強大な壁
星が降ってきたようだった。そんな事を思っているうちにそれに飲み込まれた。
「ぐあああっっ!!」
「なんだ、そこにいたのか」
たまらず、声を上げたところをレイジは的確に狙いをつけ何かを投げ込んできた。
そして、俺が避けようとしたタイミングで破裂。全方向に何かが弾け飛ぶ。相手に回避をさせない堅実な一撃。
「うぐっ!」
飛んできたのはただの石、その破片だ。しかし、高速で飛んでくるそれは十分に凶器となりうるものだった。耐え切れずにその場に倒れこんでしまう。
「どうかな、僕の《自我》、その名も《衝撃》は。触れたものに対して、好きなタイミングで衝撃を加えることができる。するとどうなるかは君が今感じているとおりさ。凶悪犯を取り押さえるために使っているんだけど、どうだい?かなり強力だろ?」
そんな事を言われても返事をする余裕など無かった。痛い、痛い、痛い。全身をくまなく激痛が走る。今はただ、それに耐えるので精一杯だった。
「……さてと、続きは本部で話そうか。誰か、こいつを本部まで連れて行ってくれ」
レイジがそう言うと、部下なのだろう男が2、3人俺に近づいてきた。俺に抵抗するだけの気力はもう残っていない。あれだけの力の差を見てしまったのだから当然だが。そんな枯れ果てた俺を見て、男の1人が言った。
「姿を消せる《自我》も初めは強力だとか思ったが、実際は大したことはないな。まっ、冴えないお前にはピッタリのショボい能力だよなあっ!」
「――!」
その時、体中に一気に血が巡っていくのを感じた。俺には何もない。ああそうだ。認めてやるよ。俺は何にもできない。特別な才能があったわけでもない。何かに熱中したことがあるわけでもない。努力と呼べるような事だってしっかりやってきたとは言えない。
だから、そんな俺にも《自我》が目覚めたという事は素直に嬉しかった。これがあるだけで世界が変わった。失ったものの代償行為しかできなくてもそれで満足だった。何でも持っていて、そんな俺の大切なものを何も知らない奴にここまで馬鹿にされるなんて――
「許せない」
気がつくと俺は駆け出していた。怒りだけでここまで動けるようになるなんて。しばらく怒る相手もいない日々を送っていたから気づかなかった。
「おいおい、無駄な抵抗はカッコ悪いぞ!」
そう言って雪崩れ込んでくる《イド》の連中を躱していく。《不可視》を馬鹿にされたことには腹が立ちつつも頭は冷静に動いていた。奴らを見返すためにはどう動けばいいかしっかり考えろ、と。
「悔しいけど、今の俺じゃ、アンタらには敵わない。だからっ……!」
「逃げようというのかい?素直に負けを認めるところは感心するけど、だからと言って逃げるのは無謀じゃないか?――捕えろ」
確かに目の前には俺の3倍はあろうかという大男がそびえ立っている。理不尽なまでの質量の暴力。この男を鉄球とすれば、俺はただのビー玉だ。
「ここから先へ行けると思うなよ!!」
そう男が叫び威嚇する。それでも俺は止まらない。こんなところじゃ終われないから。そしてこんな状況でもどうにかできる切り札があることをさっき思い出したから。
「はああっ!」
体中の痛みを必死にこらえて、それを放つ。体がデカいという事はそれはすなわち的が大きいという事。当然、不意を突かれる形となった男にそれは当たり一瞬にして男の体の自由を奪った。腕、足、顔、男の全てが地面に吸い付けられる。
「お前……俺に何をしやがった!?」
してやったりという顔だけでそれに応じる。俺はただ昼間に水無川に使われた《麻酔》、それを使っただけだ。しかしそれをいちいち説明する余裕なんてあるはずがない。そのまま男の横を抜けて闇に身を隠す。そして保険として《不可視ん条約不可視ん条約》を発動して逃走する。
「……このまま逃げ切れると思わないほうがいいぞ」
夜空はレイジのそんな言葉を届けてくれた。それを背に受け俺は逃げ続ける。……それにしてもどうしてここまで必死に俺を捕まえようとするのだろう?