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濡れ衣の果てに

『せ、窃盗犯!?』


 俺達2人の声が夜空に響く。


「トウヤ君、それ本当?」


 レナの問いに平静を装って答える。


「やってない、人違いだ。俺、別に金に困ってたりはしてないぞ。仕送りも十分にあるし」


 そもそも友達もいないからこれといって使うアテもないしな。


「そんな事を言っても証拠にはならないし、意味が無いっていう事は分かっているだろ?」


 レイジは冷たく突き放してくる。まあ、予想通りだが。問題はそんなところではない。


「困ったね……。この場を切り抜けても明日には情報は出まわっちゃう。そうなると逃げ切るのは至難の業になるね……」


「そうさ。もうチェックメイトなんだよ、君は。下手に怪我する前に諦めたらどうだい?」


「やってもない罪を認めるなんて冗談じゃない。意地でも逃げてやるよ」


 ここで弱気になったらすべてが終わる。そんな気がしたから気丈に振る舞う。それでもレイジの反応は至って冷たいものだった。


「そうか、まあ頑張ってくれ。ところで水無川さんはその犯罪者の味方をするのかい?共犯になってもいいのかい?」


 犯罪者。身に覚えは本当に無いが今の俺はそう扱われてしまっている。それはどうしようもない。


 そんな俺と一緒にこれ以上 《イド》に刃向かうとレナまで犯人扱いされてしまう。幸いレイジはレナが共犯かどうかを決めかねているようだ。ならば、今のうちに彼女の疑いだけは晴らしておこう。


 麻酔能力を失うのも久しぶりの仲間もこんなに早く失うのは想定外だが仕方ない。


「コイツはついさっき知り合ったばっかで俺とは何の関係もねーよ。ただ、同じ非リアだったってだけだ。とりあえずレナ、変な疑いをかけられる前に逃げた方がいいぞ」


「何で?このまま戦うよ?それと、盗みをしてないって言うんならもう少し堂々としておいた方がいいよ」


「いや、戦うって、これは洒落にならないヤツだ。やめとけって」


 そう言うと急に自嘲気味に、彼女は続けた。


「……私さ、もっと洒落にならないことを過去にやってるんだ。今更 《イド》の心象なんて変わらないよ。それに、助けるって約束したしね」


 正直コイツの過去に何があったかなんて分からない。きっとそれは他人には知られたくない過去だろう。自分の過去にも心当たりがあるだけにあえて聞く事はしない。代わりにこう返すことにした。


「……そうか。じゃあ、もう少し助けてもらうことにする」


「この後は私の計画にも付き合ってもらうからね、忘れないでよ」


 2人で軽く笑って身構える。その様子を見てレイジは、


「やっぱり言葉で説得というのは難しいな。大人どころか、子供も丸め込めないなんて。だけど、そうなった時のための《自我》だ。お前たちは手を出すな、僕の邪魔になるから」


 と言って竹刀を青眼に構える。


「っ!」


 一瞬、レナの方を見てから駆け出す。《不可視ん条約》を発動する。レイジが竹刀を横に振ろうとしている。広い範囲を攻撃し確実に俺に当てる魂胆だろう。コイツらはセオリー通りに動くから分かりやすい。


「予想通りだっつの!」


 竹刀を振ろうとした瞬間から俺の新たな行動は始まっていた。


 思い切りスライディングをし、できる限り姿勢を低くする。そのままレイジの横をすり抜ける。頭を竹刀が掠め、その勢いで髪がなびく。すぐに切り返し、レイジの背中に狙いを定める。シャッ!という鋭い音を伴って弾は飛んでいく。


 しかしレイジは全弾を竹刀で的確に撃ち落としてしまう。その隙を狙ったレナの本命の麻酔針さえもしっかりと対応している。


「連携がとれると言っても少しワンパターン過ぎないかい?」


「銃が効かないならっ……!」


 俺はエアガンをしまい、素手で突っ込んでいく。少しの間だけでも動きを止められれば、《麻酔》を撃つ瞬間を作ることができれば……。


 掴みかかろうとする俺の腕をレイジは竹刀で振り払う。レイジの剣捌きはとても鋭く、当たるたびに腕が痺れていくのを感じる。そうは言ってもここで引くわけにはいかない。リア充を倒すために何が何でも隙を作らないと。


「う……おおっ!」


 叫び声を上げ、痛みを感じないように意識する。竹刀を掴み取ることができれば勝機はある……!




 そんな格闘戦が一体何分続いたのだろう。目の前の相手に精一杯で時間間隔は吹き飛んでいる。1時間は経ったかもしれないし、もしかしたら10分しか経ってないかもしれない。レナの針も当たる気配が見えない。そんな消耗戦を続けてギリギリの俺を見てレイジは言う。


「思っていたよりも耐えるな。でもそろそろ限界なんじゃないのかい?」


「へっ、まだまだ余裕に決まってるだろ!」


 爽やかに余力を残すレイジと対照的に俺は強がりを言う事しかできない。本当言うならもうしんどい。痛いし、こんなのやめて逃げ出したい。そうは思っても体は動くことをやめない。当然と言えば当然か。なぜなら……


「リア充共に目にもの見せなきゃ気が済まねえんだよ!」


 溜めこんできた思い、全てを乗せて渾身の拳を放った。竹刀が軋む感覚を覚える。そのまま拳を振り抜く。


 竹刀が真っ二つに折れる。そのまま《不可視ん条約》を使う。いくらレイジでも今起こったことには動揺しているはず。そこが勝機だ。


 姿を消した状態でもう一度背後に回り込む。そのまま掴みかかろうとした瞬間、レイジが囁いた。


「僕の竹刀に手を触れてしまっているという事をわすれたのかい?――《衝撃連鎖(インパクト・チェイン)》」


 刹那、俺の両腕にいくつもの衝撃が加わる。さらにその衝撃と衝撃が合わさり新たな衝撃を生み出す。そんな終わりの見えない連鎖は続く。


「があっっ……ああああっっ!!」


 呻き声を上げた所めがけてレイジは回し蹴りを放つ。俺は声そのものは掻き消せない。的確に位置を捉えられ、吹き飛ばされる。レナが受け止めようとしてくれるが、ヤツの蹴りは尋常じゃないほど重かった。勢いは殺しきれずに2人まとめて草むらに打ち捨てられる。


「竹刀を折ったのは今日一番驚いたな。僕の《自我》さえ忘れていなければ君が勝てていたかもしれないな。……次は水無川さんの番だ」


 そう言ってレイジはゆっくり、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。不自然な程にその歩みは遅い。そうか、レナに逃げる時間を与えようとしているのか。何だかんだ言ってレナが窃盗事件に関係が無いことに気づいているのだろう。そして関係のない相手、あるいは女子には暴力を振るいたくないのだろう。


「はや……ナ……ろ……」


 早く、レナ、逃げろ。そう言ったつもりなのに声が出ない。それでも彼女に意味は通じたらしかった。こちらを向いて頷いてくれる。しかし返ってきた言葉は欲しかったものでは無かった。


「私の心配をしてくれるのは嬉しいけど、トウヤ君にだけ無理はさせられないよ。……大丈夫、後は私に任せて」


 そう言って彼女は立ち上がり針を構える。ダメだ。俺を見て分からないのかよ。


 危険だっての。


 何回言えば分かるんだよ。


 そんな俺の思いとは関係無く2人の距離は縮まっていく。


「……どうなっても責任は取れないぞ?」


「……それはこっちの台詞だから」


 ダメだ。嫌だ。ただ、このまま見ているだけなのは嫌だ。


 ――ならどうする?


 ――簡単だ。動けばいいだけだ。


 何サボってんだよ、旭トウヤ。お前の体はまだ動くはずだ。行け、踏み出せ、戦え。ひたすらにそう念じる。


「!」


 突如、体が軽くなる。それまで感じていた痛みが嘘のように引いていく。――これなら、動ける。


「う……わっ……ああああああああっ!!」


 今日何度目かも思い出せない雄叫びを上げて疾駆する。拳を振り上げ、蹴りも放つ。とにかく無我夢中で動く。


「なっ……!?」


 ここへきて初めてレイジが明確な動揺を見せた。恐らくはこの身体能力に。なぜなら、俺はさっきまでの自分よりも速く動けているから。なぜそんなことが起きたのか。理由なんて分からない。今はただ、コイツを倒す。それができれば理屈なんてどうでもいい。


「あまり、僕を舐めるなよ……っ!」


 しかし、レイジも俺に対応すべく動き出す。恐らくこれが本気なのだろう。さっきとは桁違いの動きを俺に見せつけてくる。高速で乱打を繰り出すも、的確に受け止め衝撃を加えてくる。


 それでも俺は止まらない。痛みなんて感じている時間は無い。ひたすらに乱打を続ける。


 しかし、このままではジリ貧だ。いつ俺の限界がくるか分からない以上、早く決定的な一撃を加えたい……。


 そんな中、急に足の感覚が無くなる。早くも限界がきたのかよ、勘弁してくれよ……。いや、違う。これはレナの針だ。俺の足に麻酔針を撃ったのだ。


 なぜ!?このタイミングで裏切り!?しかし裏切る理由はアイツには無いはずだ!一体何がしたいんだ!?そんな気持ちを込めてレナを睨む。


「そのままいって!!」


 彼女はそう叫んで返した。レイジの拳が空を切っているのが見える。なるほど、そういうことか。レナ、本当に助かったぜ。


「うおおおおおおっ!!」


 俺の限界を超えて放った拳は今度こそ、完全にレイジを捉え、夜空へ彼を押し上げた。


「……まさか……味方に……《麻酔》を使うなんてな……」


 全身全霊の一撃を喰らってもなおレイジは立ち上がる。息こそ上がっているが、闘争心は消えていない。


 さっきのレナの《麻酔》は俺の足の感覚を無くした。それにより予想もしなかった方向に俺の体が傾きレイジの不意をつけたのだ。


 しかし、アイツはまだ倒れていない。今の戦法は間違ってももう通じないだろう。これだけやっても無理なのか。レナの顔にも流石に諦めの表情が浮かんでいる。


 それでも俺はやらないと。そう決意し、銃を構えた時だった。


「レイジさん!例の窃盗犯が現れました!」


「何を言っているんだい……?それなら、ここにいるだろう……?」


「違います!たった今通報がありました!ここから4キロ先です!手口はこれまでと同様、同一犯と思われます!」


「……どういうことだ?本当に君はやっていないのか?いや、グルの可能性もあるが……」


 そう言ってレイジは自問自答を繰り返す。ボソボソと何かを声に出している。程なくして結論が出たらしい。


「全員、今から応援に行くぞ。彼らは明確な証拠が無い以上、今は危害を加えるな」


 そう指示された《イド》の人間は去っていく。


「……君はまだ信用できない。僕はまだ君を警戒し続ける」


「そうかよ」


 ただ一言素っ気なく返す。疲労が溜まっているというのもあるし、急な事態についていけなかったというのもある。


 そうして何人もいた《イド》はすぐに消え去り、辺りに深夜の静けさが戻ってくる。そして、俺たちの会話だけが辺りに響く。


「終わったの?」


「そうみたいだな……」


「私達、勝ったの?」


「少なくとも勝ててはいないと思うが……」


「そこは勝ったって言っておこうよ。あっちの棄権みたいなものでしょ」


「もう好きにしてくれ……俺は疲れた」


「そうだね、お疲れ様。それと、ありがとう。最後まで私を守ってくれて」


「俺は何にもできなかったけどな。それと、礼を言うのはこっちの方だ。……一緒に戦ってくれてありがとう」


そう言って軽く笑い合う。こんな風に他人と何かを共有した経験は久しぶりで嬉しかった。


「じゃあ、明日からは私の手伝いをしてくれる?」


「ああ、いいよ」


 だからもう少しだけ、一緒にこんな時間を過ごすのも悪くないなんて思ってしまった。だけど、


「非リアが徒党を組んだらそれはもう非リアじゃない気がするんだが」


「分かってないなあ、トウヤ君。非リアっていうのは何もぼっちの事を言ってるんじゃないんだよ?」


「じゃあ、非リアの定義って何だよ?」


「それはね、リア充に仇なす者、それが非リアだよ!」


 そう言って彼女は満面の笑みを浮かべた。

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