恋物語は突然に
「今から2人を探そうと思ってたんだけどそっちから来てくれるなんてね。幸先が良くて助かるよ!」
俺とリンカは昨日の襲撃――恐らくは俺が濡れ衣を着せられた事件の真犯人によるもの――についてレナと話そうとしていた。そんな訳で放課後にレナの元へと向かったのだがこちらが口を開く前に先に会話の主導権を握られてしまった。
結構重要とはいえ、ここで違う話題を振るのは違和感がある。だからレナの会話に乗る事にしておく。問題は自然に話を変える術をレナ以外持っていない事だ。俺やリンカのコミュ力の低さが辛い。
「何で俺達を探そうとしたんだ?」
「そんなの次のターゲットを決めたからに決まってるよ!この人でどうかな?」
スマホに映し出された写真には肩くらいまで伸ばした金髪をした男がいた。目鼻立ちは整っているというかしっかりしていてハーフのように見える。それを見て多分ですけど、と言いながらリンカが説明してくれる。
「この人、同じクラスなんですけど……。奥山マイケルって言ったと思うんですけど……ハーフらしくて……」
「はあ。それで、なんでこいつがターゲットなんだ?」
「何でもこの人はリアル恋のキューピッドだって噂があるんだよね。結構有名らしいけど知らない?」
「俺に噂話が流れてくるアテがあると思ってんのか」
誰が誰と付き合ったー、やっぱり別れたーなんて話はロクに流れてこないんだぞこっちは。くっついたり離れたりするのは陽イオンとか陰イオンだけでお腹いっぱいだ。
ジト目で俺に睨まれレナが知ってたけどね!なんて言いながらウインクする。
「ま、私も聞き耳立てて知ったから人の事言えないんだけどね。何でもこの人はカップルになると予言した人は100%の確率で付き合うんだってさ」
「で、そいつを襲撃しようと?」
俺の問いにレナはやはり笑顔で答える。
「うん!個人的にもスカっとするし、それに知名度も上がるでしょ。有名人を倒したら」
言ってる事そのものは理にかなっている、と思う。それにそんな奴を虐めるのも確かに快感だろうなとは思う。となれば――
「じゃあ、次はそいつをやるか」
「私はいいですけど……」
「オッケー、早速倒しに行くよ!」
俺達の半ば予想されていた返答を聞くなり腕を引っ張って教室を出ていく。正直反対する理由もないのでリンカと2人してされるがままになる。周りの学生達は俺達の《自我》が逃走・拘束の用途に関しては変態級である事をとっくに理解していたので以前のように近づこうとする者はいなかった。完全に関わってはいけない人間扱いだ。別にその手の耐性は持ってるからいいんだが。
*
事前に位置は掴んでいたんだろう。迷いもなく教室の一つに入っていく。そこには帰らずに思い思いの人間で固まって会話が見受けられた。部活が始まるまではまだ時間があるのだろう。かなりの人数が残っており、その視線が一気に集中する。
正直こんな視線は苦手だ。見られるなり一瞬で体が汗ばんでくるのが分かる。なんかガマガエルみたいだ。あいつらと違って自分の姿を見ても汗ばみはしないが。……だからさっさと終わらせなくちゃな。
「リンカちゃん、教室のドアと窓、全部《接合》できる?」
「……もうやってるんですけど……」
そう言うリンカは俺達よりも少し後ろの方で教室に触れている。その手からは淡い空色の光が波紋のように放出されている。これでその手が教室から外されない限り、ここにいる人間は誰1人外に出られない完全な密室と化した。
「ねえ、白山さん?一体何を……」
「トウヤ君は左から攻めてくれる?」
「はいはい」
俺の手には既に《綾》も《真奈》も握られていた。お許しが出たのでその引き金を引いて存分に暴れさせてやる。いくら中高一貫のマンモス校とはいえ教室の大きさはそこらの高校と同じだ。であるからこの空間の全てが有効射程に入っている。まあ、大学の講義室のような所でも有効射程に入るんだけどな。
そんな訳で一発も外す事なく片っ端から生徒を撃ち抜いていく。レナは右から生徒を針山のようにしていった。リア充に見える奴ほど目に見えて針の量が増えている気がするがきのせいだろうか。……ストレスでも溜まってんのかな?
「ヤバい、中央に逃げるぞ!」
「何言ってるのよ、中央に集まったらそれこそ思う壺よ!」
「でも他に選択肢がないんだよ!」
そうなると中央に逃げるしか取れる選択肢はない。《自我》を使おうとした奴に関しては問答無用の速さで飛んでくる針が飛んで活動を停止させる。抵抗すら許さない。ビバ圧制。そうして中央に集まった残りを俺とレナの2倍の弾幕が包み込み、動きを完全に停止させる。流石に心臓は動いてるだろうけど。
「それだけじゃないよ。意識も保ってる。私達の活躍を伝えてくれる観客はいないとダメでしょ?」
「そっすね……」
あくまでこの行動は見世物。鬱憤を晴らすというのも理由の一つだがそれもこれもやはり戦争を起こすための布石だ。そう言いたいのだろう。
「なら、このボクはさしずめ今日の主役という事かい?」
そう言い放ったのは優雅に、そして呑気に椅子に腰かけている男だ。外国人のような顔立ちだが日本語は流暢。このアンバランスさが人気の秘訣か?かなり適当な事を考えた。癇に障るやつはおざなりな評価をつける。誰だってそうだろ?今のは評価でも何でもないが。
「アンタが奥山でいいんだよな」
「ああそうさ。このボクが奥山マイケルさ。恋のキューピッドをやってる。なんと言ってもボクは運命の相手が見えるからね」
「それは無理があると思うよ?だってそれ《自我》でやってるでしょ。皆分かってると思うけどね」
トリックも何もなしで指定したとおりのカップルが成立するはずがない。この学園にいるのは中高生だ。くっつく速度と別れる速度に定評しかない連中だ。そんな有象無象をコントロールするように結び付けているらしいじゃないか。ならそんなものは《自我》に決まっている。《自我》じゃないならそれはそれでもっとヤバい案件になるんだよなあ。洗脳できる事になっちゃうし。
「核心をつくね、キミ。でも話が早い娘はキライじゃないよ。それで?用件を聞こうじゃないか」
奥山は指で軽く口元を隠し、笑いながらこちらへ向き直る。爽やかなイケメンたらんとするその行動は一般人がやっても痛々しいのだがコイツがやると妙に絵になっている。やはりハーフという属性がそうさせるのだろうか。
「じゃあ手短に言うね……トウヤ君とリンカちゃんはあの人を挟み撃ちにして!まずは拘束するよ!その後の処理は後で相談!」
「なんだって!?卑怯じゃないかそれは!?」
文句を言ったその数秒の間に最適な位置を割り出し飛び出す。奥山の後ろではリンカが右手を発光させながら頷く。恐らくその意味は「射撃で注意を引きつけろ」。
飛び出した勢いは殺さずに射撃体勢へと移行する。腕を1本と2本の足で体を支えて四つん這い、いやここでは三つん這いとでも言えばいいのか、そんな姿勢になりフローリングを滑りながら《綾》を握る。
しかし一瞬のうちに囲まれたにも関わらず奥山は椅子に座ったまま微動だにしない。と思うとここまでが予想通りであるかのような反応を見せる。
「一応それらしい台詞は言ってみたけれどもここまでは想定内さ。キミ達は搦め手が上手いと聞くからね。こんな風に攻めるだろうと予想はしてたさ」
言いながら奥山は人差し指を伸ばす。まずは俺を指し、その後レナの方へと指を運ぶ。よく見るとその指が描いた軌跡が空中に残っている。濃い蛍光ペンで出せそうな派手なピンク色のその軌跡は俺からレナへと向かう矢印と変質する。そして奥山はその一連の流れをレナからリンカ、リンカから俺へと指を動かして繰り返す。ちょうどピンクの矢印が三つ。三すくみを作るように表示される。
「ボクの《自我》を見せてあげるよ……《恋情の行方》!」
その声に共鳴するように矢印は俺達3人の体へと入っていく。直後、俺達の胸から矢印と同じ色の光線が俺からレナの元へ、レナからリンカの元へと、指でなぞった順番を辿るように放射される。そしてその光線はどんどん太くなっていき、辺りが桃色の世界へと変わる。刺激的なその色は目がおかしくなるようだ。目を開けていると周りは全て同じ色のはずなのに一部が黒く変色するような錯覚を覚える。たまらず目を瞑る俺達に奥山の声が聞こえる。
「心配しなくてもこの隙を突いて攻撃だなんて野蛮な真似はしないさ。それよりもこれからキミ達を待つのは胸の躍る体験だ。存分に楽しんでいって欲しい」
高校生が喋るにはあまりにキザな内容を聞きながら目を瞑るしか行動が取れない。こいつはさっき、カップルを作っているのは自分の《自我》だと言っていた。とすればその術中に嵌った俺達は――!
この後に訪れる展開を予想し、舌打ちをしながらも抗えない。そもそも解除法は?いや、そんな事を考える余地があるのだろうか。そんな逡巡をも掻き消すように周囲の桃色がさらに強くなった気がする。そしてそれが一気に爆発するように晴れる。
「さあ、キミ達はどんなロマンスを見せてくれるんだい?」
そう言葉を投げかけられても返事する者はいない。この部屋の大半は俺達によって地に伏せている。視線くらいは動かせても囃し立てる事も煽る事も適わない。そして俺達。ただただ立ち尽くすだけで3人とも何も言わない。
いや、言えないんだ。ただただ思考が纏まらない。覚束ない。胸が痛い。悶えそうだ。苦しくて体が暴れ出しそうだ。とにかく動いて体を落ち着けたいとさえ思ってしまう。動いて落ち着くのか?なんて冷静に考える余地はこの時なかった。それでも動けない。下手に動くと奥山に、そして後の2人に何かを勘付かれてしまうから。何がバレると嫌なのかは説明できないし、したくない。だから考えるどうすれば自然に振舞えるか……。
そんな訳の分からない矛盾だらけの思考を抱えながら必死に何かに耐える。ここで動けば何かが崩壊する。その何かも分からないまま胸の内から沸き起こる衝動に必死で耐える。その様子を見ていた奥山が以外そうに声をあげる。
「ここまで長いこと耐えたのはキミ達が初めてさ。今までの皆はすぐに恋愛感情の虜になっていたのに。何がキミ達をそうさせるんだい?」
「……俺達がどれだけ修羅場をくぐってきたと思ってんだ。こんなのに負けるかっての……!」
「そうか。でも体が震えてるぞ、他の2人も」
そう指摘されるがもう何も返せない。さっきから抑えよう抑えようとしている感情。その感情が脳の処理領域の大半を占めようとしている事に抗えない。
……なんだろうな、この感じ。上手く言葉にできない感情が心の中を渦巻いている。いや、言葉にしたくないだけなんだろうな。両隣にいるレナやミハギも同じ事を考えているだろう。俺達はそれを制御できずにその感情の片鱗を紡ぎ出す。
「俺は、リンカが……」
「私は、トウヤ君が……」
「……私、は、レナ先輩が……」
しかしそこで全員が全員言葉に詰まる。それはそうだろう。非リアに続きなんて口に出せる訳ないだろ。「好き」だなんて。




