お別れは突然に
「……だからって、よりにもよってそれをあげたの?」
「だから、手持ちのもので都合のいいものがなくて仕方なくて。しかも生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだ」
「もういいよ!信じられない!」
そんな喧嘩する声がしてきて不意に目を覚ます。
あたりはまだ完全に明るいわけではなくて、ぼんやりと暗く、ただ、明るい。
どうやら明け方らしい。
瞳は開けたもののまだ眠くて体は起こさず、ただ寝起きのボーッとした状態で聞こえてくる喧嘩声に耳を傾ける。
この声、タグとお姫様だと思うんだけど一体何のことで喧嘩しているんだろう。
「じゃあ、私いくから」
「ちょっと待てよ!」
「待てるわけないでしょ。確かにあれはおふざけだった。だけど……偽物でもプロポーズとしてあげた……大切な……私がタッくん……タグと改めて向きあった証でもある指輪なの!」
プロポーズ タッくん 指輪?
どういうこと?
二人は知り合いなの?
「……そこの女の子は悪くない。だからその子が指輪を持っていようと構わない」
そこの女の子、それってきっと私のことだよね。
心臓がバクバクしてくる。
それは盗み聞きをしているからなのか、なんの関係もないと思っていた話に唐突に自分がでてきたからか……。
……きっと両方だ。
話を聞いてる限り私が今右手の中指につけている指輪ーーセレナと契約した時に捧げた、タグから譲り受けた指輪ーーが二人が喧嘩している原因なんだろうな……。
きっとこの指輪はお姫様がタグに渡したもので、タグとお姫様は知り合いだし仲良しさんなんだと思う。
私はなんだかいてもたってもいられなくて慌てて起き上がった。
「あの、ごめんね!」
「え……」
「ベジ、起きてたのか」
驚いて目を見開く二人に私は何か言葉を紡ごうと口を開く。
詳しい事情はよくわからないけど、私がこの指輪を持ってるせいで二人は喧嘩しているんだ。
「あのね」
「やーっと、見つけた」
私がなんとか言葉を紡いだその瞬間。
草をかき分けてこちらへ歩いてくる人物。
見覚えのあるその人は……。
「セレナ!」
「お久しぶりね。どこにいったのか随分と探したのよ?」
そういって赤い唇の端をニイッとあげてみせるセレナ。
いつもの調子のセレナに安心感からフッと笑みがこぼれたのも束の間。
「あらあら。これ修羅場?悪いところに邪魔したわね。まあ、私はここらで見物してるからどうぞお好きなように続けてよ」
そうわざとらしく吐きすて近くの石に腰掛け足を組むセレナ。
明らかに場の空気がピリピリしてくる。
「あ、あのね!」
「いいのよ。確かあなたはベジちゃん……だよね」
そういって優しげな笑みをこちらに向けるその人。
昨日は完全にフードで隠れていて見えなかった素顔は今は完全に外に晒されている。
すごい美人さんだ。
くりくりしたエメラルド色の瞳。シュッとした輪郭。透き通るような肌に頭部の方が金色がかった銀髪。
体型もスラッとしていてスタイルが良く、完璧な美人さんって感じがする。
「うん。あなたは?」
「私はティアナ。ティアナ・パリオネルよ。ねえ、ところであなたは」
そこで言葉を切ったティアナはその先の言葉を続けることに躊躇いを覚えているようだ。
あれ?ティアナって……もしかしてタグの幼なじみのこのことかな。
前言っていたその子の名は確かそんな名だったように思う。だとしたら色々と合点がいくし。
そうかあ。この子がタグの……。
「ううん。なんでもない。…………たら気づいているはずだものね」
ティアナは困ったように笑ってみせる。途中よく聞こえない部分があったからもう一度言ってもらおうかと思ったけれどティアナは間を空けることなく
「じゃあ、私はそろそろ行くね」
という。
「え?あ」
声をあげ手を伸ばしたのも束の間。
気付いたときにはそこに彼女の姿はなかった。
「瞬間移動?……」
誰もいなくなったその場所に向かってポツリと呟く。
なんだか間抜けだ。
「ふうん。随分と高度な魔法を使うのね。あんたの幼なじみ。」
「……そうだね」
怒っているような悲しんでいるような微妙な表情のタグがそういってもう消えかかっている焚き火を木の枝でツンツンとつつく。
「ま、いいわ。グレーテル、起きてるんでしょ。そろそろ狸寝入りはやめなさい」
「うぅ……」
そんな呻きをあげながら起き上がったグレーテルはほんとの寝起きというよりかは何時間か前から目が覚めてたって感じだ。
「あの……す、すみません!盗み聞きするつもりとか全然なかったんです。けど、話し声がすると自然と起きてしまって……」
そういってタグにペコペコするグレーテル。
そんなグレーテルにタグは困ったように若干眉をひそめながらも優しい声音で
「いいよ、別に。実際僕らが大声だしてたのがいけないんだし。起こしちゃってごめんね」
という。
それからセレナがパチンッと手をたたく。
「さてと。ひと段落ついたとこで宝玉のことだけど」
「ああ、そうだ。どうなったんだ?あの後」
ティアナがどこかへ行ってしまったことを悲しんでいるようにも見えるタグは無理をするように、誤魔化すようにそういう。
「そうよ。あんたらがここでよろしくやってるとき私がどんな目にあったか……」
と珍しくしおらしくなって悲しげに長い睫毛を伏せるセレナ。
「ごめんね、セレナ。私たち何もできなくて……」
「すみません、セレナさん」
私とグレーテルが同時にそう謝るもセレナはシクシクと肩を揺らしながら目元を拭うような仕草をする。
「おいおい。二人を弄ぶなよ」
険しい声音でそんな風にいうタグ。
そんなタグを止めようとしたら
「あら、弄んでなんていないわよ」
そういってケロッとした様子で顔をあげるセレナ。
「ただちょっとしおらしくしてみただけよ。たまにはいいじゃない。それより、ほら」
そういってセレナがケロっとしてかかげた手のひらの中には翡翠色にキラキラと輝く宝石のようなものーー玉がある。
「ま、私の色仕掛けにかかればこんなもんね」
「宝玉ってそんな簡単に手に入るものなのか……!」
「ま、今回は私の努力と奇跡の賜物ね。私の色仕掛けは完全無欠だけど人によって効果と適用時間が変わってくるわけ。そしたら今回色仕掛けをかけた長老やら長老の子供やらはみ〜んな私の色仕掛けに弱かったのよ」
「……ふ〜ん。……ちなみに僕はかかりやすいほうなの?」
「そんなの聞いてどうすんのよ」
「いや、なんとなく気になって」
「そうねえ。癪だけどあんたは効きづらい方よ」
そういわれて無言でガッツポーズするタグにセレナが間髪なく盛大な舌打ちをする。
場を収めようと慌てて口を開いた私は
「じゃあ、グレーテルはどうなんだろうね」
なんて口走ってしまう。
おかげでグレーテルが目に見えて子鹿のようにプルプルと震えだす。
「あらあら、大丈夫よ、坊や。あんたは対象年齢外だから」
そういってニヤリと笑うセレナにグレーテルはホッとしたようなでもどこか残念そうな表情をする。
やっぱり男の子は年齢に関わらずそういうのが好きなのかなぁ?
「あとグレーテル」
「は、はい!」
「あの女の情報をつかんだわよ」
「ほ、本当ですか?!」
そう目を見開き体を乗り出していった直後、途端しおらしくなって
「えっと、それってヘンゼルのこと……で合ってます?」
と確認するようにいうグレーテル。
そんなグレーテルにセレナはため息とも取れるような声で
「当たり前でしょ」
という。
その言葉を受けて改めて喜びを露わにするグレーテル。なんだか無邪気で可愛らしい。
「それで、ヘンゼルは一体どこに……」
「なんでも森を歩いてるときにチラッと見かけたらしいんだけど」
そう前置きすると改めて、その話を思い起こすように続きを語り出すセレナ。
「随分と衰弱した様子で森の小道にぶっ倒れてた人間の女がいたらしいのよ。で、それを見つけた銀の里のエルフが里に連れ帰って看病してあげようとしたわけ。同じ闇側だった銀のエルフと人間の仲だし秘密裏の里とはいえど関係ないってことだったらしいわね。だけど、その看病しようとした銀のエルフの手をそいつは払いのけたそうよ。そしてこういったんですって。『私に触れないで……』って」
「……なあ、ちょっといいか?」
と、そこでタグが右手をあげ訝しげな顔で言葉を紡ぐ。
「どうしてその子がヘンゼルだって言い切れる?」
「はあ……。これだから坊主は嫌よね」
「なっ!僕は坊主じゃないって何回も言ってるだろ!それに肝心の質問の答えは」
「これから言おうとしてたのよ。だってのにあんたが横槍さすから。ほんとせっかちよね。はあ……。でもまあいいわ。なんでヘンゼルかわかったかって、そりゃ右目に眼帯をしてたっていってたからよ。あんたがしてるみたいに、ね」
そういってグレーテルの左目を見やるセレナ。
みんなの視線が一斉に自分へ集まっているのを感じてかドギマギした様子で左目の眼帯に触れるグレーテル。
「じ、じつはこれはヘンゼルとお揃いのものなんです。ヘンゼルは訳あって右目が……使えなかったので、なので僕は彼女が失った右目を使って彼女の見えない世界を見れたらなあなんて。だから僕の見えない左目はヘンゼルが見てくれる世界なんです」
「うわあ!」
なんて素敵なんだろう。
思わず笑みがこぼれる。
その後に続くタグとセレナの声は心なしか私の発した声音より低いもの。
「うわあ……」
「すごーい」
「タグさんもセレナさんもひいてません?」
「いやあ、坊やのくせにクッサイこと言うなあと思ってね」
「そんな考え方とても僕にはできないからさ。ほんと、すごいね」
そういって二人してパチパチと拍手を送る。
私はそんな二人を横目に
「それってとても素敵なことだと思う!私、感動しちゃった」
と伝える私。
「あ、ありがとうございます……」
そう戸惑いながらいうグレーテルと、ニヤニヤしながらタグの腕を突くセレナ。
「だってよ、坊主。ああいうクサ……ロマンチックなのが好きみたいよ」
「な、やめてくれないか、全く!そ、それよりだな、その少女の行方は一体」
なんていうタグの顔は真っ赤。
どうしちゃったんだろ。
「そうね。話が逸れたけど、そいつは眼帯以外の点でもあの女との共通点があったの。髪が長くて巻き毛の子供の少女だったって。あいつとぴったり、でしょ?」
そういうセレナにグレーテルは首がもげてしまうのではないかというほどブンブンと大きく頷いてみせる。
「で、そいつはここから東、チューダの丘方面に向かったらしいわ」
「わかりました!!」
そういうとスクッと立ち上がるグレーテル。
自分の周りにあった荷物一式をまとめてひとつにするとそれを勢いよく背負ってその勢いでバッと頭をさげる。
「短い間でしたがありがとうございました!あのまま、あそこで一人でいたらきっと僕ずっとクヨクヨ悩んでいたと思います。だけどみなさんと一緒にいたからそんなこともなくこうしてヘンゼルの情報を掴むことができました!本当にありがとうございました」
「え、ちょっと待って」
私は慌ててグレーテルの服の袖を掴む。
「グレーテル一人で行く気なの?」
グレーテルはそんな言葉にニコリと優しい笑みを浮かべる。
「はい、もちろんです。元々情報を掴むまでって話でしたし、ここからは僕一人でも平気です。何よりベジさんたちにはベジさんたちの目的があるじゃないですか。だから、ここで別れましょう」
「でも!」
「ベジ」
駄々をこねかける私を戒めたその声の主は厳しげながらも優しい表情をしたセレナ。
「実際私らと坊やの目的は違うんだし束縛なんかしちゃダメでしょ。ここからは自己責任だし、坊やだってある程度魔法が使えるんだから大丈夫よ。ねえ、坊や」
「は、はい!」
その言葉に私はいいたかったことをグッとこらえる。
そうだよね。
グレーテルが自分の意思で行きたいっていってるんだから止めちゃダメだよね。
それに私たちには私たちの目的があるんだから……。
「わかった」
私はそういうと、グレーテルの手をギュッと握った。
「またね、グレーテル」
その言葉にグレーテルはこれ以上ないってくらい優しい微笑みをうかべてみせる。
「はい。また会う時まで」
そういったグレーテルの顔は出会ったときよりなんだか頼もしくなっている気がした。




