洗脳
ひどく頭がぼんやりする。
顔をあげれば視界はひどくボヤけていた。
メガネをかけていない状態でさらにボヤけているのでもう何が何だか確認することすらできない。
その上気分も悪くなってきた。
なんなんだよ、これ……
「あら、お目覚めのようね。あなたはあの子にとてもよく似ていたからてっきり効かないかと思ったけれどそんなことなかったわね」
そんな声にハッとする。
しかし視界がぼやけ過ぎていてその人がどこにいるのかはいまいち把握できない。
「あの子って……」
ぼんやりとした思考でそう呟く。
するとその人は
「あら、まだ自我が残っているのかしら?本当にしぶとい子ね」
という。
そんなその人に一体どういう意味かとたずねようとする。
しかしその前に
「せっかくご主人様が帰ってきたのに何かご不満なのかしら?」
なんて言葉を突きつけられる。
は?意味がわからないぞ。一体……なんて思ったのも束の間。
僕は自分の意思とは無関係に
「はい、ご主人様……」
などと口走っていた。
ああ、なんだよ、これ……。
視界は揺らいできたし頭はグラグラするしなんだかほんとに……。
……そういえば、この感覚、以前もーー。
「いい子ね。いい子にはちゃんと答えを教えてあげなくてはね。」
そうだ。セレナの尻尾で刺された時と同じだ。
セレナのほど強力ではないみたいだけど、それでも充分ーー。
「あの子っていうのは以前この組にきた至高のイケメンくんのことよ。私たち妖精はいつだって至高のイケメン、つまりは自分たちの望むすべての条件を兼ねそろえた人物を探しているの。そして彼はまさにその通りの人だった」
うっとりしたような声でそういうその人。
相変わらず気持ち悪さはあるものの少しずつ視界の揺らぎはなくなってくる。
「完璧なイケメン。みんな彼の虜になったわ。けれど、彼は奪われた」
途端声に強い憎しみが宿る。
「彼の仲間だという悪魔に」
その言葉を聞いたハッとする僕。
それってセレナのことか?
そういえば以前、セレナの仲間には二人エルフがいて、そのうちの一人は姫、もう一人は呪われた金髪の1代目にしてセレナの好きな人だった(本人は完全に否定していたけれどあれじゃあ肯定しているようなものだ)という話を聞いたっけ。
だとすると、その至高のイケメンってもしかしてーー。
「あの悪魔さえ来なければ私たちは彼とずっと一緒にいられたのに!次会った時の彼は悪い意味で見違えていたの。やはりあの時」
その人がそこまでいったところで別の妖精の声が聞こえてくる。
「チルノ様!そろそろお時間です」
「わかったわ。今いく。ほら、お行きなさい」
その人にそういわれ体に力も入れていないのに自然と立ち上がる僕。
だけれど……。
「?どうしたの。行きなさい」
そういわれてハッとする。
さっきまでのおかしな気持ち悪さがもうなくなっている。
つまりこれは洗脳が切れたってことか?
だから、僕の体はこの人の言うようには動かない?
なんてそんなことを思う。
「全く、どうしたというの?まさか洗脳が」
そういわれて慌てて歩き出す僕。
何故かはわからないけれど、せっかく洗脳が解けたというのにまたかけられたらたまったもんじゃない。
不自然に見えていないといいけれど……。
なんてそんなことを思いながらまっすぐ歩いていく。
それにしたってメガネがないというのは本当に不便なものだ。
これじゃあそのうち壁に激突してしまいそうだし……。
なんて思ってるとやがて光が見えてくる。
あの先に行けばいいのか?
なんて思いながらその光に向かって歩いていく僕。
やがてその光が差してきていた場所にたどり着く。
「入場してきたのはチルノ組の新入りさん!
甘〜いマスクに相反する鋭い瞳が魅力的♪王子系イケメンとはまさに彼のこと!永遠のボクっ子、タグ・パリオネル!!」
唐突に大音量で流れてきたその言葉に絶句する僕。
永遠のボクっ子ってなんだよ、それになんで僕の名前を?……
洗脳されている時に言わされたのだろうか。
全く記憶にないが……
セレナの尻尾で刺された時も最初は意識を失ってるような状態になったし、そういうことだろうか。
なんて考えこみながらボーッと突っ立っているとまたあの大音量のナレーションが聞こえてくる。
「続いて入場してきたのはイフィリン組の、これまた新入りさん!おっとりした優しい素顔の裏に隠されたのは情に熱い漢の姿?!あなたの心をホカホカに。ベジーーっ!!」
その言葉を聞いて一気に頭がはっきりしてくる僕。
今、聞き間違いでなければベジって、そう、いったのか?
そういえばベジとセレナはあの後どうしたんだ?
もし、僕のことを追いかけてきていてくれたのならそのベジはあのーー。
なんて考えていると続く言葉が聞こえてくる。
「続いてやってきましたのはシャリート組の、これまたまたの新入りさーん!クールな流し目片方だけあがった口角。彼にならどんな意地悪な言葉も吐かれてみたい!ドS男子、ナアカロウ!!」
その言葉にまたもハッとする僕。
名前は違うが特徴からいって明らかにセレナではないか。
きっとセレナのことだからやすやすと自分の本当の名は口にしないだろうし
だとするなら、今名前がでた人物はセレナ本人なのかーー?
そんなモヤモヤした頭を抱えていて気づかなかったけれど、あちこちから悲鳴……いや、歓声が聞こえてくる。
目を細めて見てみればぼんやりとだがまわりが闘技場のようにぐるっと観客席に囲まれていることに気がつく。
一体これから何が始まるんだ?
まさか、闘い……か?
そんなことになったらどうすればいいんだ?
ベジやセレナを傷つけるなんて……。
それにしてもそのベジとセレナはどこにいるんだろう。
そう思って目を細め改めてあたりを見回す。
右斜めと左斜め前にある人影。
もしかしたら、というか、きっとあれがーー。
「それでは、我らが大女王様にお見えいただきましょう」
そんな言葉が発せられた途端にあたりはシーンと静まり返り、僕の横をチルノがスーッと通っていく。
その手には何かーー花のようなものが握られている。
チルノはやがてよく確認できないくらい遠く、闘技場のようなそこの中心にゆく。
ベジらしき人と、セレナらしき人がいる方向からも小さな点が(この場合その組のリーダーと見るのが正しいんだろう)中心へ向かって進んでいく。
そしてそれから、あたりにいる、闘技場でいう客席のところにいる妖精たちが一斉に同じ歌を歌いだす。
普段はあの超高温でてんでばらばらのことを喋っているため騒音でしかないそれが、皆で一つの音楽を奏でていると騒音とは思えない。
むしろ、綺麗でとても幻想的なものになる。
そんな中僕は呆然と目の前の光景を見つめていた。
これから一体何が起こるのか全く予想がつかずにーー。
それから暫くした頃。
一筋の光が闘技場の中心、チルノたちがいる場所に現れた。
それは少しずつ大きくなりはじめ、やがては闘技場全体を包み込んでいく。
僕はそのあまりの眩さに思わず目をぎゅっとつむった。
こんな光、直接見たら余計に目が悪くなりそうだ。
「久しぶりですね、皆」
やがてそんな声が聞こえてきて、光は段々と弱まっていく。
恐る恐るといった感じでゆっくりと瞳を開いていく。
すると、先程まで何もなかった闘技場の中心に、見上げるほどに大きな大きな女性ーーいや、妖精がいた。
あまりの大きさに息を飲む僕。
ヘタすればベルサノンの城壁に手が届きそうなくらいだ。
視界は相変わらずだからよく見えないけれど本当に圧巻の大きさだ。
「女王様、いつもお恵みをありがとうございます。女王様、我々のことをいつまでもお見守りください。女王様……」
ゾッとするくらい息ぴったりにそんな言葉を発し続ける妖精たち。
やがてその言葉の羅列が終わると女王と呼ばれるその人はふうっとため息をついた。
しかしそんなただのため息さえ甘さと優美さが漂っている。なんだか、貫禄のある人だ。
「今回決闘を開いたのは言うまでもありません。近年把握しきれないほどの派閥が発生しています。中には派閥の中で分裂をおこすところもあるようですし。そこで私は今回の決闘にて長となる組を決めることにいたしました。」
その言葉にあたりは一気にざわつく。
「静かになさい。長になった組の者には絶対的な権限を与えることとします。それによって同じような系統の派閥を一つにしていってほしいのです。もちろん、無闇に、気に入らないからなどという理由で派閥の合併を行うことは許しませんよ。そのようなことが発覚した場合その長の組は取り潰しますからね」
そんな言葉に喜んでいたような声も驚いていたような声もみんな静まり、シーンとした空気があたりをつつむ。
「またなぜ今回この時に決闘を開いたかについてですが、それについては奇跡の賜物です。決闘にて取り決めたいことが生まれた際幸いにも決闘に見合う者が、特に大きい派閥三組にやってきたのですから」
そんな女王の言葉にみんな歓声のような
声を上げる。
「では、さっそく」
そういうと、その長い長い腕で、僕と他の二人を持ち自分の自分の顔に近づけていく。
僕と同じ、左手で掴まれたその人は、漆黒の髪に鋭いながらも無邪気な(悪い意味で)瞳をしたーー男の人。
なんだ、男か。
それにしてもすごくセレナと似てるよな。
双子レベルっていうか……。
「ジロジロこっち見てんじゃないわよ、坊主」
「え」
こっちをにらみつけてそう言い放つその姿は明らかにセレナだ。
「え、本当にセレナなのか?でも、なんで?」
「説明はあとよ。あいつの冠についてるあれが紅の玉。あれとったらこんなとこさっさとずらかるわよ」
そう言われて女王の方を見やる。
しかしその時にはもう女王の顔の目の前に持っていかれていて冠は見えなくなっていた。
「さて、どの子から味見しましょうか」
そういうと女王は大きな口を優しげに、でも怪しげに歪ませた。




