岩道
「はつはつらつらつ、ハツラツ!わっしょい!はつはつらつらつ、ハツラツ!わっしょい」
「ハツラツだねえ」
「…………」
「…………」
登れど登れどゴールは見えない。
足はすでに鉛のように重く、気だるく、パンパンだ。
次の一歩を踏み出すのもやっとだし、岩道の険しさに体全体が音をあげていて今にも倒れこみたい気分。
額を汗が伝い、背中がしっとりしていて気持ち悪い。
水浴びしたい……。
そしてあまりの疲れに頭が朦朧としてきてたまに自分がたった今なにをしているのかすら忘れかける。
僕なんでこんなロッククライミングしてるんだっけ。ああ、そっか、今は天使の都に向かってるんだった、といった具合に。
そして終いにはソウの意味のわからない掛け声。
どこからそんな元気がでてくるのか、ずっと大声をはりだしニコニコと笑っている。
ベジも隣で楽しそうに笑ってる。
ひどく複雑だけどそのことを考えるよりも先に疲れがくるんだからよっぽどだと思う。
そしてソウの掛け声に関しては僕もラナも再三注意したもののなおらないのでもう諦めた。
あと少し、あと少しの我慢だ……。
そう思いながら歩いていたらふと疑問が湧き出てきて
「僕たちこのままで天使の都に入れるのか?」
と言葉を発する。
そんな言葉にラナが口を開いた。
「入れるわ。私が客人として招待するから」
「……それって」
「そうね。セレナは最初からそのつもりだったと思うわ。天使にごまかしは効かないだろうから真正面から入ればいい。それなら私を利用すればいいって。そうすれば彼らの目がまずいくのは私。地上では堕天使として名を馳せた……ね」
そう相変わらず一切表情を変えずにいうラナだけどその奥には哀しみが隠れている気がする。
「そんなことはないと思うよ。セレナは君のことを思ってる」
ソウとベジがはしゃいでる横で僕とラナはひどく冷静な声音でそんな会話をする。
「そんなのあなたにはわからないわよ」
「……じゃあ、なんで君はセレナの頼みを受けたんだ?」
「セレナの頼みだから、に決まってるわ」
「それもあるだろうけど心の奥底ではわかってたんじゃないのか?セレナが決して利用する為だけに君に頼んだわけじゃないこと」
「……うるさいわね。どうやら性格は真逆みたい。小うるさくてなんだかバァバみたいだわ」
「バ、バァバ?……」
「そうよ、バァバよ」
そういうといーっと舌を出すラナ。
そういう言動すら愛らしくなるよう計算されているのが流石というか……。
「あっ!見えてきたよ!!」
不意にそういってベジが指差す先には点のようにしか見えないけれど確かになにかがある。
きっとあれが都なのだろう。
「やっと……」
そう呟く僕の声もソウの「ヒャッホォイ!!」と言う歓声にかき消される。
どこにそんな体力が残っていたのか。
途端駆け出すソウ。そしてそれを追いかけるベジ。
「全く、困った人達ね」
そういって跡を追うラナ。
僕もそれに続こうとしたがふと立ち止まって
「ラナ」
と名前を呼ぶ。
ラナが無表情の中に怪訝そうな感情を浮かべてこちらを振り返る。
「なに」
「僕は君となんの関わり合いもない。だけどセレナの仲間として、君がこの先の場所で傷ついた時には全力で君のことを助けるから」
なんとなく、セレナの想いを託されているような気がしていて……。だからかな。そんな言葉を発する。
セレナだって来れたのなら誰よりもこの場にいたかっただろうし。
ラナは暫く無言を貫いていたがやがて考え込むような顔で
「そういうとこはニコなのね。不思議な子」
という。
僕がそんな言葉にニコって誰だよと問う間も無く言葉を続けるラナ。
「それとね、そういうクサイ台詞はあの子やセレナに言ってあげて」
「く、クサイ?!」
せっかく気を遣って言ったのにそれをクサイってなんて暴挙だよ。
「……でもそうか。あなたとセレナが仲間……ね。だとするなら私がしてきたことをあなたが知った時、そんなこと言ってられなくなるわ。私のこと殺したいくらい憎くなるかも」
無表情なのにどこか物悲しくそういうからつい戸惑ってしまう。
きっとそれは普段から滲み出ているセレナとはまた違った感じで高圧的な態度が途端に消え失せたから。
なんのことを言ってるのか問おうとしたけど気づけばラナはもうそこにいなくてずっと先のソウやベジの方へ行ってしまっている。
僕はひどくモヤモヤしたものを抱えながらみんなの元へ急いだ。
「うひょお〜!ここが天使の都ウィザード・ガーデン!!」
そういって都を抱きしめるように両手を広げるソウを慌てて取り押さえるラナ。
「ちょっと、気づかれるでしょ」
僕たちは今都への入り口付近の物陰から都の中をこっそりとのぞいている。
立ち並ぶ白い建物たちにはどれも美しい金の装飾がなされ、あちこちに鮮やかな緑色の蔓が絡んでいる。その蔓のところどころに眩しいくらいに白く美しい花々が咲いていてとても幻想的で美しい景色を生み出してる。
ここからだとあまり多くは見えないので町並みとしてわかるのはそれくらいだが。
そして天使たちは皆今のラナのように羽をしまった状態であたかも人間のように暮らしている。
格好は統一されていて重圧感のある白い布地でてきたドレスやチュニック。留め具には金があしらわれていてなんだか高級感がある。
そして遠目ではあるもののどの天使も皆ひどく幻想的な美しさがあることが見て取れる。
「ラナ、まだダメなのか?」
「うるさいわね。あと少しで入れるわよ」
そうイラついたようにいうラナは見えないようにしている手がガタガタと震えている。
ソウは都に夢中でそれに気づいていないらしい。
この会話からもなんとなく察すると思うけど僕らは今ここでラナが都に入る覚悟ができる時を待っている。
ラナの気持ちはよくわかる。
僕が生まれ育った場所……ルミナスに戻らなくては、はいらなくてはいけなくなったら今のラナと同じ心情になると思うから。
僕もラナのそう思う事情は違うけれど、自分の故郷に帰ることがひどく心苦しいことだということは二人とも同じだと思うのだ。
嫌な思い出ばかりが頭の中でリピートされて一歩が踏み出せない……。
僕は何か言葉をかけようと口を開いた。
だけどなんて言えばいいのかわからない。
大丈夫、そばにいる。だとまたクサイと言われそうだし僕らはそこまでの関係ではないように思う。まだいつも一緒にいたのならわかるけど。
だったら頑張れとか?でもそれはそれで軽薄な気がする。頑張れって言われなくてもわかってるだろうし。
なんてゴチャゴチャ考えこんでいたら優しくあたたかい声が耳にはいってくる。
「ラナ、私達が側にいるよ。一緒に行ってみよう」
なぜだろう。不思議だ。
ベジがいうとその言葉が、ぼくが考えていたよりもずっとあたたかで心震わすものになる。
ラナの様子がさっきとは少し変わった。
尖っていた空気が柔らかくなるような……。
ベジがそっとラナの震える手を握る。
「ね?」
「そうだぜ、ラナ。ソウがいればいつだって爽快無敵だって前もそういっただろ」
都に夢中になってたことなんてなかったみたいにニカーッとした笑みをラナに向けるソウ。
こ、これじゃあ、僕だけ何もいってないじゃないか。
そう気づいて慌てて口を開き、でてきたのは
「大丈夫さ」
というどこか簡素な声音の言葉。
ラナは暫く俯いて、その白金の髪の毛に隠れて表情が見えなくなっていたけれどやがてバッと顔をあげた。
「行きましょ」
そういって。
「…………」
ラナは僕たちの先頭にたち、都の中へと足を踏み入れる。
それに気づいて近くを通りかかっている人々が皆一様にこちらを振り返る。
ラナは門から中に入るとそのまま仁王立ちする。
ラナの後ろにいる僕たちを異常に感じてかヒソヒソと会話する天使達。
やがて僕たちを囲むようにして天使の輪ができる。
「おいおい、どこの誰かわからんが何を勝手に他種族を都へいれている?魂のみの者ならともかくそいつらは生身の人間にエルフではないか。これがミカエル様に知られれば重罪として重い処罰がくだされるぞ」
不意にそんな言葉をかけてくる天使。
その天使の言葉を受け、皆物珍しそうに見ていたのをやめて「そうだ、そうだ!」と文句を言いはじめる。
ラナの背中はひどく小さくて腕も足も今にも折れてしまいそうな程細い。
だけれどその拳はぎゅっと強く握られている。
「大天使ミカエル様に御目通りを。この者達はミカエル様の命でつれてきた特殊な者達です」
ハッキリと叫ぶようにそう伝えるラナ。
周囲のざわつきが先ほどにも増して大きくなる。
「そんな言葉信じられるか」
不意にそんな言葉が聞こえてくる。
「そうよ。ミカエル様の命だなんて嘘をついているんじゃないの?第一あなた、全然見たことのない顔よ」
そんな言葉の数々についにしびれを切らした隣のソウが拳を握り前に飛び出そうとする。
だから僕は慌ててそれを制し小声で
「ここでそういう行動をとってはラナの覚悟が無駄になる」
という。
「…………」
ソウはひどく不服そうにしながらも、拳をおろし黙り込む。
そんなソウの隣へ目をやれば祈るような表情でラナや天使を見つめるベジがいた。
「……もしかしてこの子……」
そんな声とともに人々をおし分け前に出てきたのは一人の女の天使。
目を見開いてまじまじとラナを見つめている。
「やっぱりそうだわ!ライレナ・ソレイユ。ずっと昔に地上へ落とされた子よ」
そんな言葉に周囲がざわつく。
「それってあの方の妹ってこと?」「いや、それは噂にすぎないだろ」「でもなんとなく顔立ちが似ているわ」
そんな声の数々。
こんな状況、早く終わってくれ。
こんなのラナにとって地獄でしかないのに、助ければラナの覚悟を無駄にすることになる。最悪な状況だ。
「あ、あれは……!」
そんな時ざわざわした声の中に驚きの声が増えていく。皆一様に後方をみつめる。
誰かいるのか?
そう思っていたらラナの目の前の人びとが端の方へ避けて道を作りはじめる。
「この騒ぎは何事です?都の入り口でこのような騒ぎを起こして見苦しいにもほどがありません。直ちにこの場を立ち去りなさい」
柔らかながらに有無を言わさぬその口調に天使たちはソソクサとこの場を後にする。
その人はそれを見届けるとこちらは歩み寄ってくる。
「私は大天使ミカエル。この都を治めている者です」
そういうと柔らかに微笑むその人。
陶器のような白く滑らかな肌。少し巻かれた白金の髪の毛は二つにしばられている。
青空をそのまま移したような美しい瞳を優しげに細め、ローズ色の唇には穏やかな笑みが宿っている。
鼻はスーッと通っていて頭の先から指の先まで全てが優美だ。
なんて美しく幻想的な人なのだろう、とつい一瞬惚けてしまう。
ん?そういえば何故、このミカエルと言う人は自己紹介をしているのだろう。
天使であるラナがここを治める自分のことを知らないと考えるのはおかしい。
普通知っていると考えるだろう。
では、なぜ?
そう思っていたらその人はより一層笑みを深めた。
ああ、そういえば、この人のこの顔立ち。
どこかで見たことがある。
「久しぶりですね、ラナ。姉に会いにきてくれたのかしら」
そういったその人が浮かべた笑みはラナが狂っている時に見せるものと同じものがある気がする。
「…………」
ラナは何も言わずミカエルから目をそらすようにそっぽを向く。
その様子に少し満足げな表情を垣間見せたミカエルはこちらを見やりニコリと笑んでみせる。
「こんにちは。妹がお世話になっているようね。私のこともお友達だと思ってどうぞ気軽に話しかけてくださいね。ああ、そうだわ。私の名はルイレナ・ソレイユ。ルナと呼んでちょうだい」
「えっと、じゃあ、ミカエルというのは?」
不思議そうにそうたずねるベジにルナというらしいその人はニコリと微笑む。
「大天使ミカエルというのはこの都を治める者が称える称号。いわば、『王』といってるようなもの。だから私の本当の名はルナというのよ」
なんだか、怖い。
不意にそう思う。
美しさの奥に底知れぬ闇と狂気を抱えている。
そんな気がする。
しかもそれは悪魔の里で垣間見たラナの狂気とは比べたものにならないほどに底が深そうだ。
「……久しぶり」
ようやっと口を開いたラナの言葉はそんなもの。
その言葉にルナさんはさして気にした風もなく「ええ、久しぶり」という。
「ところであなた方が何故ここに来たのか私のお城でお話を伺ってもいいかしら?」
その言葉は他の天使たちに放った言葉のようにどこか有無をいわせないものがある。
僕らはみんな考える間も無く頷いていた。




