翡翠の玉の記憶
「ほう。ここがかのエルフの王国ベルサノンか。実に感慨深いなあ」
そんなことを呟いて、ベルサノンの国境に足を踏み入れる、一人の男。
そんな男の人を見つめながらこれは夢かあ……なんてことをぼんやりと思う。
私は今頭上あたりからその人のことを見ていてその人が道を進むと自分も自分の意思とは関係なく自然とそのあとを追っていっている。
まるで幽霊にでもなった気分だ。
知らない人が夢に出てくることはたまにあるけど、この人はなんだか知っている人のような気もする。
もっとも私の視界は夢特有のぼんやりとしたもので、ハッキリと誰なのかを確認することはできないから定かじゃないけど。
まあ、楽しそうな夢だからなんでもいいや。
この間はゆっくり観光もできなかったし。
この人を見守るついでにベルサノンの素敵な街並みを見物しよう。
なんて呑気なことを考えながらその人の行く末を見守る。
けれどやがて街並みもその人の姿も薄れはじめる。
あれ?もうおしまいなの?
まだ全然観光できてないよ。
なんて思っていたら今度はまた別の場面がぼんやりと現れてくる。そこには先程のあの人もいる。
やがてその光景が目になじんでくると
そこが王宮の大広間だということがわかる。
王、女王、姫らしき人がその人の目の前の椅子に座っている。
こちらもまた顔はよく見えないのだけれど、その髪色が銀髪であるってことだけはわかる。
今のエルフの王族は金髪だから、この夢の光景は昔のことみたい。
まあ結局のところ夢だから今も過去もあったものじゃないんだけれど私は銀髪のエルフのお姫様だっ!と興奮してそのお姫様らしき人を一心に見つめる。
私が絵本で見たあのお姫様とは違うかも知れないけれど、銀髪のエルフのお姫様ってことに変わりはない。
「…………して、主はその企みを止めようとでもいうのか。」
「はい。知ってしまったからには止めるしかないでしょう」
「わしにその企みのこと、そしてぬしがその企みを止めること、両方を信じ力を貸せと申すか」
「はい。あなたはかのシャーロット女王の息子。シャーロット女王も偉業を成し遂げた方です。信じてはもらえないと思いますが、シャーロット女王も私めと同じようにかの企みを止めるために動かれたのです。ですから」
「今度は母上の名をだすか。呆れたやつじゃのう」
そんな王の言葉に女王と姫らしき人や壁際に立っていた召使いたちがクスクスと笑う。
それでも、男の人は諦めていない。
「なれば、私めが信用に足る人物かどうか、その目で確かめていただけませんか」
「まあ、なんと無礼な。先程の嘲笑が聞こえなかったのですか?さっさとお帰りなさいな。結局のところあなたが通されたのも見世物にするためだったのですよ」
そんなこともわからないのかと呆れ切った様子でいう王妃。
しかし男の人は一向にめげる気配がない。
「エルフは森と共に生きる、狩猟に長けた種族と存じております。」
「だからなんじゃ」
「一度で構いません。 私と狩猟において勝負していただきたいのです」
「そして、万が一にも主が勝ったら主に力を貸せと、そう申すのか」
「いかにもその通りにございます」
「まあ、なんと図々しい。衛兵、この者をただちに捕らえ外へ」
「いいえ、待ってください、母上」
そういって立ち上がったのは姫らしき女の子。
少しずつ顔が見えてくるものの、やはりハッキリとは見えない。
けれど、その人はどうやら、私と同い年くらいの子のようだった。
「私がこの人と勝負いたします」
女の子がそういってスッと立ち上がる。
ちょうどそこでまた視界がぼやけだす。
やがてまた視界がハッキリとしてくると、そこはどこかの小川のほとりで、男の人と女の子がハアハアと荒い息を吐きながら水を飲んで談笑していた。
「それにしても恐れ入ったわ。あなた人間なのにどうしてそんなに弓の扱いが上手いの?信じられないわ」
「それはお褒めにあずかりありがとう。けどこれでも随分と無理しててね。肩を痛めてしまってしばらくは思うように動けそうにないよ」
「まあ!大丈夫?なんでもっとはやくいってくださらなかったの?」
「俺にもプライドってもんがあるからね。それより、お姫さんは一般人の俺に負けて悔しくないのかい?そのことを盾に俺がお父上と取引することだってわかってるだろうに」
「ええ。それは、もちろん、悔しいわ。けれど私、それ以上にワクワクしているの。父上や母上はエルフが一番高等な種族でそれ以外は下僕だってそんなことばかりいっていて私も最初は信じてなかったけれど段々とその言葉を信じ込むようになってね。けど人間のあなたがここまでやれるなんて……。とても驚いたわ。人間って短命だしひ弱な印象だったんだけれど。この間みた文献にもそんな風に書いてあったし。って、あっ、えっと、そんなことはどうでもいいわね。あー、ええと、そうね。私が負けたことを盾にあなたが取引するのは正直気にくわないわね」
「…………」
「どうかしたの?」
「いやあ、よく喋るおひめさんだなあって」
「なっ!あなたが喋らせたんじゃないの!」
そんな風に言いあう二人はなんだかとても楽しそうで見ているこちらまで自然と笑顔になる。
やがて次第に視界がぼやけ……。
「はい。ですから私、彼と共に旅に出たいと思ってます」
「まあ、あなた、この男になにかされたんじゃないの?今すぐこちらへいらっしゃい。バカなことを言ってるんじゃないわよ」
「母上!私、本気です。本気で言ってるんです。彼が言ってることが本当なら世界は今危機にさらされている。そして私は彼と狩猟の勝負を行う中で彼が信頼に足る人物だと知りました。だから!」
「わかった」
「父上!」
「あなた!」
「我が娘がこれほどまでにいうのじゃ。仕方あるまいよ。この子にはいつも無理をさせているからね。しかしながら我が娘が傷一つでも負って帰ってきた時には」
そういうと首を搔き切る仕草をする王。
しかし男はそんな王の仕草にすら動揺しない。
そういうところもあいまって彼には他者にはない強烈な魅力とカリスマ性が備わっているように感じる。
「父上と母上の了承がいただけたわけだしそろそろ行きましょうか」
姫の女の子がそう言ったところでまた視界がぼやけてくる。
だけど今度は一向に次の場面が現れることはない。
あれで終わりかあ。
それにしてもなんだかひどく現実じみた夢だったなあ。内容はすごく夢のようなのに。
どうしてこんな風に感じるんだろ。
それにあの男の人、誰なんだろう?
何かが胸をモヤモヤさせるけれど、その正体がわからずに、私はただボーッと眠りの世界をただよっていた。




