告白
「……ほんとバカみたいね、私」
話し合えて二人の元へ戻る最中、セレナはずっとそんなことを呟いていた。
「そんなことない」
僕は何度もそういった。
そう、仕方ないんだ。
僕はリリが不意に漏らした天使に記憶を消してもらう、という言葉がずっと気になっていた。
そして、繋がったんだ。
セレナが何度か、なんだか意図的に記憶が消されてるような……と呟いていたことと。
そのことを、伝えたかった。
けどベジとグレーテルの前だとプライドの高いセレナが、いつも自信に満ち満ちているセレナがきっと傷つくと思った。
だから誰もいないところでおそらく本当にそうであろうそのことを告げた。
セレナはしばらく呆けていたけど話を飲み込むと壊れたように笑った。
僕はそんなセレナをつなぎとめるように今度はちゃんと自分の意思でセレナを抱きしめた。こんな言い方、変だけど。
セレナは普段なら気持ち悪いといいそうなところを黙ってただ僕の腕の中にいた。
冷たいと思っていたその人は案外あたたかかった。
セレナの記憶を消したのが誰なのか。
そして本当に天使は記憶を消せるのか。
確かではないけどセレナ自身はかなり合点がいっているようだ。
「坊主。」
もう少しで浜辺近くの森を出る、というところでセレナが立ち止まり僕の服の袖を掴む。
「なに?」
「私、もう少ししてからいくわ。ちょっと……考えてみる」
今のセレナを一人にするのはどうだろうとも思うけど一人になりたい時もあるものな。
「大丈夫だよ」
ただ、それしかでてこなくて、そういう。
うまい言葉なんてひとつもいえなくて申し訳ない。
けどセレナはニイッといつものように笑ってみせた。
浜辺にでてしばらく歩くとベジとグレーテルが見えてくるはず……なんだけど、あれ?グレーテルがいない?
慌ててベジの元へかけていく。
「あっ、タグ。お話は終わったの?」
そう声をかけてくるベジはなんだか妙に吹っ切れている感じだ。
ずっと悩んでいるようだったのに、なにかあったのだろうか。
「うん。ところで、グレーテルはどこ?」
「グレーテルはね、ヘンゼルを見かけて追いかけていったの」
「ヘンゼルを?ここにいたの?」
「うん。不思議だよね〜」
そういってベジが浮かべるのは前となんら変わらない笑顔で、僕はなんだかひどく安心して自然と笑みが零れだす。
「どうしたの、タグ」
「なんでもないよ」
なんて答えてベジの隣に座る。
穏やかな炎だけが二人を照らす。
そうだ。今、聞こう。
本当はこのことよりベジの悩みのことを聞くべきなんだろうけどそれはこの前そうしたとき、ベジはそれを拒んだから。
きっと触れない方がいい。
だからこのことを……
「ベジは……さ」
そこで言葉に詰まったのは照れからっていうのももちろんある。あるけどそれより何より……
確認するように見る。そこには話しながら不意に置いた手がベジの置いていた手に重なっている様がある。
ど、ど、どうしよう。
なにやってんだよ僕。
いきなり、こ、こんな手を……
と思ったら、ベジの手が態勢を変えて、指を絡めてくる。
そして
「あったかいねえ」
という優しい言葉が降ってくる。
僕は嬉しくなって、恥ずかしさも吹き飛んでしまって、そんなベジの手を優しく握り返した。
「ほんとだね」
そういって。
「……それでさ、あの」
でも、やっぱり本当に聞きたいことはなんとも言葉にしづらい。
この前、僕が抱きしめたの、嫌じゃなかった?なんて……
わかってる
バカみたいな質問だよね
結局僕は怖いんだ。
本当はこういう時にこそいうべきことがるんだけど……
言葉に詰まったままなにを言おうかグルグルする頭をかかえながらベジの方を見やる。
あたたかでどこか清々しいその微笑みを焚き火が照らしている。
そんなベジの顔を見ていたら、なんだか自然と言葉が出てきた。
「ベジはこの旅を終えたらピンリィと結婚するの?」
………ってなにをいってるんだ、僕は!!
慌てた時にはもう遅い。
もう口にしてしまったし取り消すのは不自然だし……
「前私、タグに教えてもらったよね」
そういうとこちらを見て微笑むベジ。
そんなベジを見たら惚けてしまって慌てたたのに不思議と、嘘みたいに心が落ち着いてくる。
心臓がドキドキバクバクと騒がしい音をたててはいるけれど。
「好きは好きでも種類があるって」
「あ、ああ、うん。けど、ピンリィへの好きがそれなら全然いいんだよ。結婚しても」
あー、また僕は……。なにをいってるんだよ。
これじゃまるでピンリィとベジを必死にくっつけようとしてるみたいじゃないか。
「私のピンリィへの好きがどんなものなのか、わかったの」
そんな言葉にどきりとする。
ベジはきっとこれからも好きの種類はわからないだろうと勝手に高を括って安心していたからかもしれない。
「ピンリィのことはね、お友達として好きなの。お友達として好きならそれは結婚するってことじゃない。……だよね?」
そういって小首を傾げるベジに
「そ、そうだよ。」
なんてぎこちなく答える。
「タグは結婚したい好きな人……いるの?」
そんな質問に口を開けたまま固まる。
言うか、言わないか、勇気のない僕の心が悲鳴をあげている。
「いるよ」
やがてそう紡ぐ。
「そっか」
そう答えるベジは、なんだか悲しそうだ。
それがどういう意味かは、わからないけど。
「その人の……どんなところが好きなの?」
「え……えーと」
そんな質問がくるとは思わなかったけど……
なんてそんなことを思いながらも頭の中にはポンポンと言葉が溢れてくる。
「優しくて天然でちょっと抜けてて可愛くて知らない人と出会ってもすぐその人に好かれてる、本当にみんなから愛されているところかな。その人の笑顔を見てるとそれだけで嬉しくなるし、その人は僕を救ってくれた、僕に生きることの意味を教えてくれた人なんだ。僕はきっとこれからどれだけ生きていってもその人以外好きにならないと思う。今思うと、一目惚れだったのかも。初めは正反対でイライラしてしまうこともあったけどそれが少しずつ癒しになっていて……。もう、その人がいない毎日には戻れそうにないくらい」
しまった。長々とこんな……。
そう思ってベジを見やるとどこか泣きそうな顔をしていた。
どうしたのだろう。
こんな話聞きたくなかったかな。
慌ててその訳をたずねようとする。
けれど不意にベジの手に力がこもって
「私もね、いるの、そんな特別な好きな人」
と言葉が発せられる。
それはまるで刃物のように僕の胸に突き刺さる。
そんな、当たり前なのに、好きな人がいる、なんて。
僕はなにをこんな……
「私最初はわからなかったの。その人への好きがそういう好きか。でも最近になってようやくわかったの。私はね、その人の頭がいいところ、頼もしいところ、お父さんみたいなところ、不意に見せる優しい笑顔、いつもそばにいて支えてくれるところ、みんなみんな好きなの。私ね、ほんとにその人に会えてよかった。思えば私、出会った日から助けてもらってばかりだったね。私、ずっと支えてもらってた。ほんとにありがとう」
……おかしいな。
僕の脳が勝手に都合よく処理しているせいか、後半部分が僕に向けての言葉のように聞こえる。
そんなわけ、ないのに。
「え……ベジ、泣いて……」
不意にみやったベジは大粒の涙を零していた。
ポケットから少し寄れたハンカチをとりだし、差し出しながら、涙が焚き火の光を受けてキラキラ光って落ちていく様がなんだか綺麗で見つめていた。
泣いているベジも、泣いているのに綺麗で
「ごめんね。眠くて涙でちゃった」
明らかに、眠さからの涙じゃないのにベジはすぐ、そういう。
「ベジ」
僕はそう名前を呼ぶと向き合うような形にして、そして、肩を掴んだ。
わかってはいてもやはり華奢な肩だった。
「僕に話してよ。ベジの抱えてるもの。僕も君の役に立ちたいよ」
ベジは涙でキラキラしている緑色の瞳を見開いた。
迷っている。
そう思った。
言うか、いわまいか。
僕は願うようにベジの肩を掴んでいた。
お願い。頼って、と。
そのままでは壊れてしまうからと。
けれど、その願いは届かなかった。
ベジはいつもの、何か言おうとしてやめた時にする笑顔を浮かべた。
そしてまだ、パスっと音を立てて僕の胸の中に顔を埋めた。
僕は、なんだか悔しくて悲しくてでも愛おしくて、どうすればよいかわからなかった。
僕の胸の中にいるベジを抱きしめていいものかもわからず迷い、手が宙をさまよっていた。
そして、そんなことばかり考えていたから
ベジが「さようなら」そう、つぶやいていたことに気がつかなかった……。




