ブラックボックスへの接敵
驚くべきことにレナに例の《カラー》とか名乗っていた俺のニセモノの件を話してから本人を見つけるまでに一週間とかからなかった。どうやらサイガさんの情報網に一発で引っかかったらしい。サイガさん曰く、《染井》の人間であれば探している奴の特徴さえ分かればすぐに特定できるらしい。ついでにレナに寄り付く悪い虫も、との事だ。
どうやってそんなネットワークを作り上げたのか。というかそれを世間のために役立てようとは思わないのかよ。少なくともストーカー紛いの行為に使うのはどうなんだろうか。
「兄さんは変な問題を起こすヘマはしないし大丈夫だよ」
「おう!当然だ!レナには迷惑かけられねえからなあ!!」
その言い方だと俺にはどれだけ迷惑をかけてもいいように聞こえるんだが、というツッコミは心の中に留めておく。
兎にも角にもそういう訳で俺、ミハギ、リンカの全員が放課後に水無川邸に集合していた。初めに《麻酔》で拉致られた時やその後に逃げ込んだ時に比べると、ある程度この人達に慣れてきたのか緊張する事が減っていったように感じる。
「それで?そいつは今どこにいるのよ?」
「ああ、多分家だろうな。普通に高校に行って普通に家に帰り、そして主に夜に無差別に活動してるようだしな」
そう言って《染井》の地図を引っ張り出してある地点を赤ペンで丸を付ける。住宅地か何かを指しているそこがアイツの拠点なんだろう。
「じゃあここを待ち伏せして襲撃しよっか。上手くいけば《麻酔》で取っちめて《イド》に突き出してそれで解決するかもよ」
「正体不明の《自我》にそんな真似が通用するか……?」
「正体不明って言ってもトウヤ君とリンカちゃんは1回見てるんでしょ?何となく推測とかできないの?これを操れるんだ、みたいな」
《自我》については《カラー》と接触した時にそれらしいヒントが断片的にだが開示されていたような気がする。確かあいつは……
「炎を出して……いました……さらに水流、とか雷、何でも出せるって言ってたんですけど……」
「おまけに高速移動みたいな事もやってたよな。それに閃光を発する事もできたな……」
「そしてトウヤ君のように他人を眠らせる麻酔能力もあるんだよね。いくらなんでもチートじゃないかな?」
それは思う。恐ろしいまでに多彩な《自我》。状況に応じて使い分けられて隙が無いんじゃない。どんな状況にでも自分が持っていけるために隙が無い。そんな完璧さを奴の《自我》は持っていた。
「まさか1人がいくつもの《自我》を持つなんて事はないよな?」
「それはねえだろ。《自我》は文字通りそいつの自我が形になったものだって言われてる。好きな事、なりたい自分、生まれ持ってた才能や特性、こいつらをある程度反映するらしい。流石にそんなにいくつもの種類は持てねえよ。心の芯がいくつもあったら逆に一つ一つがお粗末になるだろうが」
心の芯が《自我》に反映する。そう聞くといくつか腑に落ちる事もある。なぜ全員が《自我》を持つことができないのか、とか。
「言っておくが《自我》が無い、イコール心の芯が弱いとは考えるなよ。《自我》を使える奴は学生全体の数で見ると希少なケースだぜ。つまり真っ当だろうが歪んでようが相当な強さがねえと発現しねえんだよ」
俺の考えを一瞬で読んで窘めるようにそう付け足す。完全に図星だった。考えを改めなきゃなと思うと同時に少し引っかかる事がある。心の芯が影響するならどうして大人には発現しないんだ……?
「となると他人の《自我》を奪うかコピーする《自我》、これが可能性として高そうね」
そんな事を考える俺を置いてけぼりにして会議は続き、ミハギに同調するように各々が納得した様子を見せる。《自我》が1人1つと考えると自然とその回答には行きつく。しかし正体にアタリをつけたからと言って喜べる程、俺は単細胞生物にはなれない。
「じゃあ、何をすれば奪われるんだ?もし接触して奪えるならとっくに《不可視》は奪われているよな」
俺は《カラー》と取っ組み合いになった事を思い出してそう告げる。あの時は言葉を交わせるくらいには掴みあっていた。アレで奪えないとすればもっと長い時間が必要になるのか?そんな厳しい条件でいくつも《自我》を奪えたというのか?そもそも奪う《自我》の個数に制限はついていないのか?仮定で進めている事も忘れて疑問が湧いてくる。能力だけでなくその正体すら全貌を見せない。全くのブラックボックス。他に何が考えられる。?他に、他に――
「ちょっとトウヤ君聞いてる?」
「へっ?」
レナが俺の顔の前で手をぶんぶんと移動させる。反射的に思わずのけぞりそうになるもギリギリで押しとどまり動揺を隠す。
「そんなに思いつめないでよ。何も命まで掛かってる訳じゃないんだし。それに《イド》が納得するだけの証拠を突きつければそれはそれで勝ちだよね。本当に規格外だったなら即座に逃げれば済む話だよ」
そんな俺に軽い調子であっけらかんと言う。俺を気遣ってくれてるのは分かるし有難いけれどこれはクズの発想すぎやしないか。
「それさ、完全に人任せにしようぜって言ってるようなもんだぞ……」
「別にそれでいいと思うよ。だって私達は非リアなんだし。できない事なんて掃いて捨てる程あるに決まってるよ。真面目に何でもかんでもしょい込みすぎるとパンクしちゃうよ?」
「レナの言う通りだ。トウヤ、何もお前が絶対に勝つ必要はねえんだよ。誰もそこまでの期待なんざしてねえ。何かしらやってくれるかも、ってのが関の山だ。だからお前がやるべき事はただ1つだ。レナを意地でも守り抜く。それだけでいいんだ」
良くはないだろ。と心の中で突っこみながらもどこか安心している自分がいた。
誰もお前に期待していない。そう言われると傷つけられたように感じる人間がいるかもしれない、いや大勢がそう感じるだろうな。だけども例外だっている事にはいる。俺みたいな奴とか。かなり自己肯定感が低い人間に対してはこれはかなりリラックスできる魔法の呪文となりうるのだ。
だって期待されていないのならばどれだけ気を抜いたっていいのだから。強迫観念に囚われなくてもいいのだから。歪んでいるかもしれないが俺はそれで平常心を保てる。ならばそれでいいだろう。
それにしても水無川兄妹はそれに気づいていたとは思えない。レナもサイガさんも俺レベルのネガティブ思考ではないと思う。リンカなら俺と近しい思考回路をしていそうだからそんなアドバイスをしても納得はできるけれども。となるとあんな励ましがどうしてできたのだろう……。
「じゃあそういう事だから行こっか!とにかく待ち伏せてどうにかしてみる!その後はいつもみたいにその時考えるよ!」
*
そうしてあれよあれよという間にサイガさんが言っていた例のアパート付近までやってきていた。そのサイガさんに関しては参加しない、いやレナが頑なに参加させないためお留守番となった。レナが言うには兄さんは加減を知らないから中高生相手と戦わせるのはまずいとかなんとか。ヘマは打たないんじゃなかったのか。
まあ武器の研究なんて物騒な事に首を突っ込んでいる以上はかなりの戦闘経験などはあるだろうし、レナに何かあったらリミッターを平気で解除しそう。そう考えると納得ができない訳でもなかった。
《カラー》の部屋はアパートの2階にあり、その周辺を確認してみると出入口として使えそうなのはドア、そして反対方向に位置するベランダだ。
「ここは二手に分かれよっか。私とミハギちゃんでドアの方を待ち伏せして《麻酔》で狙うから、トウヤ君とリンカちゃんはベランダをお願い」
「じゃあ、私は窓を《接合》するんですけど……」
「という事はこっちが本命ね。私は《植物》で捕縛でもしようかしら?」
そんな風に役割を決めつつ各自が配置につく。レナとミハギはドアの上、屋根に陣取り死角から一撃必殺の《麻酔》を叩き込むつもりらしい。
そんな中、俺はと言えば《不可視》を利用して音を消しつつ塀などに飛び移る。《自我》を持った人間はある程度身体能力も向上すると聞く。きっとその恩恵もあるんだろう。それを抜きにしても小学校の頃は身が軽いねって評判だったし、この程度なら造作もない。
そうして余裕でベランダへと降り立つ。そのまま持っていたロープを使ってリンカを引き上げる。幸いまだ見つかっていないようなので即座に《接合》してもらう。これで窓は開かなくなったため、たとえ勘付かれてもこちらへは逃げられず、ドアの方へと行くしかない。詰みの状況を上手く作り上げたという訳だ。後は野となれ山となれ。
こっちの準備が整った事をレナにメールするとすぐ後にインターホンの音がこだまする。確実にドア側へと誘うための布石か。これならばあるいは。
しかし、そのインターホンに対する家主の返答は来客に対するものではないようだった。少なくとも俺達以外の来客に対して。
「……しゃらくせえ!」
それはドアに向けてではなく、窓へと向けられた宣戦布告。その一言と同時に窓が一気に炎上する。
「えっ……?」
「《接合》を解除しろ!」
リンカの手から水色のオーラが消えたのを確認すると同時に体を抱いてベランダから一気に身を投げる。しかしそのまま落ちて衝撃を一身に受けるつもりはさらさらない。
「……!」
直後にリンカの手足が水色の閃光に包まれる。その両腕は俺を、そしてその両足は近くにあったブロック塀をそれぞれ自身と接合させる。華奢な体や重力といった様々な要素に問答無用で反抗する《接合》。
無傷で不意打ちを躱された家主――《カラー》はそのまま身を翻し拠点のアパートよりも一回り高い別の屋根へと飛び移る、いや、飛んだ。《自我》で身体能力が上がるとは言ったがこれは明らかにおかしい。ジャンプの域を超えていた。そのまま別の屋根に居座ったまま俺達を見下ろす。そして、
「ア?今回は人数が増えてんのか?それも揃いも揃って女ばっかかよ!もっと骨のありそうなのはいねえのか?」
月光を受けてギラギラと光るそのオッドアイで俺達を睨みつける。威嚇と同時に俺達の値踏みでもしているかのようだ。
「本当にいろんな事ができるみたいだね、その《自我》は。ね、どんな能力なのか教えてくれない?」
「そんなにホイホイと教えられっかよ!今日は派手に暴れてこいって言われてんだ。お前らみたいなのに構ってる暇はねえんだよ!」
その捨て台詞と共にまたも閃光に包まれる《カラー》。明るんだ夜空が元の暗さを取り戻した時には《カラー》は既に姿を消していた。初めて会った時のようにやはり目で追う事は不可能だった。しかし、あの時と今は違う。少なくとも対策の一つくらいは立ててきたのだ。
「どう、ミハギちゃん?位置は分かった?」
「完璧よ。上手く足に巻き付けられたわ」
そう言ってミハギは延ばした蔓を指さして得意げに笑う。《カラー》が飛び出した瞬間にミハギは彼の足にバレないように細い蔓を巻き付けておいた。もし逃げられても足取りを追えるように。
「まだそこまで遠くには行ってないはずよ。とにかく急ぐわよ!」
*
その蔓は途中で気づかれたのか切られてしまっていた。元々はどの方角へ向かったのかさえ掴めればそれで良しとしていたからある程度想定の範囲内ではある。が、ここからはそんな小賢しい手は打たなくても奴を追いかける事が可能だという事がありありと理解できた。
蔓が切られたのは《染井》の街の中心地。未だ飲み会に興じるサラリーマンもいれば塾にこもって受験勉強に精を出す学生、大量の車は帰宅の途についた人だろう。そんな活気溢れる街の入り口で切られていた。まるで俺達をここで誘導するかのように。恐らくは誘導させたかったのだろう。俺達はまんまとその罠に嵌められたようだ。
「何……これ……」
誰が言ったか、そんな些細な事は気にならなくなっていた。《カラー》が俺達を誘導させた意味。それは恐らくこの光景を見せたかったのだ。炎上する街。パニック状態の人間を嘲笑うかのように次々と瓦礫に変えられていく街。そんな、何の前触れもなく惨状に変えられたこの街を。




