがみこんでいたままの僕の上に倒れかかるグレーテル。
「おいセレナ」
「あらあらごめんなさい」
セレナはそういうと悪びれもなくペロリと舌をだしてみせた。
「…………えっ?!じゃあ、二人は……」
「……はい。僕とヘンゼルは実の姉弟……だったんです」
「道理で容姿も似てるわけだわ。でもあんたら双子みたいな感じで本当の姉弟みたく振舞ってきたわけでしょ。それがなに本当の血が流れてるくらいで騒いでるのよ」
「それは……」
そういいかけるのは僕。
というのも、グレーテルの気持ちが痛いほどわかったから。
確かに『姉弟』であろうと彼はいったかもしれない。
でもそれは防護壁のようなものであって、本当は違うのだと思う。
家族であれば『好き』は形を変えるから。
家族という枠組みの中にさえあれば好きは親愛にとどまるから。
言葉に出さなくてもわかるようなそんな深いところでヘンゼルとグレーテルはきっとそんな防護壁に身を委ねていたんだと思う。
すぐ近くにあって、でも届かない。
けれど家族であれば離れることはない。
そう思っていたものが唐突に崩れ去った。
あたためていたものが防護壁に潰されて跡形もなくなってしまったんだ。
いつかは伝えられるかも
そう、思っていた気持ちが……
「ほんとですよね。僕は彼女と、本当の姉弟であるようにわざわざヘンゼルと……グレーテルなんて……」
グレーテルのスミレ色の瞳から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちる。
「……とりあえず、座りましょ。」
そういうセレナに、僕はグレーテルの肩を持ってベッドまで運んでいってあげる。
「んで、それは何を根拠にいっているわけ?」
セレナは相変わらず足を組んで腕を組んで威圧的な雰囲気だ。
「……ヘンゼルに、言われたんです。僕は最初そんなはずはないといっていました」
「けど?」
「そもそもが他人でこんなにも似通うなんておかしい。そして僕が住んでた村と彼女が住んでた村は同じ。それに加えて……僕の父は村で一人の医者だったんですけどヘンゼルの父も医者だったと……いうんです」
「…………」
黙り込んでしまう僕とは反対に
「そりゃあねえ」
というセレナ。
全く、デリカシーがなさすぎる。
「僕、彼女に言われちゃいました。『私は両親に捨てられ化け物に取り憑かれたのに、おなじ親を持つあなたは大切に育てられて幸せそうなことね』って。彼女が最後にいった『もう一緒にいられない』ってそういうことだったんだって、僕は今さら……」
「それで、ヘンゼルの元から離れて私らを探したってわけ?」
「いえ。広い世界の中で僕一人でピンポイントであなた方を探すのはなかなかに骨がおれることなのでヘンゼルが……送ってくれました」
「……なるほどねえ。こっちの坊やは坊やで全く骨が折れるわよね。そもそもなんで私が坊の子守させられてんのやら」
などとブツブツ呟くセレナ。
「とりあえず、グレーテル」
「は、はい」
「諦めんな。それに関しては以上。それからあんたらが助けたあの三人組。そしてヘンゼル。何かしらの組織の一員でしょ?知ってること全部教えなさい」
そういうとセレナはにんまりと意地の悪い笑みを浮かべた。




