解読
「で、あとどれくらいで解読できそ?」
「あまり急かさないでくれないか。ベジだって眠ったままなんだし……」
そういう僕の視線の先にはスースーと穏やかな寝音を立てるベジの姿がある。
普段ならそんなベジの姿をみて微笑むことろだが今回はそうもいかない。
というのも、今は普通の睡眠とは違って、自分の意思でなく外部からの影響で眠りについてしまったから。
どういうことかといえば、それは何時間か前のこと。
グレーテルを見送り改めて翡翠の玉について話した。
そして玉を大剣にはめなくてはならないってなって……。
ベジがもつその大剣(普段は弓の姿だけど)に翡翠の玉をはめた。
その時だった。
ベジは唐突に倒れこみそのまま深い眠りについてしまった。
眠ったのだとわからなかった時は心臓が破裂するくらいに鼓動がはやくなって息もうまくできくなった。
けれどセレナいわく、玉をはめるということは大剣が力を得るということだから、そのための体の準備期間的な眠りについた、らしい。
なんでも昔、里の碑文で読んだのだとか。
普段は胡散臭さしかないようなセレナだが、こと情報に関しては信用できる……と思う。
それにしてもそれならそれで最初にいってもらいたかったものだが。
そしてそんな僕らは森の小道から外れた奥まったところに移動しベジを柔らかな苔の上に寝かせ、自分たちは近くの苔だらけの岩に座って(正直少し湿っていて気持ち悪いけれど)古文書の解読をしている。ベルサノンの宮殿からとってきたあの古文書のことだ。
色々と手にとったのはいいものの、一冊の情報量が半端ではない上どれも字がかすれていたり塗りつぶされている箇所があったりして目を細めたり頭をつかって何が入るのかを考えなくてはいけない。
そのせいでほんの何ページが読んだだけでも頭がグラングランいいだす。
だというのにセレナは隣で爪を磨きながら時節「あとどれくらいで終わりそう?」などといってくる。
全く、腹立たしいことこの上ない。
自分だって古文を読めるくせに面倒くさいからといって目も通さないどころか爪の手入れをしてるんだから。
ベジの心配をしたのも束の間。
今度はセレナへの怒りが胸に満ちてくる。
さっきからずっとこんな感じだ。
ベジを心配してはセレナに怒ってる。
それもあって余計に疲れているのかもしれない。
うん、きっとそうだ。
「セレナ」
「なによ」
「僕は少し寝る。だからその間少しでもいいから解読をすすめといてくれないか」
「別にいいわよ」
「……え?」
今、聞き間違いでなければ「別にいいわよ」って、そう、いったのか?
本当に?
そんな心境でセレナの方を見やると(意識はしてないけどきっとギョッとした顔になっていると思う)セレナはうんざりした様子で
「いいわよっつったの。ほら、さっさとそれをよこしなさい」
そういって乱暴に僕の手から古文書を奪い取る。
僕は暫く呆然としたあとハッとして
「なんで今更手伝ってくれるんだ?あんなに面倒がっていたのに」
「いいからあんたは寝なさいっての!」
いい加減セレナが本気で怒りだしてきたので僕はこれ以上詮索するのは自分の身を無防備に危険の目の前へつけだすようなものだと感じ慌てて口をつぐんだ。
「じゃあ……ありがとう。おやすみ」
「……ん」
僕は岩から降りると岩にもたれかかるようにして目を閉じた。
長い間古文書のやたらめったら長くて汚い……いや小難しい文を読んでいたせいで目も頭も、ついでにいえば心もクタクタだ。
セレナがどこまでやってくれるのかはわからないが、できればあの一冊の半分くらいは読み解いていて欲しいな。
あのセレナだしそれくらいできそうだ。
なんて思っているうちに僕は深い眠りについた。
それから僕が目を覚ましたのは明け方頃だった。眠ったのが夕方ごろだったから随分と寝たものだ。
グウゥゥ……。
そんな音をたてたお腹をおさえながらあたりを見やる。
目の前のベジは相変わらず眠っている。
スースーと穏やかな寝息をたててはいるもののやはりここまで眠り続けていると心配になってくる。
でも叩きおこすわけにもいかないし起きるのを待つしかなさそうだ。
それから隣の岩を見やれば僕と同じように岩から降りて岩を背に座ったセレナが片手に古文書を持って眠っていた。
周囲にも何冊かの古文書が乱雑にちらばっている。
その様子を見て僕は立ち上がり落ちている古文書を一つ一つ拾いあげる。
「全く……」
子供じゃあるまいし、自分の身の回りの整頓くらい自分でできるようになってほしいものだ。
でもまあ、僕が寝てる間に解読してもらったわけだし、ね。
なんて思いながら最後の一冊を拾いあげる。
「あれ?……」
その一冊は唯一白紙のページがあり(しかも全体の3分の2ほども)一番最後にでも読もうと思って後回しにしていたものだ。
その古文書の見開かれた部分は確か空白だったページ。
しかし今やそこにはびっしりと文字がひきつめられている。
どうやらセレナが書いたようだ。
ところどころに矢印が引っ張ってあったりゲジゲジと訂正された跡があって字も書き殴られているが書かれている内容はすごい。
僕が全く分からなかった箇所が完璧に訳されている。
もっとも正解など知らないから完璧かどうか定かではないがきっと完璧な答えはこんなものなんだろうと思う。
ここに書いてあるメモによれば、
紅の玉はフェアリーピクシーの住まう国ノーチルターンに。
瑠璃の玉はマーメイドが住まう海の中の王都トリトルンに。
真珠の玉は天使の園ウィザード・ガーデンにある、と記されている。
残りの2つの玉に関してはまだ解読していないらしい。
それから下の方へ視線を移していくとそれこそほんとのなぐり書きの、自分にしか読めないような暗号のような字体で
『……泡沫の時 終末の時……』
『……光と闇は引き合う……』
『……新たなる王この地に生まれる……』
などとかかれている。
もっともかろうじて読める部分をこんなことを書きたかったのか?と予想した結果なので定かではないが。
それにしてもこれはなんの走り書きだろう。
というか、どんな意味なんだろう。
光と闇っていうとやっぱり大戦のことを思い出すけれど。
なんて思っていたら唐突に持っていた本をバッと奪われる。
「なっ、起きたのか。それにしてもそんな取り方はないんじゃないのか」
「あんたが勝手に見てるからでしょ」
そういうと今まで見たことがないくらい怖くて強い瞳でこちらを一睨みするセレナ。
「……ご、ごめん」
僕は幼い頃から両親のこういう目を何度も見てきたからその目をされたら従わずにはいられない。
恐怖に押しつぶされてしまうようなそんな感覚が体を支配するのだ。
セレナは暫くすると一つため息をついて「別に。こっちこそごめん」という。
珍しく謝ったことに驚いているとセレナは立て続けに口をひらく。
「この頭痛くなる本読んでたらイラついてきて寝たんだけど起きてもイラつきは取れないみたいね」
そんな言葉にクスリと笑いが溢れる。
「確かに。ほんとにイライラする本だよね、それ」
「あーっ!仕方ない。イライラをとるにはこれしかないわね」
「え」
いきなり立ちあがるセレナに若干の、というかかなりの身の危険を感じて思わず身構える僕。
セレナなら平気で人をサウンドバックにしてストレス発散しそうだから。
「あんた、今なんか失礼なこと思ったでしょ」
「う」
「はあ。ほんとこれだから坊主って」
そういうと僕を通り過ぎてベジの元へ歩いていくセレナ。
「?何をする気だ?」
「いいから見てなさいって」
そういうとベジの横に膝をつきそのそばかすが一杯の健康的にやけたほっぺたを容赦無く両サイドから掴むセレナ。
それから掴んだベジのほっぺたを容赦無くグニグニモミモミしまいにはビヨンビヨンと横に伸ばしたりしてる。
それでも全く起きないベジにはある意味尊敬の念すら覚えるが今はそれどころではない。
「何をしてるんだよ!かわいそうだろ」
そういって慌ててセレナの行為をやめさせようとする。
しかしセレナは悪びれることもなく
「だってこの子のほっぺた気持ちいいんだもの。不思議とこのほっぺたを触ってると心が落ち着くのよねえ」
なんていいながらほっぺたをあっちへこっちへと引っ張る。
僕は暫く呆れて言葉も出なかったがやがてセレナの隣に座り込み言おうとした言葉を飲み込んだりだしかけたりする。
「なによ。あんたも触りたいの?もっちもっちよ」
「…………」
ベジ、ごめん!
本当にごめん!!
「……少しだけ」
そういうと僕はほんとに少しだけベジのほっぺたに触れた。
ベジの体に触れてしまったという感動と共に(まあ触れたことがないわけではないが、意図的には初めて。もちろん変な意味じゃなくね)ほっぺたの柔らかさに驚きと癒しが体を駆け巡る。
「だからいったでしょ?」
そうドヤ顔するセレナに僕は何度も頷いた。




