寄り添ってくれるあたたかさ
「さて、と。それにしても久々の宿って感じね〜」
そういってベッドの上で大の字になるのはセレナで、ここは街道外れのちいさな宿屋さん。
私はそんなセレナに微笑んで
「そうだね」
なんていう。
けれど心の中はずっとモヤモヤしていてルナとタグの前世に関する会話や時節見える走馬灯のような魔王の記憶のことばかりを考えてしまっている。
そしてそんな私を見かねたようにタグが時節、心配そうな面持ちでこちらを覗き込んでくる。
タグは優しいなあ。人の気持ちに敏感でこうしてすぐに変化に気付いてくれて、心配してくれる。
なんてあたたかな気持ちが生まれたのも束の間。その気持ちもすぐにモヤモヤにかき消されてしまう。なんだかもうどうすれば良いのかわからない。こんなのは生まれて初めてだ。
今までずっと何も考えずに生きてきたようなものだから、こんなにも唐突に沢山の考えるべきことが現れて戸惑わざるをえない。
『大丈夫だからな。大腸もだいちょうぶ、なんつって』
『あまり深く考え込むことはないと思うわ』
不意に思い出すのはつい先ほど、この街についてから別れたソウくんとラナの言葉。
二人共また世界を救うための旅に出かけた。
そして私は二人と別れて、魔王の記憶のカケラを見て(ルナの言葉から考えると正しい呼び名は記憶整理)、改めて気付いたことがある。
それは私のソウくんに対する気持ちだ。
私は初めてソウくんとラナが一緒にいるのを見た時からずっとモヤモヤした気持ちを感じていた。
二人と共にウィザード・ガーデンに行った時だってそう。二人が仲良しな姿を見て私はなんだかひどく苦しかったし、何気なく『二人は仲良しだね』ということすらためらわれた。
そして私にはその気持ちの正体が一体なんなのかわからなかった。
でも、今はわかる。
魔王の記憶を垣間見ることで知った様々な感情、そしてその名。
やはり名をもつことでそれはより鮮明に感じられる。
私は《《嫉妬》》をしていたのだ、と。
なんで嫉妬していたのか。
理由は簡単に分かった。
ソウくんとは幼い頃からずっと一緒にいたから。その隣に自分がいないことが、そこにまったく別の人がいることが、無意識に耐えられなかったのだ。
そしてそれが嫉妬という感情なのだと今はわかる。
魔王の記憶の中で感じた嫉妬という感情とそれはよく似通ってるから……。
なんてそんなことを思っていたら
「ベジ、そこ、座ったら?」
とタグに声をかけられる。
「え?う、うん」
ぎこちなくそういってベッドに腰掛ける私。
ずっと考えごとをしていて突っ立ったままだったようだ。
タグは私が座ったのを確認するとベッドの手前に置かれているソファにドサリと荷物を置く。
それからスタスタと私の方へやってくる。
私の手前にやってくると少しためらいがちに、でもハッキリと
「よかったら今日は一緒に寝ていいかな?」
という。
「ブフォッ!」
その言葉の直後に続く盛大な吹き出す音に発生源であろう方を見やると
「なっ、あんたってなんでそう早まり過ぎるのよ」
なんていうセレナがいる。
「う、うるさいな。ともかく君は黙っていてくれ」
そういうタグの顔は少し赤い。
早まりすぎるってなんのことだろう?
「それで、いいかな?ベジ。もちろん端っこの方で寝るし、ベジに迷惑はかけないよ。それに」
と早口で言葉を紡いでいくタグに私は微笑んで
「もちろん、いいよ」
という。
するとタグの顔は益々赤くなる。
「あ、ありがとう」
そういうとどこかぎこちなく私の隣に座るタグ。その直後聞こえてくる、
「ま、せいぜい頑張りなさいよ、坊主。ヘマはしないようにね」
というセレナの声。
「?どういう」
「ベジ、気にしなくていいから」
私の声を遮りそういうタグは先程にも増して顔が赤い。本当に大丈夫なんだろうか?熱でもありそうな雰囲気だ。そう思って言葉を紡ごうとしたらセレナの
「とりあえず今日は寝ましょう。で、玉をはめ込むのは明日ね。ベジも疲れてるでしょうし、連泊すればいいから」
というあくび混じりの声が聞こえてくる。
そんな声にセレナの方を改めて見やれば何度も寝返りをうって自分の寝やすい体勢を模索しているセレナがいた。
「そうだね。そうしよう」
「うん。ありがとう、二人共」
「じゃあ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
「おやす〜」
そうして私たちは眠りについた。
…………ね、眠れない。
暗闇の中、ロウソクのゆらゆらした光が天井にうつるのをずっと見つめている。
『昨日はよく眠れなかったのよね』って聞いたことあるセリフだけれど一体どんな感じか全く想像できなかった(なにせ寝床であろうとなかろうとすぐに寝てしまう性分だから)
けれどそれが今になってようやっと理解できる。
眠れないってこんなに辛いものなんだ。
段々と自分が普段どうやって寝てるのか、そもそも寝るってどうやればできることなのかわからなくなってきた。
このまま夜が明けるのを待つのはなんだか退屈だしひどく暗い方に流されてしまいそうになる。
そう考えている矢先にも頭の中で響く、魔王に対する非難の声たち。
まるで自分のことみたいに胸が痛くて辛くて苦しい。
「ベジ」
不意にそんな優しい声が聞こえてきてそちらを見やれば少し眠たげな瞳をしながら優しい笑みを浮かべてこちらを向いているタグがいた。
「眠れないの?」
全てを見抜かれたようなそんな言葉に私は見え見えの苦笑いを浮かべながら
「えへへ。実は……」
なんて答える。
「こんなの初めてなんだ。眠れないのがこんなにも辛いことなんて私知らなかった」
「ねえ、ベジ」
そんな言葉に改めてタグの方を見やると吸い込まれるようなマリンブルーの瞳がまっすぐにこちらを見つめていた。
タグはいつからこんなにも強い瞳をするようになったのだろう。
「苦しいなら苦しいっていって……くれないか?」
そんな言葉にドクンと心臓が飛び上がる。
「なんのこと?」
とぼけたようにそういうとタグは美しい形の眉をひそめてみせる。
「君が僕の心に寄り添ってくれたみたいに僕も君の力になりたい。そういえばいい?」
「…………」
不思議とその瞳から目が離せなくなる。
「私……は……」
そこまでいいかけて口をつぐんでしまう。
私はそもそも人に弱いところを見せたことがないからどうすればいいのかとかわからないし、言葉にすることが怖く思えてしまう。
口を開こうにも何を言えばいいのかわからずに若干パニック状態に陥る。
そんな私を見かねたようにタグが私の方へ近寄り、手を伸ばし、優しく頭を撫でてくれる。
とてもあたたかくて、柔らかくて、優しい撫で方。胸の奥がギュッと狭くなるような感覚。
「大丈夫。ごめんね。無理を言って」
「……ありがとう……」
私はたまらずにそういって、もうどうすれば良いのかわからずにギュッと目を閉じた。
タグはそんな私に何も言わずに、ただ赤子を寝かしつけるように頭を撫でたり布団を優しくポスポス叩いてくれた。
胸の奥がとてもあたたかくて嬉しくて優しい。
こんなにも幸福な気持ちがあるんだ……。
そうして私は、その気持ちの名にいきつく前に眠りに落ちた。




